燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

228 / 283
エピソード224

 

 

 

 

『ランナー走ったー!ここは悠々セーフ!執拗な牽制もありましたが、カルロス、ここは自慢の瞬足で二塁を陥れました!』

 

 

二塁ベース上、下半身に着いた土を払いながら、カルロスが不敵に笑う。

 

 

(散々フラストレーション溜められてんだ。これくらいの嫌がらせはさせてもらうぜ。)

 

 

どうにも一点をやりたくない場面。

ここで最も置きたくないランナーを、ノーアウトで置いてしまった。

 

 

(確実に来るならバントだが。)

 

(だろうな。鳴の状態としても、一点をあれば十分って思うのは不思議じゃない。)

 

 

というか、俺が監督でもそうする。

内心でそう付け加えると、御幸はミットを構えた。

 

 

簡単にやらせるつもりはないが、それでも球数が嵩むよりはマシ。

 

しかし、バスターエンドランの可能性も捨てきれない。

 

 

ストライク先行で、変化球も織り交ぜる。

小技の上手い白河とはいえ、そう簡単にはやらせない。

 

 

 

対して打席の白河は、ベンチへと視線を向けてからバントの構え。

奇策はなく、ここは慎重な姿勢を見せた。

 

 

(この相手にベストは難しい。今はベターでいい。1点さえ、1点さえあれば今日の鳴は止められない。)

 

 

 

ベストは、ヒットによるチャンス拡大。

欲を言えば、カルロスを返した上でのツーベースヒットで、連打による得点を奪いたい。

 

しかしながら、それができているのであれば、昨年の試合も9回で終わっていただろう。

 

 

連打を許さない相手。

ただ単純な投手としての力量もそうだが、先発投手としての立ち振る舞いや技術も素晴らしい。

 

成宮の力配分とは違い、正しくギアチェンジの技術がある。

その為、彼のスタミナも相まって終盤でのチャンス拡大も、漫然と攻撃すれば見込めない。

 

 

ならば、この少ないチャンスを確実にものにする。

 

 

 

3球目の、ツーシーム。

外角低めのボールゾーンまで沈むこのボールを上手くピッチャー前に転がし、カルロスを三塁へ。

 

難しいボールだが、これをしっかりと送ってみせた。

 

 

(その球には散々やられたから。転がすだけなら、どうにでもできる。)

 

 

昨年の試合も合わせても、ヒットはなし。

それ程までに、白河が苦手としている投手。

 

とはいえ、大きなバント成功。

 

これで犠牲フライでも1点が取れるようになった。

 

 

ここから打順はクリーンナップ。

早乙女は打率も高く長打もそこそこにある為、犠牲フライなり打点をつけるには申し分ない選手である。

 

 

 

(さて、と。)

 

 

息を吐き、カルロスに一度視線を向ける大野。

 

鈍いゴロなら、確実に帰ってくる。

三振を取るのが最善ではあるが、出来ることなら球足の速いゴロでランナーを返したくは無い。

 

 

状況を整理し、大野は打者の方へと視線を移した。

 

 

 

初球、低めのボール。

何としても失点を防ぎたい以上、バットに触れさせないというのが一番安全。

 

となれば、空振る可能性の高いボールの選択。

 

 

初球は低めのツーシームを振らせ、まずは1つ目のストライクを奪う。

 

 

2球目は、同じ支点からのストレート。

今度は沈まずに伸びる快速球に振り遅れ、前に飛ばずファールとなる。

 

 

何とかカルロスを返したい早乙女。

追い込まれたものの、ここは1度リセットすべく息を吐く。

 

そしてチラリと、ベンチへと視線を向けた。

 

 

 

対して、早乙女を送った稲実ベンチサイド。

 

絶対的エースである大野から奪えた、大きな大きなチャンスを如何にものにするか。

 

 

ここで得点ができるか否かで、試合展開は大きく変わる。

場面としては確かに得点が入りやすいが、昨年はここから中々得点が動かなかった。

 

 

 

早乙女は、ここまで2三振。

ミート力が売りの打者ではあるが、大野と初対面ということもあり中々捉えることができていない。

 

 

「ここは手堅く行きますか。」

 

 

ベンチから打席へと視線を向ける國友に、部長である林田が問う。

 

確実に点を奪いに行くのであれば、スクイーズも選択肢にはある。

しかし國友は、表情ひとつ変えずに返した。

 

 

「いや、ここは打たせる。あのクレバーなバッテリーであれば、スクイーズを予測して却ってチャンスを潰しかねない。」

 

 

それに、と付け加えて國友は首を鳴らした。

 

 

「ひとつの綻びが起きれば、視野は狭くなるものだ。特に、責任感の強い2年生などはな。」

 

 

3球目。

低めストライクゾーンからボールゾーンまで落ちる球。

 

左打者の早乙女からすれば、逃げながら沈む難しいボール。

 

 

しかし彼も、この稲実のレギュラー。

さらに言えば、クリーンナップを任される選手。

 

 

(俺にも、意地と誇りは…ある!)

