『狙い打ったー!覚醒の一発!ここまで全く当たりのなかった四番の一振りは、ライトスタンドへ!熱戦は遂に佳境へ!青道高校、御幸の逆転の一発で4-2!』
青一色の青道ベンチへ、その手を掲げる御幸。
普段はあまり見せないそのアプローチに、ベンチサイドはさらに湧き上がる。
全てを集中させ、研ぎ澄まされた一閃は、正に四番の一撃そのものであった。
悠々とダイヤモンドを回り切り、ホームベースを踏みしめる。
ベンチへ戻ろうと足を向けたと同時に、視界には飛びかかってくる倉持。
それを受け止め、御幸は遂にその表情を緩めた。
「てめえコノヤロ!全部持ってきやがって!」
「悪ぃ、漸く打てたんだから勘弁してな。」
「よくあのコースを打ったな、ナイスホームラン。」
さらに待ち構えていた白州ともハイタッチを交わし、共にベンチへ。
上がった心拍と、高揚したその心。
気持ちそのまま、御幸はベンチから出てきた大野と派手にハイタッチをし、そのまま熱い抱擁を交わした。
「マジで最高だぜ、一也。」
「んなとこじゃ、止まれねえからな。」
珍しく破顔した御幸と大野の姿。
それ程までの、一発。
遂に、完全にマークされていた御幸が、成宮を上回ったことに。
相棒である大野もまた、嬉しくて堪らなかったのだ。
歓喜の渦に包まれる青道ベンチサイド。
それを横に、マウンドで成宮は自身の膝に手をついたまま俯いた。
「鳴さん…。」
駆け寄った多田野もまた、言葉を失う。
成宮のボールは、悪くなかった。
コースも要求した通りだったし、疲れが出ているとは思えないスピードボールだった。
成宮は自分のリードに応えてくれたし、その上で御幸にやられた。
完全に、自分の組み立てが悪かった。
そう思った多田野が口を開いた瞬間、成宮はその顔を上げて腰に手を当てた。
「悪ぃな、樹。お前の要求に応えられなくて。」
帽子の鍔に触れながら、唇を噛む。
打たれた自分に激情するでもなく、御幸を称えるでもなく。
ただ、悔しさを抑えるように。
「お前は俺を信じて、勝負してくれたんだろ。だからお前だけは、自分が悪かったなんて思わないでくれ。」
そう言われて、多田野はいたたまれなくなった。
全開ならば、このストレートで抑えきれただろう。
やはり連投の疲れは否定できない。
若干ではあるが、ストレートの出力が落ちていたからこそ捉えられてしまったのは、多少なりとも影響していた。
しかし、それを理由にしてしまっては。
同じくここまで投げてきている大野に、負けた感じがするから。
昨年の秋大で、鵜久森にストレートを弾き返された時とは違い、まだ瞳は死んでいない。
まだ、負けていない。
まだ、終わっていない。
衰えない成宮の闘志と投球。
多田野は、自身の胸を叩いて決意を固めた。
「反省会は、試合が終わったら存分にやりましょう。絶対に点はとります。」
らしくもないその言葉に、成宮は思わず笑ってしまう。
長打を打つタイプでも、特段に打率が高い訳でもない。
出来るのは、粘り強く不細工でも食らいついて放つヒットくらい。
そんな彼の宣言に、成宮も柄にもなく多田野に対して頼もしさを感じながら、いつものように返した。
「…だな。監督にゃ2人揃って文句言われっかもしれねーけど、言い訳くらいは考えといてやるよ。」
「鳴さんの言い訳なんてアテになりませんよ…。」
この後、5番の金丸を4球目のストレートでショートゴロに抑えて3アウト。
失点こそ4に増やしてしまったが、それでも何とか堪えてこの7回の表を終えて、成宮も唇を噛みながらベンチへと引き下がって行った。
試合終盤、この試合を通して初めて2点の差がついた7回。
さらに言えば、一昨年から含めて。
大野と成宮がマウンドに上がってから言っても、降谷が原田から受けたサヨナラ被弾を除けば、初めてでもある。
「分かってるとは思うけど、今のお前にとっては2点も全然セーフティゾーンじゃねえからな。」
「分かっている。向こうも一流だ、ましてやこちらも手負い。後ろを信じて、俺も全力を尽くす。」
グローブで口を覆いながら、2人でやりとりをする。
得点が動いた直後というのは、やはり失点をしやすい。
これまで全く動いていなかった流れが突如乱れて、テンポが崩れたり。
張り詰めていた緊張感が緩和され、無意識にもたるんでしまったり。
感情的なところも多少はあるだろうが、どちらかというと試合の流れや空気感といった、外面的かつ割と迷信めいたものが要因になっていたりする。
