燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード253

 

 

 

 

 

爽やかな夏空。

昨日は曇り模様だったが、それが嘘のように今日は晴れた。

 

吹き抜ける心地よい浜風と共に、雲が流れる。

 

しかしその雲が、太陽を隠すことは無い。

 

 

夏真っ只中。

今日の予想最高気温は、30℃。

 

天気の割に、少し涼しい。

 

 

実に、野球日和り。

そして今日もまた、祭りが始まる。

 

 

全国高校野球選手権大会準々決勝、第一試合。

大会のベスト8が集い、ぶつかるこの大一番の頭のカードは、特に盛り上がりの激しいと言われている。

 

 

俺たち青道高校と、東東京の鵜久森高校。

 

秋にぶつかり合った東西東京のそれぞれの覇者が、

 

 

ということで、明日のスターティングメンバーは、以下の通りだ。

 

 

1番 遊 倉持

2番 中 大野

3番 二 小湊

4番 捕 御幸

5番 右 白州

6番 三 金丸

7番 左 降谷

8番 一 前園

9番 投 沢村

 

 

大幅な変更はなし。

いつもと同じ布陣で、こちらも勝ちを取りに行く。

 

先発は沢村。

彼の強い気持ちと高いコントロールで、鵜久森に向かっていく。

 

 

 

相手の先発は、当然エースの梅宮。

そして打順もこちら同様、殆ど変更はない。

 

向こうもベストメンバーで、向かってくる。

 

 

 

相手は攻撃的且つ、どんな試合でも最後まで気を抜けない。

 

そして、何より。

何かを起こす力がある。

 

 

のだが…。

 

 

 

「負けたんか、じゃんけん。」

 

「こーいう大事なところでなあ、うちのキャップは。」

 

 

ゾノや倉持から茶化されている白州。

 

まあ実際、出来れば後攻を取りたかったのは事実だ。

 

 

テンポが良く安定感のある沢村で守りのリズムを作り、攻撃でしっかりと点を取ればかなり幾分か楽な展開を作れる。

 

それに、鵜久森というチームカラー。

勢いに乗って最後の最後でサヨナラ…というのは、避けたい。

 

東東京大会を見てれば、嫌でもそれが過ぎる。

 

 

 

「今になって言っても仕方ないだろ。」

 

「開き直るなよ、キャップ。」

 

「自分の無力を呪え。運ゲーだけど。」

 

 

上から白州、御幸、俺である。

 

まあ言っても仕方がない。

こうなったら先攻で攻撃からいいリズムを作って、相手にプレッシャーをかける他ない。

 

 

和気あいあいとするベンチ前に対して、ベンチ内。

 

珍しくブルペンから早めに戻り、中で座り込む今日の先発に、俺は視線を向けた。

 

 

タオルを頭に乗せ、じっと。

いつも騒いでいる男なだけに、他のチームメイトもどこか違和感を感じていた。

 

 

「入れ込みすぎじゃないのか。」

 

 

小声でこちらに耳打ちしたのは、白州。

 

キャプテンだからこそ。

俺もその言葉に小さく頷く。

 

 

地力はこちらの方が上だ。

しかし、何が起こるか分からない相手なのも確か。

 

きっと、相当なプレッシャーが掛かっているはずだ。

 

 

 

試合まであと僅か。

 

俺は沢村の元へと向かった。

 

 

「緊張しているのか。」

 

 

俺の言葉に、俯き加減だった沢村が僅かに顔を上げる。

 

 

表情は、硬い。

しかしその瞳には、確かに輝くものがあった。

 

 

「いつも通りやればそう苦労はしないだろう。何もそこまで入れ込む必要はない。」

 

 

と、落合コーチからの援護。

 

その2つを聞いて尚、沢村の表情は変わらない。

 

 

確かに緊張している。

だが決して、それは悪いことでは無い。

 

 

俺もそうだが、緊張することで心が高まることもある。

筋肉も適度に張り、出力が最大限まで発揮させることも。

 

 

 

息を吐く沢村。

それを確認して、俺は顔を下げた沢村の横に座って言った。

 

 

「今日のマウンドは、怖い。誰が立とうが、相応に危険の伴う場所だ。」

 

 

