燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード244

 

 

 

 

『互いの執念と執念のぶつかり合い、死闘の末に勝利を手にしたのは二度の敗戦を経験した大野夏輝でした!青道高校、悲願の甲子園出場!』

 

 

マウンドでは、右手で顔を覆う大野。

 

駆け寄る形で女房役である御幸が抱きつき、マウンドで熱い抱擁を交わす。

 

 

普段は鬼気迫る表情や笑みを浮かべることはあれど、基本的に表情を大きく崩さない大野が、涙で顔をグシャグシャにしながら御幸の肩に顔を埋める。

 

 

「良かった、勝てて。投げきれて、本当に良かった。」

 

「ほんとよく頑張ったよ、夏輝。ありがとう。」

 

「怖かった、きつかった。でも、ここで投げられて良かった。」

 

 

嗚咽混じりに、漸く本音を語った大野の背中を、御幸が優しくさする。

 

そしてすぐ後に、他のナインたちが駆け寄って2人を包むように抱きついた。

 

 

 

『去年涙すら流せずに力尽きた大野の瞳には、確かに熱いモノが溢れています。間違いなく、今年の夏の大会の。いや、歴代で見ても名場面として語り継がれる名勝負となった事でしょう!』

 

 

 

歓喜の渦に包まれたマウンド。

 

それをじっと見つめながら、成宮はただじっと立ち尽くしていた。

 

 

「勝ったお前にそんな表情されちゃあ、こっちは涙なんか出ねえって。」

 

 

 

悔しいのは、確か。

しかしそれでも、成宮に悔いはなかった。

 

己の全てを差し出し、出し切り。

 

その上で、勝てなかった。

 

 

想いは同じ。

ただ、実力が足りなかった。

 

だからこそ成宮は。

涙をグッと堪えて、胸を張ってゆっくりとベンチへと歩いて戻って行った。

 

 

 

「行くぞー、樹。整列だ。」

 

「すみません、鳴さん。俺、俺…」

 

 

ベンチの最前列で突っ伏し、涙を流す多田野。

その肩にポンと左手を置き、成宮はグラウンドへ視線を向けた。

 

 

「あいつらの姿、しっかり目に焼き付けておけ。お前たちは、あっち側に行けよ。」

 

 

その成宮の言葉に、多田野はさらに溢れだした涙が止まらなくなっていた。

 

 

まだ、一緒に闘いたかった。

やっと追いつけたのに。

 

叶わぬ願いと、自身の不甲斐なさ。

 

ただ、涙を流すことしかできなかった。

 

 

 

「さあ、行こう。整列だ。」

 

 

 

ナインが集い、グラウンドへ。

主審が、2日にも及ぶ長い死闘の終末を告げた。

 

 

 

「礼!」

 

 

 

大きな拍手と、歓声。

 

両チームの健闘を称えるように鳴り響くそれは、全国を通じて見ても最も大きく、重く響き渡るものとなった。

 

 

 

「夏輝!」

 

 

涙で真っ赤になった目で、大野は呼ばれたその声の方向へ目を向ける。

 

堂々と、清々しい表情で立つ成宮。

ゆっくりと近づいてきた彼に向き直り、大野もまたその胸を張って応えた。

 

 

「鳴…」

 

 

互いに全力を尽くし、高め合い。

そして、勝利を収めた大野に対し、成宮は彼を力強く抱擁した。

 

 

「なれよ、日本一の投手に。お前なら絶対、行けるから。俺が見えなかった、その先まで。」

 

 

そう言い切った成宮の左手に、力が入る。

 

それを感じ取り、大野もまた強く成宮のことを抱き返した。

 

 

 

「また会おうぜ、夏輝。今度は、負けねえから。」

 

 

 

大野に思いを告げると、続けて成宮は御幸へと向き直って言った。

 

 

 

「一也!俺らに勝ったんだから、負けんじゃねえぞ!」

 

「あぁ、分かってる。」

 

 

笑顔ですぐさまそう答えた御幸に、成宮も満足そうに笑ってベンチへと引き下がって行った。

 

 

 

 

 

