白龍との試合を終えて、準々決勝に進出した俺たち青道。
各チームのベスト8も出揃い、既存のトーナメントも終了したところだ。
甲子園のルール上、準々決勝以降は再び抽選で試合の対戦相手が決まる。
という事でここから先の対戦相手は、未だに分からない状態である。
とは言え、ここまで残っているチームは全て強豪校。
というかそもそも甲子園に出てきているチーム自体、その地区の死闘を勝ち抜いてきたチームなのだ。
容易く勝てる相手などはいない。
だからこそ、誰が相手だろうと全力で叩き潰しに行く必要があるのだ。
さて、準々決勝。
つまり、ベスト8が出揃ったところで、組み合わせの再抽選が行われた。
どこが来ようが負けるつもりはないし、止まるつもりもない。
動揺も、ない。
とまあそんな風に思っていたのだが。
よもや、このチームと当たることになるとはな。
『東東京 鵜久森高校』
今年の夏に、最後の最後で甲子園常連の帝東を破って甲子園出場を決めた新生。
春に敗れた帝東を、エースの劇的サヨナラ3ランで下した東東京の代表だ。
そして俺たちも、秋に戦っている。
そう、俺が肘の怪我で投手としての出場をしなかった、あの大会で。
因みに秋は、8-11で勝利。
今見たら信じ難いほどの乱打戦、そして試合結果以上に苦しい展開だった事を今でも覚えている。
初回から降谷が捕まり、いきなり3失点。
裏の攻撃で直ぐに逆転に成功こそするが、中盤に再び逆転を許す。
終盤に疲れの出た梅宮を打って逆転、さらにダメ押しで追加点を奪って抑えの沢村がピシャリと抑えた。
だが次の試合は、こうは行かない。
連戦になった秋の試合とは違い、僅かだが日も少し空く。
それに東東京大会での連投を見ても、前ほど球の質が落ちている感じが無かった分、連投に対するスタミナもまた向上していると見て間違いないだろう。
梅宮は、そうだな。
投手としての能力は全体的に上がっている。
最速142km/hのストレート。
変化球は100km/h弱のスローカーブと、120km/hほどの縦のスライダー。
本人は、パワーカーブと言っていたか。
基本はこの2つを軸にしていた記憶だったが、この夏からフォークも投げ始めている。
特段落差が大きいとか、スピードが速いとかではない、よくあるフォーク。
しかしストレートに近い軌道の分、単体のボールの質以上に効果的なボールだろう。
梅宮は、コントロールが良い。
リーゼント頭にヤンキーのような荒々しいスタイルに感じるかもしれないが、その投球スタイルはかなり丁寧なもの。
低めにボールを集めつつ、変化球を打たせたり空振りを取ったりと、あまり高いボールを続けることもない。
だからこそ、低めのストレートと偽装させて投げるフォークというのは、それだけでも良い組み合わせでもある。
「良いピッチャーだよな。」
「あまりマークしていなかっただけにな。春よりもだいぶ力も増してるよ。」
全体的なスピードやボールの質、そしてスタミナ。
しかし、やはり立ち振る舞いが良くなった。
失点を割り切っているというか、最終的に纏めあげれば良い、そんな風に見える。
それも恐らく、全体的な攻撃力の向上が理由のひとつだろう。
勝負強さが増した梅宮は勿論、厚みが増している。
先頭の近藤は、今大会でも出塁率がかなり高い。
出れば盗塁、特段足が速い訳ではなく観察眼と思い切りの良さで高い成功率を叩き出している。
2番の大西と5番の犬伏は、やはり粘り強さ。
追い込まれてもしぶとく食らいつきたい、内野を越す打球を放つ。
新戦力となった1年生は、3番と9番。
クリーンナップに入っている3番の月村は、帝東との試合でも大事な場面…9回裏で追い込まれてからヒットで出塁している。
外に強い訳でもないが、弱くもない。
ホームランは打っていないが、長打は多い。
まあ、暴走覚悟の走塁とも取れるが。
9番はまあ、守備の人。
ってほどじゃないが、上位ほど打力があるタイプではない。
全員が積極的に振ってくるし、積極的に走ってくる。
人によってはそれを暴走と言うかもしれない。
暴走気味というのは、噛み合えば流れに乗れるということ。
