燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード229

 

 

 

続く13回裏。

ここで遂に、大野に疲れが見え始める。

 

 

2番の白河はレフトフライでアウトを取るものの、カットでしぶとく粘られてしまい8球と多くのボールを投げさせられてしまう。

 

 

更に、3番の早乙女に対して。

 

 

「ボールフォア!」

 

 

この試合初めてのフォアボールを出してしまう。

 

コースは、バックドアのカットボール。

ストライクコールされてもおかしくないコースだっただけに、御幸も思わず苦い顔を浮かべた。

 

 

 

(んー、ここは取ってくれなかったか。今大会初か。)

 

(いや、むしろここまで出なかった方が出来すぎなくらいだ。それに、今日も割かし怪しいとこ取ってもらってるし。)

 

 

 

基本ゾーンで勝負する御幸のリードと高い捕球技術に加え、絶対的なコントロールと鋭いキレを持つボールを有する大野。

 

厳しいカウントからでもゾーンのギリギリに投げ込むことができる上、そもそも不利なカウントになること自体が少ない為、上手く噛み合ってこの大会では四死球すら出していなかった。

 

 

 

(それだけじゃない…か。)

 

 

 

顎を伝う汗を拭う大野の姿に、御幸は訝しげに見つめる。

 

先程まで空振りを奪えていたボールが、バットに当てられている。

バットが出ていた変化球が、見逃されるようになっている。

 

 

まる一試合以上見られたら、慣れられるのは当然。

 

それに加え、やはり中盤以降に比べるとどうしてもボールの球威が落ちてきている気がする。

 

ストレートの勢いが落ちて、他の球種とのギャップが僅かに弱くなっているのだ。

 

 

無論、問題のある程度ではない。

しかしながら、ここから先自身の目がこの試合を左右すると言っても過言では無いと、御幸は感じた。

 

 

 

打席には、4番の山岡。

ここまで当たりがないが、何より試合をひっくり返す。

 

否、この場面であれば試合を決める一発を放つ事が出来る、このチームの主砲である。

 

 

(抑え目にいって球数嵩んじまったら元も子もねえ。山岡にはカットも使うぞ。ストレートのギア、上げられるか?)

 

(ヒットも出ていない4番の怖さは、分かっている。無理にでもやる。)

 

 

 

一塁ランナーの早乙女に、牽制。

 

クイック気味のトルネードだが、普通の投手よりモーションが大きい。

ここもまた、早乙女は初球から走った。

 

 

外角低めのストレート。

山岡の空振りも相まり、悠々セーフ。

 

4番が打席に入って、且つ得点圏にランナーが置かれた場面。

 

 

一打出ればサヨナラ。

打席には、4番。

 

否が応でも、会場内は期待で溢れていく。

 

 

 

2球目。

外角から逃げるカットボール。

 

ここもバットが出て、早くもツーストライクと追い込んだ。

 

 

(ピンチとはいえ、気にしすぎるなよ。全然タイミングは合っちゃいないんだ。)

 

 

そう御幸はジェスチャーをする。

しかし、はっきり言って三振を恐れずフルスイングを貫く山岡にやりづらさを感じていたのは事実。

 

一打出ればサヨナラ、試合が終わるという場面。

そんな中で、いくら打率が低いとはいえ当たれば確実に長打というのは、恐怖以外の何ものでもなかった。

 

 

 

鼓動が早まる。

どんなに心で否定しても、その奥底で過ぎる過去の記憶。

 

 

成宮に叩きつけられた挑戦状。

そのせいで大きくなった、背負うもの。

 

加えて、この疲労が溜まった状態で迎えたサヨナラの場面。

 

 

この試合、初めて大野は汗が冷たく感じた。

 

 

 

 

 

白球を握る手に、力が入る。

幾度となく繰り返してきた深呼吸を、ここでも数度行う。

 

 

視野に、黒いモヤがかかる。

 

周囲のノイズが、徐々に大きくなっていく。

 

 

 

ポタリと冷たい汗が地面に落ちたとき。

大野の目を奪ったのは、遠くの先で待ち構えていた相棒の姿であった。

 

 

(一人じゃねえからな。鳴と闘うのはお前だが、後ろで俺たちが支えてる。だからお前は、ただ只管にその心を燃やせ。絶対に、お前を見殺しになんてしない。)

 

 

思わず山岡も振り返るほど大きな音を立てて、防具を叩く。

 

 

(お前の後ろには、チームを支える主将も、日本一の二遊間も、信頼のおける仲間たちだっている。そうだろ?)

