燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード242

 

 

 

 

 

 

(っ、そー…。マジかよ。)

 

 

 

腰に手を当て、唇を噛みながら天を仰ぐはマウンドのエース。

 

 

イニングにして23。

長い長い死闘の中で自らの失点は僅かに3。

 

リードはしているが、しかし。

 

 

大野の耳に響き渡る、声援。

それは彼らに向けられたものではなく、稲実の逆転サヨナラを期待したもの。

 

 

 

追い込まれていたのは、青道であり。

 

マウンドにいる、大野夏輝であった。

 

 

(感覚が悪い。出て欲しい最後のひとつが出ない。まずい、まずい。)

 

 

肘が重い。

何より、足が出ない。

 

あと一歩のはずなのに。

その一歩が、出てくれない。

 

 

「夏輝!」

 

 

珍しく焦りの表情を浮かべている大野を見かねてタイムを取った御幸がマウンドへと駆け寄る。

 

 

汗が出る量は減り、肩で息をしている。

 

出力が上がらないのとは裏腹に、鼓動だけが早くなっている。

 

 

疲れが出ているのは明白。

精神的にもかなり追い詰められているのも目に見える。

 

流石にもうまずいか。

 

 

ここまでよく投げてくれた。

願わくば最後の最後、彼とマウンドで抱き合いたかった。

 

だが、負けては元も子もない。

 

 

ここまでか。

 

息を乱した大野と歯を食いしばる御幸。

 

 

悔しさで視界が淀み、狭まる。

 

そんな最中、彼の視界に一筋の光明が差し込む。

 

 

 

鈍色に染まる大野の碧瞳に映る太陽。

グローブを付けずに駆け寄ってきた、沢村の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここで青道高校、伝令!準決勝で素晴らしい投球を見せた2年生の沢村が、闘将片岡監督の伝言を受けてマウンドへと向かいます!』

 

 

 

合わせて集まった内野陣。

そこに加わるように、青道の誇る”太陽”が、マウンドへと駆け寄った。

 

 

9回裏、1点リードとはいえピンチなことには変わりない。

 

ましてや、3点差あった中での連打で喫した2失点の上。

リードとはいえ、寧ろ追い込まれているのは守っているこちら、青道側である。

 

 

緊張感走るマウンド周辺で、片岡から送り出された沢村だったが。

 

彼は帽子の鍔に手をかけると、それを深く被り込んで立ち止まった。

 

 

 

「沢村…」

 

「えーっと、夏輝さん。伝令って、何すりゃいいんスカね?」

 

 

 

気まずそうに頭を搔く沢村の奇想天外な発言に、思わず青道のナインたちも困惑の表情。

 

気まずさは伝染し、マウンドを包み込む静寂。

それを突き破ったのは、沢村の臀を蹴る鈍い音であった。

 

 

 

「ってぇ!何するんですか倉持先輩!」

 

「るせえ!てめえ何しにきたんだよ!監督からの伝令忘れてきやがったな!?」

 

「イヤ違いますって!行ってこいしか言われてないんすよ!」

 

 

 

続けざま、金丸に頭をはたかれる沢村。

 

 

 

「嘘つけ!監督がこんなことで伝令送るか!」

 

「カネマール!?」

 

 

外野手の面々が集まってきたところで、大野は思わず吹き出してしまった。

 

 

「頭の悪いコイツに監督が伝令で指示を出す訳がないか。何しに来たんだ、沢村。」

 

「夏輝さんまで!?」

 

 

 

大野の辛辣な発言に、今度は他のナインが笑う。

 

天然故の、天性の畜生発言。

悪意がないから、尚タチが悪い。

 

 

 

先程までの緊迫とは一転、いつもの青心寮のときのような和気藹々とした空気に包まれるマウンド周辺。

 

 

次第に瞳に輝きが戻る大野の姿を見て、御幸も安堵した。

 

 

(監督はこれが狙いだったか。)

 

 

緊迫し、悪い流れが立ちこめる中。

沢村を送り込むことで、このチームに光を。

 

そして大野に対しては、まだ沢村がいること。

 

その上で、大野に最後まで託すという片岡の信頼を、伝えるということ。

 

 

 

