燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード222

 

 

 

 

(やはり、こうなっちまったか。)

 

 

先程の御幸と大野の会話を横で聞いていた落合。

ゆっくりとマウンドへ向かう大野を見つめながら、彼は顎に蓄えられた豊かな髭に右手を当てる。

 

 

ここから先は、全力投球。

 

突如としてギアを上げた成宮に対して、感化されたかのように大野も出力を上げるつもりだろう。

 

長期戦を見込んでいた落合は、やはりと言うべきか大野の体力面での懸念を考えていた。

 

 

体力と言っても、スタミナではなくどちらかと言えば肘や肩などの筋疲労による筋への負担。

昨年に痛めたそこが、唯一の懸念ではあった。

 

 

とはいえ、成宮の投球で勢いを持っていかれてはそれはそれで、流れを持っていかれ兼ねない。

 

 

何より、負けず嫌いなライバル2人の投げ合い。

3年連続で地区決勝での投げ合いという因縁めいたものもある。

 

そんな2人が投げあって、いつまでも抑えているはずがない。

こうなることは、片岡や落合含め、多くのチームスタッフが察してはいた。

 

 

寧ろ、よくここまで我慢したというべきか。

内心で落合はそう呟きながら、落合はベンチへと体重を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(みんなには、迷惑をかけるな。)

 

 

ゆっくりとマウンドへ向かいながら、大野はそんなことを考える。

 

 

チームの為ではなく、自身のプライドの為に投げる。

はっきり言って、エゴと言われても仕方がない。

 

しかし、勝つ為に。

ただ、目の前の世代最強の投手に投げ勝つ為に。

 

 

(ここから先は、俺の闘いだ。俺と鳴が、どちらが上か。それでこの試合の結果は決まる。)

 

 

帽子の鍔に手を当て、俯く。

 

目を瞑るのは、己の心に向き合うため。

息を吐くのは、勝負以外の雑念を捨てるため。

 

いつものルーティンを改めて行うと、大野はゆっくりと目を開いた。

 

 

じっと、射抜くように打席へと視線を向ける。

延長線上にいた御幸が、ポンと胸元に右手を当てた。

 

 

(1人にしないって言っただろ。俺がついてる、お前は鳴との勝負に集中しろ。)

 

 

以心伝心。

数多もの激戦を潜り抜けてきたからこそできる、2人だけの意思疎通。

 

御幸のメッセージを受け取り、大野は小さく頷く。

 

 

(悪いな。)

 

(良いって。)

 

 

表情は見えないものの、感覚でわかる。

 

笑顔と笑顔の18.44m。

怪物が、マウンドと言う名の玉座にゆっくりと昇った。

 

 

 

 

 

 

ロージンバックを掌で遊ばせ、プレート近くで凛と立つ。

 

宙に舞う白銀の粉塵が、消える。

 

 

佇まいからわかるエースの風格。

しかし、打席に入った早乙女は、先程までの大野の風格に若干の違和感を感じ取った。

 

 

(さっきより圧力が弱くなった。)

 

 

肌を突き刺すような、圧倒的な実力を持つ投手特有のプレッシャー。

オカルト的なものかもしれないが、先程に比べるとそれが弱くなったように感じる。

 

 

(気を抜いてる?そんな風には見えない。)

 

 

過ぎった疑問。

しかし、大野の表情を見た瞬間。

 

悪い予感が、早乙女の中で駆け抜ける。

 

 

(マウンド上でのあの笑み。これもしかして、ヤバいやつ?)