 

 

両手を広げ、また胸を叩く。

その仕草を境に、大野の耳に入ったのはノイズではなく、慣れ親しんだ仲間たちからの声であった。

 

 

(…だな。それに俺は、目の前の相棒にも全幅の信頼を置いている。すまん、力を貸してくれ。)

 

(柄にもねえこと言うな。最初からずーっと言ってるだろ、1人にしねえって。お前はお前として越えろ、鳴を。)

 

 

 

再び、大野の耳に入っていた音が徐々に遠のいていく。

 

自身の鼓動も少しずつ収まっていき、モヤのかかっていた視界がクリアになる。

 

そして少しずつ、大野の視野が狭まっていく。

 

 

(バックのみんなを、信じる。その上で、俺は俺自身を信じる。)

 

 

ふうっと息を吐き、セットポジションで構える。

 

 

そして、投げ込まれた直球は142km/h。

アウトローの鋭いボールに、ストレート狙いの山岡は力負けすること無く強振する。

 

 

右中間に高く上がった打球は、僅かながら詰まっているものの長打コース。

 

 

 

 

多くの人がサヨナラを確信する中、マウンド上のエースだけは。

 

人差し指を立てて右手を高く上げた。

 

 

「ライトー!」

 

 

フェンス手前の打球。

抜けそうな当たりだったが、打球に対して白州が一直線に追いかけていく。

 

 

 

(間に合うか?いや、何とかする…!)

 

 

 

覚悟を決め、足に力を込める。

 

少し高い打球。

リスクはあるが、ここは勝負どころ。

 

 

(大野の後ろを守る選手が、これくらいの打球を取れんでどうする!)

 

 

走力でついた勢いのまま、跳躍。

乾いたグローブの音を立てた白州は、そのままクッションに身体を預けた。

 

 

 

『取った!取りました!ライト白州の大ファインプレー!試合はまだ終わらせない!力投を続けるエースを支えるキャプテンの大きなプレーで2アウト目を取りました!』

 

 

 

際どい打球だったが、白州のジャンピングキャッチ。

 

アウトのコールが鳴り響いた瞬間、大野がグローブを叩く。

そのまま声を張り上げ、ガッツポーズをライトの白州へと向けた。

 

 

(これで少しは、任せる気になったか。)

 

(元よりお前のことは信頼してるって、キャプテン。)

 

 

敢えて言葉は交わさない。

しかし、確かにこのプレーでチームの士気は大きく跳ね上がった。

 

 

 

2アウト、ランナー二塁。

尚もピンチの場面で、打席には多田野。

 

遅いボールにも高い対応力を誇る彼に対しては、スピードボールで勝負をしにいく。

 

 

 

勝負を決めたのは、3球目。

 

内角甘めからボールゾーンまで抉り込むカットボールを打たせる。

 

 

「ショート!」

 

「任せろよ!」

 

 

根元にコンタクトした打球は完全に打ち損じ。

ショートの倉持が軽快に捌いて、3アウト目を奪う。

 

 

『吼えた大野!一打出ればサヨナラの場面、好守備にも助けられて大きなピンチを凌ぎ切りました!13回の裏を終えて依然1-1、両エースの闘魂は未だ衰えることを知りません!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流れる汗を肩で拭い、大野は蒸れた帽子を外して頭を振る。

 

 

 

「大丈夫か。」

 

 

 

低い片岡の声に視線だけ向け、小さく頷く。

 

 

 

球数は既に、150球を超えている。

 

更に言えば、この炎天下。

現在この神宮球場の温度計は、36℃を計測していた。

 

 

出力を上げて且つ、熱が充満しやすいこの球場での投げ合い。

限界が来ても、おかしくは無い。

 

 

「流石に疲れましたけど、まだいけます。大丈夫です。」

 

「そうか。沢村と降谷も準備はさせている。限界が来たら替えるからな。」

 

 

 

心配しすぎだなと思いながらも、この原因を作ったのもまた自分自身だということに、大野は苦笑した。

 

 

昨年の夏は、力投の末暴投。

そこでランナーが帰ってしまい、折角貰った援護を無駄にしてしまった。

 

夏を終えれば、肘の怪我。

多投による勤続疲労で血行障害。

 

結局、大会を丸々投手として貢献することが出来なかった。

 

 

心配するのも、無理は無い。

 

 

 

そんな風に自嘲した大野だったが、続けて片岡は彼に言った。

 

 

 

「だが、俺は最後までお前に投げてもらうつもりでいるからな。疲れは承知だが、まだ踏ん張ってもらうぞ。」

 

「…いいんですか。」

 

「無論、お前が負けないことを信じてだ。それにお前の気持ちも、分かっているつもりではある。」

 

