燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード230

 

 

 

 

炎天下のグラウンドは、延長15回。

 

並んだ0の数は、26。

互いのエースが1失点ずつしか許していないこの投手戦のスコアボードが、右端まで埋まった最終回。

 

現在の高校野球の規定により、この回でも決着がつかなければ再試合となる。

 

 

 

先程までの盛り上がりから打って代わり、どこか緊張感の帯びた異様な空気が漂う神宮球場。

 

そのマウンドに足を踏み入れるのは。

 

 

『延長15回、終わらぬ投手戦の最終回、マウンドに上がるのはやはりこの男です。』

 

 

 

湧き上がる拍手と共に、成宮がマウンドへと上がった。

 

 

 

投げた球数は、数にして172球。

奪った三振は、26。

 

正に熱投。

 

甲子園でも随一の高い攻撃力を誇る青道に対して、許した失点は僅かに1。

 

 

世代最強左腕の名に偽りなし。

『王』というに相応しい支配力を誇る一人の最強が、今。

 

その瞳に輝きを灯し、自身の玉座へと登った。

 

 

 

 

 

 

打席には、6番の降谷。

 

長打のある、強打者。

三振も多いが、当たればよく飛ぶし、その上案外よく当たる。

 

 

今大会でも既に本塁打を放っており、大野の陰に隠れているが、彼もエース級。

そして打者としても高い能力を持つことから、2年生ながらプロのスカウトからも注目を持たれている。

 

 

 

 

しかし、そんな降谷ですら。

 

 

 

(まだ、お前の時代じゃないよ。)

 

 

 

今の成宮の、敵にはならなかった。

 

 

初球、真ん中低めに151km/hのストレート。

2球目、インローに抉り込むスライダー。

 

2球共に振らせ、早々に追い込む。

 

 

続けざま、3球目は低めに落ちるスライダー。

これを降谷も堪えて、1ボール。

 

 

カウント1-2からの4球目。

豪快なフォームから投げ込まれたのは、威力のあるストレート。

 

高めの釣り球だが、その勢いに押されて降谷もバットが出てしまう。

 

 

空振り三振。

最後は153km/h、高めで吹き上がるような威力のフォーシームを振らせた。

 

 

 

(くっ…)

 

(敵じゃねえんだよ、お前は。)

 

 

 

15回まで来ても、依然疲労すら感じさせない圧巻の投球。

 

決め球であるチェンジアップすら使わずに、まずは降谷を空振り三振に切ってとる。

 

 

いや寧ろ、ノリに乗った終盤戦。

チェンジアップの比率が上がったことで、それを意識してしまったことでストレートに振り遅れてしまう。

 

勢いは衰えを知らず。

ここに来て、彼のフォーシームが生き始めている。

 

 

 

続けて打席に入ったのは、前園。

ここまで金丸同様ヒットを放っている、数少ない選手である。

 

とは言え、序盤から中盤にかけて力配分をしていた成宮から、単打を放った分。

 

 

最終回で全開の成宮からすれば。

降谷同様、文字通り敵ではなかった。

 

 

 

『ストレートを完全に詰まらせました。キャッチャーの多田野が落下点へ入ります。』

 

 

球数にして、2つ。

カーブでスイングを崩してからの、インコースのストレート。

 

タイミングもコースも完全に外され、2つ目のアウトも完璧な組み立てで仕留められてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

2アウト。

青道としては、なんとしても得点を取りたいこの最終回。

 

無得点で終われば、後がない。

 

打席には、8番の東条が入った。

 

 

(ここにきてまた変化球の比率が増えた。けど、対して決め球にはストレートを使ってきてる。後ろを考えなくていい分、ストレートに力が出てきたって認識でいいかな。)

 

 

 

冷静に状況を整理しつつ、東条は軽く素振りをする。

 

 

序盤から中盤にかけてはストレートを軸にしつつスライダーカーブ、ツーシームを使って比較的打たせるようなピッチング。

 

中盤は、ギアを上げ且つチェンジアップを解禁して力押しの捩じ伏せるピッチング。

 

終盤はストレートを軸にしつつ全ての変化球でバットに当てさせずに事故を起こさないピッチング。

 

 

疲労をできるだけ溜めないように、更に失点も抑えられる。

その上、成宮という投手の闘志も冷めさせない絶妙な組み立て。

 

成宮は勿論だが、その彼と組んでいる同い年の捕手もまた、天才だと感じた。

 

 

 

 

軽くバットを揺すりつつ、東条がバットを構える。

 

それを横目で見つつ、すぐに成宮に視線を戻した多田野がサインを出す。

 

 

(本当にいいですか?)

