燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード225

 

 

 

 

子気味良いトランペットの前奏と共に、場内が湧き上がる。

 

 

2アウトランナー三塁。

先程の7回裏同様、得点圏にランナーを置いた状態で迎えたチャンス。

 

 

(まあ、な。こういう場面で回ってくるのは必然か。)

 

 

深呼吸をしながら、閉じていた目をゆっくりと開く。

 

自身が主砲だからこそ、こういう終盤の大事な場面で回ってくるのは、何度も経験してきた。

しかし今日ほどまでに得点を入れたいと思ったことは、御幸自身初めての経験であった。

 

 

身体が熱い。

緊張で筋肉が若干硬直しているのが、わかる。

 

それでも、何とかしなければならない。

 

 

 

早まる鼓動を抑えつつ、打席へ向かう。

 

監督は信じて送り出してくれた。

白州も、自身の仕事を全うしてこちらに回してくれた。

 

 

きっと大野も。

自分のことを信じて、我慢して投げてくれた。

 

 

4番として。

彼の女房役として。

 

自分が、打たねばならない。

 

 

 

 

 

打席に入る直前。

 

バットを、一閃。

そのスイングを見つつ、多田野はマスクに手をかけた。

 

 

(流石の重圧。それに何と言うか、何かを起こしそうな感じだ。)

 

(まあ、4番だもんね。こいつは昔からそういうとこある。)

 

 

試合終盤、ビハインド。

何とかしなければいけない場面でひっくり返す。

 

チャンス云々はもちろんの事、試合の終盤やここで一発欲しいという場面で、よく打つ。

 

故に、勝負師。

 

青道史上最強の天才エースを引っ張る4番もまた、天才であった。

 

 

 

(ランナーは気にしないで下さい。バッター集中で。)

 

(わかってる。そんな余裕ある相手じゃ、ないからね。)

 

 

 

ランナーに視線すら送らず、セットポジションに入る成宮。

 

初球、いきなりスライダー。

外角ストライクゾーンからボールゾーンに逃げる変化球。

 

左対左において特に効果的な逃げるボールで誘うが、ここは反応すらせずに見送った。

 

 

 

(研ぎ澄ませ。もっと奥に、もっと深く。)

 

 

そう内心で唱え、御幸はゆっくりと息を吐く。

 

 

2球目は、ストレート。

内角低めのボールを今度はスイング。

 

バットには当たっていたものの、これは振り遅れてファールとなる。

 

 

続け様、3球目もまたストレート。

今度は外角中段、比較的甘めのコースではあるが、今度は三塁線に切れてファールとなった。

 

 

(もうアジャストしてきたか。ここは、流石と言わざるを得ないな。)

 

(しかし、追い込んでいます。丁寧に、それでも強気に行きましょう。)

 

 

 

4球目もストレート。

外角低めの厳しいコースのボールだったが、これもバットに当ててファール。

 

 

カウント1-2。

バッテリー有利のカウントで、厳しいボールは全て手を出さなければならない。

 

 

5球目は、低めのゾーンまで落ちるカーブ。

彼特有の、縦に二段階曲がるような切れ味鋭いカーブにスイングを誘われるものの、御幸はこれも見送った。

 

 

(今のが手ぇ出ないんなら。)

 

 

続け様の6球目は、真ん中高めのストレート。

カーブの軌道を見たあとであれば、確実に反応が遅れるであろうこのコース。

 

しかし御幸は振り遅れるどころか、力負けすらせずに振り抜いた。

 

 

 

 

一閃。

 

甲高い打球音が鳴り響いた瞬間に、わあっと声が上がる。

 

 

鋭く振り抜かれたバットだったが、快音と共に打球は山岡のすぐ横をすり抜けて行った。

 

 

「ファール!ファールボール!」

 

 

途端に、観客席から漏れる溜め息。

あわや長打かという打球に、観客だけでなく多田野もまた息を飲んだ。

 

 

 

さらに7球目。

今度はストレートに擬態させたインコースのツーシーム。

 