 

表情を変えぬまま、片岡は腕を組み直す。

 

 

2年半も共にいれば。

尚且つ、同じ立場で戦ってきた遠い後輩だと言うのもまた、大きいのだろう。

 

 

重圧も、責任も。

チームの想いを背負って、投げなけれならない。

 

 

 

 

マウンドの上は、孤独だ。

そして、明確に敵との優劣が付いてしまうポジションでもある。

 

 

ましてや、エースであれば。

 

孤独ながらも、負けない強さを求められる。

 

 

 

「あの場所は、孤独だ。しかし、月並みかもしれんが、お前は一人じゃないだろう。その背に重さを感じれば、偶には後ろを見るのも悪くないと思うぞ。」

 

 

 

片岡から言われた言葉に、大野は静かに頷く。

 

先程の守り。

明らかに自分は視野が狭まっていた。

 

御幸、そして白州。

2人の行動とプレーで、確かに自身の心を取り戻した。

 

 

 

 

 

そんな会話をする最中、続く倉持が縦のカーブを打たされてセカンドゴロ。

 

最後のバッターである白州には、伝家の宝刀チェンジアップ。

 

ストレートの威力が上がったことで更にチェンジアップが効果的になり、先程まではバットに当たっていたものが空振りになっている。

 

 

 

回を追うごとに良くなっていく成宮。

 

その事実は確実にナインたちに焦りを植え付け、得点の可能性を狭めていきかねない。

 

 

しかし、そんな中でも青道に焦りが生まれなかったのは、ここまで好投を続けているのが成宮だけでなく大野も互角に投げていたからだった。

 

 

 

「切り替えるぞ。我慢が必要な相手だというのは最初から分かっていたことだ。まずはこの回を全員で守りきる。一人一人がそれぞれ出来ることをやる。粘り強く、俺たち全員で勝つぞ。」

 

 

一年間テーマに掲げてきた、全員で勝つ。

 

足りない部分は補い合い、自身の長所を生かせるところはとことん生かす。

支え合い、互いに背負い、1つの輪となって大きな力とする。

 

 

そしてその輪の繋ぎ目となったのは、間違いなくこの男であった。

 

 

 

「すまんが、任せるぞ。」

 

「良いんです。頼られるというのは、エース冥利につきますから。」

 

 

 

ベンチから立ち上がり、白銀の髪をチームカラーの青い帽子に収める。

 

 

 

「それに、一緒に背負ってくれる奴らもいますから。」

 

 

 

笑顔でそう答える大野に、片岡も思わず笑みを浮かべた。

 

昨年までは全て一人で背負おうとしていたからこそ、その責任に潰されてしまうこともあっただろう。

 

 

思い悩み、共に闘い。

そして個人としても、多くの好敵手との出会いから自分自身の為に強くなりたいという心の変化もあった。

 

チームのエースとしてだけではなく、一人の投手として頂点に立ちたい。

 

 

日本一の投手になり、チームを日本一に導く。

エース大野夏輝の高校での最終目標を果たすのに、この成宮は間違いなく最大の壁であった。

 

 

「頼むぞ、大野。」

 

 

片岡の大きな手が、大野の背中をそっと押す。

 

 

 

「あまりキャプテンらしくないかもしれないが、背負うお前を支えることは俺にも出来る。もう1人にはさせないからな。」

 

「大野先輩、いつでも投げる準備はできてますから。」

 

「この回も頼みます、大野先輩!」

 

 

笑顔でゆっくりとマウンドへ歩む中、今度は外野の3人が大野の背中を叩き追い抜く。

 

 

「大野先輩、ひとつずつ行きましょう。」

 

「二遊間に飛んだらぜってえ止めるからよ。」

 

 

続けて、二遊間の2人が声を掛け。

 

 

「俺はあんまり器用じゃあらへん。でも声ならいくらでもかけたるで!」

 

「もうやらかしません!後ろは任せて下さい!」

 

 

前園と金丸が肩に触れる。

 

 

 

 

そして最後に。

マウンドへ辿り着き、白球を手に取る。

 

それを確認して、御幸が真正面から声を掛けた。

 

 

「さあ、行こうぜ。」

 

「あぁ。」

 

 

一言だけ交わし、互いの左手を軽く当てる。

 

離れていく御幸を見送り、大野はマウンドの上でロージンバックを握る。

 

 

ポンポンと手のひらで遊ばせ、空を見上げる。

 

 

 

太陽の反射でキラリと輝く瞳。

青く光り輝く夏空を見上げて、ただ凛と。

 

大野は目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

 

昨年はどこか孤独に感じていたマウンドだが、今は違う。

 