何も言わない。

しかし確かに沢村の瞳が、また輝きを増し始めた。

 

 

「俺が期待しているのは、甲子園の2回戦のような試合を作るピッチングじゃない。鵜久森という核弾頭を捩じ伏せてチームに勝ちを運ぶ、投手のピッチングだ。」

 

 

そうだな。

あいつが経験して、それでいて。

 

沢村を最も凄いと感じた試合。

 

 

「市大三高に投げたあの試合のような、捩じ伏せるピッチングだ。大丈夫、後ろには降谷もノリもいる。それに、俺も投げる準備はしておく。お前は行けるところまで集中して投げろ。」

 

 

甲子園の2回戦。

あの時は、いいテンポで投げていた。

 

確かに試合も作っていたし、俺の調整さえなければ最後まで投げ切ることも任せられたピッチングだっただろう。

 

 

だが、今日求められるのは、市大三高との試合。

 

天久と投げ合う為に。

そして、強力打線を目前にしたからこそ主導権を渡さない為に完全集中で投げていた沢村の最大出力。

 

あの時は6回しか保たなかったが、今日は他のピッチャーも投げられる分それくらいの気概で行って欲しかった。

 

 

俺の想いを聞いて尚、言葉を発さない沢村。

 

そして遂に、彼はタオルを落として立ち上がった。

 

 

「アザす、夏輝さん。」

 

「何も礼を言われるようなことは言っていない。緊張するなとは言わん。気負うな。お前なら出来る。」

 

 

どこか含みのある表情。

彼らしく、ない。

 

しかし、それでも集中している。

 

だからこそ、俺は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

試合が始まり、先攻。

サイレンが鳴り響く中、倉持が打席へと入った。

 

 

先発の梅宮は、予想通りカーブ系を軸にしながらの投球。

 

初球のストレートは僅かに外れるも、2球目のスローカーブに空振り。

更に3球目のストレートを見送り、追い込まれる。

 

最後はパワーカーブ。

 

鋭く手元で曲がる速いカーブを振らされ、詰まった当たりがセカンド正面。

セカンド三雲が危なげなく捌き、まずは倉持がセカンドゴロに止められた。

 

 

「カーブってより縦スラだな、やっぱ。前よりストレートが走ってる。」

 

 

倉持の耳打ちに、俺も小さく頷く。

 

 

こちらから見ても、確かにストレートは速くなっている。

 

あの時よりも元気だからか。

それとも、何か別の何かがあるのか。

 

 

なんにせよ、打たなきゃ話にならん。

 

沢村にあんなこと言いながら、援護できなきゃダサいことねえからな。

 

 

「お願いします。」

 

 

ヘルメットの鍔に手を当て、打席に入る。

 

 

ストレートは、倉持に投げた最速が3球目の136km/h。

 

前の印象的にも、そこまで癖のあるボールでも威圧的なボールでもない。

緩いボールと鋭い変化球、それぞれ同じカーブだがこれを組み合わせてのらりくらりと躱していく感じか。

 

 

先制は狙いたいが、まずは。

 

 

ベンチサイドに目を向ける。

 

監督からは、待てのサイン。

 

予定では、序盤に先制はしたいが勝負をかけるのは中盤。

梅宮の疲れが出てきたところで、一気に点差を付けに行く。

 

 

まずはバッテリーの傾向。

それを、探りたい。

 

 

初球、抜け球。

外で高めに外れているボール。

 

いきなりか。

 

そう思った矢先、ボールはゆるりと外のいっぱいに決まった。

 

 

「ートライーク!」

 

 

うーん。

 

かなりの抜け球かと思ったが、その緩い状態のままゾーンまで入ってきた。

 

 

スピンの効いた鋭いカーブなら、成宮やら清正社の川崎などがいた。

身近にも、丹波さんとか。

 

しかしこのゆるーいカーブを上手く扱うというのは、この梅宮くらいしか思い浮かばない。

 

 

 

2球目。

再び、外の抜け球。

 

もう少し様子も見たかったけど…

 

 

「2球と来ちゃあ、見逃せんな。」

 

 

外の緩いカーブ。

これを、弾き返した。

 

 

打球はショートの頭上。

 

