「ッシ!」
試合を終えて、高校へ戻る。
投手3人は、流石に休養。
野手たちも特に練習という訳でもなかったが、示し合わせたかのように全員がバットを握りグラウンドへと出てきた。
試合は、2日後。
トーナメントの初戦から比べると、試合スパンもかなり短くなっている。
無駄な時間は、一切ない。
何より相手は、昨年打ちあぐねた成宮。
冬を経て更に強くなった彼を打たねば、勝てない。
「お前も振んの?」
「あぁ、まあな。明日はもう、投手としての仕上げに専念する。だからバッティングは今日できる所までやっておく。」
既にトス打撃を始めていた御幸とそんなことを話し、バッティング手袋をつける。
そして、軽くスイングを始めた。
「あんまし振りすぎんなよ。明後日に影響出たら元も子もないからな。」
「わかっている。が、心配しすぎだ。」
「するだろ、普通。」
そんな返答をされながらも、俺は肩を竦めてトスを上げてくれていた瀬戸を見た。
とは言え、御幸の言うとおり。
決勝での俺の役割はとにかく、点を取られないこと。
そして、エースとしてのピッチングで流れを掴むこと。
それが、明後日俺がやらなきゃいけないこと。
打撃もまあ大事だが、二の次でいい。
正直それくらいの気概じゃないと、耐えきれない。
それだけ、稲実は強い。
昨年、嫌になるほど身に染みた。
追い込むと言うよりは、軽く調整。
フォームと軌道を確認するだけして、あとは疲労を取るのも兼ねて流し運転をする。
何度か繰り返し、満足が行ったところで瀬戸へと代わった。
夕暮れ。
まだ明るい空の元、俺も部屋へと一度戻る。
試合は明後日。
疲労を残す訳にはいかない。
今日も野手として炎天下の中試合には出ていたため、少なからず疲れはある。
軽くストレッチをして食堂に行くと、そこには久しぶりの面々が待っていた。
「あれ、先輩方。」
そこには、ひとつ上の先輩方。
哲さんを中心に、発破をかけに寮に来てくれていたのだ。
「おっ、エース様は早いな。」
「茶化さないで下さい、門田さん。みんなももう少しで来ますよ。」
そんなことで談笑していると、俺が言った通り他のメンバーも来てまた食堂内が盛り上がる。
それぞれが話している最中、俺も一緒にいた御幸はクリス先輩に声をかけられた。
「攻守ともに状態も良さそうだな、御幸。」
「そうですね、前よりもだいぶ見えるようになって来ました。」
御幸からすれば、憧れの先輩。
そして俺からしても、ともに生活をしてきた同室の先輩だ。
怪我のときも、よくお世話になった。
「肘はもう大丈夫か?」
「えぇ。春以降は痛みどころか違和感自体もほぼないですね、何かとお世話になりました。」
「そうか。金丸もよく打てているようで安心した。」
なんだかんだで色々な話をしながら、時間はあっという間に進む。
そして、食事の時間。
いつも通りしっかりとエネルギーを補給する為に、食べる。
栄養補給と休養。
そしてその間に、研究。
食事を取ると、すぐさま試合のビデオへと目を向けた。
まずは、今日の自分たちの試合。
沢村の好投から降谷への継投、そして川上が締めて完璧な投手リレー。
「バント殺しのインカット凄いな。」
「お前あんなにコントロール良かったっけ?」
そして、終盤の御幸の3ランホームランで逆転しての勝利。
「まじよく打ったよな。」
「さらっと倉持と大野出てるのもな。あの状態の天久からヒット打ったのまじすげーよ。」
やはり良い形で得点ができたからこそ、良いイメージができる。
それこそ上位でしっかりとチャンスメイクし、4番で決める。
理想的な得点の取り方で、逆転をすることができたことが何より良かった。
集中してからの、爆発的な強さ。
そして、強豪校と真っ向勝負をして上回る地力の強さ。
更には、土壇場からでも勝ち切れる勝負強さ。
これは、稲実はこのトーナメントで経験していないアドバンテージとなる。
そして何より。
向こうが経験した甲子園という舞台を、こちらもセンバツという舞台で経験。
その上一度も負けずに、頂点へと立った。
全てを捩じ伏せて、頂点に立つ。
それは、稲実も経験していない、俺たちの優位性になるはずだ。
さて、続けて試合は稲実のものへと変わる。
明後日、超えなくてはならない相手。
そして、甲子園へ行くには避けては通れない、高い壁。
実力云々もそうだが、やはり因縁のようなもの。
宿敵であり、なにかと縁がある。
何より、俺たちの甲子園は尽くこのチームに阻まれてきた。
秋の敗戦で精神的な強さは磨きがかかり、最強のチームは生まれ変わり、さらなる進化を遂げて立ちはだかる。
やはり稲実の強さは、今年も総合力の高さ。
チーム力というよりはどちらかと言うと個々の強さ。
一人一人が高い能力を誇り、それが結果的に繋がってチームというひとつのまとまりになる。
全員で勝つをテーマにチーム力を高め、そこから個々の力を強くしていった俺たちとは、逆。
しかし過程は違えど、目指した所と到達したところはかなり近しいものとなった。
まずは、攻撃面。
やはりリードオフマンのカルロスと白河は、昨年同様。
軸となっていた2年生たちが成長を遂げて、今年も強力な打線を形成している。
1番のカルロスは昨年以上にパワーがつき、一発も期待できる打者に。
今大会も3本のアーチのうち、2本の先頭打者ホームランを放っている。