自分が投げられない時でもエースとして任せてくれ、一緒に成長してくれた仲間が後ろにいる。

 

小学生からの相棒も、支えてくれると言ってくれた。

 

 

 

(この青道は日本一のチームだ。野手も、ベンチも、スタンドの皆も。)

 

 

 

だからこそ、背負うものとして。

 

大野夏輝として成宮に挑むのはもちろんの事。

エースとして。

 

全員で、勝つ。

それを掲げて戦ってきた1年間。

 

その集大成は、自分自身であると。

 

 

 

「あとは、俺が日本一の投手になるだけだ。」

 

 

 

瞑っていた目をゆっくり開き、呟く。

 

誰の耳にも入らない誓いが虚空に消えると同時に、大野は御幸に視線を移した。

 

 

 

 

打席に入るのは、6番の矢部。

コンタクト力はないが、長打を見込める。

 

バッテリーとしては、普段から得意としているタイプなのだが、1点が生死を分ける延長では相手にしたくないタイプ。

 

 

(勝手にツーシームを引っ掛けてくれるのが理想だけど。まずはゾーンに決めよう。)

 

(積極的に振ってくる打者だぞ。)

 

(甘く入れば、な。それに狙いは多分ストレート。なら、甘く入れば釣られて振ってくれるはず。)

 

 

 

御幸のサインに頷き、大野がモーションに入る。

 

入りは、真ん中付近のツーシーム。

御幸の見立て通り、甘いコースに釣られて振った矢部。

 

 

(っ、キレはまだ健在かよ。)

 

 

前の回でかなり疲れが見て取れたが、球質は悪くなっていない。

 

いや、少しばかり球威は落ちてきている。

しかしそれでも、はっきり言って矢部では捉えられないボールがまだ来ていた。

 

 

(ならせめて、スイングでプレッシャーをかけてやる。)

 

(…とか、思ってるんだろうな。)

 

 

バットを握り直す仕草を見せた矢部に、大野は溜め息をつく。

 

確かに強いスイングは、プレッシャーだ。

特に終盤、事故でも一発をもらえば試合は終わり、夢は潰える。

 

 

 

(そんなバッターは幾らでも見てきた。今更。)

 

 

2球目、外角低めのチェンジアップで完全にタイミングを外して空振り。

 

完璧なコースに決まった緩いボール。

ストレートの狙いで完全に熱り立っていた矢部は見事にスイングを崩されてしまう。

 

 

 

 

そして、3球目。

最後はインハイのフォーシーム。

 

依然、高いキレを誇る140km/hの真っ直ぐにバットが出てしまい、空振りの三振で斬られた。

 

 

 

(外角低めの遅い変化球から、内角高めのスピードボール。セオリー通りだけど、それ故に対処が難しい。)

 

 

 

増してや、大野のストレートは一級品。

それ単体でも高い質を誇っている上に、それと重ね合わせる高い精度の変化球によって相乗効果を生み出している。

 

 

三振に喫した矢部に続き、7番の神宮寺も4球目のカーブを引っ掛けさせてセカンドゴロ。

 

 

 

最後は江崎に対して速球勝負。

 

依然タイミングの合っていないこの打者に対して、4球連続で内角低め膝元にストレートを打ち込む。

 

何とかファールで粘ったものの、5球目。

 

バッテリーはこの速球を布石として、最後は外角低めの際どいコースに投げ込んだ。

 

 

 

しかし、僅かに低い。

内角に放った時もそうだったが、疲労からか少しノビが落ちているせいで見立てよりも低くいってしまっている。

 

 

 

(外れるか?)

 

 

一瞬そう過ぎるが、御幸はすぐに軽くミットを下げた。

 

 

(いや。ここで決めれば、夏輝の負担もだいぶ減る。なんとしても、ここで決める。)

 

 

到達するボールに対して、御幸が若干下からミットを出す。

無理に上に持ち上げず、肩や広背筋の大きな筋肉を使ってほんの僅かにミットでボールを掬った。

 

 

 

 

はっきり言って、微妙なコース。

だが、卓越した大野のコントロールによるイメージと、御幸のキャッチングによる見せ方の上手さ。

 

この2つが上手く噛み合い、審判の手は上がった。

 

 

 

『またも完璧なコースに決めます、見逃し三振!大野、未だその制球には寸分の狂いもありません!』

 

 

 

最後は見逃し三振。

御幸のフレーミングで完璧にゾーン一杯と判定され、この回も三者凡退で切り抜ける。

 

 

 

延長14回を終え、最終回。

真夏の神宮球場は、その結末の片鱗すら見せていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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