 

(一発のある打者じゃねえ。それに、上手くいけば1球でお陀仏だ。)

 

 

 

示し合わせるように目でやりとりをすると、その後すぐに多田野がわざとらしく肩をすくめる。

 

 

 

(じゃあせめて、こっちで。)

 

(わーったよ。それは任せる。)

 

 

 

互いに頷き、動作に移る。

 

天を射抜くようなワインドアップ。

そこから脚を高く振り上げ、豪快に投げ込む。

 

 

 

速球。

そのコースは、甘い。

 

外の甘めにきたコースに、勿論東条はバットを振りに行く。

 

 

しかしボールは急激に失速。

僅かに外に逃げながら沈む。

 

 

 

(ツーシーム…!)

 

 

気づいた時には、もう修正は難しい。

 

タイミング自体は合っている。

ここで東条も、粘り強さを見せた。

 

 

右手を離しつつ、リードの左手で上手く当てる。

そのまま左手で強く返し、逆らわずに逆方向へ。

 

あまり強い打球ではないが、セカンドの頭上を超えるヒットとなり、15回2アウトにして待望のランナーとして出塁した。

 

 

 

バッティンググローブを外す東条。

 

この場面でヒットが出たのは嬉しい。

しかしそれ以上に、投げてきた成宮の違和感を訝しんだ。

 

 

(ここにきて甘いコース。それも、乱れた感じでもなかった。もしかして、わざと?)

 

 

 

根拠はない。

だが、なんとなく東条の肌感ではあるが、敢えて甘いコースにストレートを放ってきた気がした。

 

 

そして。

事実、成宮は敢えてその甘いコースにボールを放った。

 

 

 

(あーあ。流石レギュラーなだけはある。打ち損じてくれれば儲けもんだったんだけどなー。)

 

(その棒読み、やめてください。)

 

 

建前としては、敢えて甘めに投げて打者に振らせ、ストレートと誤認させた上で打たせてとるという策。

 

 

 

が、成宮の本音としては。

 

 

『ランナーを置いた状態で、この試合7度目のエース同士の直接対決になります。2アウトランナー一塁です。』

 

 

この男に、自身の投球を見せつけるべく。

盤面を、整えていた。

 

 

 

(ラストバッターです。ストレート軸で、カーブとチェンジアップも織り交ぜつつ行きましょう。)

 

 

 

多田野のサインに頷き、成宮は帽子の鍔に手を当てる。

 

打席に立つのは、エースの大野。

打率の高い彼がバットを軽く揺すり始めるのを確認し、成宮はセットポジションに入った。

 

 

チラリと、東条を一瞥。

 

視線での、牽制。

 

 

見せかけである。

なぜなら、ランナーが動こうが失点することはないから。

 

 

自惚れでは無い。

ただ実力に見合っただけの、確信。

 

成宮の瞳に光が増すと共に、彼の身体に力が帯びる。

 

 

 

(…東条にヒットを許したのは、敢えてか。ならその意図は、なんだ。)

 

 

 

内心その意図に勘づきながら、大野は成宮を見る。

 

僅かに上がった口角に、蒼く輝く瞳。

未だ衰えの知らない闘志。

 

 

 

クイックモーション。

右脚が動き始めたところで、大野はバットを引く。

 

 

(余計な球は狙わん。威力のあるストレート、狙いは外。)

 

 

左対左で角度がつく分、確実に打者が不利。

 

それに加えて、彼の決め球に当たるスライダーとカーブは、バッターから逃げるように変化する為、より打ちづらくなる。

 

 

強いストレートをインコースに投げ込んでくる可能性もあるが、根元に喰らって投球に影響を出す訳にもいかない。

 

絞りに絞って、確実に狙ったコースは仕留める。

 

 

 

初球は、真ん中付近のボール。

 

狙いにいった大野に対して、ボールは途中で横変化。

斜めに滑るようにして曲がったボールに、空振り。

 

 

続けて2球目。

 

同じようなボールで誘いに来るものの、ここは大野も我慢してボール。

 

 

 

3球目。

ここで、成宮は初めてインコースを使う。

 

内角で若干抉るようにして変化する。ツーシーム。

少し甘い、ストライクゾーン内で変化したこのボール。

 

しかし最初から内角を捨てていた大野はこれを気にもとめず見送った。

 

 

 

(んー、少しは動く素振りを見せた方が良かったか?)

