燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード213

 

 

 

 

「しっかり解せよ。んで、調整がメインだからな。明日に疲れを残したら元も子もない。」

 

 

動態ストレッチをしながら身体を解す俺に、ベンチに腰掛けている落合コーチがそう言う。

 

 

入念に広背筋と肩周りを解していく。

俺の改良後のフォームは大きい筋肉を主導に使うフォームの為、ここを意識して動かす。

 

 

 

高い気温に、高い湿度。

既にほんのりと温かくなった身体を動かす。

 

身体は、軽い。

 

しっかりと調整ができている証拠だ。

 

 

頬を伝う汗を肩の袖口で拭うと、俺は軽く屈伸してグローブへと手を伸ばした。

 

 

「心配し過ぎですよ。そこまで俺もアガっていません。」

 

「心配にもなる。相手は中学からのライバルなんだろ?気合いの入れようが違うことは、目に見えてわかる。」

 

 

ため息混じりに落合コーチがそう言うと、俺は苦笑しながら肩を竦めてみせた。

 

 

「お見通し、ですか。でも大丈夫です、その辺の調整は自分の中で上手く制御できます。」

 

「あまり緩くやりすぎるとそれはそれで明日に影響が出る。短時間で出力出して、確認はやっておけ。」

 

 

俺が小さく頷き、朱色のグローブを左手に嵌める。

 

今日ブルペンで受けてくれるのは、やはりこの男。

小学校からの腐れ縁でここまで苦楽を共にしてきた、文字通り女房役。

 

青道高校の絶対的正捕手であり、最強の4番。

 

俺の相棒である御幸一也が、受ける。

 

 

「コーチが口酸っぱく言ってるし、お前も分かってるだろうから俺からは何も言わねーよ。」

 

「おう、頼むわ。」

 

 

軽くキャッチボールをして、肩を温める。

 

夏場ということもあり、既に火照ってはいる。

しかし肩肘をしっかり解す意味でも、徐々に力を入れていく。

 

 

5割、6割と力を入れていき、ある程度温まったところで御幸にグローブを突き出した。

 

 

「一也、座って。」

 

「わかった。」

 

 

多く交わさなくても、わかる。

ここから、最終確認をしていく。

 

 

ひとつ息を吐き、セットポジションに入る。

 

掌でボールを転がし、ピタリとハマったところで止める。

2本伸びた縫い目に人差し指と中指を添え、ぎゅっと握る。

 

握りを見せるように御幸へと突き出し、声を出した。

 

 

「真っ直ぐ。」

 

「おう。」

 

 

まずは、コースを気にせず。

真ん中辺りに構えられた御幸のミットに目掛けて、投げ込む。

 

力は、入れすぎない。

意識するのは、回転軸と強いスピン。

 

指先に力を込めて、投げ込んだ。

 

 

スピードは、さほど速くない。

しかし、キレは抜群であり、手元で伸び上がるようにして御幸のミットに収まった。

 

 

何球か続けると、俺は右肩をぐるりと回す。

 

 

その仕草に察したように、御幸はミットをコースへと構えた。

 

まずは、右打者の外角低め。

ストライクゾーンの目一杯外に構えた。

 

 

全身を捻転して、縦回転。

鋭く突き進んだボールは御幸の構えたミットを動かすことなく、ピタリと決まった。

 

 

「ナイスボール。キレもスピードも悪くねーな。」

 

 

御幸から投げ返されたボールを受け取り、頷く。

 

身体の状態は、良い。

それに、感覚も研ぎ澄まされている。

 

 

まあ、その為に調整してきたしな。

全ては、ここで勝たなければ意味が無いから。

 

 

「もう1球。」

 

 

続けて、同じコースに構えられる。

外角低めに続けて投げ込むと、同じように御幸のミットが子気味良い音を立てた。

 

 

「OK、ナイスボール!」

 

 

御幸からの返球をグローブで受け止める。

グローブの中の白球を放るようにして右手に投げ返して、先程と同じように掌で白球を転がした。

 

 

「次、ツーシーム。」

 

「おう。」

 

 

ストレートから縫い目を90°動かし、2本の縫い目に添えるようにして人差し指と中指で押さえつける。

 

幾度となく投げてきた、俺の相棒。

伝家の宝刀であり、共に歩んできた武器。

 