 

 

 

昨年の同カードでの決勝。

そして今年の春のセンバツ。

 

世代最強クラスとの投げ合いの時。

 

大野は決まって、マウンドで笑みを浮かべていた。

 

 

 

きらりと煌めく、大野の瞳。

果てなく続く深海のように深い輝きを放つ青い瞳は、彼の集中力を象徴している。

 

エースとしてではなく、個人の投手として。

成宮鳴という世代最強左腕に向かっていく彼は、すっとグローブを口元へと上げた。

 

 

 

(…来い、夏輝。)

 

 

御幸がサインを送り、頷く。

 

射抜くような視線。

ゆったりと、マウンド上の大野が動き出す。

 

 

左脚を引き、まず静止。

そこからゆっくりと、そして大きく腰を捻り始める。

 

打者に背中が見えるほどの位置まで到達すると、捻りによって生まれたエネルギーを溜める。

 

静止から、解放。

 

左脚を伸ばしながら身体を捻転。

 

過剰なまでに集約された力。

左脚を踏み込み、連動するように全身を回転させる。

 

 

(…どう出る。)

 

 

タイミングを合わせ、早乙女が足を上げる。

 

先程と同様のリリースタイミングに合わせる。

 

 

甘いコースが来ることは、ない。

だからこそ、最初から厳しいコースに狙い澄ます。

 

インハイか、アウトローか。

 

 

しかし予想と異なり、大野が投げ込んできたのは外角高め。

多少振り遅れてもヒットゾーンに落ちやすいコースである。

 

 

(初球とはいえ、狙う…!)

 

 

角度、タイミング。

共に、完璧。

 

しかしそれは、あくまで。

 

 

先程までの、大野のボールだったらの話だ。

 

 

「ストライーク!」

 

 

乾いた破裂音と共に、コールされるはストライク。

つまり、早乙女が空振りをしたという証拠である。

 

 

勢いの余り、ポトリと落ちる帽子。

大野がそれを拾い上げるタイミングを見図り、御幸がボールを返す。

 

白球を受け取ると、その流れのまま再びプレートに足を掛けた。

 

 

淡々とした仕草。

そのボールの勢いに早乙女は息を呑んだ。

 

 

(まだ上がるのか、この人のギアは。)

 

 

決して難しいコースではない。

しかし、当たる気がしない。

 

大野のストレートは、はっきり言って極まっていた。

 

 

2球目、外角低め。

先程とのギャップ、認識を改めるために今度は見送る。

 

追い込まれたが、こればかりは仕方ない。

 

 

勝負してくるか、外してくるか。

恐らくゾーンで勝負してくるだろう。

 

彼の…というより、彼らの性格上恐らく最後もストレートだろう。

 

テンポがよく、強気。

そして、こちらを捩じ伏せにかかる。

 

 

 

最後に投げ込まれたのは、インコース高め。

タイミングを修正した早乙女は、改めてこの速いボールに合わせる。

 

外から、内。

彼の常套手段であり、最も効果的な投げ分け。

 

 

しかし、ある程度予測はできていた。

一番速く感じるコースだからこそ、そこにタイミングを合わせて他は上手く対応する。

 

 

厳しいコース。

迷わず、振り抜く。

 

打球は、大きく芯を外して鈍いピッチャーゴロとなった。

 

 

「こっちもバカじゃねえんだよ、そう愚直に攻めねえって。」

 

 

コロコロと転がる、白球。

フィールディングにも不安要素がない大野が丁寧に捌き、ファーストの前園がそれを受け取る。

 

それと同時に、一塁塁審のアウトコールが宣告された。

 

 

(っ、例のカットボールか。)

 

 

一般的なそれに比べれば大きく横に曲がり、また彼独特のリリースの影響で生まれる強い揚力から真横に吹き上がるようにして変化する。

 

さらに言えば、ジャイロ回転による空気抵抗の少なさから生まれる加速。

 

ストレートに合わせたはずなのに、振り遅れる。

それが、大野の剣のひとつであるこのカットボールである。

 

 

 

「1アウトー!」

 

 

内野でボールを回す間、御幸がそう声を張上げる。

それを機にチーム全体が試合全体を盛り上げ、言葉を連ねる。

 

そんな中でも、大野はただ一人自身の世界に入り込んでいた。

 

 

(アベレージ型の打者だったが、却って手を出してくれたか。)