ストライクゾーン内からボールまで切り込んでくる左殺しの、正に御幸と白州対策で用意したこのボールで打ち損じを誘う。

 

 

しかし御幸は、これすら見送って見せた。

 

 

 

(今のを見送るか。)

 

 

マスクに手をかけ、平常心を装っていた多田野は内心焦り始めていた。

 

 

終盤で、チャンス。

ここぞの場面に強い御幸にとっては、絶好とも言える場面である。

 

 

さらに、先日の市大三高との試合。

 

2点ビハインドで迎えた8回。

一発出れば逆転という場面で見せた、会心の逆転3ランホームラン。

 

 

彼が極限まで研ぎ澄まされたときの勝負強さは、都内に限らず全国区で見てもトップクラスの実力を誇るのだ。

 

 

 

だが、逃げては話にならない。

 

多田野は腹を括る為に、胸を強く叩いた。

 

 

 

(仕留めます。確実に低めに、高くなれば確実にやられます。危険なのはわかってますが。)

 

 

 

多田野のジェスチャーに、成宮も頷く。

そして多田野同様、自身の胸に左手を当てた。

 

 

 

(鳴さんを信じてますから。)

 

(言ってくれるね。)

 

 

 

息を吐き、成宮がセットポジションに入る。

 

カウントは、2-2。

まだ遊び球は使えるが、ここは勝負。

 

 

(来るか、チェンジアップ。)

 

 

 

御幸の脳裏に走るのは、伝家の宝刀。

 

追い込み且つ速球に視線を向けた最後の決め球として、順当なボールである。

 

 

彼のボールは、ストレートに対して速度が遅く、且つ手元でスクリューのように利き手側に大きく沈む。

故に奪三振率も高く、長打率もまた極端に低い。

 

 

(…来る!)

 

 

高く上げられた足に、全身を回転。

 

小さな身体を目一杯振り回し、踏み込み。

そこから左腕を、振り抜いた。

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

金属音と共に、若干鈍い当たりが成宮の横へ。

 

グローブを出すことなく打球の行方を追う。

視線の先には、白河。

 

ヒットになってもおかしくない当たりだが。

 

 

(…何とかするのもまた、俺の仕事。)

 

 

二塁ベースのすぐ横。

しっかりと白河は追いつき、スムーズな送球で一塁へ。

 

 

(届け…!)

 

 

ガラにもなく、御幸もヘッドスライディング。

際どいタイミング。

 

先程はセーフとなったクロスプレイ。

 

 

 

 

勝負の8球目。

 

軍配は、バッテリーへと上がった。

 

 

「アウトォ!」

 

「っしゃあァ!」

 

 

 

アウトコールと共に、マウンド上でエースが雄叫びを上げる。

 

左手を握りしめ、グローブをパンとたたく。

 

 

得点の動きやすい場面。

 

そして、失点の可能性が高い場面で、且つライバルである御幸の打席。

 

 

勝利へと大きく前進した成宮は闘気を全面に出し、マウンドを下りる。

そのさらに奥にて、ベンチ内で國友もまた右手をぐっと握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一塁ベースを抱え込み、動かない御幸。

 

そんな姿をベンチから見ながら、大野は目を瞑る。

 

 

何も言わない。

ただゆっくりと息を吐き、ベンチ内に入る。

 

 

外していた帽子を被り、少し躊躇いながらも自身の朱色のグローブへと手を伸ばす。

 

 

「大野先輩!」

 

 

右手でグローブを取る直前、聞き慣れた声に反応し振り返る。

 

自身を呼んだ主は、金丸。

先程エラーから失点を許した彼が、悔しさを滲ませながらこう言った。

 

 

「エラーした俺が言うことじゃないのはわかってます。だけど、絶対取り返しますから。だから…」

 

 

そこまで言うと、大野はニコリと笑って金丸の頭にポンと手を置いた。

 

 

「気負うなよ。背負うのは俺の、俺たちの仕事だ。お前は思い切りやる。そこを任せるだけの努力をしてきたのは、お前自身なんだからな。」

 

