燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード227

 

 

 

 

 

快音と共に、静まり返る球場。

 

高い打球が上がったときに起こる、特有の静寂。

期待と共に不安と、予測できない結果からか会場が一度声を殺す。

 

 

引っ張った打球は、左中間。

打球を振り抜いた金丸も、打たれた成宮も、どこまで行くか打球を目で追いかける。

 

息が詰まる神宮球場。

 

 

カルロスが追いかけ続けたが、フェンス間際で足を止め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂の中、バックスクリーン左横にポトリと落ちた。

 

 

 

 

グラウンドから音が抜け、息が詰まるような空気。

そんな中、金丸がゆっくりと右腕を上げ、成宮が腰に左手を当てる。

 

 

 

最初に静寂を破ったのは。

 

思わず青道ベンチから飛び出した、寡黙な監督とエースの歓喜のガッツポーズであった。

 

 

 

「「よし!」」

 

 

 

それに倣うようにして、会場は圧縮された歓声が鳴り響いた。

 

 

 

『入ったーー!5番金丸の今大会2号は、チームを救う同点ホームラン!選抜王者は伊達じゃない、期待の2年生が大きな大きな一発で試合を振り出しに戻しました!』

 

 

 

右手を突き上げて、ダイヤモンドを回る金丸。

 

ここで決めて欲しい。

何とか得点が欲しい。

 

チームの想いと責任を一身に乗せたバットから鳴り響いた快音からは、かつての大きな4番の背中の影が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

ホームベースを踏みしめて、金丸は大盛り上がりのベンチへ。

 

 

「カネマール!俺は信じてたぞー!お前はやる男だってなーー!」

 

 

ブルペンで大声を上げる沢村。

普段は喧しいと思う彼の野次ですら、今回ばかりはこの歓喜を後押しするように感じる。

 

 

 

ネクストバッターズサークルで降谷が右手を上げて、ハイタッチを待つ。

そこへ遠慮なく右手の平を当てると、普段寡黙な降谷も彼の一打に高揚していたことに気がついた。

 

 

「ナイスバッチ。」

 

「まだまだ終わらせたくねえからな。大野先輩の…先輩たちの夏を。」

 

「うん。まだ、終わらせない。」

 

 

笑顔でハイタッチを交わし、降谷の背中を叩く。

 

そしてそのまま、湧き上がった青一色の観客席に右拳を上げて応え、仲間の待つベンチへ。

 

 

「ようあの成宮から打ったわ金丸!」

 

「やりやがったなコノヤロー!」

 

「ナイスバッチ信二!」

 

 

全身に衝撃を仲間から一身に食らうのは、手痛くも嬉しい洗礼。

チームを救ったクラッチヒッターはその背中に嬉しい痛みを感じつつ、エースの前へと行き笑った。

 

 

「ったく、気負うなっつったのに。責任全部背負って打席行っただろお前。」

 

「…一年半、背負ってきた人を間近で見てきましたから。その人からしたら、俺はまだちっぽけだと思いますけどね。」

 

「そんな訳あるか。でかくなったな、金丸。」

 

 

いつもの笑顔で右手を出した大野に、金丸は応えるようにしてがっちり右手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

湧き上がる青道ベンチ。

それに対して、反対に静寂に包まれたのは稲実サイド。

 

成宮の調子を考えても勝利を目前に控えていた所でのホームラン、この終盤での失点は痛すぎた。

 

 

このチームに限って、気持ちを切らすことは無い。

 

しかし何より、失点による影響が成宮に出るかもしれない。

特にここまで張り詰めていた為に、疲労が吹き出す懸念。

 

目前に勝利が、甲子園が見えていただけに國友は思わず眉間に皺を寄せた。

 

 

 

 

 

大盛り上がりの神宮球場。

観客席の大歓声が響き渡る中であったが、マウンドは恐ろしいほどに静まり返っていた。

 

 

項垂れるでもなく、怒るでもなく。

ただ腰に手を当て、バックスクリーンに視線を向けたまま立ちつくしていた。

 

 

駆け寄った多田野を見ることなく、何度か深呼吸をする。

 

そしてぽつりと、言葉を紡ぐ。

 

零すように。

或いは、ただ自身に言い聞かせるように。

 

 

「はは、そうかよ。そう簡単に勝負は終わらせねえってことかよ。」

 