長きに渡る死闘。

そして、因縁。

 

3年にも渡る二人の闘いは一つ終わりを迎え。

 

 

そして、次へ。

 

これから始まる、長い夏へ向けて。

またゆっくりと、時が流れ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、成宮はエースとしての集大成を見せてくれました。ですが最後まで、大野くんを打つ打開策を見つけられなかった私の責任です。三連覇の期待と重圧もある中で、センバツ優勝校である青道に立派に戦ってくれた彼らには感謝しかありません。」

 

 

 

記者に囲まれる両軍の将の傍ら。

選手たちは、泥まみれのユニフォームのまま、まだ熱気の冷めない神宮球場にいた。

 

 

明暗。

勝者と敗者がいるのは、当然。

 

しかしその一言で片付けるにしては、この試合は壮絶すぎた。

 

 

 

涙を流し、崩れ落ちる稲城実業のナイン。

 

特に成宮の女房役としてこの2試合を続けて出場していた多田野は、地面に蹲りながら立てずにただ只管に涙を流していた。

 

 

最強だった。

チームも、エースも。

 

絶対に、こんなところで止まっていい選手たちではなかった。

 

3年生たちは、強かった。

自分たちの、力が足りなかった。

 

 

(俺がもっと打てれば。もっといい選択ができれば。)

 

 

悔いても悔いても、もう夏は戻って来ない。

勝てなかったチームに、明日は無いのだから。

 

 

それでも3年生たちは胸を張り、終わりを告げた自分たちの夏を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

そんな最中。

ただ独り、エースは控え室のベンチに座ったまま薄暗い天井をじっと見つめていた。

 

 

(終わったんだな。)

 

 

投げ終えたその腕には、ケアをする為の氷嚢やサポーターなども、何も付いていない。

 

それがまた、この夏を終えたことを表していた。

 

 

 

(雅さんに連絡、するか。)

 

 

 

そうして、自身の横に置かれたエナメルバッグに手をかける。

 

青道を、抑えきれなかったと。

大野に、投げ負けたと。

国友監督を、甲子園へ連れて行けなかったと。

 

 

伝えなければいけないことは、数え切れない。

 

しかし、成宮はスマホを手に取ろうとして、やめた。

 

 

否。

彼の動いた手が、止まったのだ。

 

 

(勝てなかったんだな、俺は。)

 

 

悔いはない。

 

全力を出し尽くした結果。

やり残したことも、ない。

 

その上で、大野の方が上回っていた。

 

 

震える肩を右手で抑え、堪える。

 

少しでも気を抜けば、堪えていた思いが込み上げてしまうから。

 

 

深呼吸をして、落ち着ける。

そんな時、低い落ち着いた声が耳に入り、その主に成宮は視線を向けた。

 

 

「こんなところに一人でいたか。」

 

 

国友からの言葉に成宮も応答しようとして、再び口を紡ぐ。

 

 

「7回の時点でボールの状態が悪くなっていたのは分かっていた。」

 

 

連投による勤続疲労と、筋肉痛。

 

普段ではあまり無いが、やはり出力を上げ続けたが故に、その肩肘にもかなりの負担が掛かっていた。

 

 

試合終盤には、ストレートの球威も落ちていたし、下半身の疲労もあって制球も若干の乱れが出ていた。

 

 

「それでも替わる気を見せなかったのもまた、お前のエースとしての責任感からだろう。厳しい中でも光明を見出すために。」

 

 

目の前で立ち塞がる国友に、成宮も立ち上がる。

 

唇を噛み、見上げる形で国友の目をジッと見つめる。

 

 

昨年の秋。

自身のせいで負けたあの時と、同じような構図。

 

 

「度が過ぎる負けず嫌いも、プライドの高さから来る負けん気も。全てが、私にとっての宝物だった。」

 

 

そして国友は、成宮のその背に右手を回し、スっと自分の胸元へと抱き寄せた。

 

 

「ありがとう。お前という野球選手に出会えて、幸せだった。この2年半、お前と共に闘い成長できたことを誇りに思う。」

 

 

その瞬間、成宮の中で何かが崩れたようにして涙が溢れる。

 