昨年失点したのは、成宮が失点し逆転した直後。
2人ともそれが分かっているからこそ、敢えてそれを口に出して互いの認識を確認し合う。
その作業を終え、御幸が小さく頷いてマウンドから離れようとしたその時。
大野は、帽子の鍔に手を触れながら彼を呼び止めた。
「逆転してくれて、ありがとう。やっぱり、お前は凄い。」
帽子を外し、微笑んだ大野がそう言った。
「そういうのは、勝った時に言ってくれ。ほら、行くぞ。」
「あぁ、そうだよな。うん、行こう。」
離れる御幸を見送り、大野はまたマウンドへと上がる。
ゆっくりとその小山を登りきり、1度外した帽子を深く被り直す。
その工程を経て、大野の表情は再びエースとしての鋭い目つきへと舞い戻った。
打席に入ったのは、9番の成宮。
逆転を許したこの7回の裏。
何とか自身のバットで取り戻したいところ。
(失点は、俺の責任。樹が腹括って要求したところに、俺が応えきれなかったのが悪い。)
3球目であった。
大野が投じた外角低めの直球を、成宮は引っ張りこんで右中間へ。
厳しいコースだったが、振り負けずに打ち返して見せる。
134km/hの真っ直ぐを弾き返して長打コース、打った成宮は二塁まで到達した。
(あいつが後悔しないように。そして、俺が夏輝に勝つために。ここで、止まるわけにはいかねえんだ!)
二塁ベース、スライディングから立ち上がると共に、成宮が声を張上げる。
チームを鼓舞し、流れを作る為に。
それを横目に見ながら、大野は自らの唇を軽く噛んだ。
(上手く打たれた。やはりこいつも、天才だな。)
(良いとこに落ちたな。ちょっと高かったけど、それでも上手いこと打たれたと思うわ。)
やはり、打撃センスは凄まじい。
反射神経と運動神経に任せた感覚的な部分が、そのセンスを感じさせる。
普段クリーンナップを打つのも、また納得である。
(折角援護を貰ったんだ。そう簡単にやり返される訳には行かん。)
大野の表情が僅かに強ばるのを見て、御幸は自身の胸元を叩いて落ち着くように伝えた。
(硬くなるなよ。大丈夫だ、後ろにはみんなもいる。自信を持て。)
(分かっている。)
打席に新たに入ったカルロスは、今日もヒットを放っている。
ここも、とても油断できる打者ではない。
カルロスに対しては、やはり警戒。
ストレートに加えてツーシームの比率を上げ、打ち損じを狙う。
真っ直ぐに勢いがあれば、ツーシームで空振りが奪いやすいのだが、やはり疲労でストレートの威力が落ちてくると、軌道のギャップが少なくなる分ミートされやすくなる。
ならばそれを逆手にとって。
敢えて打たせて取る。
理想は三振だが、ヒットを打たれたくはない。
進塁打になっても、まずはアウトを取る。
2球続けたツーシーム。
外のゾーン内のボールを打たせて、セカンドゴロ。
転がした間に成宮が三塁まで進み、1アウトランナー三塁へとチャンス自体は広げることに成功した。
しかし、ここから大野の歯車が狂い始める。
続く白河に対して、ボールが先行。
カウント3-1から、ツーシームを見送られてフォアボール。
二打席連続、そして痛恨のフォアボールでランナーを出す。
それに動揺が生まれたか。
さらに3番の早乙女に対しても中々ストライクが先行せず、最後は珍しく抜けてしまった縦のカーブが外れて2者連続のフォアボール。
思わず大野も天を仰ぎ、すぐに膝に手を付く。
まさかの2者連続。
1アウトから満塁までピンチを拡大してしまい、わかりやすく苦い表情を浮かべた。
流石に御幸もここはタイムを取り、内野を。
そして、外野も集めて再度守備位置と共通認識を確認する。
犠牲フライでも、1点。
普段の大野なら三振を奪いに行くのだが、今の疲れが溜まった大野で4番以降のこの打線に対しては確実とは言えない。
相手は、今日ホームランも放ってノリノリの山岡。
逃げれば流れは持っていかれてしまうが、無闇に攻めれば4点の可能性も十分に有り得る。
しかし、1点であればまだ猶予はある。
無理に失点を防ごうとして、アウトを取れずにズルズル球数が増えてしまう方が厄介だ。
内野は定位置。
外野は一応、バックホームで刺せるか否かの位置で若干前進。
あまり浅く守らなくても、今の成宮ならあまり無理して走らない。
その判断の上で、各々の位置で。
1点は覚悟で。
最小失点で切り抜ける為に、まずは確実にアウトを取りに行く。
確認事項を全て終え、それぞれが定位置に戻ろうとするその前。