 

大野はそこまで言い切ると、金丸に背を向けた。

 

 

「必ず取り返します!」

 

「ミスは仕方がないが、らしくないプレーは勘弁だぜ。」

 

「うっす!」

 

 

金丸が走り抜けるように、ベンチを駆け出す。

 

迷いが吹っ切れたように晴れやかな表情を浮かべた彼を見送りつつ、大野はもう一度、ベンチ内に置かれたコップへと手をかけた。

 

 

防具を付ける御幸にチラリと視線を向け、スポーツ飲料に口をつける。

 

 

甘い。

疲労が溜まり始めた身体に染みることを感じつつ、一息つく。

 

まず、8回。

流れを変える。

 

 

 

 

御幸がマスクに手をかけたことを確認すると、大野はゆっくりとベンチを出た。

 

 

「待たしたな。」

 

「いいさ。丁度いい休憩になる。」

 

 

右手で持ったグローブを左手に嵌めながら、2人で歩き始める。

 

既に内外野共に守備位置についており、ボール回しの最中。

そんな中を悠然と、ゆっくりと自身の玉座へと向かっていく。

 

 

「悪いな、不甲斐ない姿を見せて。」

 

「…点が入ること自体俺は疑っちゃいない。一也含め、みんなを信じてる。その為に、俺は俺として、出来ることをやる。まずは、目の前のバッターを捩じ伏せるさ。」

 

 

帽子を深く被り直す大野の姿に、御幸はまたこの男に甘えてしまったと若干後悔する。

 

弱音を吐けば、それを一蹴する。

ただでさえ背負わせてしまっているというのに、またも気を使わせてしまった。

 

 

(まあ、それがこいつの強さだよな。)

 

 

全てを背負う姿は、エースというだけでは片付かない。

 

チームの精神的支柱であり、圧倒的なチームリーダー。

しかしそれを見過ごせば、壊れてしまう。

 

 

ならば、共に背負うのだ。

1人で背負えないものは、もう1人で抱えてやればいい。

 

もう、1人にはしない。

 

 

「必ず点はとる。もう二度と、お前を敗戦投手にしたりはしない。だから頼むぜ、相棒。もう少し我慢してくれ。」

 

「俺はお前を、みんなを信じてる。ただ最後まで、投手として腕を振るうさ。」

 

 

それに、と付け加えて、大野は僅かに口角を上げた。

 

 

「これで分かりやすくなった。久しく忘れていた挑む感覚というのが、こうも滾るものだったとはな。改めて、再認識したよ。」

 

 

帽子の鍔を深くまで下ろし、俯き加減でそう言う。

 

選抜で甲子園を取り、全国制覇という目標は成し遂げた。

都内でただ1つの敗戦もなく、周囲から最強と言われるに相応しい圧倒的な力を持っていた。

 

 

しかし、大野が選抜の優勝インタビューで発した言葉。

 

 

「まだやり残したことがある。」

 

 

それは正に、成宮鳴に投げ勝つということ。

秋には相見えることのできなかった最強の投手を、今まで一度も勝てなかった男を超えること。

 

これを果たすために、大野はこの一年。

世代最強右腕の称号を得ながらも、力をつけて来たのだ。

 

 

「やはり挑んでこそ、だな。投手ってのは。」

 

 

 

そんなことをぼそりと呟き、ニヤリと笑う。

彼の瞳は再び、青く煌めき輝いていくのだ。

 

血潮は滾り、蒸気が吹き出るような感覚になるほど体温が上がる。

 

 

 

握り締めた拳を見つめ、解く。

少し紅潮し、体温が上がっていることを表しているその右手。

 

2度、3度と開いては握りしめる。

 

 

「ったく、困った奴だぜ。さっきまで毅然としてた癖に、もう熱くなっちまったよ。」

 

 

ため息混じりの御幸に、大野が挑むように悪いかと返す。

しかし返ってきたのは、100点満点の回答であった。

 

