燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード240

 

 

 

 

 

8回の裏。

 

 

セカンド後方のテキサスヒットとフォアボールで稲実はこの回もチャンスを作ると、打席には初回に長打を放っているカルロス。

 

ツーアウトランナー一二塁から、叩きつけた打球。

しかしここは、ショート倉持の猛チャージからのベアハンドで送球でファーストへ。

 

難しいショートバウンドになったが、これを前園も好捕。

 

俊足のカルロスのヘッドスライディングも虚しく、一塁塁審はアウトの判定。

 

 

バックに盛り立てられる形で、ここも大野は粘りのピッチングで何とか切り抜けた。

 

 

 

「流石、助かった。」

 

「そうそうポコポコ内野安打許すかよ。ゴロ打たせたらアウト取ってやるからよ。」

 

 

マウンドから歩く大野を、追い越す形で来た倉持と左手を合わせる。

 

歓声は、昨日に引き続き大歓声。

自身の脳内に響き渡る独特な振動音を感じながらも、大野は自身の帽子を外して頭を振った。

 

 

 

息を吐きながら、自身の額を右手の前腕で拭う。

 

 

汗が出る量が、明らかに減ってきている。

 

軽度とはいえ、脱水症状が出始めている。

まだ手先の感覚は問題ないが、これが鈍くなってくると投球も厳しくなって来るだろう。

 

 

(大丈夫。俺は、エースだ。例えここで果てようと、最後に勝ちだけは持って帰る。)

 

 

球数は、130球を超えている。

 

普段の試合では、三振を多く取りながらも100球前後で終わるのは、基本的にフォアボールは出さない上にストライク先行で投げているから。

 

この試合では、フォアボールも複数個。

更に、球威が落ちている分ある程度球数を使って散らす必要もある為、必然的に球数が増えてしまう。

 

 

(もしかしたら、替えられちゃうかもな。)

 

 

そんなことを思いながら、大野はベンチへと入る。

 

自覚はしている。

球威も落ちているし、球数も増えている。

 

コントロールは御幸も気になるほどじゃないとは言っていたが、変化球の抜け球が出始めている。

 

 

沢村や降谷も、調子は悪くない。

彼らも万が一の為に、ずっと準備してくれている。

 

 

横から差し出された紙コップに視線を落とし受け取る。

 

 

「ありが…って、コーチでしたか。」

 

「遠慮すんな。」

 

「あぁ、ありがとうございます。」

 

 

何かとこの人は、気配を消してこちらに近づいてくる。

 

よくこの恵体で音もなく近づけるなと呆れつつ感心しながら、大野は手渡された飲料に口をつけた。

 

 

 

「…くそ不味いっすね。」

 

「まあ、そういうものだからな。経口補水液みたいなもんだ。最後まで投げるんなら、ちょっとは我慢しろ。」

 

 

落合の言葉に、大野は軽く笑みを浮かべて一気にその飲み物を飲み干す。

 

美味くは、ない。

しかしそれでも、染みる。

 

 

「ぶっちゃけ疲れはどうだ。」

 

「ぶっちゃけって。体感は9割です。ですが…」

 

「走らねえか、球が。」

 

 

その言葉に大野が、こくりと頷く。

 

 

「コントロールがまだ効くんなら、低めで行きてえけどな。流石に厳しいコースをそう易々と打ち返せるほど高校生ってのはレベル高くねえよ。まあ、お前はそこまで卑下しなくて良い。」

 

 

落合がそこまで言い切ると共に、今日一番の歓声と拍手が鳴り響く。

 

 

 

マウンドに向かったのは、当然この男。

 

 

小さな身体を揺らし、周囲の選手とは異なりゆっくりとマウンドへ歩くその様は、正に王。

 

端正な顔立ちに、綺麗な青い瞳。

薄黄金色の白髪を帽子の脇から靡かせ。

 

世代最強の投手が、最後のマウンドへと降り立った。

 

 

 

「凄いですね、歓声が。」

 

「いい投手だよな、コントロールも悪くねえし、ストレートも変化球も質が高い。世代最強って呼ばれるのも頷ける。」

 

 

左腕としては貴重な最速150km/hオーバーのストレートに、縦横の鋭い変化球と魔球チェンジアップ。

視線をずらす縦のカーブに、打たせてとるためのムービングボール。

 

コントロールのバラけも少なく、スタミナはこの試合を見ての通りである。

 

 

やはり、世代最強の投手。

そう言われるのもまた、納得である。

 

 

 

「本当に、みんなには感謝しかないです。あの鳴からここまで得点を奪ってくれて。」

 

 

 