御幸は、自身の拳を前に突き出して言った。
「今の夏輝じゃ、はっきり言って稲実を捩じ伏せることはできねえ。みんなの力を貸してくれ。」
御幸の音頭に、一番最初に反応したのは、前園だった。
「当たり前や!全員で勝つ言うたんや、俺たちが力にならんでどうする!」
前園の言葉を皮切りに、倉持、小湊が。
そして、金丸や東条、麻生も肯定するように声をかける。
最後を締めくくるように白州が大野の肩に手を置いた。
「一年間、お前は俺たちに多くのことを与えてくれた。今度は俺たちが、お前の為に力を尽くす番だ。」
漸く頷いた大野に、白州も満足気に微笑み、さらに続けて言った。
今度は大野に対してではなく。
ナイン全員に対して。
「日本一のエースがいるから、俺たちが日本一になる訳じゃない。俺たち全員の力で、エースを支えてこそだ。」
拳を出した白州。
その姿を見習って、全員が拳を前に突き出した。
「行こう。全員で、勝つぞ!」
「「「おう!」」」
各々が、守備位置へと向かっていく。
残ったのは、2人。
エースの大野と、女房役である御幸。
全員が位置へとついた中。
2人は、グローブで口元を覆って話を続けた。
「実際のところ、どうだ。」
「疲れが出てきたのは否定できない。いつもと違う感覚で、やはり制球が若干ズレる。」
「そうか。コントロールは気にしすぎないで良い。最低限、何となくで合わせればいい。」
「分かった。」
普段からコントロールは良く、ストレートとツーシームは確実に狙った所へ投げ込むことが出来る。
他の変化球も、それこそ他の選手のストレートくらいには操れる為、全てにおいて制球はかなり良い。
それは大野の類稀な、言わば過敏すぎる感覚を元に制御することで、要求に対してリリースや力の入れ具合を調整して、その緻密なコントロールを維持している。
勿論、ギアを入れると若干コントロールに乱れは出る。
大野のフォームの特性上、大きなフォームで出力を引き上げるとアジャストが難しく、多少のコントロールのブレが出てしまうのだ。
絶好調であれば、その感覚がより研ぎ澄まされて、出力を引き上げた上でも狂いのない制球で操ることができる。
今は、その逆。
疲れが出たことで身体が重くなり、出力も上げきれない。
それにより、彼の中での感覚とのズレが出ていた。
三振を取りに行くのは、難しい。
いつものように捩じ伏せる投球は、恐らくできない。
ならば、バックを信じて打たせるしかない。
幸い制球は全く問題になるほどではないし、球の勢いも悪くはない。
何より、まだ瞳は生きている。
投げ切る闘志も、死んでいない。
手負いの状態だが、仲間を信じて投げることでまだ闘えると、自分自身を鼓舞している。
(行くぞ、夏輝。お前が日本一の投手であるように、後ろを守るみんなもそれに相応しいナインだぞ。)
(そこに関しては、最初から心配していない。あとは俺が、やり切れるかどうか、だろ。)
(じゃあ、心配いらねえな。お前ならきっと、大丈夫だ。)
胸を叩く御幸に、2人の表情に再び笑顔が戻る。
1アウト満塁。
打席に入ったのは、4番。
先程の打席では、逆転の本塁打を放ちその状態の良さを表している。
甘い球は、狙われる。
しかし、後ろを信じて。
思い切るところ、思い切る。
初球に御幸が構えたのは、アウトコース甘めのツーシーム。
回を重ねて疲れが出てきた大野に対して、甘いコースは確実に振ってくる。
狙い通り、この球に空振り。
まずは、貴重な1ストライクを取る。
2球目のストレートは、高めのボールゾーン。
これは見送られ、カウントは並んだ。
やはり、1本出て見送る余裕が出てきている。
こうなってくると、どうにもボール球は見逃されてしまう為に、ある程度リスク覚悟で勝負にいかなければならない。
振らせるには、打者の認識を欺く動くボール。
若しくは、タイミングを外す奥行のボール。
バッテリーは、奥行を使うことを選んだ。
(危険なボールだが、幸いコントロールは乱れてねえんだ。投げきって来い。)
タイミングを外し、スイングを崩す。
しぶとく粘るタイプではなく、自分のスイングをしつこく行って大きな一発を放つタイプだからこそ、そのスイングをさせない。
御幸の要求どおり、大野は外にチェンジアップを投げ込んだ。
「…むん!」
快音と共に弾き返されたのは、逆方向。
文字通り崩したが、目一杯我慢して引き付けた山岡がチェンジアップにコンタクトする。
(まず…!)
