そして、今回短めです。
「以上が、稲実と成孔の試合になります。」
いつも通り、渡辺がノートを開く。
中にはびっしりと書かれた各選手の特徴と、チーム方針。
彼がチームのために必死に集めた、努力の結晶。
全ては、勝つために。
彼もまた、全力を尽くしてくれている。
見せられた試合は、成孔との準々決勝。
攻撃力という点では薬師にも引けを取らない強豪であり、一発の怖さは都内ナンバーワンである。
そんなチームに対して投げた成宮。
正に、圧巻であった。
一発が怖ければ、当てさせない。
そう言わんばかりに投げたボールは尽く成孔打線を捩じ伏せていく。
ホームランバッター揃いの成孔打線に対して、成宮は力押し。
ストレートを軸にしながらカウントを取り、決め球である変化球で三振をとる。
特に4番の長田は、完全制圧。
迎えた3度の打席を全て空振り三振で切ってとった。
チェンジアップとカーブを巧みに操り、最後はチェンジアップ。
彼の強力な持ち球をフルに使い、圧倒。
長田だけでなく他の強打者たちもまた完全に掌握していた。
終わってみれば、9-1。
多くの三振の山を築き上げ、強豪成孔に対して7回コールドと強さを見せつけた。
また、攻撃陣。
昨年も中心を担っていたカルロスや白河、山岡などがさらなる進化を遂げている。
攻撃力は、より高く。
そして、より確実に。
爆発力を兼ね備えながらも、1点ゲームにも勝ち切れる勝負強さを持っているチームである。
得点の最も多いパターンは、カルロスが出塁。
白河が繋ぎ、もしくは球数を稼いだ後にクリーンナップへ。
打率の高い早乙女がランナーを返し、山岡で一発。
あとは下位から繋いでまた上位へ。
というパターンが、かなり多い。
「バントやエンドランは特段多いわけではありませんが、個々の技術が高い為そこから得点に結びついています。特に打率が高い上位3人は要注意ですね。」
「ランナー背負った状態で山岡と勝負はしたくないからな。原田さんのようなケースバッティングは苦手かもしれないが、それでも一発の怖さはあるよ。」
こちらを見ながら御幸がそう言う。
確かに、ブンブン振ってくる扇風機は嫌なところもある。
当たる確率が少なくても一発で試合をひっくり返す能力があるというのは、それだけで大きな武器になる。
まあ、俺としては得意な部類だが。
特に明日のような長期戦は、いやらしく粘ってくる打者の方が、はっきり言って迷惑である。
さて、話を整理しよう。
相手は1番から9番まで個性溢れる打者たち。
特に6番までは十分警戒する必要がある打者が羅列されている。
とはいえ、各打者の特徴は既に頭に入っている。
俺も、もちろん御幸も。
そこはさほど気にしなくても大丈夫だ。
バックは、信じている。
だから頼れる部分は、俺も頼る。
しかし、出来るだけ三振を。
最も事故が少ないアウトの取り方で、尚且つ最も相手にダメージを与えるやり方で。
何より、俺がドンドン勢いに乗れるようにするために。
「俺の事より、相手だな。成宮、攻略するのキツイだろ。」
「まあな。」
最速152km/hのストレートに、多彩な変化球。
高い総合力を誇る、世代最強左腕である。
凄さはもう何度も説明している為、もはや語るまい。
春の大会では最速152km/hを計測。
しかしストレートの質という部分に観点を置いていた為か、現状はまだ150km/hもさほど出ていない。
恐らくキレを出すために意図的に球速を抑えているのだろう。
若しくは、まだ本気を出し切っていないか。
後者だとすれば、やはり150km/h以上のボールは覚悟しておくべきだろう。
更に、変化球。
元々質の高かったスライダーとチェンジアップに加え、更に奪三振率を高めた縦のカーブ。
そして、左打者を抑え込む為のツーシーム。
「左殺しだろうな、ツーシームに関しては。」