スローカーブを我慢し切り、若干崩されながらも外野の前に落とした。

 

 

 

「上手く当てたな。」

 

「それだけが取り柄だからな。」

 

 

レガースを外し、ランナーコーチの木島に渡す。

 

出来れば、ここで1点は取っておきたい。

たった1点と言えばそれまでだが、沢村としてもリードしている状態の方がリラックスしてマウンドに上がれるはずだ。

 

 

そう思ったのが悪かったのか。

はたまた、梅宮もギアを上げたのか。

 

小湊に対しては7球目のストレートでセンターフライ。

 

 

さらに御幸に対しては、カウント2-2で迎えた8球目。

ここでいきなり、フォークを投じて空振りの三振。

 

ランナーこそ出たものの、危なげなく3アウトを奪われた。

 

 

初回は俺のヒットのみ。

加えて今大会3本塁打且つ打率5割の四番の御幸を空振り三振ということで、会場は大きく盛り上がった。

 

 

何気に今大会初の初回での無失点。

さらっと言っているが、味方ながら何とも理不尽な打線だと思う。

 

そして梅宮の投手としての、完成度の高さも。

 

 

「初回からフォークを使ってきているとなれば、あちらにも焦りは多少あるはずだ。辛抱強く、中盤まで球数を稼いで終盤に勝負を仕掛ける。焦らず、俺たちは俺たちのやり方でプレッシャーを掛けるぞ。」

 

 

監督からの言葉に、全員が頷く。

 

相手は梅宮の一人エース。

そして他の投手は、パッとしない。

 

というか相手としても、今日は梅宮一人で行くつもりだろう。

 

 

ならば球数を稼ぎ、序盤でできるだけ消耗させる。

今日は比較的涼しいとはいえ、暑い事に変わりは無い。

 

勝負は中盤。

 

その為には、劣勢を作らないこと。

もっと言えば、先制を許さないこと。

 

 

その計画の一端を担う男が、マウンドへ向けてベンチから出た。

 

 

ベンチ前で立ち止まる沢村。

その横に立った俺に、沢村は息を吐いてから言った。

 

 

 

「さっき夏輝さんは、俺に市大三高との試合を期待してるって言ってくれましたよね。」

 

「あぁ、言ったな。」

 

 

チラリと、瞳を見る。

さっきと同じ輝き。

 

続けて沢村は、言った。

 

 

「1点もやるつもりはありません。何せ目標にしてるのは、エースのピッチングですから。」

 

 

僅かな静寂が、俺たちの周りにだけ流れる。

 

そして息を吐いた沢村は、その覚悟を口にした。

 

 

「稲実戦。」

 

「?」

 

「あの時の夏輝さんのピッチング。流れに乗るエースと、怖い打線。その相手を全く寄せ付けずに、チームに勝ちを運ぶ姿。俺はそれを、目指します。」

 

 

つらつらと並べた沢村の言葉に、俺は肩を竦める。

 

今度は俺ではなく、御幸が沢村の背中を叩いた。

 

 

「焦んなよ。一歩ずつ、一球ずつだ。まずは目の前の初回。梅宮が作った流れを、引き寄せるピッチング。その為には、分かってるな?」

 

「テンポよく、相手バッターに気持ちよくスイングをさせないこと。」

 

「そういうことだ。お前はお前の良さがある。この試合に任された、理由もある。その投球で、その立ち振る舞いで、チームにいい流れを持ってこい。」

 

 

そして俺も、沢村の背中を押す。

 

 

そこ抜けない明るさと、元気。

そしてここぞの場面での、集中力。

 

それこそが、沢村の長所であり唯一無二の武器だから。

 

 

俺にも降谷にも、成宮にも本郷にもない。

 

彼だけの。

 

 

「見せてみろ、お前の目指す道を。」

 

 

頷く沢村。

そして最後に彼は一つ言い残して、ゆっくりとマウンドへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎、粋なことを言いやがって。」

 

 

センターの定位置に入りながら、大野は思わず呟く。

 

マウンドに立つのは、沢村。

ここ一番の大事なところでの集中力と、コントロールの良さ。

 

空振りの取れるストレートと、それと近い球速で変化をさせる曲がり球で縦横の変化と、チェンジアップによる奥行による変化など多種に渡る幅広い投球が武器の、変則サウスポー。