 

 

 

流石に狙いを悟られたかと、大野。

そしてその予測通り、バッテリーは大野の反応を見てある程度の見立てを立てた。

 

 

 

(振りにすら来なかったってことは、そういう事だよな。)

 

(えぇ。投球に影響を出さないように、でしょう。なら、これで誘い出します。)

 

 

 

ここまでヒットはない。

しかし、コンタクト率が高く、この青道で普段は上位を打つほどに打率もいい。

 

 

降谷のような速球に強いホームランバッタータイプではなく、変化球に合わせてしぶとくヒットを打つのが巧いタイプ。

 

とはいえ、ストレートも若干詰まりながら上手くヒットゾーンに落とす技術がある為、真っ直ぐに弱い訳でもない。

 

そもそも相手バッテリーの傾向を読んでいる為、ストレートも完全に合わせることもある。

 

 

バッテリーがここで選択したのは、縦のカーブ。

甘いコースからボールゾーンまで割れる、奪三振能力の非常に高いボール。

 

1球前のストレートでタイミングを外された大野は、若干前に出されるも何となくバットに当ててファールとなる。

 

 

カウントは、1-2。

 

 

 

(やっぱ、狙いは外か。どうする、内で仕留めるか?)

 

(…タイミングは外しました。恐らく向こうも、こちらが内角で決めに来ると予測してるはずです。)

 

 

 

多田野のサインに成宮は思わず、ほうと驚嘆する。

 

 

外角高め、フォーシーム。

正に大野が狙っている外のストレートを、ここで多田野は要求した。

 

 

 

(狙いは明らかに外だぜ?)

 

(わかってます。だから、釣り球です。振ってくれればそれで構いませんし、見送られたらまた次も考えてます。)

 

 

 

実際、成宮の場合、ストレートを決めるのであれば高めに投げ込んだ方がホップ成分が大きくなる分空振りが見込める確率は高くなる。

その上、彼の変化球であるカーブとチェンジアップとの速度と軌道のギャップを出すのにも効果が出やすい。

 

無論、甘く入れば痛打されかねない危険なコースには変わりはないが。

 

 

 

(まあ鳴さんの球なら、次のことは考えなくてもいいと思うんですけど。)

 

 

煽るような多田野のリード。

普通ならば、相手の狙い球を投げることなど悪手でしかない。

 

しかし、今のこの男には。

 

 

(試すようなリードしやがって。俺じゃなきゃ首振るぜ?)

 

(でも、今投げてるのは鳴さんです。全てを捩じ伏せ、試合を支配する王です。)

 

 

 

ただその闘志を更に加熱させる、燃料となるだけであった。

 

 

 

(見せつけて下さい。その力を。鳴さんが、王たる所以を。)

 

(焚き付けるねぇ。随分破天荒になったもんだ。)

 

(悪いですか。)

 

(悪くねぇ。)

 

 

 

互いに笑い、構える。

 

 

 

唸る左腕は、正に剛腕。

 

負ける可能性など微塵も見せない。

己が最強だと、近づくことすら許さないと。

 

 

全てを捩じ伏せ、この試合という盤面を支配する。

 

故に、(キング)

世代最強の名を冠した左腕は、その圧倒的な力で、もう一人のエースを捩じ伏せた。

 

 

 

『154km/h直球で空振り三振!最後は高めで捩じ伏せました!成宮、延長15回を投げきりました、裏の攻撃を残して依然1-1!』

 

 

 

投げ切った勢いのまま、身体を半回転しつつ左拳を握り締める。

 

どこかホッとしたような表情を浮かべながら、マウンドをゆっくりと降りる。

 

 

「とりあえず、ナイスピッチングです。お疲れ様でした。」

 

 

駆け寄ってきた多田野の言葉に頷き、右手に嵌められたグローブを外す。

 

延長15回。

高校野球の規定により、決着が付かなくても一時的に試合を中断し、次の日へと持ち越される為、ひとまず彼の今日の登板はここまでとなる。

 

 

 

 

 

帽子を外したことで露出した金髪を掻きあげ、ふうっと息を吐く。

 

球数にして、184球。

決して少ない数では無いが、許容できる数だ。

 

 

 

「さっきの打席見て、何も感じないほど察し悪い奴じゃねえだろ、お前は。」

 

 

 

終わりの見えない投手戦。

その戦いの一つの区切りまで辿り着いた成宮は、ゆっくりとベンチへと下がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延長15回裏。

失点をすれば敗北が決まり、切り抜けても明日の再試合に持ち越し。

 

打順も上位に回るなど、嫌な要素が重なっている。

 

 

 

「まだ終わってないからな。ここを切り抜けて、明日に繋ぐぞ。」

 

 

 

将である片岡の檄に、ナインが声を上げる。

 

粘り強く、虎視眈々とチャンスを待つ。

目の前に勝利が見えなくとも、それを信じてただ前を向く。

 

