燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード217

 

 

 

決戦前夜。

連日の晴天で、夏場ながら程よく乾いた空気が吹き抜ける。

 

7月下旬。

 

この気温にも慣れたが、とは言え暑い事に変わりは無い。

しかし風が吹き抜けると、嫌な湿気も感じにくい。

 

 

少し夜風に当たる。

真夏とは言え、やはり夜は心地よい。

 

幾度となく踏みしめ、幾度となくユニフォームを汚したこのグラウンド。

 

 

マナー違反とは思いつつも、大野はマウンド上で空を見上げた。

 

 

 

(明日も、やっぱ暑いのかな。)

 

 

ちなみに、天気予報では快晴。

気温も、今年4度目の猛暑日を記録すると見込まれている。

 

 

漆黒に点々と星々が輝く空を恨めしく思いつつ、両手を合わせて天高く引き上げ身体を伸ばす。

 

これは明日も晴れるなと、少し複雑に感じながら大野は眉を顰めた。

 

 

(待ってた…けど。やっぱり、少し怖い。)

 

 

あまり公には言っていないが、大野も平常心とはいかなかった。

 

相手は成宮。

実力としては勿論、因縁もある。

 

 

2年連続で、夏の大会は決勝での敗退。

どちらも稲実との対戦で、敗れた際の相手投手は成宮。

 

チームとしても、個人としても。

 

はっきり言って、厳しい試合になることは確か。

全てが決まる試合、一度でもミスをすればこの2年半の甲子園を目指してきた日々は終わりを告げる。

 

 

センバツでは確かに優勝することができた。

しかし春と夏では、同じ甲子園という会場だとしても、注目度も選手たちの試合に対する想いもまるで違う。

 

本当に勝たなければいけないのは、明日なのだ。

 

 

早まる鼓動を感じ、胸をぎゅっと握る。

すると、聞き慣れた低い声が大野の耳に触れた。

 

 

「何をしている。」

 

 

反応するように声の主に視線を落とす。

そこには、このチームを束ねる将、片岡鉄心の姿があった。

 

 

七分ほどまでに袖を捲った黒いシャツに、サングラス。

知らない人が見れば、そちら側の界隈の人間かと錯覚するような見てくれだが、いい人ではある。

 

こんな夜更けなのに何故かサングラスを掛けているのは、この際置いておくことにしよう。

 

 

「…少し、夜風に当たっていました。やっぱり、浮ついているのかもしれませんね。」

 

 

監督である片岡に問われた通りに答える。

 

そしてその刹那、自身が許可なくグラウンドの、それも整備されたマウンドに上がっていたことを思い出して大野は頭をかいた。

 

 

「すみません、勝手にグラウンド入っちゃって。」

 

「構わん。落ち着いていられないのは、俺も一緒だ。」

 

 

軽く口角を上げた片岡の姿を見て、大野は僅かに緊張を解く。

 

 

「明日は長い試合になる。早く部屋に戻って休め…と言いたいところだが。」

 

 

片岡がそこまで言って大野を見ると、彼は肩を竦めた。

 

 

「そうは行かないか。」

 

 

問いかけに対して、大野は軽く笑う。

そして、再び空に視線を向け、逆に質問を返した。

 

 

「…監督の目から見て、俺はいつも通りに見えますか。」

 

「意図的に抑えているのは見受けられた。しかし普段と乖離するほどではないとは、思っている。」

 

 

相手は因縁の稲実。

それも、エースである成宮は大野の古くからのライバルだ。

 

多少浮つくのも仕方がないと思う。

 

 

「緊張しているか。」

 

「はい、まあ。甲子園のかかった試合ですし、俺が投げた2年はここで敗退してますから。」

 

 

それでも。

そう続けて、大野は空へ向けて手のひらを伸ばす。

 

点々と輝く星空に、ひとつの大きな丸い月。

 

手をかざし、見上げた。

 

 

「俺にとって、緊張はエンジンなんです。高揚すればそれだけ、俺は力を引き出せるんだと思います。」

 

 

大野のこの言葉に、片岡は合点がいったように納得する。

 

大野の投手としての性質として、エースクラスの投手と試合をした時。

もっと言えば、超高校級など自身の能力と拮抗した投手と投げ合う際に高い出力を発揮するというものがある。

 

 

今回の成宮も勿論だが、巨摩大藤巻の本郷。

あとは、薬師の真田との投げ合いでも。

 

恐らくは、1点もやれないという緊張感から、自然と出力を上げているのかもしれない。

 

そう納得し、片岡は小さく頷いた。

 