会場全体は、稲実の逆転を期待する野次や声。

しかしそれと同時に、彼らを。

 

大野や青道の勝利と甲子園出場を期待する声もまた、大野の耳に届き始めていた。

 

 

 

「外野は無理のない位置で。内野は近いところ。三塁まで進まれようがランナーが増えようが、絶対に点は許さない。」

 

 

御幸が各々に指示を出し、それぞれが頷く。

 

1アウトだが、ここから先は下位打線。

とはいえ、稲実のスタメンたち。

 

内野を抜く打球は、確実に放つ力はある。

 

 

「夏輝。このチームのエースはお前だ。監督も、コーチも、スタンドで応援してる奴らも。それに、ここにいるみんなだって、お前に最後までここに立ってて貰いたいんだ。」

 

 

後ろを守る内外野から、大野へと視線を移す。

 

腕は重く、肘は鉛。

全身の疲労感は頂点まで達し、身体も前に出ていかない。

 

高い出力は出し尽くし、威力のある直球もキレのある剣も一本は折れてしまった。

 

 

そんな中でもまだ。

彼の瞳の陰りは晴れ始め、その闘魂は再び燃え始めていた。

 

 

 

「行こう、大野。俺たちがお前を支える。かつてお前がそうしてくれたように。」

 

 

 

主将である白州にもそう背中を押され、大野は遂にその瞳に輝きを灯し。

 

そして、頷いた。

 

 

「ありがとう、沢村。ありがとう、みんな。」

 

 

笑みは、ない。

その余裕はとうになくなっている。

 

今はただ、必死に。

 

勝利を求め、これまで勝つことが出来なかったライバルを上回ることだけを追求した。

 

 

 

深呼吸をし、空を見上げる。

 

昨日ほどではないが、晴天。

夏空を象徴する青い空に、立ち上る入道雲。

 

その空が、彼の瞳に反射した。

 

 

「今なら、なんとかなりそうだ。」

 

 

大野の言葉に、マウンドの全員が笑う。

 

そうして、誰から始めるでもなく。

全員が、自身の右手を前へと突き出した。

 

 

 

「行こう。勝って甲子園だ。」

 

 

 

白州の誓いと共に、響く声。

 

熱気帯びるグラウンド。

そこで確かに、彼らの誓いは残っていた。

 

 

それぞれが持ち場へと戻る中、沢村もまたベンチへと戻ろうとする。

 

流れは変わった。

片岡の思惑通り大野は視野を取り戻し、チームの団結はさらに固まった。

 

 

だが、最後の一手。

大野がベンチへと戻ろうとする沢村を、呼び止めた。

 

 

 

「すまん、沢村。最後に頼みがある。」

 

「なんすか、夏輝さん。」

 

 

 

いつも通りの笑顔。

それを見て、大野は一呼吸置いてから沢村にとある頼みをした。

 

 

 

「えぇー!俺がですか!?」

 

「悪いが力になってくれ。俺が最後の一歩を、踏み出せるように。」

 

 

分かりやすく動揺する沢村に、横で腹を抱える御幸。

そして、至って真面目な大野夏輝。

 

突拍子もなく、それでいて破天荒な要求。

 

とても試合中にどころか、普通であれば頼まれない内容に沢村は困惑するが、大野の表情を見て覚悟を決める。

 

 

僅かに濁った碧い瞳が、僅かに光を帯びる。

 

この人は、いつもそうだ。

いつも温厚で理論派、それでありながら試合になると意外と熱血漢となる。

 

 

並々ならぬ空気を感じ取り、沢村はゆっくりと頷いた。

 

 

「じゃ、じゃあ行きますよ。」

 

「ありがとう、頼む。」

 

 

ゴクリと息をのみ、その左手を大野の背に当てる。

 

 

そして。

掛け声と共に、沢村は左腕を大きく振りかぶり、彼の背中を思い切り叩いた。

 

 

「よいしょーーー!」

 

 

柔らかい肩肘の関節。

投球さながらの鞭のようにしなった左腕から放たれたのは、闘魂注入。

 

 

乾いた音と共にざわめく場内。

 

マウンドでは、大野がその衝撃で顔を歪める。

しかしすぐに歯を食いしばり、両手で自身の頬を叩いた。

 

