「アウト!ゲームセット!」
試合の終わりを告げる主審のコールと共に、俺はベンチから飛び出す。
終わってみれば、6-0の完封リレー。
甲子園上位の常連である白龍をまったく寄せ付けることなく勝利した。
俺は6回まで。
最後のピンチであるその回を無失点で切り抜け、そこからノリへスイッチ。
ノリが残りの3回をピシャリと抑え切ってみせた。
打線もノリが登板した後に更に追加点。
7回途中で降りた王野に替わって出てきた2年生投手に対して、変わりっぱなを叩いて一気に3得点。
白州のタイムリーヒットとゾノのツーベースで点差を6へと広げる。
試合を終え、校歌斉唱。
これも3度目ともなれば、慣れたものだ。
美馬は…涙を流すことなくただこちらを見ていた。
彼にとってはきっと、この甲子園すらも通過点なのかもしれない。
握手は、求められなかった。
こちらに対して、何かを言うこともなく。
ただ鋭い目つきで、こちらを睨むだけだった。
試合が終わった俺たちはすぐに、ベンチをあける。
甲子園は、俺たちだけのものじゃない。
他のチームがすぐに準備できるように。
この後の主役たちに、出番を明け渡すのだ。
足早に片付けを終え、観客席へ。
俺もすぐに着替えを済ませて向かう。
荷物は、他に任せた。
疲れはほぼ無いが、それでも途中にギアを入れていた分、疲労としてあとあと影響が出てくる可能性がある。
今日のレギュラーと一緒に観客席へ。
しかし途中で、俺はトイレへと向かった。
「小便行ってくる。先に行っててくれ。」
「俺も。」
別に、なんてことは無い。
催した尿意をただ、発散しに行く。
俺の言葉に御幸も同調し、二人で仲良くトイレへと向かった。
「お前、6回みたいなのやめてくれよな。」
「何が。」
突然の話題に、俺は御幸を見ることなく答える。
まあ、何となくわかるが。
「その自動的にアガるやつ。こっちも疲労の計算が付かなくなるし、見てて怖ぇよ。」
「どうにか出来るならとうにどうにかしている。それに、美馬はあそこまでやらなきゃ抑えられなかった。」
「にしてもなぁ…」
首を傾げる御幸に、俺も笑う。
実際、俺も自分自身の制御がついていなかった。
というのも、俺は普段から御幸のリードを任せているし、俺はそれに応えるために投げている。
それが最善だと思っているし、俯瞰して見てくれているからこそ適切な要求をしてくれる。
相手を抑えるために。
試合を優位に運ぶために。
そして、投手が最大限輝くように。
だからこそ、捕手の要求に応えるのは、投手として当たり前のことだと思っている。
だが、あの打席。
俺は確かに、美馬が…あの状態の美馬がこの大会の中でもトップクラスのバッターだと確信していたから、その相手に自分の力がどこまで圧倒できるのか試したくなっていたんだ。
まあ、いらんエゴかと言われればそこまでだ。
「まあ、あれだ。首を振ったのは悪く思ってる。」
「いいよ、別に。それもお前の成長だと思うし。ピッチャーはそれくらいの負けん気があった方が丁度いいさ。」
用を足し、手を払ってトイレを後にする。
「おい。」
そんな時だった。
俺と御幸を呼び止める低い声に、俺たちは揃ってその声の主に振り向いた。
「美馬か。」
美馬総一郎。
先程までの、対戦相手。
そして、俺たちが負かした相手。
試合が終われば盟友と言うかもしれない。
しかし彼の性格的に、そういうタイプでは無いだろう。
その証拠に、美馬は鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
「何だ。喧嘩は勘弁だぞ。」
俺がそう言うと、御幸が吹き出す。
しかし美馬は、表情を変えることなくこちらを見つめ。
そして、深呼吸をした。
「今日は負けた。お前たちバッテリーにな。だが、次はやり返す。」
「次、だと。」
「行くんだろ。いや、お前が野球選手として上を目指すのなら行かなければならないはずだ。」
そう言ってくる。
言葉にはしなかったが、俺は美馬の言っていた場所のことを理解はしていた。
だが、敢えて。
俺は素直な感情を、美馬に返した。
「今の俺は青道のエースで、こいつは四番だ。今は日本一になる事しか考えていない。その先は、その時になったらいずれわかることだ。」
お前たちの気持ちを持っていくとは、言えない。
彼らの想いも覚悟も、目指すべきところは同じだとしても異なるものだから。
だが、蹴落としたからには。
彼らに恥ずかしい姿は、見せられない。
それが俺の…日本一の投手になるということの、前提条件でもあるから。