昨日の試合での、金丸のホームラン。

今日の初回には、上位打線が泥臭くもぎ取った先制点。

 

そして、御幸による値千金の逆転3ランホームラン。

 

更に、新戦力による追加点。

 

 

全てに価値があり、全員がヒーローとも言える、この得点劇。

 

あの成宮からここまで援護をしてくれた。

それだけでも、大野は感謝してもしきれなかった。

 

 

「あとは…」

 

 

グラウンドを見つめる大野の表情が、再び真剣なものへと戻る。

 

その視線の先では、成宮が御幸を空振り三振に切っていた。

即ち、最後のアウトを奪いこの9回の表を終焉とした盤面。

 

 

それを見て、大野は自身の横に置かれたグローブと帽子を手に取った。

 

 

 

「あとは、俺が。最後にあいつを超えたと、証明するだけだ。このチームを、日本一の胸を張って言えるように。」

 

 

青道の魂が刻まれた帽子で頭を覆い、立ち上がる。

 

覚悟の瞳は青く輝き、表情は鋭く。

最後のマウンドへと向かうべく、大野はフッと息を吐いた。

 

 

「お前は間違いなく日本一の投手だ。元々素質はあったが、俺の手が加わって手のつけようが無い投手になってくれた。自信を持て、んでもって、成宮に勝ってこいよ。」

 

 

笑顔でそう伝えてくれた落合。

それに応えるように、大野は視線だけ向けて笑顔で頷いた。

 

 

「フラグ立てるようなこと言わないで下さいよ。」

 

「コーチが背中を押してくれたって捉えてくれよ。」

 

 

そう言って、大野が右手を差し出す。

 

一瞬間が空くが、それでも。

落合も鼻で笑いながらも、差し出された右手に自身の手のひらを当てた。

 

 

「柄じゃねえんだかな。信じてるぞ、行ってこい。」

 

「はい!」

 

 

そうして、大野の背中をトンと叩いた。

 

落合から送り出され、ベンチの端からグラウンドへ。

振り向いた視線の先にいたベンチメンバーたちが、彼に向けて手のひらを待っていた。

 

それを、大野も自身の右手を当てていく。

 

 

試合に出れず、歯がゆい思いをしているのは間違いない。

それでも勝つために、こちらに向けて声を枯らしてくれる。

 

彼らの思いもまた、疲れ果てた背中を押してくれた。

 

 

 

ハイタッチをくぐり抜け、ベンチからグラウンドへと足を踏み出す。

 

そこで待っていたのは、かつて大野同様に青道のエースとして同じ番号を背負い。

 

そしてこのチームを日本一のチームへと押し上げた闘将が、待ち構えていた。

 

 

 

「行けるんだな。」

 

「はい。その為に、ここまでやって来ましたから。」

 

 

胸を張り、頷く大野。

片岡もまた、大野の返答に満足したように頷く。

 

 

「なら、任せるぞ。エースである、お前に。」

 

「任されました。では…」

 

「あぁ。行ってこい。」

 

 

笑顔の片岡が、すっと右手で背番号に手を当て、その背を押す。

 

 

灼熱のグラウンド。

死闘とも言える長い長い決戦の舞台となったこの神宮球場。

 

その終末とも言える9回の裏のマウンドに向かってゆっくり歩き始める。

 

 

 

「一人で抱え込むなよ。後ろには俺たちがいる。俺たちがお前を信じるように、お前も俺たちのことを信じてくれ。」

 

 

そう言って背中をトンと押してくれたのは、この青道をまとめあげたチームの主将。

 

本人は柄でもないとは言っていたが、ここはそれぞれが主張の激しい個性派揃い。

だからこそ、引っ張るというよりも後ろから背中を押し、支えてくれるような白州こそがキャプテンに相応しかったのだ。

 

 

「ありがとう。後ろは任せた。」

 

「あぁ、任せろ。」

 

 

白州とグローブを合わせると、次は降谷と東条が。

 

 

「簡単にランナーは返しません。最後もお願いします!」

 

「いつでも投げられます。」

 

 

続けて、前園と金丸が。

 

 

「とりあえず、最後や。精一杯、らしくいこうで。」

 

「三塁方向は任せてください!もうやらかしません!」

 

 

そして、二遊間を守る小湊と倉持が。

 

 

「行きましょう、最終回。後ろは任せてください。」

 

「二遊間に打たせりゃ漏れなくアウトにしてやるからよ。安心して任せてくれよ。」

 

 

後ろを守ってくれるチームメイト。

そして、大野が全幅の信頼を置く、日本一の青道ナインから背中を押される。

 

 

 

 