 

乾いた笑いを浮かべ、はあっと息を吐く。

そして、一人で頷いて右手のグローブをパンと叩いた。

 

 

「いいぜ、ならとことんやってやるよ。最後まで、どちらかが力尽きるまで。どちらが上か、決まるまで。」

 

 

 

直後に多田野が見た成宮の表情は、彼自身初めて見るほどの清々しさ。

どこか恐ろしさすら感じるようなものであった。

 

高揚から来る笑み。

しかし決して朗らかとは言えない、どこか普通では無い鋭い目つき。

 

その中に一点、大野同様に蒼く輝きながらも、大海のように奥深く煌めく彼と異なり青空のように光り輝く瞳。

 

 

左拳を握り締め、視線を多田野へ向けた。

 

 

 

「どちらかが終わるまで、投げ続けてやる。いくぜ、樹。」

 

「1人にはしません。一緒に行きましょう、とことんやりましょう。」

 

 

 

頼もしい女房役の返しに満足し、グローブ同士を当てる2人。

 

打席を待っていた降谷に軽く会釈をして、互いの定位置へと戻った。

 

 

 

まだ、同点。

最終回とはいえ、まだ裏の攻撃も残っている。

 

気負いすぎる必要も、責任を感じすぎる必要もない。

 

 

だが、そうではない。

ただ投げあっている相手エースに、勝つために。

 

 

成宮は最後に深呼吸をして、その勝負にのめり込んだ。

 

 

 

 

唸るは、左腕。

昨年よりもキレの増した直球は勢いが加わり、降谷に襲い掛かる。

 

ストレートのみで、カウントは1-2。

早くも追い込み、決め球に選んだのは。

 

やはり、彼の伝家の宝刀であった。

 

 

 

『チェンジアップで空振り三振!ここはしっかりと建て直した成宮、まずはワンナウトを奪います。』

 

 

 

続く前園。

先程の打席でヒットを放っているこの男に対しては、徹底的な攻め。

 

外角付近のカーブで崩しつつ、カウントを整えていく。

 

 

 

2球続けてカーブ。

厳しいコース且つ、打ち返してもヒットにするのが難しいボールなだけに、中々手が出せない。

 

 

 

テンポよく追い込んだところ。

 

最後は内角低め、右打者の前園に対して対角線で抉るクロスファイア。

スリークォーター気味に角度のついたストレートは150km/hを越え、前園に反応すらさせない。

 

 

 

3球で見逃し三振を奪い、2アウト。

 

何とか追加点を奪い逆転したい青道だったが、状態が未だ好転し続ける成宮相手に、中々逆転に漕ぎ着けない。

 

 

 

東条が打席に向かう最中、ここで大野はグローブを手に取り、ベンチから出る。

 

 

「一也。」

 

「あんまり力入れすぎるなよ。軽く、準備程度に。」

 

「分かっている。ここから先は、長いからな。」

 

 

帽子の鍔で影になっているものの、その瞳は碧く輝く。

 

凛と。

ただ視線の先の好敵手を、超えるために。

 

 

 

 

何球かやりとりをした後。

 

彼がふっと息を吐きながらグローブをパンと叩く。

 

 

同時に響き渡るは、空振り三振の合図。

鳴り響いた歓声と共に、大野は軽く屈伸をした。

 

 

 

 

「すまん、まだ行けるか。」

 

「戦いますよ、最後まで。俺自身が、それを望んだんですから。」

 

 

大野が少し食い気味にそう返すと、片岡は彼の肩を掴んで言った。

 

 

「あまり投げ急ぐなよ。一呼吸ずつ、焦らずな。」

 

 

表情を変えることなくそう言った片岡。

対して大野は、微笑みながら頷き目を閉じる。

 

そして、一呼吸置いてから再び頷いて目を開けた。

 

 

「はい。ひとつずつ、積み重ねていきますよ。今までそうしてきたように。」

 

 

仄かに笑みを浮かべながら、大野は帽子の鍔に手を当てる。

 

いつもの癖というべきか。

マウンドへ向かい戦う時の、スイッチのようなものになっている。

 

 

「早く点を取れるに越したことはないが、そう上手くはいかんだろう。抑えるところは抑えて、カットは最低限にした方がいい。アレが一番肘に来るはずだ。」

 