「俺は日本一の投手になる。そしてこいつは日本一のバッターになる。白龍に勝った俺たちが最も強かったと、誰もが認められるように。お前たちが胸を張れるようにな。」
今の俺の素直な気持ちだ。
少しの静寂。
それを破ったのは、美馬だった。
「負けた以上、俺たちが胸を張れることは無いだろう。しかし、それを聞いて安心した。」
初めて美馬が、笑顔を見せた。
「なれよ、日本一に。」
「お前に言われなくても、だ。だが、そうだな。」
差し出された右手に、俺は応えるようにしてその手を掴んだ。
「必ず日本一になる。」
手を離し、踵を返した美馬。
離れていく彼が、最後に言葉を残して自軍へと戻って行った。
「今度は同じチームかもしれんがな。その時は、宜しく頼む。頑張れよ。」
その言葉を聞いて、俺と御幸は彼を見送る。
「同じチームか。」
甲子園が終わって少し。
と言っても、約2ヶ月か。
U-18。
日本代表、通称「侍ジャパン」として各国の代表と激突する世界大会。
美馬は恐らく、選出されるだろう。
打撃や走塁は勿論、外野手としての守備能力も大会でかなり評価されている。
そこに選出されたら、同じチームの仲間として共に戦うことになるだろう。
まあ今は、甲子園だ。
青道高校として、この甲子園を制して日本一になることだけ。
それだけを考えて、突き進む他ない。
夏の甲子園も折り返し地点となり、出場校の殆どが姿を消した。
試合は第3回戦の真っ只中。
その再注目とも言われたカードが終わり、とある球団スカウトは思わず溜め息を漏らした。
白龍高校と、青道高校。
高い機動力と堅実な守備と、甲子園の上位に位置しやすい特徴を持った白龍は、そのステータスに相応しいほどの実力を持つチームだ。
その証拠に、ここ直近の群馬代表を代表するチームまで発展しており、更に出場した甲子園の本大会でも高い実績を誇っている。
実際今年の春の甲子園であるセンバツでもベスト4と好成績を残していた。
対して青道は、夏の甲子園はこれで二度目。
春も含めると5度目の甲子園となる、これまた強豪校である。
兼ねてより高い攻撃力を誇っており、それを活かして試合を優位に運ぶ。
これまた夏の甲子園で勝ち上がっていくチームの特徴のひとつではある。
が、投手力がイマイチというのが、この青道高校というチームの課題でもあった。
しかし、5度の甲子園出場。
この青道高校が甲子園に出場したときには、チームを…世代を代表する投手が、背番号1を背負っていた。
今年もまた、それは例外ではなかった。
直接対決となったのは、これが初めてではない。
センバツの準決勝。
大会当初は甲子園常連と呼ばれ始めた白龍に対して、青道は甲子園から遠ざかっていた古豪という評価を受けていた。
しかし、大会が始まればそれが誤った評価だったことは、観客や関係者の殆どがすぐに理解した。
初戦から登板したエースと、その後ろにいる2人のエースクラスの2年生投手。
さらに言えば、上位打線を中心とした高い攻撃力。
投手から野手にかけて、全てが高い水準を誇る選手が集まっている。
ここまで甲子園に遠ざかっていたからこそ世間には公になっていなかったが、このチームでエースとして投げていた投手の完成度は、瞬く間に話題となったのだ。
大野夏輝。
質の高いストレートと、それと同速で変化するツーシームと高速スライダー…本人はカットボールと呼んでいたか。
それを極めて高い精度でコーナーに決めていく、高いコマンド力と掌握性。
空振りの取れるストレートに加えて、視認を許さない変化球を完璧に制御。
そしてチームを鼓舞する闘志。
エースとしてこれ以上ない男が、春に甲子園に鮮烈デビューを果たした。
初戦はどこか余力のある姿を見せていたのだが、彼がそのベールを脱いだのは準々決勝。
その大会の優勝候補のひとつであった、巨摩大藤巻との試合は正に舌を巻く展開となった。
次世代を代表するであろう本郷との圧巻の投げ合い。
そして、たった一点を守り抜いて勝ちきったその試合を経て、各校…そして、各球団スカウトの評価を一気に引き上げたと言っても過言では無い。
準決勝となった白龍との試合では、そのエース大野を温存した状態で試合。
青道は先制を許したものの、2年生投手による継投。
そして高い攻撃力を発揮する連打での得点劇で、逆転勝利を果たした。
エースの大野を温存した上での、勝利。
それがあったからこそ、やはり今大会で再びぶつかった両校の試合は、白龍が劣勢だということは分かっていた。
迎えた今日の試合。
先発として満を持してマウンドへ上がったのは、この試合で2試合目の登板となったエースの大野。
恐らく西東京大会での再試合も含めた連投を考慮しての投球間隔だろう。