感覚を集中させて、俺は投げ込んだ。

 

 

フォームは、ストレートと同じ。

しかし感覚はツーシームの時、リリースの瞬間に一気に腕を捻り込み、強く弾きながらシュート回転をかける。

 

変化はさせなきゃいけないけど、ストレートと誤認させるのが一番大事。

 

だからこそ、ストレートと差ができないように投げる。

 

 

俺の感覚通りボールは左打者の外甘めからボールゾーンへと逃げながら落ちた。

 

 

「OK、コースも完璧。感覚はどうだ?」

 

「悪くない。お前が受けた通り、制御も出来ている。」

 

 

コースも変化の大きさも。

そして軌道もまた、俺が思い描いていたものそのものだった。

 

 

「次、カット。」

 

「高めな。しっかり振り切れよ。」

 

 

頷き、白球を握る。

 

握りは先程のツーシーム同様、2本の縫い目に指を添える。

今度はシュート回転ではなく、弾丸のようなジャイロ回転。

 

僅かに浮力を付けるために軸を少しずらして、揚力を出しながらジャイロさせる。

 

 

力強く投げたボールは弾丸のような回転、空気抵抗の少ないボールは打者の手元で吹き上がるようにして曲がった。

 

 

「ナイスボール!良い曲がり。」

 

「おう。」

 

 

 

これが、今俺が軸にしている三種のボール。

 

キレがあり、加速するような独特な軌道を描くストレート。

ストレートの軌道から手元で伸びずにストンと沈むツーシーム。

2つと同等のスピードで吹き上がりながら曲がるカットボール。

 

同じくらいのスピードで変化するボールを操り、打者を欺く。

 

 

あとは緩急で打者のタイミングを外して優位に進める為の、ボール。

 

 

「カーブ。」

 

 

一度ふわりと浮かびながら、弧を描くようにして変化。

純粋な縦振りだから、縦に割れるようにして曲がって落ちた。

 

 

「チェンジアップ。」

 

 

中指と薬指でリリースするようにして、ストレート同様腕を振る。

 

軌道はストレートに近いが、遅い。

変化は特にしない、所謂「遅いストレート」である。

 

 

 

ここまで、全て要求通りのコース。

やはり主として使うこの5球種に関しては、しっかりと制御制球することが出来ている。

 

 

「一応、スライダー。」

 

 

そう言った後、今度も右打者の外に構えてもらう。

 

投げられたボールは緩く変化し、少し外に逃げながら小さく曲がった。

 

 

「スプリット。」

 

 

続くボールは、小さく沈む。

ツーシームよりも変化が小さいが、それよりもスピードも遅い。

 

三振というよりは、引っ掛けさせてゴロを打たせる為に使えなくはない。

 

 

まあ、幅を効かせるのにって感じだな。

正直使うことはないと思う。

 

 

 

 

今回の試合でも、あくまでやることは変わらない。

 

ストレートを軸にしながら、高い能力を誇る2つの変化球を織り交ぜる。

時折緩急をつける為に、スピードの違うボールでスピード感にもギャップをつける。

 

 

勿論コースは、厳しく。

それが俺の、持ち味であり「俺らしさ」でもあるから。

 

 

 

ボールの状態も確認できた。

すると、後ろで見ていた監督がブルペンに入り、ヘルメットに手をかけた。

 

 

「直に状態を確認させてもらう。」

 

「えぇ。よろしくお願いします。」

 

 

そう言って打席に入る監督に、俺も一礼する。

 

 

「15球、力を入れて投げろ。それなら明日にも疲れは残らないし、その方がお前も落ち着くだろ。」

 

 

コーチにそう促され、俺は無言で頷く。

 

少し浮ついていると言われれば、否定はできない。

いつもとは違う、心ではある。

 

変に気負うくらいなら、今の状態を正確に把握して頭を整理した方がいいはずだ。

 

 

「一也。実戦同様、ノーワインドから入る。監督も、宜しいですかね。」

 

「OK。」

 

「お前に任せる。好きなようにしろ。」

 

 

マウンド横に置かれたロージンバックに手を当て、軽く跳ねる。

気持ちを落ち着かせて、神経を集中させる。

 

そっと目を開けて、グローブを首元まで持ち上げた。

 

 

「まずは外角低め、ストレート!」

 

 

御幸の言葉に頷き、左脚を引く。

 

