燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード220

 

 

 

 

 

 

 

(始まる、ここから。)

 

 

じわりと額に溜まった汗を、アンダーシャツで覆われた前腕で拭う。

 

何もしていなくても、汗が出る。

今日は特に、暑い。

 

 

バックを守る選手たちがそれぞれの定位置へと駆けていく中、大野はゆっくりとマウンドへと向かった。

 

 

1年前と同じマウンド。

その小さな丘を眼前にし、一瞬立ち止まる。

 

 

ここに上がれば、もう逃げ場はない。

 

生半可な覚悟では。

容易く、呑み込まれてしまう。

 

 

2度、負けた。

同じ場所で、同じ相手に。

 

幾度となく繰り返してきた深呼吸をもう一度行い、覚悟を決める。

 

 

そして一歩一歩。

踏み締めるように、マウンドへと上がった。

 

 

(あっつー。)

 

 

右手で胸元を掴み、パタパタと風を送るような仕草。

 

気温は既に、35℃。

今年何度目かの、猛暑日を計測している。

 

 

相棒である御幸から白球を受け取り、両手の掌底で側頭部を軽く抑える。

 

そして、ボールを投げ始めた。

 

 

3球。

最後の確認を行い、準備は万端。

 

御幸からの返球をグローブに収め、大野は打席に背を向ける。

 

 

(行けるだろ。今更焦るな。)

 

 

高鳴る鼓動を抑え込むように、深呼吸をする。

 

早まる心音。

血液が沸騰するような感覚が、身体に襲い掛かる。

 

重圧、責任、高揚。

 

多くの感情が大野の血を滾らせ、体温を上げる。

 

 

(大丈夫。行ける。)

 

 

右手を胸元に当て、目を瞑る。

いつもと同じように、深呼吸を繰り返す。

 

勝つ為に。

心も感覚も研ぎ澄ます。

 

 

全ての準備が整った時。

大野はゆっくりと、煌めく青い瞳を開いた。

 

 

(準備は?)

 

(待たせたな。準備は出来ている。)

 

 

マウンド上。

真夏の熱風が吹くと共に、周囲には異様な空気が漂った。

 

 

「ここで会うのは一年ぶりだな。」

 

 

打席から掛けられた声に、御幸は視線を移す。

 

まずは、先頭打者のカルロス。

チーム内で最も塁に出したくない選手であり、初回先頭打者のカルロスはこのチームの中でも特に注意しなければならない打者でもある。

 

 

「去年の戦績忘れたのか。」

 

「言っておくが、去年の俺たちとは違うぜ?あんまり見下してると、いつかは足元掬われちまうぞ?」

 

 

口元は笑っているが、目は笑っていない。

 

そんなカルロスの姿を横目で見ながらも、御幸は何も言わなかった。

 

 

「悪いが俺たちゃ、お前らが想像している以上に強くなってるからな。今年も俺らが打って、甲子園にいく。」

 

 

カルロスの言葉に返すことなく、御幸はマスクに手をかけた。

 

 

場内鳴り響く、歓声とブラスバンドの合奏。

この大会最高潮の熱気が漂う中、球審は試合開始の合図を送った。

 

 

「…プレイ!」

 

 

コールと共に、カルロスに襲い掛かるプレッシャー。

 

それがマウンドから放たれているものだと確信するのに、時間は掛からなかった。

 

 

(このビリビリと肌を劈くやべえ空気…来るか、いきなり全力…!)