鋭い当たり。
一塁頭上を襲う、ライン際の打球。
思わず大野が振り向いたと同時に、ミットの快音が鳴り響いた。
ファールグラウンド。
打球に反応した前園がジャンピングキャッチで飛び込んだ。
山岡が放った強打は前園ががっちりキャッチ。
エース大野を救うファインプレーに、大野は思わず人差し指で前園を指した。
「ゾノォ!」
「力になる言うたやろ!打てへんくても、こっちじゃ足引っ張らんで!」
前園の有言実行とも言えるファインプレーで、2アウトまで漕ぎ着けたバッテリー。
しかし、続くバッターもこの試合クリーンナップで起用されている多田野。
山岡に対しても長打となりうる打球を放たれているだけに、決して安心はできない。
寧ろ、彼のようなホームランバッターよりも、多田野のように粘ってコンタクトしてくるバッターのほうが、この満塁の場面では失点のリスクが大きかったりする。
(まだだぞ。)
(分かっている。)
初球、多田野には縦のカーブ。
低めのストライクゾーンいっぱいに決まるボールを見送った多田野だったが、やはり狙いはストレートか。
かなり早めのタイミング取りを確認した御幸は、ここもカーブを要求。
次は、多田野も空振り。
やはり、ストレート狙い。
追い込んだカウントに、更にはまだボール球も余分に3つ使える。
高め、完全に釣り球のフォーシーム。
吹き上がる軌道のこれを見せ球に、最後は低めで落ちるツーシームを振らせる。
3球目の釣り球に多田野も若干反応するも、ここは振らずに1ボールとなる。
反応から見るに、やはり狙いは速球。
我慢できたのも、ポイントが近い多田野だからこそ。
ならば尚更、そのストレートの擬態させたツーシームを振らせて打ち損じは狙いやすい。
4球目。
ここは、ゴロ狙いで低めのツーシームを要求する。
できれば、ボールまで落ちる球。
しかし低めであれば、ストライクゾーン内でも構わない。
クイックのトルネードから放たれた、ツーシーム。
インコース低め、ストライクゾーン内に入ったボール。
これを、多田野は叩いた。
打球はレフト方向。
僅かに芯は外しているものの、金属バットであればさほど問題はない程度。
当たり的には、長打コース。
膝に手をついた大野がその打球の行方を追う。
懸命に追うのは、麻生。
守備範囲の心配はない。
しかし、それでも鋭く遠い当たり。
「っ、麻生ー!」
声を上げたと共に、麻生が打球に手を伸ばす。
フェンス間際。
壁との衝突音と共に、麻生は倒れ込んだ。
白球の行方がわからぬまま、激突し倒れ込んだ麻生が左手を上に伸ばした。
「アウトォ!」
「っしゃあ!ラァ!」
大歓声と共に、ピンチを超えた大野が吼える。
1アウト満塁を、バックに助けられながらも守りきった、正に全員野球。
まるで今年の青道高校のテーマを象徴するような守りで、この試合最大とも言えるピンチを切り抜いてみせた。