 

「っしゃあ、行くぞ!」

 

 

空は青く、太陽が照りつける。

その光を受け、大野の瞳はたしかにその輝きを取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中に残る鈍い痛みを感じながら、大野は自身の手のひらを何度かグーパーと開き閉じる。

 

 

(まだ動く。まだやれるじゃないか。こんなところで、こんなところで止まっていられるか。)

 

 

踏み荒らし、踏み荒らされたマウンド。

それは激しい死闘の勲章でもあり、証。

 

軽く足でそれを慣らすと、今度は力強く足を踏みしめる。

 

 

(まだ、足も動く。腕も背中も重いけど、なんとかなる。)

 

 

ぐるりと肩を回し、定位置へと戻っていく御幸を。

そして、後ろで守備の準備をする頼れるチームメイトへと視線を移す。

 

 

「なんてったって、ウチは日本一のチームだからな。」

 

 

この試合、幾度となく口にしてきたこの言葉。

 

大野が自分自身未だ日本一の投手ではないが、それでもセンバツを制することができたことで生まれた発想である。

 

 

その言葉が今。

自身の最も高い壁と感じていた成宮を超える上で、本当の意味で必要となり支えとなった言葉として、大野の背中を押した。

 

 

 

 

 

しかし、身体の限界は近い。

 

やはりと言うべきか、24イニングを投げてきたこの身体は既にボロボロ。

 

元々強すぎる出力に対して身体が小さい為に、上手く出力調整をしなければ必ず何処かに負担が集中してしまう。

 

特にこの試合。

成宮との投げ合いで全力を出さざるを得なかった大野の肩肘はかなりの疲労が溜まっており、特に肘は限界に近かった。

 

 

痛みこそ日頃のケアと疲労を分散させる投げ方のお陰で殆ど無いものの、やはり張りと重さは隠せない。

 

 

さらに、春からお披露目した新フォームによる背中への負担。

広背筋の力を存分に引き出しているからこそ出せる高い出力だが、肘から逃がした分が背中と下半身に来ている。

 

 

そもそも、この炎天下の中で昨日から引き続き6時間以上投げているのだ。

 

 

312球。

大野が昨日から引き続き投げ続けてきた、この試合での投球数である。

 

 

近年の投手分業制からかけ離れた、エースとしての完投。

しかしその代償は、確実に大野の身体に疲労として押し寄せていたのだ。

 

 

 

(負けて…たまるか!)

 

 

外角僅かに浮いたストレート。

124km/hのキレある直球を、矢部はレフトへと運んだ。

 

打球を見て多田野もまた三塁を蹴り、本塁へ。

 

 

この矢部も、間違いなく成宮が最強のチームを作るという目論見で招集したひとり。

 

そんな男が2年半野球に打ち込み、血の滲むような努力をしてここにいるのだ。

 

 

 

弾き返された瞬間、大野が唇を噛む。

 

多田野が還れば同点。

タイミング的には、際どい。

 

 

ここで多田野は、迷わず本塁へと向かうべく三塁を蹴った。

 

 

 

(死んでも還る。絶対に、絶対に…!)

 

 

 

レフトは、守備の上手い麻生から降谷に替わっている。

 

打球処理は、甘い。

バックホームは派手さこそあるが、特段返球がいい位置に来る訳でもない。

 

悪くは無いが、良くは無い。

 

 

後ろは振り向かない。

ただひたすらに、前だけを。

 

その一心で、多田野はホームへ向けて頭から突っ込みに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしその裏で。

 

 

 

全速力で本塁を目指す多田野を視線で追うことなく、降谷はその打球へと集中力を最大限向けた。

 

 

『お前の剛腕を100%活かしてバックホームすりゃあ、見た目は派手で盛り上がる。が、返球で一番大事なのは投げる位置と投げるまでの速さだ。細かく打球に合わせしっかりと取る。あとは素早く、低くだ。あとは反復して、とにかく意識して、身体に染み付くまで練習する。』

 

 

かつて守備の練習をしている時に、先輩である麻生から度々言われた言葉。

散々見せられ、助けられた守備の極意。

 

そして、もう一つ。

自身が追い求め、憧れ。

 