そしてこの甲子園という舞台は、それが噛み合いやすい。
何故かは、はっきり言ってわからない。
この舞台だからこその緊張感や、慣れない黒土のグラウンドでのミスも起きやすいからというのもある。
しかしまあ、オカルト的なところが一番あるかもしれない。
この甲子園は、何かが起こる。
そういう心理もまた、ミスが起きたり流れが変わったりを起こしたりする。
ここまで並べれば分かる通り、甲子園の常連校とは全く異なるチームカラー。
ということで、3回戦まで戦ってきた相手とは全く違うタイプのチームである。
エースでチームの柱である梅宮が、甲子園の強豪たちをなぎ倒して行き、元気と勢いで勝ちを引き寄せる。
そしてその積極性が、どこか応援したくなる。
こちらにも応援団もいるが、観客は鵜久森サイドに偏るだろう。
そういう、チームだ。
秋にはそれを、痛感した。
さて。
その鵜久森との対戦にあたり、重要なのは勢いに乗せないこと。
だけど、それが難しい。
最重要というか、前提として試合が決まる場面で梅宮に回さないこと。
それが出来なかったからこそ、帝東はチャンスを与えてしまった。
梅宮は、ソロホームランが少ない。
殆どがランナーがいる状態で、それも試合の流れが一気に変わる、ないしは試合が決まる一発を放つ。
序盤は置いておいて、終盤にランナーを置いた場面ならはっきり言って敬遠で構わない。
それほどの、バッターである。
まずはこの男とマトモに勝負しないこと。
だけどウチは、闘うことになるだろう。
となれば、徹底的に厳しく攻める必要がある。
特にインコースは…決め球として使うのはあまり現実的ではない。
東東京大会で楊と話した通り、あまり外が得意なタイプでは無い。
しかし内は…それこそ言うまでもない。
現に向井が打たれたのは、インコース高め、ボール球のカットだった。
カウント球でも厳しくインコースを突き、決め球は外が良いだろう。
それこそ、外だけで攻めても良いかもしれない。
降谷は、あまり相性が良くない。
ストレートが強い打者が多い上に、全体的に高めが強い選手が並んでいる。
厳しく攻める必要はあるし、ストレートに振り負けないスイングがウリだからこそ、相性ははっきり言って悪い。
コントロールを間違えず、厳しい場面で開き直れる投手。
となれば適任は、俺に次いで沢村だろう。
俺は少なくとも、先発で行く予定は無い。
先発は、沢村。
彼の状態次第にもなってくるが、行ける所までは彼が行く予定。
キレのあるストレートを厳しいコースに決めていき、速い変化球と緩いチェンジアップで試合を作る。
最後まで、というのは難しいだろう。
中継ぎで俺とノリ、少ないイニングなら出力を一気に引き上げた降谷も行ける。
ここから先は、登板間隔も短くなっていく。
それも加味した投手運用が必要になってくる。
打順は変えず。
降谷はレフトで、パンチ力を出していく。
そして俺が、2番に入る。
攻撃面は、あまり心配はしていない。
フォークは中盤以降。
序盤は大会を通して、スローカーブとパワーカーブを軸に投球している。
ストレートの比率は、そこまで多いわけではない。
変化球もコントロール出来るからこそ、満遍なく全ての球種を多く使っている。
展開に応じてフォークの比率が増えることもあるし。
我慢強く狙い球を絞ること。
そして、できるだけ粘ること。
あの手のタイプは、早打ちすると守備と一緒にリズムにを作って手がつけられなくなる。
俺や小湊は、球数を稼いで狙い球を待つ。
そして御幸や白州、あとは金丸が仕留めに行く。
付け入る隙を与えない。
それはまあ、無理な話だ。
向こうもここまで勝ってきた勢いもあるし、強豪を薙ぎ倒してきて自信もついたはずだ。
だからこそ、その勢いに真っ向から向かっていく。
その勢い諸共、こちらの糧にして。
「強いね、やっぱり。」
青道高校とはまた異なる宿。
そこで、マネージャーである松原は備え付けのテレビに向けてリモコンを突き出した。
巻き戻される、試合。
それは次の対戦相手である青道の、第3回戦。