 

 

無言で足元を慣らしつつ、息を吐く。

 

試合前から、どこか小湊に近いものを感じており、それなりに警戒していた。

やはり予想通り、高い対応力は小湊に通ずるものがある。

 

 

 

一塁から首を傾げつつベンチへ戻る早乙女。

そんな姿を見ながら、大野は直ぐに次の打者へと視線を向けた。

 

続く打者は、四番。

打線の花形であり、このチームの主砲。

 

 

昨年の原田は高い対応力に加えて勝負強い打撃を売りにしていた。

 

対して今年の四番である山岡は、完全なホームランバッター。

 

 

よく言えば、典型的なアーチスト。

悪く言えば、扇風機。

 

普段の大野であれば、この手のタイプはとことん得意なのである。

 

 

しかし、この1点がものを言う投手戦となれば、話は別。

一発でも喰らってしまえば、試合が決まりかねない。

 

となれば、プレッシャーは普段の何倍にも跳ね上がるのだ。

 

 

 

(ったく、こんな空気にしやがって。これだからあいつとの投げ合いは疲れるんだよ。)

 

 

ふっと、また笑みが零れる。

 

心の中で悪態こそつきぞ、やはりこの張り詰めた緊張感が心地良い。

ただただ、好投手である成宮との投げ合いが楽しくて仕方がなかった。

 

 

右の強打者である山岡。

まずバッテリーが選んだボールは、縦に割れるカーブであった。

 

縦割れの要素が大きいものの、若干逃げるようにして変化するこのボール。

 

 

タイミングを外されたからか、山岡はまずこのボールを見送った。

 

 

「ストライーク!」

 

 

ストライクゾーンギリギリ。

とは行かず、僅かに高い。

 

カウントを取りに来た為ある程度甘くても仕方がないが、それ以上に御幸はこのカーブの変化にとある確信をしていた。

 

 

(変化が小さくなってキレが増した。昨年もそうだったけど、やっぱノッてくるとこのカーブの変化の仕方も変わるのか。)

 

 

この状態になればそもそもカーブの比率が減るため、さほど気にするほどの違いでは無い。

 

とはいえ、彼が昨年の決勝戦同様の集中力を見せていることを証明するには十分すぎる事象であった。

 

 

2球目、ここも再びカーブ。

真ん中付近から、今度はボールゾーンまでしっかりと落とす。

 

このボールを、山岡は強振。

タイミングは合っていなかったものの、その鋭いスイングは観客を沸き立たせるには十分である。

 

 

(去年よりスイングはシャープになったな。)

 

 

とはいえ、追い込んだ。

まだ2球目、ストライクの2つのボールしか使っていない。

 

あと遊び球は、3つ使える。

 

そんな中、御幸はサインを出した。

 

 

 

(ここからノっていくなら、これでしょ。)

 

(相手は四番だぞ。捉えられれば、スタンドインだ。)

 

 

 

続けて御幸が構えたコースは、内角高め。

 

しかも出されたサインは、ストレートときた。

 

 

若干不満げな表情を浮かべた大野に、御幸は不敵な笑みを浮かべて自身の胸を叩いた。

 

 

(捉えられるのか、今のお前の球を。)

 

 

そう言われてしまえば、大野は答えざるを得ない。

彼の期待に、そして山岡の想定をこえなければならない。

 

しかし、大野は笑った。

 

 

(悪いやつだ、お前は。)

 

(褒め言葉として受け取っておくぜ。見せてくれよ、今のお前の全力をよ。)

 

 

彼らの思考と思惑がリンクした時。

エースが繰り出した直球は、過去の全てを凌駕した。

 

 

 

『出ました今日最速!141km/hのストレートで空振り三振!この選手の底はどこにあるのでしょうか!まだまだギアを上げていきます!』

 

 

思わず実況席でも興奮が抑えられないような投球。

 