 

 

低め、ボール球。

ストレート同様のスピードで、加速せずにストンと落ちる。

 

身体を上手く折りながら、右手一本で当てた。

 

 

「くそ!」

 

 

しかし、内野安打には打球が強い。

カルロスも帰るのは、無理。

 

ここはサードの金丸がしっかりと掴み取る。

 

 

 

一度、三塁ランナーのカルロスを視線で牽制。

 

流石に動く気配を見せずに、金丸が一塁へと送球する。

 

 

(博打ではない。洗練された勝負勘と、思い切りの良さ。その勇気で風穴をあけろ、カルロス。)

 

 

しかし、その刹那。

セオリー通り一塁へ投げようと金丸が振りかぶったとほぼ同時に、カルロスはホームへと駆け出す。

 

 

気がついた時にはもう、一塁からホームへ修正できない。

 

 

「バックホーム!」

 

 

大野が声を上げるまでもなく、前園は判断。

サードから投げられた送球を前園が受け取り、急いでホームへ。

 

 

全く予期していなかった、ホームスチール。

僅かに浮いた送球の隙を狙い、カルロスはその身をホームへと投げ出した。

 

若干高くなった送球。

そこから御幸がタッチの姿勢を見せる。

 

 

ヘッドスライディングによる低姿勢。

ほんの僅か、若干逸れた送球。

 

数cm、カルロスのスピードと技術が上回った。

 

 

「セーフ!」

 

 

主審が両手を広げると同時に、普段寡黙な國友は拳を握りしめ。

 

決して大きくは無いが声を漏らした。

 

 

「…よし。」

 

 

 

ホームベース上、うつ伏せのカルロスが何度も地面を叩き、喜びを露わにする。

 

大盛り上がりの稲実サイド。

ベンチも観客席も、割れんばかりの大歓声。

 

 

 

同時に、マウンド上でエースは一人天を仰いだ。

 

流れる汗すらお構い無し。

ほんの数秒でしかないが、大野はただ。

 

歯を食いしばるも、声を上げることはなかった。

 

 

時間にして、5秒。

その後、大野は唇を噛んだ後に息を吐く。

 

 

2アウト。

ランナーは、なし。

 

失点は、1。

 

 

最も与えたくなかった、先制点。

それを、この終盤に与えてしまった。

 

 

(…夏輝。)

 

 

御幸が駆け寄ろうとするも、大野がそれを右手で制止する。

 

 

(あとひとつ、取る。まだ俺の責務は、果たされていない。終わっても、いない。)

 

 

僅かにくすんだ青い瞳が、再び光を放つ。

徐々に輝きを帯び、先程同様に深みを増し始めた。

 

 

 

ロージンバックに手を当て、息を吹きかける。

 

あくまでルーティン通りに。

ここは冷静に、大野は振る舞った。

 

 

 

打席には、4番の山岡。

ぼそりと、大野は呟いた。

 

 

「今はただ、信じる。みんなが俺に、そうしてくれていたように。」

 

 

右腕は唸りを上げ、主砲のバットが空を切る。

 

3球続けてのストレート。

それも全て、140km/hオーバーの圧巻のピッチングで、山岡を三球三振で抑え込んだ。

 

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

乾いたミットの音と共に、大野はゆっくりとマウンドを下りる。

 

悔しさを露わにするでもなく、感情を出すでもなく。

ただ僅かに、歯を食いしばりながら。

 

 

(やっちまったなぁ。)

 

 

腰に手を当てながら、ゆっくりとベンチへと向かう。

 

 

確かにカルロスを出してしまったのは、金丸のエラー。

しかし元々、ゴロを打たせれば内野安打の可能性が高い打者なだけに、処理を焦るのは当然とも言える。

 

加えて、打点を計上したホームスチール。

あれに関しては、大野も予測していなかったプレーでもある。

 

 

そこまで、金丸を責める訳にはいかない。

 

 

 

はっきりと、会場の明暗が分かれる。

 

