また亀投稿ながら、続きを投稿していきます。
雲が漂う真夏の青空。
時折顔を出す眩しい太陽はその地の熱を更に加速させ、辺りの熱気と相まる。
昨日一昨日と続いた熱闘が冷めやらぬ中、再びの熱戦。
西東京地区予選の王者が決まったように、東東京の王者を決めるべく決勝戦が、この神宮球場で行われようとしていた。
どうも、大野夏輝です。
3日間のオフということで、やることも無いからまたまた神宮球場に来ています。
他のみんなもオフではあるのだけど、流石に今日は完全休養。
主力は自主練も禁止で、以外もチーム練習はなし。
まあ俺はあと3日も動かないから、こうして足を伸ばしている訳で。
決勝戦は、やはりと言うべきか帝東高校と鵜久森高校。
片や古くからの強豪、片や秋からブレイクしたニューフェイス。
どちらも絶対的エースがいる。
そしていずれも、俺たちが秋に対峙して大きな苦戦を強いられたチームである。
それにしても。
「随分な人の数だなぁ。」
「昨日はもっと多かったがな。」
俺が零すようにそう言うと、後ろからか答える人物。
聞き馴染みはあるが、決して聞き慣れた声ではない。
しかし確かに知っているその声に、俺はゆっくりと振り向いた。
「楊じゃないか。」
「見かけたんでな、声を掛けさせてもらった。」
後ろ姿でよく分かったなぁとか思いつつ、追いついてきた彼と共に入口へ向けて歩く。
「君の銀髪は分かりやすくて助かる。しかし、身体は大丈夫なのか。相当投げていただろう。」
「ん、まあな。とりあえず3日オフ貰ってるし、同じ都内の代表校だからな。やはり、見ておきたい。」
試合まであと少し。
しかし、それにしても盛り上がっている。
昨日はこれ以上に人が入っていたのか。
そりゃあ、暑い訳だ。
「どう見る。」
楊からの問いに、俺は両手で抱えるように後頭部に組んで答える。
「順当に行けば帝東だが、順当に行かないのがこの大会だ。向井も乾も相当苦労することになるだろう。」
「ほう。」
「長期戦になれば選手層の厚い帝東だが、そうはならんだろうな。少なくとも梅宮は相当投げているし、背水の陣のはずだ。前半にトトンと点が入れば、鵜久森はまず難しいだろうな。」
梅宮はウチとは違い、1人エース。
打線でも四番と、やはり疲労具合は桁違いだろう。
前半戦で点差がつけば、後半に粘る力も残っていない。
しかし接戦にさえ持ち込めれば。
「或いは、鵜久森にもチャンスはあるわな。」
「点差がつけば帝東、接戦になれば鵜久森というわけか。」
「そんな陳腐な予想しか立てられん。実際この声援の多くは鵜久森による下克上を応援するものだろう。」
「まあ、第三者目線から見ればその方が面白いからな。」
「背中を押された3年というのは、時にその限界を引き上げることがある。」
最後の夏の、意地。
そして、ここまで経験してきた、挫折と経験。
全てが武器となり、支えとなる。
地力では、帝東が上。
しかし、何か起こす可能性というのは鵜久森にも大いにある。
予想するのは、相当苦労するな。
楊も大方俺の予想と同じようで、小さく頷いた。
試合時間が近づき、俺たちも足早に観客席へと向かう。
やはり、応援団は抜きにして観客は鵜久森サイドの声援が多い。
それもそうか。
選手層の厚い強豪に対して、1人のスターである梅宮が引っ張ってきたチーム。
ある意味高校野球ファンからすれば、応援しやすいチームというものだ。
試合開始の合図と共に、マウンドに上がるのはその梅宮。
準決勝から数えて、中2日。
決して疲れも筋疲労も取れる日程ではない。
そこを突いてか、帝東は乾のタイムリーツーベースでいきなり2点を先制。
上位打線がランナーを貯めてから四番がしっかりと打ち切っての先制と、非常にいい形で主導権を握ることに成功する。