出鼻、油断をすれば簡単にやられてしまう。
そして2番の白河は、卓越した打撃技術。
小技だけではなくヒット性能が非常に上がっており、こと出塁率に関しては6割近くを維持している。
原田さんの跡を継いでの今年の4番は、山岡。
打率は決して高くないが、当たれば長打を期待できるホームランアーチスト。
因みに通算は、72本。
御幸が49本と考えると、恐ろしい数字ではある。
当たれば飛ぶというのは、やはり怖い。
確かに当たる可能性は低いにしても、終盤に行けば行くほど。
そして、対戦が多ければ多いほど当たる確率は上がっていく。
何より、ケースバッティングや勝負強さを見せていた原田さんに対して、純粋なパワーヒッターである山岡は今年の稲実の象徴でもある。
チーム力だけではなく、個の強さ。
これが、強すぎる個性を持つ稲実が出した、答えである。
更には、2年生。
夏から矢部に代わってクリーンナップを張る早乙女は、高い打撃センスを持つ好打者。
打率も5割近く、どこか小湊味を感じる彼がクリーンナップにいるのはやはり嫌なものだ。
そして攻撃面ではあまり目立っていないが、捕手の多田野もここ最近はよく当たっている。
今日の試合では試合を決めるホームランを放っている他、やはりタイムリーなど打点に絡むことが多い。
全員が全員、違う。
個性溢れる野手たちが犇めくこの攻撃陣に関しては、そう簡単に掌握することはできない。
そして、守備面。
守備範囲の広いカルロスを軸に堅牢なセンターライン。
なにより、存在するは絶対的エース。
世代最強左腕と謳われた圧倒的な実力を誇る、言わずど知れた稲実のエースである。
先の春に行われた関東大会では、大会を通して失点は0。
27イニングを投げて、防御率は0.00という驚愕の成績を残した。
最速150km/hのストレートはノビがあり、左腕の中でもかなり速い上に質も高い。
さらにそのストレートを生かす変化球。
否、決め球である変化球を生かすためのストレートというべきか。
高い精度を誇る2つの変化球。
中学生の時から投げているスライダーとフォークのキレはかなり良く、今でもカウントから決め球まで幅広く使われている。
しかし、それでも昨年よりも比率がかなり減っている。
それには、理由がある。
何故なら、スライダーとフォークを超える魔球を、彼が手にしているから。
その一つが、彼のウイニングボールである必殺のチェンジアップ。
サークルチェンジとも呼ばれる利き手側に若干沈みながら落ちるタイプの緩い球だが、彼のそれはただのサークルチェンジではない。
腕の振りに合わせて強いスピンをかけることにより、ブレーキをかけながらスクリューのように大きく沈む魔球となる。
もう一つが、この大会で投球比率が増えたカーブ。
今までは緩急をつけるために投げていたこのボール。
しかし今大会からキレが増し、更には落差にも磨きが掛かって高い奪三振率を誇る決め球へと変わった。
奥村が言うには、2段階曲がるカーブ。
ふわりと浮かんでから1段目、そして加速するように強く曲がる2段目。
独特の軌道を描く縦気味のカーブらしい。
三振を取りに行く、この2つのボール。
追い込んでからはこの球を振らせて三振を奪っているように見えた。
それにしても、ストレートの比率が多い。
今大会に入ってからは、特に。
しかしビデオを見ているうちに、次第にその理由が見えてきた。
「これは、ストレートじゃないな。」
「うん。多分、狙って投げてると思う。」
観客席という遠い距離では分からなかった、僅かな変化。
ストレートよりもノビが無く、手元で若干沈んでいる。
それも、僅かに利き手側を抉るようにして。
「投げているな、ツーシーム。」
シュート回転をしながら、僅かに沈むボール。
スピードはストレートとほぼ変わらず、140km/h台後半ほど出る。
左打者に対して抉り込むように変化するこの球は、ゴロを打たせるにはあまりに丁度いい。
薬師の真田を始め、多くの選手が用いているムービングボール。
そして何より、俺の最も自信を持っている変化球だ。
そんなに大きく落ちていないが、それがまた厄介だな。
特に左打者は、ストレートだと思って振りに行けば詰まってしまう。
「東京選抜の時は投げていなかったからな。」
「そうだな、あいつ隠してやがったな。」
一時期はともにプレイもした俺も、同じく東京選抜へ行った御幸にそんなことを言う。
恐らくは、俺らへの対策。
今大会でも高い得点を有している御幸と白州を抑え込む為の、切り札だと思う。
高い精度を誇る縦横の変化に、緩急をつけるチェンジアップ。
そして、タイミングを外すカーブに、意図して打たせるツーシーム。
全てを纏める、高い質を誇るストレートと、球種自体の強さもあるがそれぞれが高い精度を誇っている。
更にコントロールも悪くはなく、むしろ良い方。
試合終盤でもバテないスタミナを誇り、全速力で投げても恐らくは最後まで投げ切れる。
フィールディングやマウンドでの立ち振る舞いも、良い。
完全にエースとしての、王者の風格を纏っている。
「とうとう来たか、鳴。」
文字通り、王者。
最強のエースとなって、俺たちの前に立ちはだかった。
成宮だけではない。
野手たちも含めた稲実として、最強の軍団は俺たちの前で最後の障壁となる。
負けられない。
ただ一言俺は呟き、ぐっと右手を握りしめた。