尊敬して止まないもう一人の男の言葉が、降谷の脳内で駆け抜けた。

 

 

 

『お前に白州のような玄人好みの守備も、麻生のようなビックプレーも求めはしない。お前はお前が最大限輝くその球で、お前以外がマウンドで投げている誰かを助けてやるんだ。』

 

 

 

最初は、この人を追い抜き、敬意を表していた御幸と試合でバッテリーを組むことだけを考えていた。

 

しかし共に練習し、共に過ごし。

男の凄さと覚悟を、知った。

 

 

降谷にとって大野の存在は、いつしか。

 

追い抜く対象から、兄のように慕う大きな先輩へと変わっていた。

 

 

 

『もしかしたらその誰かってのは、俺になるかもしれないしな。』

 

『その時は、必ず…』

 

 

 

助けてみせます。

大野先輩がいつもチームを助けてくれたように。

 

 

 

 

 

 

細かいステップで打球に合わせ、捕球。

 

多田野の行く末を目で追うことなく、降谷は少ないステップとモーションで、本塁で待つ御幸へと視線を向けた。

 

 

(僕は僕の、今できることを全うする…!)

 

 

そこから放たれた送球は、投手のそれではない。

 

紛うことなき、研ぎ澄まさた返球。

 

幾度となく続け、楽しいピッチングとは裏腹に、やりたくない練習のひとつだった反復の賜物。

 

 

 

低く伸び上がるような、鋭い矢のような送球が。

 

御幸の構えた位置にドンピシャに決まった。

 

 

 

多田野が伸ばした手が先か。

返球を受けた御幸のミットが先か。

 

 

 

 

 

答えは、後者であった。

 

 

 

『ア、アウトーー!ここで剛腕炸裂!ここまで熱投を続ける大野を、守備で盛り立てます!レフト降谷の奇跡のバックホームで2アウト!』

 

 

打った矢部は一塁で天を仰ぎ、多田野が四つん這いのまま歯を食いしばる。

 

 

対して、御幸と大野が。

ベンチにいる片岡、そして麻生が吼える。

 

 

(完璧じゃねえか、降谷…!)

 

 

大野が、突き上げた右腕を降谷へと向ける。

それをみてアウトを取れたことを遂に実感した降谷は、応えるようにして自身の拳を大野へと向けて突き上げた。

 

 

『2アウト!悲願の甲子園二冠へ向けて、そして三度に渡る因縁の対決に終止符を打つべく、青道が追い詰めました!終わりの見えないほどの死闘にピリオドを打つか!』

 

 

沸き立つ場内。

 

しかしここで終わらないのが。

稲城実業という、王者であり。

 

 

そして、大野夏輝と成宮鳴という2人の両エースの。

 

 

呪いとも言えるような、因縁であった。

 

 

 

 

 

 

 

多田野による全力プレー。

そして、エース成宮の力投。

 

更には、同じ二年生で青道の窮地を何度も救っている降谷や金丸、小湊を筆頭とした彼らへの劣等感と勝利への渇望。

 

 

全てが、神宮寺を駆り立て、食らいつかせた。

 

 

 

『粘りに粘った11球目、弾き返した打球はセンター前!終わらせるつもりは毛頭ない!稲城実業7番の神宮寺、執念で外野まで運びました!』

 

 

打ったのはこの試合数少ない、要求から僅かに外れた甘めのカーブ。

ボールゾーンまで落ちきらなかった緩いボールを、神宮寺は片手一本でセンターの東条の前まで運んだ。

 

 

(ストレートの質自体は悪くなかった。俺の選択ミスだ、悪ぃ夏輝。)

 

(いや、納得して投げたのは俺だ。お前が悔やむ必要は、ない。次を抑えて終わらせよう。)

 

 

御幸が右手を広げて立て、すまんとジェスチャーをする。

 

それに対して大野も、肩で息をしながらも手を広げて首を横に振る。

 

 

タイミングが悪かった。

さらに言えば、打った神宮寺が上手かった。

 

 

 

切り替えて、次へ。

 

そう思った御幸が定位置に戻り大野に視線を再び戻す。

 

 

2アウトで追い込んでいるのは、こちら。

決して焦る必要はない。

 

 

しかし大野自身は。

少なからず、ネクストバッターズサークルで準備をする男に僅かながらだが意識が向いてしまった。

 

 

 

(考えるな。ここで奴を意識したら、何かが起こる。ここは、そういう場所だ。)

 

 

すぐに大野も首を横に振り、御幸へと視線を戻す。

 

 

 

 

流れていない汗を前腕で拭う素振りをしかけ、やめる。

 

そして、自身の胸に手を当てた。

 

 

 

(ここで終わらせる。)

 

(そうだ、夏輝。それでいい。出し惜しみする必要は無い。後のことは考えるな、お前は投げることだけを考えればいい…!)