初回からもそこそこ圧倒していたものの、先程までとは球の質も立ち振る舞いもまるで違う。

 

会場を盛り上げるような魂の投球は、正に無双。

 

 

 

(早乙女の言っていたことが、何となくわかる。確かに圧力はさっきより感じないけど。でもこの感じ、俺が去年ベンチで見た大野さんと同じだ。)

 

 

その勢いは5番に入っている多田野に対しても、同様に襲い掛かる。

 

 

ストライクゾーン一杯のアウトローに、140km/hのストレート。

さらに2球目は、全く同じコースからツーシームを落として空振り。

 

山岡同様、たった2球で追い込まれた。

 

 

 

遊び球を使うような性格じゃないのは分かってる。

ストレートか、ツーシームか、カットボールか。

 

多田野が選択肢を絞る最中。

 

 

「残念、そのどれでもねえよ。」

 

 

最後は外角低めのチェンジアップ。

 

速いボールに狙いを澄ましていた多田野はいとも簡単に空振り。

完全にタイミングを外され、崩された形での三振となる。

 

 

マウンドから見下ろすエース。

大野夏輝という圧倒的な投手に跪くような形で、多田野は彼を見上げた。

 

 

強気にくるかと思えば、躱してくる。

強引に押しても取れるはずの空振りを、裏をとって更に穴を無くす。

 

圧倒的な実力を持つ投手が、絶対的信頼感を預けている強かな捕手。

 

 

正に阿吽。

 

これ程までに恐ろしく、更には理想的なバッテリーが他にいただろうか。

 

 

 

『三球三振!遂に世代最強右腕の全力がベールを脱ぎました!』

 

 

マウンドに木霊する咆哮。

 

恐らくこれが、大野の全力。

表情を歪めながら、多田野はベンチへと引き上げた。

 

 

確かに凄まじい勢い。

それに、圧倒的な投球だ。

 

 

 

この大野夏輝と御幸一也というバッテリーに唯一対抗できるとすれば。

 

 

 

「そうだよ、お前はそうでなくっちゃ。そうでなくっちゃ、始まんねえよ。」

 

 

途端、成宮から熱が湧き上がる。

 

大野は、応えてくれた。

自身が先に行ったとは言え、長期戦のリスクを覚悟しながら彼も全力を出してくれた。

 

そんな力に呼応するように、成宮は笑う。

 

 

 

 

「行きましょう、鳴さん。」

 

 

ベンチを出ようとした途端、意外にも多田野から引っ張られるようにして声をかけられる。

 

 

「なんだよ、やけに前のめりだな。」

 

 

茶化すように、成宮が多田野に言う。

すると彼もまた、ミットを叩いて強く返した。

 

 

「俺も、負けたくないと思いました。」

 

「逆に聞くけど、ここまではそうじゃなかったのかよ。」

 

 

予想外の返答に、成宮も表情を変える。

しかし続けざまに答えられた多田野の言葉に、彼は再び笑顔に戻った。

 

 

「いえ。俺はあの人に、御幸さんにも負けたくない。大野さんと御幸さんのように、俺も鳴さんの力を最大限活かしてみせます。」

 

「でかい口叩いちゃって。でもまあ。」

 

 

帽子の鍔を掴み、成宮は微笑む。

 

そして、ベンチ前で多田野に向けて左拳を突き出した。

 

 

「行くか!」

 

「はい!」

 

 

 

この決意を皮切りに、投手戦は更に加速する。

 

 

続く5回。

大野の投球に負けじと、成宮も三振を量産。

 

この試合遂にチェンジアップを解禁し、大野同様に三者連続三振で青道打線を完全掌握。

 

 

 

互いの全力をぶつけ合い、高め合う。

 

成宮が三振を奪えば大野もそうする。

そして、吼える。

 

 

長きに渡る投手戦を予感させる、2人の投げ合い。

 

 

 

 

しかし7回。

膠着した試合が遂に、動き始める。

 

 

 

 

 

 

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