 

一方は念願の得点に大盛り上がり。

 

3年連続の甲子園への期待を大きく前進させるワンプレーに、稲実サイドはこの試合一番の熱気を生み出す。

 

 

もう一方は、ついに与えてしまった先制点、更には昨年のフラッシュバックに思い空気が立ち込めていた。

 

 

去年も、失点はヒットによるものでは無い。

力尽きた大野が暴投したことによる、ホームイン。

 

場面と回は違えど、やはり青道の面々はその記憶と今回の試合の流れが脳裏に焼き付く。

 

 

ナインたちは既にベンチへ戻っており、重い空気が流れている。

 

 

 

そんな最中。

ゆっくりと最後に戻った大野が、口を開いた。

 

 

「俺はずっと、信じてるから。」

 

 

そう言いながら、ベンチ裏へと下がる。

 

アンダーシャツも、汗で大分重くなってしまった。

3枚目の替えを用意しながら、大野はフッと息を吐いた。

 

 

(やっ、ちまったなぁ…まじで。)

 

 

エラー絡みとはいえ、失点。

それも、相手は絶好調の成宮。

 

先制点を得た成宮は、ゴールが見えた分ギアを上げるだろう。

 

そうすれば、先程までよりも打つのは困難になる。

 

 

アンダーシャツのまま壁に手をつき、表情を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その裏。

ベンチで大野が着替えをしている最中、ベンチまではナインたちが再び円陣を組む。

 

 

「大野はここまでよく投げてくれている。エラー絡みとは言え、自責の念に駆られながら、それでも腐らず投げ続けた。お前たちを、信じているからだ。」

 

 

ここまで、決定打となる当たりは出ていない。

 

特に上位打線に関しては、成宮が完全にギアを入れているためヒットすらあまり出ていない。

 

 

しかしそんな中でも、大野は打線の援護を信じていた。

 

 

選抜でも、勝ち抜いてきたから。

紛うことなき、日本一のチームだと大野自身が自負しているからだ。

 

 

「俺もお前たちを信じる。お前たちの過ごしてきた2年半と、この濃い経験を。」

 

 

そう言って、片岡は自身の胸に手を当てた。

 

 

「迷うな。お前たちは、強い。自分を、自分たちを信じろ。」

 

 

ナインたちが、声を上げる。

 

ここから先は、自身の力を信じるのみ。

小手先は通用しないが、真っ向から戦って勝つための練習をしてきたのは事実だ。

 

 

 

8回表。

この攻撃は、1番からの好打順で始まる。

 

ベンチから打席へと向かう倉持に、片岡は耳打ちする。

 

 

「倉持。お前はチームの加速装置だ。その突破力で、この現状に風穴を空けてこい。」

 

「はい!」

 

 

球児らしい大きな返事と共に、打席へ。

その後、ネクストバッターズサークルで待つ白州が、倉持の背中を叩いて言った。

 

 

「この地区のスピードスターはカルロスじゃない。お前だ、倉持洋一。」

 

 

倉持は小さく頷くと、軽く屈伸しながら、勝負の打席へと入った。

 

 

打席は、左の打席。

左投手と左打者では、バッター側が若干やりにくいとは言え、成宮の持ち球からすればさほど変わらない。

 

であれば、内野安打を狙ったこの左打席。

倉持のお家芸でも、ある。

 

 

(魂胆丸見え。まあでも、何して来ようがさ…)

 

 

美しいワインドアップから、投げ込まれる速球。

 

正に唸りをあげるというのに相応しい豪速球が、真ん中低めに投げ込まれた。

 

 

「関係ないね。全部真っ向から捩じ伏せてやるから。」

 

 

コースは決して厳しい訳では無い。

 

しかし、あまりの力強さと球速に倉持も思わず見逃してしまう。

 

 

2球目は、スライダー。

外角から鋭く曲がるこの変化球を見送ると、カウントは1-1。

 

続け様、今度はストライクゾーン内で変化させると、これはバットに当ててファールとなる。

 

 

4球目は、インコースのボールゾーンからストライクゾーンに入ってくるスライダー。

これもファールにして、カウントは1-2。

 

 

(何としても出る。)

 

 

追い込まれた。

そんな中でも自身に発破をかけるように、倉持は声を上げる。

 

しかしマウンドから、文字通り見下ろしていた成宮は余裕の表情を浮かべていた。

 

 

「眼中にねーよ、お前は。」

 

 