人前で涙を見せず、ただずっと堪えてきたもの。

只管チームを鼓舞し続け、チームに心配をかけないように我慢していたそれを、国友にぶつけるようにして、初めて成宮は大声で泣いた。

 

 

「ご苦労。よく、頑張ったな。」

 

 

熱気の冷めない神宮球場。

 

その控え室で、一人の世代最強の夏が、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この試合は大野に託すと最初から決めていましたから。厳しい展開が続く中でも信念を持って闘ってくれた彼には、いくら労いの言葉をかけてやっても足りません。」

 

 

「9回には前の試合で好投を見せていた2年生の沢村くんに伝令を任せていましたね。何を伝えられたんですか?」

 

 

「いえ、沢村には特に何も注文はしていません。大野も下を向いていたので、そこを何とかして来いと。あいつなら、悪かった流れを断ち切っていい空気にしてくれると信じていました。」

 

 

「エースの執念、4番の逆転ホームラン、下級生たちの向かっていく姿勢に、副主将と主将の連打。新チーム結成時から掲げてきた全員で勝つというテーマを、体現してくれた試合でした。」

 

 

 

また異なる地。

 

二度連続の敗戦を喫した相手にリベンジを遂げた青道サイド。

 

そこには、昨年稲城実業を追い込んだものの惜敗した昨年の三年、現大学一年の姿もあった。

 

 

「すげえよ、よく守りきった。」

 

 

勝ったとはいえ、試合展開は苦しいそのもの。

 

初日は、正に圧巻の投手戦。

 

青道再度の大野が三振で抑えれば、成宮もバッターを捩じ伏せる。

幾度となく0が並ぶと、先制点を奪ったのは稲城実業の方。

 

守備の乱れに加え、俊足のカルロスが一瞬の隙を突いてホームを陥れる形で中盤に1点を許してしまう。

 

 

そんな中でも仲間の援護を待ち孤軍奮闘するエース大野に応えるべく何とか粘る。

 

 

9回表1点ビハインド。

追い込まれた場面。

 

何とか食らいついたのは、6回にエラーで失点を許してしまった金丸であった。

 

 

大野と同室である彼の反骨の一撃で同点に追いつくと、そこからは再び投手戦に。

 

 

序盤の先制点から追加点が中々奪えず、中盤に逆転を許す。

そこから7回に御幸の3ランホームランで再度逆転。

 

更に8回に一年生コンビの活躍で1点を追加し、3点差で迎えた最終回。

 

限界を迎えた大野だったが、バックのファインプレーにも助けられながら、最後はエース同士の直接対決を制して甲子園出場を決めた。

 

 

「本当にヒヤヒヤしたぜ。監督もよく最後まで大野でいったな。」

 

「今日の試合は大野で行くって宣言してたからな。まあ俺たちも、あいつに任せるつもりだったけど。」

 

 

やはり、この試合の立役者はエースの大野。

 

2日かけて24イニングという熱投。

そして自責点は、たったの3。

 

しかしそれ以上に、チームを鼓舞する素晴らしいピッチングと立ち振る舞いであった。

 

 

「で、その大野はどうした。」

 

 

前3年生の丹波がそう聞くと、御幸はあぁっと言って返答した。

 

 

「あいつは病院直行です。元々110球のリミットがある中でそれをかなりオーバーしましたから。まあそれを抜きにしても、すぐにケアする必要ありますからね。」

 

「まあ、とても真似できる芸当じゃないからな。相当疲弊しただろう。」

 

 

みな、彼のことを労いたかったし、顔も見たかっただろう。

しかし、今はそれよりも大事なことがある。

 

決勝に勝ったとはいえ、通過点。

 

まだまだ夏は、終わらない。

今は次のステップに向けて、その身体に大事なメンテナンスへと向かったのだ。

 

 

 

 

「それにしても、まさかあの成宮から最初に打ったのが金丸だとは思わなかったよな!」

 

「いや、守備でエラーしてたんで。俺が何とかしなきゃっていっぱいでした。」

 

 

 

