燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード237

 

 

 

 

 

7回表。

2-1の1点ビハインド。

 

打順は大野から始まる好打順、終盤戦ということもあり何とかここで成宮を攻略したいところである。

 

 

打席に向かう自軍のエースを見送りながら、御幸は珍しくベンチの中でバットを握り締めた。

 

 

 

(何とか、しねえと。)

 

 

 

目を瞑り、息を吐く。

 

ここまで御幸は、全く当たりなし。

ギアを上げた成宮に、完膚無きまで叩き潰されている。

 

 

それもそのはず。

稲城実業バッテリーはこの決勝戦、アベレージの高い小湊と白州、そしてチャンスに強い四番の御幸には最大級の警戒体勢を敷いていた。

 

 

特に御幸は、今大会もそうだが殊勲打が多い。

チャンスの場面もそうだが、ここぞという場面に打つ。

 

だからこそ、できる限りその可能性を紡ぎ取る為にギアを引き上げていた。

 

 

万が一すらも、許さない為に。

 

 

 

その甲斐あって、ここまで無安打。

チャンスの場面でも、絶好調の成宮の投球と多田野の巧みな組み立て、そして必殺のチェンジアップに翻弄されている。

 

 

相性云々ではない。

完全に、力負けしている。

 

しかし今更、そんなこと言っていられない。

 

 

何が何でも、打つしかない。

決めるのは、自分の手で。

 

そう思いながらも、心のどこかで不安や葛藤があったのも事実であった。

 

 

本当に、打てるのか。

ここまで完璧に抑えられているのに。

 

繋ぎ、チャンスを拡大するのもまた自身の役割ではないか。

 

 

(迷うな。俺が決めるんだ。)

 

 

頭の中で整理するようにそう言い聞かせるが、心の陰りはやはり消えない。

 

 

 

そんな中、彼の肩に軽く衝撃が走った。

 

 

 

「なんだ、夏輝か。」

 

「えらく硬くなっているように見えたからな。気負いすぎだぞ。」

 

 

軽く肩を小突いてきた大野の目をチラリと見て、御幸は自身の手で握られているバットへ視線を戻す。

 

硬くなるのも当然だ。

 

四番として結果を出してきたここ最近に対して、全く当たりのない今日。

ましてや、相手は因縁の成宮。

 

 

大野は勿論だが、御幸自身もリベンジに燃えていた。

 

勿論バッターとしてもそう。

しかし一番は、大野夏輝の相棒として。

 

ここまでチームのために、文字通り身を削ってきた彼の努力が、正しかったことを証明するために。

 

 

「なあ、夏輝。俺は、あいつを打てると思うか。」

 

 

しかし、今の自分に打てるのか。

その迷いは、やはり信頼の置ける大野の前だからこそさらけ出すことが出来た。

 

 

「お前が決めるしかないんだよ。この試合を全て精算するには、俺が鳴に投げ勝って、お前が鳴を打つしかないんだ。」

 

 

返ってきた反応は、大野にしか言えない御幸への激励であった。

 

 

「今年の青道の四番は、御幸一也だ。打てる打てないじゃない。お前が、打つんだ。」

 

「…そうか。そうだよな。俺が打つしかねえんだよな。」

 

 

 

軽く微笑む御幸に、大野は再び肩に手を置いて続けた。

 

 

 

「自分を信じろ。そして、集中しろ。限界まで、研ぎ澄ませ。そうすれば、見えてくる。」

 

「出来るのか、俺に。」

 

「大野夏輝にできて、お前に出来ない道理はない。お前なら、出来る。全てを遮断し、お前の中の深層まで潜り込む。」

 

 

 

大野のその言葉を聞いて、御幸は再び目を閉じる。

 

息を吐きながら、徐々に音が遠くなっていくのを感じつつその感覚を研ぎ澄ます。

 