対する向井。
初回から援護を貰っての、最初の守り。
二年生エースである向井は、いきなり魅せる。
先頭の近藤を、スクリューでショートゴロ。
2番の大西をストレートで空振り三振。
3番の月村にもストレートで空振り三振。
二つの空振り三振を含む三者凡退で、その格の高さを見せつける。
極めつけは、ストレートともう一つ。
元々コントロールが良かったのはそうなのだが、手元で真っスラ気味に吹き上がる力強いボール。
これを内角高めに投げ込み、右打者に対しては抉りこんでくるような軌道で空振りを誘っていた。
「若干ジャイロしている。意図して投げているとすれば、打者目線もまた相当研究しているんだろうな。」
「君のカットボールと自称している球と同じだ。手元で伸び上がりながら曲がるからこそ、打者の空振りや弱いフライを打たせやすい。スクリューボールと組み合わせれば、打ち崩すのも困難だろう。」
確かに楊の言う通り、軌道としては俺のカットに近いか。
ただ俺のカットの方がジャイロ成分が強くスピン量も多いから、横曲がりに関しては俺のものの方が大きい。
こればかりは、オーバースローで出せる強いスピンの影響もあるだろうし。
「本来、あーいうジャイロで上がる真っ直ぐというのはサイドスローの方が出しやすい。寧ろ君のカットボールが異常だ。」
呆れたように腕を組む楊に、俺は首を傾げて再び試合に視線を戻す。
試合の立ち上がりは、疲れが隠せない梅宮。
そして、完璧な立ち上がりを見せた向井と、明暗ははっきりとしていた。
このままズルズル行けば、鵜久森の勝ち目はないだろう。
それだけ、向井の状態が良い。
しかしまた、梅宮も2回以降は失点を許さない。
ランナーは適宜出しながらも、何とかホームは踏ませずに粘りのピッチングを見せる。
「あの感じで梅宮もコントロールがいいからな。帝東も中々主導権が取れなくて、やりにくさを感じているに違いない。」
「初回以降は長打を打たれていないからな。2つのカーブの使い分けが、かなり良い。」
真っ直ぐは、今日の最速が138km/h。
しかし平均でも135km/h前後なのを見る限り、恐らくまだ温存しているだろう。
どちらかというと2種のカーブが比率も多く、カウント球としてこの2つを上手く使っている。
回は7回。
梅宮は初回の失点以降粘りのピッチングで2回以降を無失点。
緩いカーブと鋭いカーブに加え、新決め球であるフォークも要所で使い空振りを奪っていく。
向井も初回の圧倒的投球から変わらず、中盤まで無失点。
真っ直ぐとスクリュー、さらにはインコース抉る真っスラを使って打者を掌握していた。
完璧な制球と、打者を捩じ伏せる強い気持ち。
そしてそれを可能にする、強いボール。
思い通りに行かないこともある。
しかしそれでも、自分を磨いて乗り越えて。
試合を、バッテリーでコントロールする。
「投手として一皮剥けたな、向井太陽。」
思わず、笑みが零れる。
優れた投手を、見たから。
そしてそれが、自分自身に近いタイプならば尚更。
「相当感化されたんだろうな、君に。」
楊の言葉に、俺は目線だけ向けて答える。
「俺に、か?」
「あぁ。同じコントロールが良いタイプでも、俺とは違う。君のところの沢村といい、技巧派によく憧れを持たれるな。」
楊は、自身で組み立てをしながらその卓越したコントロールで打者を上手く躱していくスタイル。
対して俺は、コントロールをしながら力強くボールを決めて打者を完全に捩じ伏せにいくスタイル。
同じ制球重視の投手でも、やりたいことが違う。
向井は元々楊に近いタイプだったが、こちら側に舵を切ったという訳か。
というより。