最後に投げ込まれたのは、外角高め。

高めのストレートに狙いを定めていた倉持のバットを掻い潜り、多田野のミットへと収まった。

 

球速にして、152km/h。

 

終盤に入り援護ももらった成宮は更にギアを上げて、捩じ伏せる。

 

 

 

「っ!」

 

 

地面にバットを叩きつけそうになりながら、堪える。

 

完全に狙い通りのボール。

しかし自身の対応力、打撃能力を完全に凌駕された上で、捩じ伏せられた。

 

 

何とかチャンスを作りたかった。

リードオフマンであり、大野と同じ3年生である自分が突破口を開きたかった。

 

手も足も出なかった。

 

それこそ本気の成宮の投球を目の当たりにして、自分は場違いだと叩きつけられているような気分であった。

 

 

悔しさで拳を握りしめながら、次のバッターである白州に耳打ちをした。

 

 

「さっきまでとはストレートのノリが違う。変化球のキレはさほどかわらねえし、コントロールは甘くなってきてる。お前なら多分、なんとかなる。」

 

 

倉持の感情を察しながら、白州は小さく頷く。

 

確かに本人の悔しさも感じ取れる。

ただそれ以上に、チームを勝たせたい。

 

何より、大野を勝たせたいという、彼の思いを感じた。

 

 

(分かってる。みんなの思いを背負って、何とか突破口を開く。)

 

 

大野がいつも、そうしているように。

 

軽くバットを振りながら、白州も打席に入る。

 

 

 

ここまで大野に助けてもらうことが多かった。

 

秋大も春の選抜も、選手としても精神的支柱としても彼の存在は大きかった。

 

 

彼のこれまでが報われるように。

 

そして、2年半。

この3度目の夏大決勝、何としてでも大野に勝たせたい。

 

 

(哲さんにはまだ、届かない。だが俺は俺として。)

 

 

大野を支えられるように。

その思いだけは、誰にも負けない。

 

青道の主将の系譜を受け継いだ努力の天才は、成宮の想定を上回った。

 

 

 

粘った末の7球目。

6球目に投げられたインズバのストレートと同軌道から僅かに抉り込むツーシーム。

 

これを上手く腕を畳んで、捌いた。

 

 

打球はライト線鋭く抜けていき、長打コース。

 

二塁ベースへとスライディングをし、白州は右腕を突き上げた。

 

 

失点を帳消しにするべくチャンスメイク。

1アウト二塁というチャンスでクリーンナップへと繋ぐ、突破口を切り開いてみせる。

 

 

(打たれたくない相手に打たれた。あまり考えたくは無いけど、この後の御幸さんの打席、はっきり言って失点の可能性が大きい。)

 

 

 

これが白州2番の強み。

高い出塁率を誇る主将がチームを鼓舞し、チャンスと大一番に強い4番が勝負を決める。

 

言葉にすれば単純だが、それ以上にこの2人による得点劇は驚異的なもの。

 

順番が逆のことが多いが、2人による速攻は特に好投手から得点する青道の王道パターンであった。

 

 

 

 

この大きなチャンス。

御幸に回す前に間を繋ぐ小湊もまた、仕事をこなすべく打席へと向かった。

 

 

(同点に追いつければ一番。だけどそれが難しいのは分かってる。)

 

 

右手に息を吹きかけて、木製バットを凛と掲げる。

 

頭を一度リセットし、心を落ち着ける。

難しいことは考えすぎない。

 

来た球に対して、反応して対応する。

 

 

(せめて良い形で、御幸先輩に繋げる。)

 

(性懲りも無く木製ね。それがお前の信念ってわけ。)

 

 

セットポジションから投げ込まれた、成宮のボール。

 

そこから、豪速球を投げ込んだ。

 

 

内角にズバッと決まる対角線投球、所謂クロスファイアを2球続けて投げ込む。

 

インコース厳しいボール。

ミートポイントの狭い木製バットの根っこを狙った、捌くことが難しい上に進塁打にもしにくいコースを攻める。

 

 

さらに最後は、前2球のストレートを完全に生かしたボール。

外角ストライクゾーンからボールゾーンまで沈むチェンジアップで空振りを取りに行く。

 

 

しかし小湊も、ここは抜群の対応力を見せる。

低めに沈みこんだチェンジアップを何とかバットに当てた。

 

ヒットゾーンまで上げることこそ出来なかったが、一塁の山岡が処理をしている間に白州が三塁まで進塁。

 

 

 

2アウトながら、ランナー三塁。

一打出れば同点という場面で、4番へと繋がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。