白龍高校との試合の一部を映し出した。
回は初回。
裏の青道の攻撃が、少し古くなった液晶に映し出される。
「前はもっと打線もムラっけがあったけど、この大会はコンスタントに少なくない得点を奪ってる。白龍の堅牢な守備がありながらこれだから、ウチも失点は相応に覚悟しなきゃいけないね。」
初回の攻撃は、やはり高い得点率を誇っている。
投手の立ち上がりに対して、柔軟な打線がいきなり噛み付いてくる。
特に上位打線は、その対応力の高さと癖の強さから、相手投手も相当苦労しているだろう。
先頭の倉持は、足だけでなく打率も高い。
積極的に振ってくる分厳しく攻めなければいけないが、フォアボールで出塁させれば本末転倒。
しかし追い込まれれば摺り足で上手くコンタクトしてくる為、中々にしぶとい。
出れば、二盗。
この選手が出塁できるかどうかで、初回の得点率がかなり変わってくる。
そして2番。
試合によって若干変わってくるが、大野か白州。
大野は優れたバットコントロールでチャンスメイク。
若しくは粘って球数を稼いでくる。
これは相手投手にもよるが、変化球が得意かつコントロールがそこそこ良い完成度の高い投手には後者の選択をとることが多い。
白州の場合は、高い打率と長打率を誇るアベレージヒッター。
稲城実業との決勝でも倉持との連打で一気にチャンスを広げることもあるし、一気に得点を奪うことも出来る。
はっきり言って、白州が2番に入る方が怖い。
だがその怖さが軽減されるからこそ、大野が入った時にはそれはそれで傷口を広げられる。
大野も一発は無いとはいえ、打率が高い。
バットコントロールが良いからこその粘り強さと、高い野球IQによる配球読みで球数を稼いでくる。
そして球数が嵩んだところでクリーンナップ。
白龍はこの大野に赤裸々にさらされ、クリーンナップに一気に攻め込まれた。
怖いのは、白州。
やりにくいのは、大野。
どちらが入っても、違う良さがある分対処がしにくい。
クリーンナップは、もはや言うまでもない。
3番の小湊は、高いアベレージ。
積極的に振りながらも三振は少なく、ボール球でもヒットにする技術。
技巧派のような風体をしながら、速球にも強い。
5番に入る可能性があるのは、白州か金丸。
白州は前述の通り。
チャンスメイクもそうだが、チャンスで回ってきたらそれはそれでしっかりと仕事をする。
打率が高く、ランナーを返す鋭い打球を放つ。
そして、ホームランを打てる技術もある。
パワーでというよりは、高いスピンでノビのあるライナー性の打球でスタンドへと突き刺すイメージ。
対して金丸は、チャンスヒッター。
というよりも、ここぞの場面でよく打つ。
コンタクト力や確実性は白州に軍配が上がるのだが、逆転や勝ち越しが掛かった場面に、とにかく強い。
誰に対しても良い勝負をするというべきか。
実際、あの成宮からも土壇場で同点のソロホームランを放っている。
そして、四番。
捕手で主砲、野手の要の男の名は御幸一也。
チャンスに強いのは元より、確実性も高まったこの夏の大会での打率は5割越え。
そしてホームランも既に、3本放っている。
元々捕手特有の配球読みで狙ったボールを確実に打ち切っていた分、よく分からないボールに三振したりすることも多かったが、今大会は違う。
ストレートも変化球も苦にせず、とにかくチャンスと思ったボールを確実に仕留めてくる。
この男は本当に、まともに勝負しては行けない。
その他にも降谷は一発を。
前園もパンチ力があり、そう易々と簡単に抑えられる相手ではない。
全員が異なるタイプで、能力が高い。
だが総じて、全員が得点に対して貪欲なのである。
唯一その姿勢が弱いのは投手の大野だが、彼は彼で後ろが打てればと割り切っているようにも見える。
高い攻撃力は、歴代の青道で見てもトップクラス。
だからこそ、下馬評でも今年の甲子園優勝候補の最有力という評価を受けているのだろう。
この攻撃力を誇りながらも、青道は守備が良い。
広い範囲をカバー出来るセンターラインに、それを統治するキャッチャー。