「そうだろうね。特に白州と御幸の連打による得点はかなり目立っていたし。成宮もそこを警戒してるんだと思うよ。」
実際、高い出塁率を誇る白州に勝負強い御幸。
攻撃の、そしてチームの中心である彼ら二人を抑え込むことは、青道の得点力を抑え込むことにも繋がってくる。
コントロールは、良い。
変化球もあまり浮いているイメージは無いし、失投も少ない。
「だけど、終盤に変化球が浮き始めるのは変わりませんね。」
「奴も完璧ではないからな。」
しっかりと球数を投げさせ、甘いコースを待つ。
そして少ないチャンスをしっかりと活かしていく。
好投手相手には必ず必要になる、アプローチ。
これができなければ、まず成宮相手は話にならない。
その上で、対策だ。
「成宮の場合決め球の変化球を意識しがちだが、それこそバッテリーの思うつぼだ。あくまで、ストレート狙い。速い球に狙いを定めて、緩い球はしっかりと粘る。チェンジアップとカーブは最悪捨てても構わん。」
英断だ。
下手になんでもやろうとすれば、却って迷いが生まれてしまう。
特に成宮のような好投手相手に、連打は見込めない。
少し腹を括るくらいが、丁度いい。
「昨年同様、相手は成宮。お前たちもわかっているように、一筋縄では行かない相手だ。」
世代最強左腕。
間違いなく、彼の実力はそう呼称されるに相応しい実力の持ち主である。
だが、勝たねばならない。
あまりに苦い敗北の味。
それは2度、味わった。
「最早多くは語らん。だが、敢えて言わせてもらうぞ。」
ぐるりと全員の目を見て、監督は再び口を開いた。
「これまでやってきたことを全てやろう。俺たちは俺たちらしく、全員で勝つ野球で頂点に立とう。」
掲げてきたのは、全員で勝つ。
これは俺たちの代が発足してからずっとテーマにしてやってきた。
自己犠牲ではない。
それぞれを活かすために、それぞれが精一杯を尽くす。
この2年半の、集大成。
俺たち青道高校の、集大成を見せる時が来た。
「明日のスターティングメンバーを発表する。」
控えた、決勝戦。
最高のメンバーで、最強の相手と向き合う。
1番 遊 倉持
2番 右 白州
3番 二 小湊
4番 捕 御幸
5番 三 金丸
6番 左 降谷
7番 一 前園
8番 中 東条
9番 投 大野
概ね、普段と同じ。
今更大きな変更を加えたところで仕方がない。
奇策は不要。
今ある全力を、注ぐ。
「稲実は強い。明日の決勝はこれまでで一番厳しい闘いになるだろう。大野!」
監督の呼び掛けに、俺は閉じていた目をすっと開く。
もう、敢えて言葉に出されなくてもわかる。
「明日の試合、お前に任せる。行けるな。」
「勝つために、俺はここまで準備してきました。」
組んでいた腕を解き、拳を握り締める。
そして監督の目を真っ直ぐ見て、答えた。
「行けと言われれば、いつでも行くのがエースです。任せてもらえるのなら、全力を尽くします。」
「任せるぞ、大野。御幸、言わなくてもわかるとも思うが、明日は厳しい試合になる。女房役として、エースを支えてやってやれ。」
「はい。」
示し合わせたかのように隣に座っていた御幸も、頷く。
女房役であり、4番。
攻守において共に重要なポジション。
しかし、それを任されるだけの実力も責任も、ある。
その上で、俺も頼らせてもらう。
ここまで一緒にやってきた、仲間として。
そして、相棒として。
「行くぞ、甲子園。最後まで青道の、俺たちの野球で勝とう。」
春に行った、甲子園。
しかし夏は、違うんだろうな。
同じ場所だとしても、熱気も。
盛り上がりも、注目度もきっと違う。
何よりそこを、目標にしてきた。
野球をしていれば、誰もが憧れるその舞台。
目前とはいえ、昨年も一昨年もここで夢は儚くも消えた。
負けられない。
待ってくれている、みんなの為に。
そして、俺自身の為に。
掲げてきた目標と、誓い。
全てを胸に込め、俺はそっと目を閉じた。