今は一度だけ、成宮を忘れる。

とにかく自分自身の感覚に、神経の端々にまで意識を向ける。

 

鼓動だけが耳の奥で低く鳴り響く中。

 

 

再びその目を開いた時。

御幸にとっても未知の世界が、そこには広がっていた。

 

 

 

「日本一のキャッチャーになるんなら、こんなとこじゃ止まれねえぞ。」

 

 

 

返答が帰ってこないと思いつつ、大野が御幸の背を押す。

 

対して御幸は、軽く微笑みながら拳を出した。

 

 

 

「…行ってくる。」

 

「頼むぜ。」

 

 

 

そうして、出された右拳に大野も自身の拳を当てて、送り出す。

 

 

試合展開としては、白州がヒットを放ちチャンスを広げたところ。

御幸も自身の出番を控え、ベンチから出ようとしたところで、片岡に呼び止められた。

 

 

 

「良い集中だ。スイング自体は悪くないぞ。」

 

 

バットの握られた右腕の肩に、片岡の大きな手が置かれる。

 

 

 

「お前は結城になる必要も、原田になる必要もない。お前は青道の四番として、大野の相棒として。そして、御幸一也自身として、この因縁に決着を付けてこい。」

 

「はい。」

 

 

 

片岡の激励を受け、御幸はグラウンドへ目を向ける。

 

1点ビハインドは、依然変わらず。

試合展開としては、やはり厳しい場面が続いている。

 

 

失点は、大野の異変に気が付かなかった自分の責任だ。

 

必ず、取り返す。

そして、大野を再び甲子園の舞台へと立たせる。

 

 

 

小湊が見逃し三振に倒れ、赤いランプが2つ灯る。

 

ネクストバッターズサークルから打席に向かう途中。

周囲を漂う熱気と、割れんばかりに揺れる会場の空気感で、御幸は漸く凄まじい歓声に気がついた。

 

 

 

(…行こう。俺が、決める。)

 

 

 

研ぎ澄まされた感覚は、限界まで鍛治された刀のように鋭利に。

そして、黄金色に輝く瞳がキラリと煌めく。

 

会場の音が抜け落ち、ガサッガサッと自身の足元から鳴り響くスパイクの音だけが脳内に響く。

 

 

先程まで自身が居座ったその定位置を一瞥し、御幸は再び息を吐いた。

 

 

 

打席に入る前。

自身の集中力を最大限まで引き上げる。

 

 

この場に立ってしまえば。

よもや、逃げ場はない。

 

退路も無ければ、敗北の2文字も許されない。

 

 

 

決めねば。

 

ここまで投げ抜き、それでいてチームを鼓舞し続けてきた大野の為に。

そして、期待をし託してくれた片岡やチームメイトの為に。

 

 

普通ならば重圧に成りかねない覚悟が、今の御幸には。

自身の集中力を最高潮にまで引き上げる、引き金にしかならなかった。

 

ここにきて、御幸もまた大野同様、託されたことによる責任感が、極限とも言える集中状態へといざなったのだ。

 

 

 

 

2アウトランナー一二塁。

マウンドに立つのは、この22イニング目にして未だ失点2のエース、成宮。

 

対する打席には、ここまで当たりなし。

それでも今年、歴代最強クラスと言われた青道で一年を通して四番に座り続けた主砲、御幸。

 

 

 

子気味良いトランペットの音が、彼の。

青道の四番の象徴である、ルパン三世のテーマを奏でる。

 

そのブラスバンドの演奏を背に、多田野は打席でバットを肩に掛けた御幸を横目で見た。

 

 

(空気が変わったのは、確か。でも、ここで抑えれば青道の勢いは完全に鎮火できる。)

 

(どっちにしろ、抑えるしかねーんだ。行くぜ。)

 

 

 

普通の選手なら、呑まれても仕方の無いこの場面。

それでも多田野は、自軍のエースを信じて冷静に思考を巡らせた。

 