 

 

口角こそ僅かに上がっているものの、じわりと汗が滲むのを感じる。

 

それが暑さによるものだけではないというのは、カルロスも自覚していた。

 

 

 

マウンド上に目を向ける。

凛とした立ち姿は、昨年と変わらない。

 

少しばかり、身体は大きくなったか。

 

特に背中周りや太腿。

大まかなシルエット自体が、若干大きくなっているように見える。

 

 

すっと左脚を引いたのは、マウンドの大野。

 

右脚を軸にしながら、身体を3塁側へと向ける。

過剰な程に全身を捻り、打者に背を向けた辺りで静止。

 

 

(…来る。)

 

 

弓のように込められた力を、全身を縦回転させて解放する。

 

外角低め、ストレート。

彼を象徴するボールであり、打者から見て最も長打を放ちにくいと言われているコース。

 

131km/hの直球が、ピンポイントに決まった。

 

 

「ットライーク!」

 

 

主審のコールと共に、黄色いランプが一つ灯る。

 

 

やはり、遠い。

外角低めという、打者目線から見れば最も遠いコース。

 

それを初球から、決めてきた。

 

 

(だが、手に負えないスピードじゃねえ。そこは、前回の方がやばく見えた。)

 

 

そんなことを思いながら、カルロスはバットを構えた。

 

 

2球目、同様のコース。

今度はカルロスも、振りに来た。

 

130km/hのフォーシーム。

コンタクトするも、打球は三塁線切れてファールとなる。

 

 

(合わせてきたか。)

 

(想定内だ。”これくらい”なら、幾分かは合わせてくるだろ。そこまで舐めちゃいない。)

 

 

カウント0-2。

バッテリーが追い込んだ形で勝負する、3球目。

 

一度、縦に割れるカーブを放った。

 

 

弧を描き、加速するようにして落ちる。

 

落差こそさほど大きくはないが、ストレートとのギャップのあるこのボールもまた、高い奪三振率を誇る。

 

 

しかしカルロスは、これを見送った。

 

 

(OK、そのカーブなら見切れる。)

 

 

少しばかり反応を見せたが、やはりカルロスも好打者。

縦に割れるカーブを見送り、カウントは1-2となる。

 

しかし、依然バッテリーが有利のカウントである。

 

 

(カーブは見るか。)

 

(まあ、センバツでも結構見逃されたからな。あっちでも、序盤は意外と対応されてる。)

 

 

ストレートに目線が行く後半はかなり効いてくるのだが、タイプによっては序盤カーブを見送られることはある程度仕方がない。

 

そもそも、このボールも布石。

 

最後の決め球を生かすための、プロセスの一つである。

 

 

(まあ、いい。肘の負担を考えるとツーシームカットはまだ温存したい。少し、ギア入れられるか?)

 

(長期戦になる以上、仕方ない。ここは”入れ時”だ。)

 

 

御幸のサインにこくりと頷くと、大野は投球姿勢に入った。

 

 

(カーブの後のストレート。さっきの感じなら、対応し切れる。)

 

 

息を吐くカルロス。

構える大野。

 

緊迫したグラウンドで、両者の視線は交錯した。

 

 

(来いよ、ストレート。)

 

 

勝負の4球目。

身構えたカルロスの視界に、閃光が走った。

 

 

外角低め。

 

先の2球とは比べ物にならない威力のストレート。

突き抜けるような真っ直ぐは、カルロスの反応速度を超えてミットに収まった。

 

 

「言っておくが、お前たちの想像以上に夏輝は化けてるからな。後ろの奴らにも覚悟しとけって伝えとけよ。」

 

 

ポトリと落ちた青い帽子。

それを拾い上げ、土の着いた部分を軽く右手で払う。

 

 

そんなマウンドの先では、先程のカルロスのセリフを返すように、御幸はボソリと煽る。

 

あまり苛立ちを見せないカルロスですら、御幸からの言葉に思わず表情を歪めた。

 

 

(三味線張ってたってことか、前の2球は。)

 

 

恐らくは、最後の1球すらも全力ではないだろう。

 

 

球速表示は、137km/h。

彼の自己最速は、薬師との試合で轟に投じた、142km/h。

 

 

はっきり言って、視認することすら難しかった。

 

 

 

バットを左手に携え、カルロスは次の打者である白河に耳打ちした。

 

 

「去年と違うのは確かだな。実力もそうだが、完全に見下ろしてきてんぜ。」

 

 

口角こそ無理に上げてはいるが、明らかに苛立ちを見せているカルロス。

 

無言で彼の言葉に頷くと、白河は打席へと向かった。

 

 