 

2年連続の無念。

そして、選抜優勝の栄光。

 

大きな経験を胸に、選手がベンチを後にする。

 

 

 

「とりあえず最終回だ。頼むぞ、大野。」

 

「打順が打順だからな。出し惜しみせず、出力はあげて構わん。明日になれば降谷も沢村も十分数えられる、踏ん張れよ。」

 

 

 

片岡と落合に背中を押され、大野は無言で頷く。

 

 

会場で鳴り響く拍手。

大野がグラウンドに姿を現すと、その音は更に大きくなる。

 

 

 

『最終回、大きな拍手と共にもう一人のエースがマウンドへ上がりました。』

 

 

 

投げた球数は、164球。

奪った三振の数は、24。

 

許した自責の失点はなく、チームとしての失点はエラーと奇襲による1。

 

 

世代最強右腕の名に偽り無し。

立ち塞がる打者たちを完膚無きまでに捩じ伏せる様は、正に無双。

 

 

最強は、最後のマウンドでその瞳を開いた。

 

 

 

 

 

 

「すごいな、ここは。」

 

 

 

マウンドに来た御幸が、思わずそう呟く。

 

渦巻く熱気と、割れんばかりの拍手。

多くの歓声と応援に背中を押されるが、それ故に重圧もまたとてつもない。

 

 

 

踏み荒らされたマウンドを足で慣らしつつ、大野は無言で帽子の鍔に手を当てる。

 

顔を上げるのを見計らって、御幸は自身が手に取っていた白球を大野へと直接手渡す。

 

 

マウンドまで何も言葉を発さない。

白球を手にして、漸くその口を開いた。

 

 

 

「ありがとう、ここまで一緒に闘ってくれて。お前が居てくれたから、俺は鳴との勝負に集中できた。」

 

 

 

突拍子もない感謝の言葉。

まるで想定もしていなかったタイミングだっただけに、御幸も思わず唖然としてしまう。

 

そしてすぐに、首を横に振って返した。

 

 

 

「まだ終わってねーって。んなフラグみたいなこと言うなよ。」

 

「あくまで言っただけだ。そうはならんし、させん。」

 

 

 

ボールを手のひらで遊ばせながら、スピンを掛けつつ軽くボールを真上に放る。

 

 

 

「だが、ひとつの区切りだ。まずはここで終わらせる。」

 

 

 

最後に放ったボールを、右手でパシッと受け止める。

 

 

 

「最後の打席、あれは俺への果たし状みたいなものだ。逃げるなと、最後まで闘えと、な。」

 

 

 

汗が流れ、頬を伝う。

そんなこと意に介さず、大野は入道雲が広がる空を見上げて言った。

 

 

 

「改めて、よろしく頼む。奴に勝つには一也の、それに皆の力が必要だ。」

 

「ったり前だろ。エースであるお前を盛り立てて、支える。それが女房役である俺の仕事だ。」

 

 

 

捕手は、目の前の投手が最高潮に輝く為に。

投手は、目の前の捕手が正しいことを証明する為に。

 

 

出されたミットに、自身のグローブをポンと当てる。

 

そして互いに笑顔を見せ、同時に背を向け持ち場へと向かっていく。

 

 

 

一人になったマウンド。

孤高の玉座で、大野は目を瞑ってその胸に拳を当てた。

 

 

 

(…行こう、行けるところまで。)

 

 

 

深呼吸を終え、右手を帽子の鍔へと運びながら打席へと目を向ける。

 

 

支えてくれる仲間が、いる。

背中を押してくれる仲間が、いる。

 

共に闘ってくれる相棒が、いる。

 

 

そんなみんなと、頂点へ。

 

 

 

(大野夏輝個人としてじゃない。この青道のエースとして、鳴に勝つ。それが俺の、俺自身の願いであり望みだ。)

 

 

 

自分勝手に、自分の為に戦う。

 

嘗て片岡に言われた、その言葉たち。

背負い、それ故に潰れかけた大野に、自分自身の為に戦うことでその重圧を軽減させようと伝えた言葉。

 

結果的にそれは大野の挑戦者としての、拮抗した試合で真価を発揮する性質と相まって、更なる飛躍へと繋がった。

 

 

 

そして今。

彼が辿り着いた答えは、嘗ての自分の集大成とも言える誓いとなったのだ。

 

 

 

 

『空振り三振ー!延長15回、大野もまた投げきりました!灼熱の神宮球場、世代最強の死闘は未だ終焉の片鱗すら見せません!決着は明日へと持ち越しになりました!』

 

 

 

 

 

 

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