 

(まずは、力が入っているだけか。それとも、本当に”やばい”とこまで来てるのか。それを、確かめます。)

 

 

要求したのは、真ん中付近のカーブ。

縦に割れるこの鋭い変化球を見切れるかどうかで、判断する。

 

初球。

多田野の要求通りのボール。

 

これを、御幸は反応すら示さなかった。

 

 

 

(これにがっつかないのなら、やっぱり。)

 

(あぁ。完全に入っちまってるな。)

 

 

 

気負っているわけでも、力が入りすぎているわけでもない。

 

純粋に、自分自身の集中状態のその奥まで入り込んでいる。

俗っぽく言うのであれば、いわば”ゾーンに入っている”という状態に、今の御幸は至っていた。

 

 

生半可なボールでは、やられる。

 

特にサインを出し合った訳でもなく、2人の嗅覚がそう言っている。

 

 

そんな中、バッテリーが選択したのは。

極限状態の御幸をも上回る、真っ向勝負であった。

 

 

2球目、高めボール球のストレート。

しかし勢いに押され、御幸もこれに空振り。

 

球速にして、147km/h。

 

ピンチで御幸を迎えた成宮もまた、世代ナンバーワンの称号に偽りない投球を見せつけていた。

 

 

 

(っ、速ぇ。)

 

 

 

やはり、いくら集中しているとはいえ相手も超一流。

特にその速球は高校生離れしており、そう簡単には捉えられない。

 

このストレートを軸に、同速で小さく変化するツーシームに、鋭く変化するスライダーとフォーク。

更には、緩急を付けつつ強い変化をするカーブとチェンジアップ。

 

この全てをケアしなければ、ならない。

 

 

 

3球目。

 

ここも、外のストレート。

アウトサイド僅かに外れるボールをそのまま見送り、2ボール。

 

 

カウントとしては、バッター有利。

 

狙っていきたいところだが、4球目。

続けて投げられた、外のストレート。

 

これが外角低め一杯に決まり、審判の手が上がる。

 

 

思わず打席を外した御幸だったが、深呼吸をして直ぐにバットを構え直した。

 

 

(考え込むな。もっと奥に。もっと深く。)

 

 

自身にそう言い聞かせると共に、御幸の瞳がさらに光を帯びていく。

 

 

カウントは、2-2

追い込まれる形となった御幸。

 

ここで多田野は、伝家の宝刀を引き抜くことを選択した。

 

 

 

(徒に勝負を引き伸ばせば、捉えられるかもしれません。ここで決めます。)

 

 

 

深呼吸をして息を整えた御幸を横目に、多田野は尋常ならざる空気を感じて、勝負球を要求。

 

コースは低め。

勿論ボールは、彼のウイニングボールであるチェンジアップ。

 

サイドは気にせず。

とにかく、低めに落ちきる球をアピールした。

 

 

理想は、三振。

しかし、今の御幸では難しいかもしれない。

 

 

それでも、引っ掛けてのゴロアウトは狙える。

寧ろ今の御幸の状態であれば、ミートしては来る。

 

しっかり落とせれば、長打を打たれることは無い。

 

であれば、繋がれたとしても、次の金丸は今の成宮であれば抑えられる。

 

 

 

5球目のチェンジアップ。

 

クイックモーションから投げ込まれたのは、アウトコース。

 

僅かに高いが、それこそ決定打を打てるほどの高さではない。

それよりも、サイドは気にしなくてもいいと言った中でも、最も欲しかった打ち損じの多いアウトコース。

 

 

 

成宮の本能に感謝しつつ、多田野は落差の大きいボールに身構える。

 

しかし、そんな多田野の視線を遮ったのは。

 

 

 

(考えるな。ここは、感じろ…!)