『5-2で迎えた9回の裏。三年連続で同一のカードとなったこの世紀の一戦は、両チーム一歩も引かない大接戦となりました。』

 

 

一昨年は、互いに一年生ながら彼らが登板したその回から投手戦を展開し、その才能の片鱗を見せた。

 

結果的には、ドラフト候補である東清国擁する青道を完全に抑え込んだ成宮が、自身のバットで試合を決めてサヨナラ勝ち。

 

 

そして昨年。

観客の記憶にも新しい、延長11回の大熱闘。

 

互いに互いを高め合い、限界を超えていく両エース。

 

2年生同士とは思えないほどの死闘の末に、奇しくも同じ127の球数で力尽きた。

 

 

互角の戦いを繰り広げながらも、最終的に勝利を収めてきたのは稲城実業であった。

 

 

 

『センバツ優勝後、やり残したことがあると大野は言いました。それはきっと、このマウンドのことで間違いは無いでしょう。宿敵成宮を破って悲願の甲子園まであと一歩。』

 

 

 

センバツ優勝。

春夏と2つの甲子園のうちの、春を制覇した大野だったが、その栄光の最中で彼はやり残しがあると言った。

 

それこそが、未だに白星を上げることが出来ていない、この稲城実業の。

 

そして、成宮鳴との投げ合いで勝利することこそが。

 

 

青道が日本一のチームと胸を張って言う為の、最後の砦だと感じていたのだ。

 

 

 

マウンドの前。

一度立ち止まり、深呼吸をした大野が意を決したようにゆっくりとマウンドへと上がった。

 

 

 

『今、最後のマウンドにも当然上がりました。青道高校の背番号1番、エースの大野夏輝!』

 

 

 

 

拍手と歓声を背に大野はバックスクリーンへと視線を向ける。

 

ランプは全て消え、得点の数の大多数は0で埋められている。

その中に幾つか刻まれた、得点。

 

 

支えてくれる。

そして、声を掛けてくれる。

 

グラウンドにいるナインだけではない。

こうして声を枯らし、青炎を送ってくれる仲間たちも。

 

 

背中を押され、投げられる。

 

信じた仲間たちは、やはり最高のチームであった。

 

 

 

そして。

共に闘い、支え。

 

自分を信じ、助けてくれた。

 

相棒であり、親友が駆け足で近づいてきた。

 

 

 

「遅かったな。みんなが声掛けてくれる中、お前だけ来ないのかと思った。」

 

「んな訳あるか。強がり言ってるけど、ボールの状態はやっぱり落ちてきてる。まだ楽観はできねーからな。」

 

「わかっている。それを考慮してお前も要求してくれるんだろう。なら俺は、それに応えるだけだ。」

 

 

 

口元をグローブで覆い、マウンドで二人で話す。

 

幾度となく繰り返し、続けてきたやりとり。

そして、2人は笑う。

 

 

「ありがとう。点を取ってくれて。一緒に背負うと言ってくれて。お前が居てくれたから、俺はここまで来れた。」

 

「あのなぁ、こういう時にそう言うのやめろよな。」

 

「礼のひとつも言ったらいかんのか。」

 

「だから…まあいいや。」

 

 

そう言って、頭を搔く御幸。

 

因みに御幸は、「そう言う死亡フラグっぽいの今言うのやめろよな」と言いかけたが、それこそフラグになりそうだったので控えたのである。

 

 

マウンドに上がれば最高のエース、チャラけることはあれど普段からしっかりとしたこの男だが、時折こういう抜けたような発言というか。

 

要は天然なのである。

 

しかしそういう所も含めてまた、御幸にとっては大野夏輝という選手と人間を形容する部分であり、自分も割と好きな部分だなと改めて実感した。

 

 

「感謝をするのはあと。あと3つ、一緒に取りに行こうぜ、相棒。」

 

「あぁ、行こう。最後まで頼むぞ、相棒。」

 

 

口元から外したグローブを、大野はゆっくりと前に出す。

それと同時に、御幸も自身のミットを前へ。

 

ポンと当たる、互いの左手。

 

いつものルーティン。

2人の意思疎通のためのおまじないのような、既に癖になったこの動作を最後に、互いの持ち場へと戻っていく。

 

 

ピッチングは、投手と捕手が一体となって創る芸術。

 

特に示し合わせた訳でもなく、2人が持っていた価値観。

 

 

 

笑顔と笑顔の18.44m。

信頼できる仲間に背中を預け、最高の相棒と共に。

 

 

(行こう。ここには、みんながいる。)

 

 

 

引きかけた汗。

少し鈍色がかった、青い瞳。

 

青道の、日本一のエースが最後のマウンドでその投球を始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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