 

「まさか。投手が熱くなってるのに盛り上がらない捕手がいる訳ないだろ?ましてやそれが、最高で最強の相棒なら尚更な。」

 

 

肩を竦めた後、ミットを大野の前に出す。

 

間も空けずに、大野も左手のグローブを差し出した。

 

 

「行くか、相棒。こんなとこじゃ止まれねえよな!」

 

「こっから先は向かっていくだけだ、頼むぜ相棒!」

 

 

熱気纏うマウンド。

湧き上がる歓声と共に、8回の裏を開始させる合図が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

打席に入るのは、5番の多田野。

 

今大会の打率は.345。

成宮を投手専念させるために下位打線に置いたこと、勝負どころで結果を残しているところから、クリーンナップに抜擢された。

 

 

 

8回裏の時点で、1-0。

いくら成宮とはいえ、やはり追加点が欲しいところ。

 

ここは上手くチャンスを作りたいと、多田野はバットを構えた。

 

 

(この終盤で失点からの無得点。普通なら動揺してもおかしくないけど。)

 

 

このバッテリーに当たり前は、通用しない。

 

寧ろ、チームを鼓舞するためにギアを上げてくるかもしれない。

 

 

 

打者と向かい合い、左脚を一歩引く。

 

一定のリズムを取りながら、大野がモーションに入る。

特徴的なトルネード投法に、観客は未だ魅了され続けている中。

 

 

 

瞬間、多田野の背中に違和感。

 

熱気か、或いは寒気か。

重圧ともまた違う、肌を突き刺すような。

 

 

(ただ確実に言い切れるのは、”やばい”ってことだ…!)

 

 

刹那、多田野の眼前を走り抜ける閃光。

それは、彼の根拠のない感覚を、大野の覚醒と裏付けるのには十分すぎた。

 

 

 

金属音のような甲高い風きり音を立て、駆け抜けたストレート。

ストライクゾーンの端の端、外角低めに寸分違わず打ち込まれたそれは、御幸のミットに収まり、乾いた破裂音を鳴らした。

 

 

主審のストライクコールに、場内がどよめく。

 

 

 

それもそのはず。

なぜならそのバックスクリーンに表示された球速表示に、注目していたからだ。

 

 

「146km/h」

 

 

この終盤。

今日どころか、彼のキャリア史上最も速い球速を、この場面で計測したのだ。

 

 

2球目もまた、同じコースにストレート。

今度は144km/h。

 

 

ただの140km/h台ではない。

130km/hで空振りを取れていた質のまま、とてつもない回転数によりノビとキレを保有したまま球速が上がっているのだ。

 

見ている多田野からすれば、これが160km/hだと言われても疑わない程の体感速度であった。

 

 

 

御幸から大野に返球される間に、多田野がバットを見る。

 

 

このテンポ感と、スピード感。

恐らく強気に、3球勝負で来るだろう。

 

このバッテリーは極端にゾーン勝負が多く、特に彼が勢いに乗っている時はストレートでガンガン押してくる。

 

さらに言えば、このビハインドという現状を打開するのであれば。

 

 

(そこまで勝手には、させない。)

 

 

しかし、そう簡単にはいかない。

 

このバッテリーがストライクゾーン内で勝負をし続けているのではなく、ボールゾーンまで動く変化球で確実に仕留めていただけなのだから。

 

 

『三球三振!最後はスライダー系の変化球でしょうか、外に逃げる変化球で空振り三振です!』

 

 

ストレート狙い故の、綺麗なスイング。

そして、綺麗な空振り。

 

勢い余って少したたらを踏んだ多田野が、マウンドを見上げる。

 

 

 

凛と佇む、蒼きエース。

 

頭を覆っていた帽子が振り落ちたことで、透き通った白銀の髪がふわりと舞う。

 

端正な顔立ちに、紺碧に煌めく瞳が一層の輝きを増す。

 

 

不敵な笑みを浮かべたエースは。

 

太陽の光を得て青く光る夏空を、ただただ見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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