和気あいあいと昨年の3年生やスタンドで応援していた選手たちも駆けつけて盛り上がるのは、金丸の同点ソロ。

 

終盤になりギアを引き上げていた成宮のストレートを、完璧に捉えてバックスクリーンへのライナーホームラン。

 

 

ギリギリの逆境で欲しい一打を放つその様に、次期四番の姿を見た観客は決して少なくなかった。

 

 

「てか守備も凄かったよ!ゾノなんてダイビング初めて取ったろ!麻生も降谷のバックホームも凄かったぜ!」

 

「麻生なんて鼻血出してたもんな、な!」

 

 

そして話題は守備へ。

 

疲労で満身創痍だった大野を助けるべく奮起したバックが好守を連発。

 

 

ここまで出力を上げて三振を多く奪い、必然的に疲れが出てしまったタイミングで、その大野を支えるように。

そして、自分らにもっと頼れというメッセージとも取れる守備でエースを盛り立てていた。

 

正に、全員で勝つ。

各々が出来ることを精一杯に、我武者羅に闘う。

 

その姿勢が、大野を最後までマウンドに立たせていたのだ。

 

 

「てか御幸ィ!お前何だよあのホームラン!」

 

「ボール球だったろ!狙ってたのかよ!」

 

「いやまじで、必死でしたね。何とかしねえとってずっと思ってたっす。まあもっと早く打ててれば、夏輝のこともっと楽にさせられてたんですけど。」

 

 

先輩たちから背中を叩かれ、御幸の顔にも笑顔が浮かぶ。

 

本当に、打ててよかった。

それこそその前の打席までは、らしくなくチャンスでヒットが生まれなかった為に歯がゆい思いをしていた。

 

 

それもそのはず。

実際に成宮は御幸の打席では全打席フルスロットル。

 

他の打者とは比べ物にならないプレッシャーを掛けられていた。

 

そんな中でのホームランは、正に試合を決定づける一打に間違いなかった。

 

 

「見たのか、あれを。」

 

 

冷静にポツリと言った結城哲也の問いに、御幸は真剣な表情で小さく頷いた。

 

 

「あの打席の直前、夏輝に言われたんです。自分を信じて、限界まで研ぎ澄ませって。あの打席、確かに俺は哲さんと同じ景色を見た気がしました。」

 

 

御幸のこの言葉に、僅かに微笑んでいた結城も真剣な表情に変わる。

 

 

「恐らく、俺とは違う景色だったはずだ。お前は確実に俺よりも深く、潜り込んだ。そしてそれが。」

 

「夏輝がいつも、見ている景色ですか。」

 

 

今度は、結城が頷く。

 

 

余計な感情を全て削ぎ落とし、その感覚を限界まで尖らせる。

 

息が詰まるような、まるで海底へと向かっていくように深く深く集中世界へ潜り込んで行ったとき。

 

周囲の環境が無となり、代わりに自身の中にある感覚だけが鮮明に研ぎ澄まされていく。

 

 

それが、大野夏輝という男の最大出力なのだ。

 

 

 

「どうだった?」

 

「正直、打席の後はふわふわした感じでした。それと同時に、凄まじい疲労感が来ましたね。息が詰まるというか、意図して深く息を吸わないと、呼吸が浅くなるような感じでしたね。」

 

「なるほど。」

 

 

そうして、顎の辺りに手を置いて考える素振りをする結城。

 

そしてすぐに顔を上げて、笑った。

 

 

「やはり凄いな。俺達も負けられん。」

 

「えぇ。つくづく、再認識させられます。一緒にやればやるほど、一緒に戦えば戦うほど。」

 

 

そして同時に。

御幸の中で、とある感情と同時に過ぎる。

 

いずれは、互いに違う環境を見て。

その大野と異なるチームで、相対したいと。

 

 

言葉にすることはない。

これもまた、彼の誓いというか、願いのようなもの。

 

もっと大きな舞台で。

そして、スケールの大きくなった彼と、戦いたい。

 

 

真夏の入道雲が走る空の元。

御幸は、小さく笑みを浮かべて、彼の瞳と同じ色の夏空を見つめた。

 

 

 

 

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