 

 

正しく、遅れて出てきた御幸のバットの一閃であった。

 

甲高い金属音。

下半身で粘った末に通したバット軌道は、上手くチェンジアップと合う。

 

 

逆方向。

鋭く上がった打球に歓声が湧き上がる。

 

 

しかし、打球は惜しくもレフト線切れてファール。

 

それと同時に、観客席からは思わず溜め息が漏れていた。

 

 

 

(対応してきた。)

 

(…あいつはいつも、決め球を狙うからな。そういう奴だから。)

 

 

 

基本的に御幸は、バッテリーの傾向や配球を読んで狙い打つタイプ。

 

さらに決め球を持つ投手に対しては、その選手にとって最も自信を持つボールを敢えて狙う。

 

 

バッテリーの心を折り、試合を決める。

それが彼にとっての、四番としての役割だと自負しているから。

 

 

 

(内に行きましょう。ボール球で、強いストレートを。)

 

 

 

多田野が出したサインは、インコースのストレート。

 

この打席で速球には合っていない上に、ここまでは基本外への配球。

先程小湊から見逃し三振をとったこのボールで、仕留めに行く。

 

 

その上、ここを見逃されたら、最後はチェンジアップ。

 

いくら捉えたとはいえ、流石に近い速球を見たあとに対処するのは難しい。

 

決して、予測できない配球ではない。

だが、その上で上回ることができる。

 

 

速球で抑えることができれば、一番。

しかし駄目でも、それを布石にしてもう一度決め球を使って仕留めることはできる。

 

成宮の投手としての実力に、多田野は委ねたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

歓声。

 

 

しかし、この18.44m間。

 

僅かの一瞬の間、静寂が訪れる。

 

 

マウンド上、覗き込むように成宮が前屈みに多田野を見つめる。

 

同時に打席の御幸はバットを掲げたまま、ゆっくりと息を吐き出した。

 

 

 

(対応しろ、全てのボールに。)

 

 

 

今は、捕手としてではなく。

 

打者として。

そして、青道の四番として。

 

 

一度、打席からベンチへと視線を向ける。

 

サインは、なし。

しかし御幸は、それではなくベンチの前方でこちらを見つめる一人の男にしか目は向いていなかった。

 

 

 

(んな心配そうな顔すんなよ。お前がやれるって言ってくれたんだからさ。)

 

 

 

少しだけ緩んだ表情をすぐに戻す。

 

遠のいた音の中。

脳内では、自身の心音だけが強く鳴り響く。

 

 

揺れる大地の中で、感覚だけが研ぎ澄まされていく。

 

握られたバットの中にも血液が通うような、彼の中でも新たなる感覚を覚えつつ。

御幸は、来たるべくその瞬間に備えた。

 

 

 

 

蒼き瞳と、黄金の瞳。

両者のその瞳が、輝く。

 

 

自分自身の、相棒の信じたボールで。

 

みんなが託してくれた、このバットで。

 

 

 

((決める。))

 

 

 

相反する2人の想いが、同じグラウンドでひとつの言葉となって交錯した。

 

 

 

 

洗練された、左腕特有の投球フォーム。

 

上げられた右脚をスライドしながら、速球が放たれた。

 

 

 

それに対し、捻転。

 

極めて純粋、且つ洗練されたスイングが一閃される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その決着は、刹那。

 

金属音と共に、御幸がそのバットを振り抜く。

 

 

後ろ重心のまま、ライト方向をじっと見つめる御幸。

 

彼のその耳に、遂に球場を揺らすほどの歓声が漸く届く。

 

 

 

149km/h、インコースボール球のストレート。

 

完璧に捉えたライナー性の打球は、ライトスタンドのポール付近へと突き刺さった。

 

 

 

7回表。

青道高校が1点を追うこの場面。

 

 

逆転の一打となったのは、”打者 御幸一也”としての覚醒を告げる。

 

捕手らしい読み合いの末ではなく、純粋に自身の打撃センスに委ねきった初めての打撃で、この死闘をまたも覆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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