 

「同じ投手でも、成宮は…いや、鳴は俺にとって特別なんです。確かに好投手ってのもそうなんですけど。」

 

 

少し言いよどみながら、大野は自身の頬を掻く。

 

それでも表情を崩さない片岡を見て、自嘲するように大野は笑みを浮かべた。

 

 

「このチームは、日本一のチームです。でも俺は、日本一の投手とは言えません。俺はまだ、やり残した事があるんです。」

 

「それが、成宮か。」

 

 

大野は肯定するように、小さく頷く。

 

 

「ライバルであり、俺が初めて超えたいと思った相手なんです、あいつは。これは俺のエゴかもしれませんが、ただ一人の投手として超えたいんです。」

 

 

エース失格かもしれませんが。

そう付け加えて、大野は言う。

 

 

「あいつを超えない限り、俺は甲子園の地へ踏み入れる資格すらないと思っています。」

 

「それだけの覚悟、ということか。」

 

 

はっきりと、頷く。

 

昨年の夏と、その前の夏。

終わらせた張本人だからこそ、責任を取らなければならない。

 

 

それもあるのだが、一番は成宮という相手。

 

御幸以外で初めて投手としての「らしさ」を見出してくれた好投手。

そして、初めて超えたいと思った相手なのだ。

 

 

この2年半。

彼に勝つために、やってきたと言うのもひとつの理由だ。

 

 

「この青道は、日本一のチームです。そのチームのエースが日本一の投手じゃなければ、いけないと思うんです。」

 

 

空へ手のひらを向け、淡く輝く丸い月へ翳す。

 

少し間があき、夏夜のグラウンドに静寂が訪れる。

セミの鳴き声だけがはっきりと聞こえるこの場で、大野は真っ直ぐ片岡の目を見て問いかけた。

 

 

「必ず投げ勝ちます。だから監督。最後にもう一度、俺を信じてくれますか。」

 

 

覚悟と、責任。

 

青く煌めくその瞳は、既に輝きを見せている。

ただ純粋に、勝利を求めて。

 

 

意志を受け取った片岡は、将として。

改めて、エースへと試合を託した。

 

 

「俺はお前にエースナンバーを預けた時から、お前への信頼を途絶えさせたことはない。明日の試合も、よろしく頼む。エースとしてのピッチングを、期待しているぞ。」

 

「勿論。もう俺は、負けません。」

 

 

明日になれば、決まる。

 

甲子園も。

そして、最強の名も。

 

 

因縁に決着をつけるべく、エースの覚悟は力へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

稲実のグラウンドでも密かに、決戦へ向けて首脳陣が決起に集っていた。

 

 

「遂に、明日で決まりますな。」

 

 

そう言って、チームの部長である林田が國友へ金属製の缶を差し出す。

 

 

普段は、選手たちが練習をする為に汗水を流すこのグラウンド。

その一角に用意されたベンチへ腰掛け、國友は手渡された缶のプルタブへ指をかけた。

 

 

開封された缶は小気味良い音を立て、僅かに炭酸が膨れ上がる。

 

 

丁度そのタイミングを見計らっていたと言わんばかりに、嫌というほど聞き慣れた声が、耳に入った。

 

 

「ほーら、やっぱここにいた。」

 

「学生のグラウンドで酒…悪い大人だ。」

 

「監督たちも水臭いぜ、決起集会ならみんな呼んでくれよ。」

 

 

続々と集まるナインたち。

 

何故か上裸で打楽器を奏で始めるカルロスや、何故かポーズを取り始める山岡。

それを、呆れながら見る白河。

 

などなど、プレー同様それぞれ個性を出す。

 

 

何ともツッコミどころの多い場面に林田が思わずベンチを立ち上がり、選手たちの元へ向かっていく。

 

 

 

そんな姿を仏頂面で見つめる國友の、空いた隣の席へ一人が腰を掛けた。

 

 

「今日くらいは、ね。」

 

 

足を組み、両腕を広げて背もたれに身体を預ける。

 

小柄で、端正な顔立ち。

プリンスと持て囃された彼は、その見かけとは反して大きな態度。

 

 

決戦前だと言うのに、このエースはいつもと変わった様子を見せなかった。

 

 

「雅さんから連絡来たよ、三連覇頼むって。こんなナーバスになってるってのに、プレッシャー掛けるようなこと言っちゃって。」

 

 

両手で頭を抱え、深く腰掛ける。

 

 

「そうは見えんがな。」

 

「見せてないだけだって。」

 

 