 

コーチである落合の言葉にも小さく頷き、ベンチからマウンドへ視線を戻す。

 

 

成宮が降りた、マウンド。

7回に一度整備されたとはいえ、踏み荒らされた、使い込まれたマウンド。

 

 

 

「待たせたな、夏輝。」

 

「おう、行くぞ。」

 

 

 

9度目。

 

防具を身につけた女房役の声を聞き、一緒にグラウンドの真ん中へとゆっくりと歩みを進めた。

 

 

歓声と共に拍手が湧き上がる会場。

 

熱気は更に増していき、渦となって空へと吹き抜けていく。

 

 

 

『さあ、1-1の同点のまま迎えた9回の裏。やはりマウンドにはこの男が向かいます。この歓声、この拍手。今この日本で最も盛り上がっているのはこの神宮球場でしょう。それほどまでの歓声、それほどまでの盛り上がりです。』

 

 

 

踏み荒らされたマウンドを足で軽く慣らして、深呼吸をする。

 

9回の裏。

一点でも入れば、試合が終わる。

 

 

しかしそんな中でも、大野は笑みを浮かべて空を見上げた。

 

 

 

ヒリつくようなこの緊張感。

絶望的とも言える好投手。

一点でも奪われたら、負ける。

 

 

(だけど。今が一番、投手として充実感を感じる。)

 

 

目を閉じ、会場で響き渡る声が徐々に遠のいていく。

 

そしてゆっくりと、目を開けた。

 

 

(責任も、みんなの想いも、俺のプライドも。全て背負った上で。鳴、お前を超えてみせる。)

 

 

 

8番の江崎を見据えながら、大野はフッと息を吐く。

 

 

早まる鼓動を感じつつ、グローブを胸元まで上げて投球姿勢へと入る。

 

 

「プレイ!」

 

 

再開の合図が掛かると共に、ゆっくりと動作。

 

大きく腰を捻転させ、打者目線で背中が見える所で一度制止すると、溜まったエネルギーを解放するように全身を縦回転。

 

 

 

内角高め。

自身のストレートが最も速く見えるであろうこのコースで、初球カウントを取る。

 

完全に振り遅れての空振り。

ここで、御幸は三振のシナリオを完全に組んだ。

 

 

2球目も同様。

 

今度はファール。

完全に振り遅れていた初球と異なり、タイミングが少し合い始める。

 

 

8番。

下位打線とはいえ、一流チームのレギュラーということもあり、アジャストする能力に関しては高い。

 

 

(まあ、それが狙いなんだけどさ。)

 

 

テンポよく追い込んだ、3球目。

 

最後は縦に割れるカーブを真ん中付近から落として、空振りを誘う。

 

 

ここまで内角、それこそ打者の視線の至近距離を走る速いボールを放っていた。

そこから急激に、ふわりと浮かんでから沈む緩いボール。

 

 

タイミングがあっていた事が却って仇となり、完全に崩される。

 

大きな軌道のギャップに、打者である江崎のバットも空を切った。

 

 

 

『ここはカーブで空振りの三振。1アウトです。』

 

 

投げた勢いで身体を弾ませ、右脚で蹴るようにして振り上げる。

 

 

まずは、一つ目のアウト。

球数は抑えつつ手にしたアウトに安堵しつつも、続く打者に目を向けた。

 

 

 

『ここで打席には9番の成宮が入ります。世代を代表する2人のエースの直接対決になります。』

 

 

 

 

あくまで淡々と投げた江崎に対して、9番の成宮。

 

打順最後に座っているとはいえ、油断はできない。

 

 

そもそも國友がピッチングに専念させるために9番に置いただけであり、普段はクリーンナップを打つほどの打力を持つ実力者。

 

選球眼や打撃技術が高い訳では無いが、センスがいい。

長打率も高く、通算本塁打も二桁放っている。

 

 

 

(長打を食らっても、後続を絶てばいい。肩の力入れすぎるなよ。変化球織り交ぜりゃあ、八割くらいでも抑えられる。)

 

 

 

御幸がそうジェスチャーを送る。

大野も頷いてこそいるが、恐らくギアが入ってしまっている。

 

成宮の瞳を見て、スイッチが入ったか。

 

 

長期戦を見据えた上で、出来ることなら抜けるところは抜きたいところだが、仕方がない。

 