 

 

 

打席に立ったのは、8番の江崎。

 

大会通じて、この試合以外では全て9番での出場のこの選手。

打撃ではなく、守備を期待されての選手なだけに、やはり打力は他の選手と比べると見劣りする。

 

 

何も起こらなければ、ここで終わる。

 

しかし、何も起こらないはずがない。

 

 

それを分かっているからこそ、大野は最後の力を振り絞って白球を握りしめた。

 

 

2アウトランナー一二塁。

ランナーに視線を向けることなく、大野はセットポジションから投球モーションに入った。

 

 

(打たれたあと、多少厳しくても。初球、狙…)

 

 

その刹那。

大野は、声を張り上げた。

 

 

「っらァ!」

 

 

ボールは内角高め。

僅かにボールゾーンに外れていたが、その勢いから江崎もバットを出してしまった。

 

 

 

初球、空振り。

127km/hのストレートで、まずは1ストライク。

 

決して強いボールとは言えない。

 

しかしその気迫が、そのキレが。

これまでの努力とエースとしての責任感の全てが、乗っている。

 

 

(いいぞ、ストレートはまだイケてんじゃねえか。)

 

 

更に2球目。

今度は僅かに外れていたが、続けざまのストレートもまた同様に127km/h。

 

しかしこれは江崎も見送って1ボールとなる。

 

 

 

3球目。

 

 

(コースだけは間違えんなよ。ここに。)

 

 

 

御幸が構えたのは、外角僅かに甘めのストレート。

 

普通の投手ならあまり要求しないコースだが、マウンドには大野。

言うなれば、完璧とも言える制球を誇る投手なだけに、際のコースを狙われる可能性もある。

 

敢えて、僅かに甘め。

つまり、そこから落ちるツーシームを普段要求するコースに、ストレートを偽装して投げさせた。

 

 

結果的に、江崎も若干振り遅れてファール。

 

これで、追い込んだ。

 

 

 

(念には念を…だ。これで三振なり取れりゃあ最高。)

 

(見送っても最終的に外で決める、か。分かった。決めるつもりでいく。)

 

 

 

視線を合わせ、頷く。

 

再び、御幸が内へ構える。

そして大野も、セットポジションに入る。

 

 

(これで、最後だ…!)

 

 

投げ込んだボールは、内角低めのフォーシーム。

 

渾身とも言えるそのボールは、御幸の要求通りのコースへ。

捕球姿勢に入った御幸だったが、そのボールは江崎のバットによって阻まれた。

 

 

 

 

 

金属音。

しかし、完全に打ち取っている。

 

甲高い音と共に、弱い打球が転がる。

 

 

 

が、弱い打球が功を奏したか。

残り少ない体力をピッチングに注ぎ込んでいた大野の前に転がる。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

位置が位置なだけに、金丸のチャージも届かない。

 

大野の踏み出しを見るや否や、御幸が急いで打球を処理しに行く。

 

 

(間に合ってくれ…!)

 

 

しかし、現実は無情。

通常の内野手とは異なり、この炎天下で重い防具を身に纏っている御幸のフィールディングは、必然的にテンポが遅れてしまう。

 

ミットではなく自身の利き手である右手で直接ボールを掴み投げかけ。

 

 

一塁ベースへ飛び込んだ江崎を見て、やめた。

 

 

 

 

 

その瞬間、一気に湧き上がる神宮球場。

 

 

息を切らして腰に手を当てる大野と、白球を握って仁王立ちの御幸は思わず歯を食いしばり。

 

そして、示し合わせるでもなく。

 

 

ネクストバッターズサークルから打席へと歩く男へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

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