2年連続で甲子園出場。

そして、2度ともベスト8と準優勝と、輝かしい成績を収めている。

 

いずれも都内の予選では青道と当たり、勝利している。

 

だが、内容と結果を見ればわかる通り、紙一重。

2試合とも延長戦までもつれ込み、結果は稲実がサヨナラ勝利で飾っている。

 

 

劇的な幕切れ。

しかし裏を返せば、それだけ実力が拮抗しているということ。

 

油断ができない所か、果たして勝ち切れるのかどうかすらも、怪しい。

 

 

良くて、5:5

順当に見れば、実力的にも6:4で不利と見て良いだろう。

 

相手は、センバツ優勝校。

それくらいで見た方が、寧ろやりやすい。

 

 

「相手も相手だ。緊張して当然ではある。」

 

「青道も正直すごいし、0で抑えられるか怪しい。でもそれ以上に。」

 

「大野か。」

 

「まあね。今は名実ともに最強って言われてる投手だし、並の気合いじゃ止められないだろーね。」

 

 

甲子園優勝投手であり、それこそチームを優勝に導いた張本人でもある。

 

センバツでは26イニングを投げて、僅かに1失点。

決勝戦、それもほぼ勝負の決まっていた試合終盤に食らった山田からの一発のみ。

 

防御率は脅威の0.35。

昨年の夏の覇者である巨摩大藤巻や薬師と乱打戦を繰り広げた清正社を相手にして、この成績。

 

 

さらに大会でもかなり長いイニングを投げており、チームへの貢献度は計り知れないものであった。

 

 

多彩な変化球を抜群のコントロールで制御する、技巧派右腕。

 

技巧派と言いながらストレートの質が異常によく、球速はさほど速い訳では無いがとにかく空振りが多い。

 

 

「センバツ優勝、か。見ない間に随分凄い投手になったよ。」

 

 

満点に輝く星空を見上げながら、成宮は口角を僅かに上げる。

 

自分を目標にしてくれているのも。

自分を越えようとしているのも。

 

何となく、成宮自身もわかっていた。

 

 

そんな彼が、気がつけばとんでもないところに行ってしまった。

 

肩を並べるどころか、今は。

少しばかり劣っていると感じた瞬間に、成宮は吹っ切るようにして頭を横に振った。

 

 

「直接やりあって、決着つけねーと。じゃないと俺も、終わるに終われねえ。」

 

 

重圧も、緊張も勿論ある。

しかしそれを上回る感情。

 

世代最強右腕である、大野夏輝と投げ合いたい。

 

そしてその上で、どちらが上かはっきりさせる。

 

 

 

 

 

明日の試合は、この左腕に掛かっている。

 

何となく、握りこんだ拳に視線を向けてしまう。

 

 

微かにぎこちない表情。

笑みは浮かべているとはいえ、平常心ではないのだろう。

 

それを察して、國友は成宮に言葉を返した。

 

 

「お前はお前なりに立ち向かおうとしているのは、見て取れる。エースとして、あの時の敗戦からチームをどうにかしようというのも。しかし、明日に関してはそれを捨てても構わん。」

 

 

言われて、成宮はちらりと横目で国友を見る。

 

彼はこちらを見ることは無い。

ただ淡々と、話を続けた。

 

 

「1人の投手として。成宮鳴として、あの怪物投手を上回ってこい。きっと大野も同じような気概で向かってくる。」

 

 

各チームの、エース。

普段はチームに勝利を導くために、背負って投げる立場。

 

 

一投手として。

世代最強と呼ばれた2人の投手が、相見える。

 

チームの勝利ではなく、どちらが最強か。

 

 

チームの将としてあまり良くない指示だとは思いながらも、國友は成宮が最も力を出せるであろう環境を作ろうとしている。

 

そしてそれは、これ以上ないほどまでに効果的な。

具体的に言えば、成宮のやる気と集中力を駆り立てるのに最も適した解となった。

 

 

瞳孔が開き、綺麗な青い瞳がキラリと煌めく。

 

既に臨戦態勢は、整っている。

あとは、闘うだけだ。

 

 

「心配しないでよ、監督。ちゃんと勝って、このチーム日本一にするから。」

 

 

あくまで、楽観的に。

それでも瞳には、闘気が宿っている。

 

 

「日本一のチームになるなら、マウンドには日本一の投手がいなくちゃな。」

 

 

 

輝く空に手のひらを向け、成宮はギュッと握り締める。

 

最強と呼ばれた、2人のエース。

真夏の空の元、誓いと共に青い瞳を輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 

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