 

(そもそもこんなこと考えてる時点で、4番としてどうなんだってとこだけど。)

 

 

その前に今は、大野夏輝の捕手だ。

 

そう言い聞かせ、御幸はサインを出した。

 

 

 

狙いのボールなら、恐らく初球から狙ってくる。

であれば、まずは成宮が想定していないであろうボールから。

 

まずは初球、外角低め。

 

ストレート軌道で変化をすることもない、緩いボール。

ただの遅い球かもしれないが、切れ味鋭い大野のストレートと組み合わされば、それは絶対的なチェンジアップとなる。

 

 

ストレートにタイミングを合わせたスイングに、バットが空を切った。

 

 

(へぇ、これがお前のチェンジアップね。変化はなく、ただスピードの落としただけのストレート。)

 

 

 

チェンジアップと言えば、成宮の決め球であり絶対的な自信を持つボールだ。

ストレート軌道からスクリューのように一気にキレよく沈む、高い奪三振能力を有した変化球。

 

 

それに対して大野のそれは変化をすることもなく、所謂チェンジオブペースと呼ばれるもの。

投げミスをすればただの棒球になりうるものだ。

 

 

成宮のものとは、違う。

それを分かった上で、自身の決め球でもあるチェンジアップを投げてきているのか。

 

 

これを、しかも2球連続。

 

思わず、成宮の額に血管が浮かぶ。

しかし、使えるものは全て使うという、大野の投球幅を存分に使っているというのはまた彼らしいではないか。

 

 

自身の中で腑に落ちるように、頷く。

 

無論、熱くなりやすい彼がその程度で納得出来るわけがないのだが。

 

 

 

(そんな出来損ないに、翻弄されると思…)

 

 

刹那、御幸から鳴り響いたのは、ミットの乾いた破裂音。

 

パサリと落ちた帽子。

白銀に輝く髪が舞ったとき、マウンドの大野は吼えた。

 

 

(チェンジアップはあくまで布石。こいつの魔球とも言えるストレートを活かすのに、これほど適任のボールは無い。)

 

 

それもこれも、大野の完璧なコントロールと圧倒的な回転数を誇るフォーシームがあるからこそ。

 

成宮を抑えるために敷いた完璧なシナリオに、その要求に完璧に答えた大野の姿を見て御幸は心底高揚した。

 

 

 

 

成宮の視線を掻い潜り胸元を抉ったのは快速球という言葉では収まらないほどのキレを誇った、真っ直ぐ。

 

球速表示は145km/hを計測し、バックスクリーンに煌々と輝く。

 

 

 

表情を変えることなく(額には青筋が浮かんでいるが)ベンチへ戻る成宮。

 

この9回の裏、最後の打者となったのは稲実のスピードスターである、カルロスであった。

 

 

 

『詰まった当たりはセンターへ。東条が冷静に落下地点へと入ります。』

 

 

 

同様、チェンジアップでスイングを崩した直後のストレートを詰まらせ、最後はセンターフライ。

 

144km/hの快速球で、捌くことが難しい内角をズバッと抉る。

 

 

 

高々と上がった打球を見て、大野はゆっくりと、自身の玉座であるマウンドから降りる。

 

ため息混じりの声の直後、東条のグローブから捕球音が鳴り響き、この9回の裏3つ目のアウトが成立したことを表す。

 

 

 

(下位打線相手とはいえ、肘に負担の掛かるツーシームもカットも使わずにアウト3つ。マジで理想的な守りだぜ。)

 

 

 

内心でガッツポーズをしつつ、御幸は大野へ駆け寄る。

 

恐らく長期戦になる。

そうなった時、スタミナが温存できるに越したことはない。

 

 

体力のある大野にとっての不安要素はやはり昨年痛めた肘。

彼の常人離れした出力と柔軟性が故に、普通の投手よりも負荷が大きくなりやすい。

 

 

特にツーシームやカットボールに関しては、彼の繊細な指先の感覚と高すぎる出力、そして柔軟な肘を捻り込むことで生まれる強いスピンによって異常な変化を生み出す。

 

 

故に、肘や肩への負担も大きくなりやすいのだ。

 

 

 

 

 

試合は規定の9回を終え、延長戦へ。

 

2人の世代最強投手の死闘は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

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