(乾も感化されてるよなぁ、多分。)
ウインドユースの時にバッテリーを組んだからこそ、わかる。
完全に俺と組んでいた時と同じような組み立て方をしている。
真っ直ぐで力押しをしつつ、外の逃げ球であるスクリューやインコースの力強い変化球で仕留める。
「しかし、あの攻めはいい意味でも悪い意味でも鵜久森と噛み合いすぎる。下手したら一気に喰われかねないぞ。」
「それをわかっている上でやっているんだろう。ここで足踏みをしているようじゃ、上は目指せないってな。」
気持ちはわかる。
目指しているところが頂点ならば、鵜久森すら捩じ伏せて勝つ必要があるってな。
しかし、欲張れば痛い目をみるぞ、乾。
向井にそこまでの力と覚悟がなければ、却って甲子園へ遠ざかることになる。
鵜久森は。
梅宮は、食らいついてくる。
2-0の帝東リードで迎えた9回の裏。
2アウトランナー、一三塁。
加えて打席に入ったのは、四番の梅宮。
序盤からずっと追いかける展開。
帝東も中々突き放すことができず、迎えた最終盤。
鵜久森からすれば、盤面は整った。
ここまでノーヒットとはいえ、この大きなチャンス。
一発出れば逆転サヨナラの場面。
どう考えても、会場が盛り上がるのは必至であり。
そして応援が偏るのもまた、必然である。
「鵜久森ー!」
「打てー梅宮ー!」
周囲からは、そんな声だけが響き渡っている。
「すごい盛り上がりだな。」
「実際、すごい場面だからな。抑えれば帝東、打てば鵜久森。ましてや、鵜久森が追いかける展開ともなれば、観客は大逆転が見たいと言うだろう。」
普通の頭なら、歩かせて満塁策を取ったって構わない。
しかしあのバッテリーが、それを選択を。
逃げる選択を、取るはずがない。
その証拠に乾は座り、向井とサインを交わした。
「楊ならどう攻める。」
「俺ならまず勝負しない。が、万が一どうしても勝負しなければいけないのであれば、内を見せ球に真っ直ぐ、ボール球でもしつこく攻め、フルカウントで外のフォークで仕留める。」
英断だな。
勝負しないという割り切りができるのもまた、楊の勝負師としてクレバーなところだ。
そして俺の体感、梅宮は外を捌くのが上手い方ではない。
ボール球にも手を出すからこそ、内でカウントを稼いで最後は外で決め切る。
最悪手を出してくれなくても、フォアボールで次のバッターと勝負すれば良いと、それくらい割り切っていくのもまたこの梅宮と勝負する上で必要なことだと思う。
「君ならどうする?間違いなく勝負はすると思うが。」
「外の真っ直ぐの出し入れでファール。追い込んでからは外高めのカットで、良くて空振り三振、空振りが取れなくても内野フライだな。万が一ファールで粘られたら内角高めの釣り球で三振をとる。」
「強気だな。」
「そうでもしなければ気圧される。それだけの覚悟がなければ、勝負なんて出来んさ。」
「確かに。」
そう言って笑う楊に、俺も釣られて微笑む。
「何にせよ、勝負をするのは俺でも楊でもなく、向井と乾だ。しかと見届けようぜ。」
「あぁ、そうだな。」
そう言って視線を戻すと、丁度初球。
向井が外のストレートで空振りを奪うところであった。
打ち気の相手に対して、いきなり高め。
やはり、バッテリーは勝負をかけに行っている。
更に2球目。
今度はインコース膝元。
これが僅かに外れてボールとなる。
真っ直ぐ2球。
かなり、強気に攻めている。
そして、3球目。
僅かに浮いた外のスクリューだったが、これも梅宮も若干崩されてファールとなった。
カウント、1-2。
まだ、遊び球はあと2つ使えるバッテリーが有利のカウント。
こうなってくると、やはり仕留めに行きたくなる。
「もう1球スクリューでもいいかもな。ファールでも何でも、目線を下げたいところだ。」