唯一穴だと思っていた一塁三塁も、今大会や西東京大会決勝を見る限り期待は出来ない。
そして、そこに立つ投手もまた、超一流なのだから。
青道を倒さねば上へと上がれないと突きつけられ、その打開策を考えねばならない松原は相当頭を抱えたことだ。
先発として考えられるのは、沢村か降谷。
若しくは、エースの大野か。
エースの大野は、考えにくい。
確かに先発されれば勝てる確率は相当に下がるのだが。
昨日の試合でも先発して6回を投げている為、頭から来る可能性は低い。
降谷は、秋にもこちらと相性が悪い…こちらからすれば相当相性が良い投手だ。
全体的にストレートが強いこちらの打線に対して、強いストレートをその投球割合の殆どを占めている降谷は割と勝ち筋が見える先発でもある。
その象徴が、秋大だろう。
となると先発として可能性が最も高いのは、沢村だろう。
直接対決は抑えとして登板した1回だけだし、こちらも慣れていないと向こうは踏んでいるはずだろう。
その沢村だが。
「打ち難い投手だね。コントロールも良いし、ストレートで空振りも取れる。その上変化球も相当いいと来た。はっきり言って大野の次にやりたくない相手だよ。」
足を高く上げてから出処の見にくい変則フォームで左右のコーナーを広く使う技巧派の左腕。
なのだが、ストレートはそれでいて最速140km/h。
キレもあるのか、今大会でもこのストレートで空振りを奪っているシーンもよく見られている。
軸としているのはこのストレートと、縦に落ちる速いシンカーのようなボール。
そして手元で大きく曲がるカットボールだろうか。
あとはこの2つに加え、緩急で打者を前に出すチェンジアップが決め球として使われる。
カウント球は、ムービング系だろうか。
小さなカットボールとツーシーム、無造作に落ちる高速のチェンジアップなど中々手札が多い。
持ち球を左右に散らしながら、テンポよく打者を抑えていく。
クイックも早く、牽制も上手い。
付け入る隙の少ない、選手だ。
「ピンチになると目覚めるタイプ…だけど、立ち上がりはそこまで良い方じゃない。目覚める前にチャンスを作って、何がなんでも先制点を取る。とにかく低い打球で、外野も守備範囲が広いからフライは出来るだけ上げない方がいいね。」
活路を見出すなら、やはりこの地を利用すること。
甲子園の黒土は失速しやすく、土の分不規則に変化しイレギュラーしやすい。
フライを上げれば名手揃い。
長打を狙いすぎず、とにかく低い弾道で内野の間を抜いていく。
特に沢村は、低めの制球力にも優れている。
変化球は時折浮きがちだがらストレートは特に意図して高めを要求しているとき以外は終盤以外あまり浮かない。
そしてその終盤は、別の投手が出てくる可能性が高い。
「あとはランナーを出すとムキになることもある。出来るだけ一塁からプレッシャーを掛けて、繋いでいく。向こうもチャンスで梅宮に回したくないだろうから、雑になったところを叩こう。」
立ち上がりに勝負をしかけ、低い打球でプレッシャーを掛ける。
在り来りな作戦かもしれないが、それしか勝機がない。
それほどに穴がなく、完成されたチームだ。
「梅宮、明日は…」
「最後まで全力で、だろ。俺たちにとっちゃどんな相手だって下克上だ。誰が相手でも、俺は最後まで全力をぶつけるだけだぜ。」
上半身裸で腕を組む、梅宮。
エースで四番、そしてこの甲子園もほとんど一人で投げ抜いている。
全身に貼られたテーピングの類いが、痛々しい。
しかしそんな彼は、一言も弱音を吐かなかった。
勝つこと。
そして自分を、甲子園に連れていくこと。
1つの約束を守り、今。
この夢の舞台に到達している。
「負けられないね。ここまで来たら。」
松原の言葉に、梅宮も笑った。
「ここが俺らの関ヶ原。家康になるか三成になるか。天下をとるにゃあ、明日の試合で勝たなきゃなんねえからな。」
車椅子上で、松原の笑顔。
それを見て、梅宮は腰を屈めて拳を差し出した。
「行こうぜ、南朋。行ける所までよ。」
「あぁ。ここまで来たら行こう。行ける所まで。」
そうしてこのチームの柱である2人は、互いの拳を突き合わせた。