(見下ろしてる、か。いつからそんなに偉くなったんだ。)

 

 

打席で歯を食いしばる白河を、文字通り見下ろす大野。

 

雄々しく、凛として。

右手で白球を操るエースは、マウンドという絶対領域に佇んだ。

 

 

(ストレートが速いのは、分かっている。そのボールを軸にしているのも。)

 

 

ならば、狙わない手はない。

 

特に、この初回。

あのバッテリーの性格上、試合を掌握する為に捩じ伏せに来る。

 

となれば、あのストレートを確実に軸にしてくるだろう。

 

 

 

モーションに入る大野。

その大きなトルネードを見ながら、白河もバットを引く。

 

狙うは、その快速球。

 

 

 

しかし白河の視界に映ったのは、対照的に緩く鈍い遅球であった。

 

 

 

(…っ!チェンジアップ。)

 

 

外角低め。

成宮の伝家の宝刀であり、高い奪三振能力を誇る変化球。

 

彼のそれと比べれば、変化もしなければ凄まじいブレーキもある訳では無い。

 

遅いストレートと、言うべきか。

所謂、チェンジオブペースというもの。

 

 

ストレート狙いに対してタイミングを外すには十分すぎるのだ。

 

 

思い切り空振った初球。

しかし、迷う訳には行かない。

 

特に大野の真骨頂は、ストレートを含めた3つの速いボール。

 

 

遅い球も続けることはなく、どちらかと言うと快速球を軸にしていく。

だからこそ遅い球ではなく、速いボールに狙いを定めなければ本末転倒なのだ。

 

 

2球目。

白河の見立てでは、チェンジアップでタイミングを崩してからの、ストレート。

 

そんな彼の思考を読んでか、対して御幸が要求したのは。

 

 

再び、チェンジアップであった。

 

 

(そう何度も。)

 

 

しかし、白河も簡単にやられない。

 

都内でも有数の巧打者である彼は、そのチェンジアップをミートした。

 

 

打球は、三塁線切れてファール。

追い込んだとはいえ、いい打球を返された。

 

 

(合わせてきたか。)

 

(問題ない。それに白河はいい打者だ、これくらいは想定内だろ。)

 

 

表情を変えず、真っ直ぐ御幸を見つめる大野。

 

共に意思疎通を済ませると、御幸はすっと右手でサインを出した。

 

 

(捩じ伏せるぞ。コースは間違えるなよ。お前の個性、見せつけてやれ。)

 

(今更。俺は俺らしく、だろ。)

 

 

腰を捻り、投げ込む。

選択したのは、やはりストレート。

 

先程の外のチェンジアップに対して。

 

今度は、内角高め。

 

打者から見て最も遠いコースへの遅いボール。

そこから、今度は最も近いコースへの快速球。

 

 

一歩間違えれば、危険なコース。

しかしそれを間違える、投手ではない。

 

この試合2球目。

唸りをあげるストレートが、白河の胸元を抉った。

 

 

今大会出塁率6割の白河を、たった3球。

138km/hのストレートで、空振り三振で斬って取った。

 

 

(くそ。)

 

 

分かっていても、打てない。

しかしそれ以上に、明らかにこちらを見下ろした配球に完全に、白河は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

無論、バッテリーからすればそんなことを思っていない。

 

 

寧ろ白河は、この稲実の中でも警戒していた1人。

だからこそ、その白河を圧倒することで力を見せつける。

 

相手打線に重圧と焦りを植え付ける為に、だ。

 

 

 

「珍しいですね、白河さんが三球三振なんて。」

 

「…実際見てみればわかる。あいつのストレートは、全国で見てきたどんなボールよりも速い。」

 

「そんなにですか。」

 

「あまり、選択肢を広げすぎるなよ。何もできなくなる。」

 

 

 

すれ違いざま、耳打ちをされる。

 

赤いランプが、2つ灯る。

順当に、打者を2人斬り捨てた証。

 

ツーアウトから打席に入るのは、大野と初対面の早乙女である。

 

 

(白河さんがあそこまで言うとは。でも、球速は140にも満たない。実際どうなんだ、どんな軌道なんだ?)