引っ掛けるようにして右足をプレートに添わせながら、全身を捻転。

左脚を地面に擦りながら腰を捻り込み、最高到達点で一瞬静止する。

 

それは、捻転による力を最大限まで蓄えるため。

 

そして蓄えられた力を一気に解放するようにして、全身を縦回転。

風を巻き込みながら、力強く踏み込んでから腕を振り下ろす。

 

 

(…ここ。)

 

 

振るった右腕。

俺自身の中で通過する「その時」に、力を加える。

 

先ほどまで溜められた力を一気に指先へと装填。

 

そこから、引っ掻くようにきてボールを押し込む。

 

 

「ッシ!」

 

 

純粋な縦回転で放たれた直球は、伸び上がりながら低めへ。

ストライクゾーンの外低めいっぱいにピタリと決まったボールは、御幸のミットを鳴らした。

 

 

「OK、ナイスボール!」

 

 

投げ込まれたボールを受け取り、再びロージンバックに手を当てる。

 

 

先程も言ったように、感覚もいい。

それに身体もキレてるし、状態はいいはずだ。

 

案の定、ボールもかなり良いボールが行った。

 

 

 

「次はインハイ、ストレート。」

 

 

 

続けて投げ込むのは、先程とは真逆のコース。

 

打者の目線から最も遠いコース。

対して、今度は打者に対して最も近いコースと、縦横無尽に投げ分ける。

 

 

続けざまのボールに監督も若干腰を引くが、ストライクゾーン一杯に決まった。

 

 

 

「次、バックドアのツーシーム。」

 

 

ここまでの2球は、混じりっけのないストレート。

本当に純粋な、癖のないフォーシームである。

 

ここから先は、意図して曲げるボール。

 

球速が遅く、ボールを制御することで抑える俺の生命線とも言えるボールたちだ。

 

 

 

利き手側に曲がりながら高速で縦に大きく沈む、ツーシーム。

 

俺の決め球であり、共に戦ってきた剣。

最も思い入れのある球であり、初めて認めてもらえたボールでもある。

 

 

ひとつは、外から入るボール。

もうひとつは、内を抉り取るボール。

 

2球、続けて投げ込んだ。

 

 

「スピードも落差も悪くない、何よりキレがいい。ナイスボールだ。」

 

「えぇ。いつも通り、制御もできています。」

 

 

監督と御幸がそんな話をしているのを軽く聞きながら、俺は次のボールに意識を向ける。

 

 

「次、外角高めのカットボール。」

 

 

次は、スライダー系。

というより、俺たちはカットボールと呼んでいる。

 

 

俺のもう1つの、剣。

 

俺だけが投げる固有変化球と言うべきか、真横に吹き上がるようにして加速するカットボール。

 

ジャイロ回転から僅かに軸がズレている為生まれる揚力が、この球を魔球とする。

 

 

投げ込んだのは、右打者にとっての外角高め。

 

イメージは、バットの上を通す。

ストレートと同様、そこから更に横に動かしてフライアウトをとるように。

 

 

同じく破裂音が鳴り響き、俺はフーッと息を吐いた。

 

 

 

その後はチェンジアップとカーブを投げていき、持ち球の状態をそれぞれ確認する。

 

どれもキレは悪くない。

最高の状態では無いが、いい状態であるとは言えるだろう。

 

変化球もしっかり制球できているし、球も意図した通りに動いてくれている。

 

 

「最後、ストレートで締めよう。」

 

 

監督の言葉にコクリと頷き、俺は初球と同じように縫い目に指を掛けた。

 

 

明日で、決まる。

俺たち青道高校の夏が終わるか、夢の舞台へ駆け上がるか。

 

それも、相手は俺の。

俺たちの、因縁の相手である。

 

 

既に吹き出しそうな力を押さえ込み、落ち着く。

 

大きく深呼吸をして、俺は最後の直球を投げ込んだ。

 

 

パチンと決まったボールは、アウトロー。

俺が極めてきた、原点投球で締めた。

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

「ボールの状態は悪くない。今日は早めに休んで明日に備えろ。」

 

 

監督にそう促され、早速疲れを取ろうとダウンを始める。

 

 

御幸と監督が話すのを横目で見えながら、俺は左手に嵌めていたグローブをベンチへと置いた。

 

 

 

 

 

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