 

 

甲子園の中でも、彼の評価は高い。

 

 

そして今日は、その大事な試合のひとつだ。

 

鵜久森という強敵。

甲子園の準々決勝という舞台。

 

 

その大きな重圧が掛かる中でのマウンド。

 

 

何れ甲子園の大投手になる左腕としてその名を轟かせる。

 

そしてこの試合が、沢村にとって。

甲子園の観客たちにとっての、大きな転機となることを、今はまだ誰も知らない。

 

 

 

マウンド上、投球練習を終えてバッターが打席へ。

 

最後に白球を受け取った沢村が、両の手を広げて後方へと視線を向けた。

 

 

「今日はお日柄も良く、絶好の野球日和!支えてくれた仲間や先輩方、声援をかけてくれる皆様!出来ることは数少ないかもしれませんが、これまで培ったもの、経験したもの。目指すべきその場所まで、かけ登る他ありません!」

 

 

いつもの口上。

最後に沢村が、センターにいるエースへと視線を向けた。

 

 

「一つ一つ積み重ねて行きます!ガンガン攻めて行きますんで、バックの皆さん宜しくお願いします!」

 

 

そして、少し異なる内容。

 

緊張。

いつもと違う。

 

 

 

大いに結構。

この場所は、いつもと同じ場所ではないのだから。

 

上げろ。

熱を高めろ。

 

 

ただ一つ。

信念だけは、曲げずに。

 

 

 

先頭打者となるのは、近藤。

秋大から梅宮同様数少ない打順を変更されずに固定された、選手の一人。

 

バットコントロールはそこまででもないが、選球眼と内野安打による足を絡めたヒットが多く、出塁率自体は高い。

 

今大会も打率3割台ではあるものの、出塁率は5割近い。

 

 

塁に出れば盗塁。

足の速さもそうだが、癖やタイミングを見るのが上手い。

 

塁に出したくない。

倉持同様、この男が出るかどうかで初回の得点力はかなり変わってくる。

 

 

 

 

(一歩ずつ積み重ねるんだろ。ならまずは。)

 

 

両の手を胸の前に置き、天を突くように振り上げる。

 

美しい左腕のワインドアップ。

そこから、沢村の独自のフォームへと変わっていく。

 

 

全身を一塁側へ半回転した後、軸足で立ちつつ右足を高く振り上げる。

 

両手を胸元で抱え込むような形をとり、その後右手を横へ。

左手は身体に隠れ、右手は開きを抑えるために壁を作る。

 

 

並進運動。

そこからクロスステップ気味に右足をつき、回転。

 

スリークォーター気味のオーバースローから、その柔らかい肩肘をしならせて腕を振った。

 

 

「ストライーク!」

 

 

初球、インコース。

 

134km/hのストレートが、近藤の胸元を抉った。

 

 

高い。

しかしそれでも、見送るには十分なスピードとキレ。

 

 

2球目。

同じく、ストレート。

 

今度は、外角の低め。

 

吸い込まれるようにして、厳しいコースに決まった。

 

 

 

3球目は、2球目より僅かに外に外したボール球。

 

これを近藤が見送り、カウントは1-2。

 

 

早いカウントで追い込み。

そして、左右を広く使ったピッチング。

 

高い制球力で打者を掌握し、チームに勢いと流れを齎す。

 

 

御幸が、インコースの胸元にミットを構えた。

 

 

 

 

ふと、先程の沢村の言葉を、思い出す。

 

 

『俺の目指す道は、夏輝さんと同じ道です。険しい道でも、高い山があろうと、突き進んでチームに勝利をもたらすエースの道です。』

 

 

ワインドアップから放たれた4球目。

 

 

同じ道を歩めば越えられない?

 

そんなことはない。

走れば追いつくし、そこから己の道を切り開けば。

 

 

それは自身の道となる。

 

まだ強くなるんだろ。

もっと高みを目指すんだろ。

 

 

なら、見せてみろ。

お前を。

 

沢村栄純という、道を。

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

エースを目指し、追いつき追い抜くその姿勢。

 

確かに大野は、その己が立つセンターの守備位置で、僅かに口角を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

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