 

 

今大会の打率は、5割越え。

チームでも高い打率を誇っている、打者の1人。

 

バットコントロールには、自信がある。

速球に負けない対応力も、ある。

 

 

(ツーシームとカットもあるんだよな。)

 

 

マウンドの大野を見据えながら、バットを掲げる。

 

帽子の鍔に隠れた瞳。

深く被られた帽子の影で若干隠れた表情が、何となく不気味に感じる。

 

重圧というよりは、熱気。

まるで大きくない体格のはずなのに感じる大きさは、彼のエースとしての力を誇示しているものなのだろう。

 

 

まずは、様子を。

そう思った矢先、ストライクとボールゾーンの丁度境目の部分に、その快速球は決まった。

 

 

(勝手に警戒してくれれば、楽だな。)

 

 

1つ目のストライクを取り、受け取った白球を捏ねるようにして触れる。

 

 

初回にツーシームとカットを使うつもりは、更々ない。

長期戦になる以上、抑えるべきところは抑えたいからだ。

 

肘は完治したとはいえ、不安要素がないとは言えない。

 

特に一般的なそれに比べると捻りの要素が強い2つのボールは、大野の肘に負担をかける。

 

 

それに、大野の真骨頂は高い制球力を生かした圧倒的な投球。

だけではなく、3種の速いボールを巧みに操って打者を幻惑する、打者に誤認させる投球である。

 

 

2球目。

今度は僅かに内に入れたボール。

 

コントロールを誤った訳では無い。

普段ツーシームを投げ込む支点に投げることで、的を絞らせないため。

 

初見では捉えられないと理解した上での、餌まきである。

 

 

(くそ、速い。)

 

 

案の定、振り遅れてファール。

 

球速にして、132km/h。

しかしそのキレの良さとホップするような軌道に、中々初見では捉えきれない。

 

 

 

(最後はなんだ?ツーシームか、カットか、それとも抜いてくるか。)

 

 

早乙女の頭に浮かぶ、選択肢。

 

しかしその迷いが。

その一瞬の思考が、彼の反応を鈍らせる。

 

 

「うぉ!」

 

 

最後は胸元を抉る直球、134km/h。

 

高めに投げ込まれたことによってホップした直球。

完全に振り遅れ、更にはボールの下を完全に振ってしまい空振り三振となった。

 

 

 

灯ったランプが、消える。

それは、相手の攻撃を終えた証。

 

野手が掴んでのアウトは、なし。

 

つまりは、3人の打者全てを三振で斬って落として見せた。

 

 

 

悠然と、マウンドを歩いて降りる。

帽子の鍔に右手を当てながら、大野は天を仰ぐ。

 

 

「いい感じだな。」

 

「あぁ、感覚も悪くない。調整させてもらったからには、それだけの働きはする。」

 

 

御幸の言葉に、返す。

 

実際身体の調子はいい。

これも、準決勝を温存してくれたチームメイトのおかげだ。

 

特に、沢村と降谷には頭が上がらない。

今こうして成宮との投げ合いに集中できるのは、間違いなく彼らの力投のおかげだからだ。

 

 

「いい立ち上がりですね。」

 

「ナイスピッチです夏輝さん!」

 

 

そんな頭の上がらない2人の手厚いドリンクサービスに苦笑を浮かべながら、大野は紙コップを受け取った。

 

 

「悪いな。」

 

「いえいえ、グイッとやっちゃって下さい!」

 

 

渡された紙コップに口をつけ、補給する。

 

甘い。

だがそれ以上に、染みる。

 

 

この炎天下。

水分補給を怠れば、確実にコンディションは崩れる。

 

適度にエネルギーを補給して、その背もたれに体重を預けた。

 

 

ベンチから、こちらの4番を三振に切ってとる成宮を見つめる。

そして直ぐに、その天を見上げる。

 

 

 

空は青空。

 

雲ひとつないその晴天は、2人の好投に呼応するように輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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