2回戦目も、はっきり言って調整と思われるピッチングで済ませているように見えた。
対する白龍も、エースを投入。
こちらもこの青道戦を山場と見てか、最も多かったスタメン起用となった。
攻撃力、そして守備力。
共に、青道に軍配が上がっていた。
白龍も確かに高い完成度を誇っていたが、青道の方が一回り強い。
それは試合が始まる前から分かってはいたのだが。
まさか、ここまで差が出るとは。
スコア表に視線を落とし、試合を振り返る。
先制点を奪った青道は、中盤にも追加点。
そして終盤にかけてもさらに得点を奪っていく。
守ってはエースの大野が完璧に抑え、試合の流れが青道側に傾いた所でスイッチ。
大野と同じ3年生投手の川上が危なげなく3回を投げきり、6-0という大差で甲子園の強豪校である白龍を全く寄せつけなかった。
今大会既に3本塁打の御幸は勿論、仕事人である5番の白州やリードオフマンの倉持などの3年生。
そして、打率の高い小湊やクラッチヒッターの金丸、天才降谷など2年生の打撃力もまたこのチームの打線の厚さを物語っている。
ただ一言。
強すぎる。
それが、このチームの試合を見た感想だった。
勿論、春の甲子園の時も強いとは感じていた。
そして、面白いチームだとも。
しかし西東京大会。
2日にも及ぶ熱戦となった稲城実業との決勝戦は当然のことだが、準決勝での市大三高も、甲子園で上位を狙えるほどのチームだった。
そして、あまりクローズアップされることはないが、彼らの初戦となった薬師高校との試合。
センバツベスト4の実力者であった彼らとの試合もまたそうだ。
甲子園の試合ぶりを見て、順風満帆に勝ち抜いてきたという観客もいるかもしれない。
しかし西東京大会では、特に厳しいトーナメントとスケジュールを組まれていたのだ。
だからこそ、その3校との熱戦を制したことで、さらにその力に厚みと強さを増した。
今のこの青道高校というのが、甲子園の優勝候補筆頭であり、それが揺るぎないものだということを裏付けている。
対抗馬として彼らを破ることができる可能性があるのは、そうだな。
やはりセンバツでも熱戦を演じた、巨摩大藤巻だけだろう。
大野と成宮、両腕の世代最強と並ぶほどの実力を持つ2年生の本郷政宗を擁する北海道の強豪校。
昨年の甲子園を制したこの高校だけが、今の青道を追い詰める…ないしは破ることが出来る可能性を秘めている。
勿論、勝負事に絶対はない。
特にこの甲子園という舞台。
何かが起き、毎年何かしらのドラマが生まれる。
しかしそれを考慮しても、この青道高校が制する可能性が非常に高いだろう。
問題は…そのあとだな。
今年は大学生が、不作だ。
あまり良い言い方ではないかもしれないが、プロで大成する可能性が高いスケールの大きな選手が、殆どいない。
対して今年は高校生が、かなりの豊作だ。
甲子園だけで見ても、野手で言えば大型スラッガーと呼び声高い徳島の志波や走攻守揃った群馬の美馬。
更に打撃能力に加えてポジションが捕手という希少性から、東京都の御幸は競合になるだろう。
地区で敗れている中でも、かなり良い選手も多い。
投手の所では、それこそ先程話題に上がった成宮や天久もまた、候補に上がってくるだろう。
(ウチはチーム事情的に投手…それも、即戦力か、直ぐに芽が出る選手が必要だ。)
現状のプロ野球は、打高。
統一球で落ち込んだ打撃成績が再び戻り始め、若い選手たちがグングンと打撃成績を残してきている。
特にこのスカウトの球団は、低迷気味。
決して攻撃面に問題が大きい訳ではなく、寧ろ先発で柱となるエースがどうにも出てきていないのだ。
(大野夏輝…戦績だけで見れば、確かに競合は必至だ。しかしプロで大成するかと言われたら、疑問を持つ球団も多いだろう。)
ストレートは、MAX146km/h。
高校生の中でも、速い方ではある。
しかし、その投球スタイルと体格から、これ以上の成長が見込めるかという所は、確かに難しいところかもしれない。
身長は170cm代中盤。
線は細くは、ない。
もしかすると、その球速の向上は難しいかもしれない。
しかし。
その姿勢や投げっぷり。
そしてマウンドでの立ち振る舞いというのは、エースと呼べるに相応しく、確実にチームを鼓舞する選手になるはずだ。
(全ては終わったあとの話だが…ウチは取りに行かなきゃならない選手の1人ではあるな。)
今、チームは良い方向に向かっている。
そして今必要なのは、球団の顔になりチームに勝ちを齎す存在だ。
(さてと…見せてもらおうか。出来れば、俺がプッシュ出来るような投球を見せてくれよ。)
そうしてそのスカウトは、自身の手元にあるメモ帳をポンと閉じた。