多分、当てられる。
ファールでも、最悪打たれてもヒットにしかならない。
2点リードしているのだ、多少は慎重に行ってもいい場面だ。
しかしここで、乾は内に構えた。
「インサイドで仕留めるつもりか?」
眉を顰める楊に、俺も口元に手を置いて考える。
「決して悪くない判断だ。向井の気持ちが向いているのなら、内で攻め切るのも選択肢としては考えられる。」
あとは、実際にグラウンドで戦っているものにしかわからない空気感もある。
サイン交換。
僅かに、間が空く。
その光景に、俺も眉を顰める。
普通の観客ならば、絶対に気が付かないほどの間。
恐らく、梅宮すらも気づいていないだろう。
だが確かに。
一瞬、バッテリーの中で息が合わなかった。
「向井の勝ち気が僅かに薄れた。奴の意図と乾の要求に相違がある。」
「わかるのか、そんな事が。」
「経験談だ。向井もすぐにそちらに向けたが、初めて2人の息が合わなかった。」
その瞬間だった。
背中を駆け巡る寒気と、ピリッと痛みが走る肘。
そして、じわりと額から汗が出る。
まずい。
俺が試合をしているわけではないが、確かに感じた悪寒。
それはきっと、投手としての生存本能と危機察知。
向井がモーションに入った瞬間、俺は思わず立ち上がった。
「行っちゃダメだ、向井!」
瞬間、鳴り響いたのは快音。
攻め込まれたインサイドに対して、梅宮は全身を最短距離で横回転。
半回転した後、レフト方向にバットを向けながらジッとその打球の行方を追う。
レフトポール際に打ち上がった打球。
切れるか切れないか、その行方を俺は見るまでも無かった。
ゴンっという鈍い金属音。
その刹那、神宮球場にいた観客から大歓声が奏でられた。
9回裏、追い込まれた場面でチームの柱である四番梅宮の逆転サヨナラ3ランホームラン。
あまりにも劇的。
そして、あっという間についた結末に、俺はただ呆然と見つめることしか出来なかった。
「まさか、本当に打つとはな。梅宮聖一、恐ろしい男だ。」
横で並んだ楊の言葉に俺も意識を戻し、頷く。
向井のピッチングは、完璧だった。
序盤からの組み立てに、勝負の掛けどころ。
そして、チームを鼓舞する強気なピッチング。
噛みつきにくる鵜久森から逃げずに戦ったその様は、正に天晴れだった。
最後の決め球。
乾が要求したのは、インコースボールゾーンに誘う真っスラだろう。
どんなボールにも飛びついてくるであろう梅宮相手なら、決して間違いの選択肢ではなかったはずだ。
「しかし、よく感じ取ったな。」
「なにが?」
「最後のボールだ。俺もあーは言ったが、決して判断が間違っていたとは思わない。あの場面、俺はマウンドでないスタンドでは打たれる空気を感じ取れ無かった。」
角度が付いていたし距離もあったから定かではないが、高めのボール球だろう。
上手く打った、というよりは反応した。
ある意味部外者である俺だからヤバい空気感に気がつけたかもしれないが、マウンドにいて向かっていた向井はもしかしたらそれを感じ取れなかったのかもしれないな。
向井と乾は、1球に泣いた。
そんな言葉で片付けられるほど、軽いものではないだろう。
何にせよ、東東京の代表もまた決まった。
今年の甲子園には、鵜久森が初めてその地に足を踏み入れる。
上がれば何れ、当たるかもしれん。
それに、いい刺激になった。
まだ俺に出来ることは少ないかもしれないが、止まることは出来んな。
「付き合ってくれてありがとう、楊。」
「いや、声をかけたのは俺の方だからな。君の意見も聞けて楽しかった。また何処かで会おう。」
「あぁ。今度はお互い、マウンドで。」
そう言って俺は楊とも別れを告げ、会場を後にした。