燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード255

 

 

 

 

(空気が変わった…?)

 

 

打席に入る梅宮を見下ろしながら、沢村が訝しげに左手のボールを転がす。

 

 

一塁には、ストレートを弾き返して出塁した月村。

ランナーを置いた状態で、初めてこの梅宮を迎えることとなる。

 

 

(感じたか。)

 

(はい。何かしてくるかもしれません。)

 

(だな。けど、バントや搦め手を使ってくるバッターじゃない。慎重には行くけど、思い切って勝負にはいくぞ。)

 

 

御幸のジェスチャーに、沢村も頷く。

 

 

狙いがストレートなのは、わかる。

 

ここまで速いボールを合わせる、ないしは速い変化球を引っ掛けている。

 

 

外は見送っているが、インコースは確実に振りに来ていた。

そう考えるとここまでの狙いは、わかる。

 

変えてくるとしたら外のストレートに変わったか。

 

その証拠に、月村は厳しいコースをいきなり弾き返した。

 

 

梅宮は恐らく、他の選手よりも自由にプレーをさせられる。

チームで最も優れた選手であり、どちらかと言うと反応速度や身体能力の高さで長打を放つバッターだ。

 

 

まずは、タイミングを外す。

自由にスイングをさせず、タイミングを合わせる前に仕留める。

 

真っ向から捩じ伏せれば事故が有り得る中、相手に主導権を握らせずに仕留める。

 

 

選んだのは、チェンジアップ。

決め球として使われることの多いこの緩い変化球で、スイングを崩す。

 

 

 

御幸のサインに頷き、沢村がワインドアップに入る。

 

スっと重ねた両手を天高く振り上げ、身体を横回転。

それを確認して、梅宮も足を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

(信じるぜ、南朋。これまでみてえにな。)

 

 

放たれたボールは、外のチェンジアップ。

右バッターからすれば左のサークルチェンジは、スクリュー気味に外に逃げながら変化する。

 

加えて、コースは外の低め。

ストライクゾーン内とはいえ、右打者からすれば打つのは困難である。

 

 

しかしここで梅宮は、あろうことかいきなり踏み込んだ。

 

 

 

「怒羅ァァ!」

 

 

ブラスバンドの音と共に響いたのは、金属音。

 

打球は左中間。

踏み込み、強振した当たりは深いところまで飛び上がった。

 

 

 

(狙われた!?)

 

 

響くはずのないこの金属音に、御幸が珍しく目を見開く。

 

上がった打球は長打コース。

高い弾道は息が長く、更には深いところまで飛んでいる。

 

 

 

 

一塁へ向けて走り出した梅宮。

 

 

打球はフェンス上段ダイレクト。

 

カシャンという金属音と共に、観客席からは溜め息が漏れる。

 

 

スタートを切っていた月村は三塁を蹴ってホームへ。

忙しく大野が打球を処理して、バックホームの体勢。

 

 

しかし大野は広い守備範囲とピッチャー特有の肩、スローイングでセンターとしての質を誇ってはいるが、細かい技術はあまり優れているわけではない。

 

打球処理後バックホームで本塁送球。

クロスプレーになるが、ここは月村の走塁技術が上回ることになる。

 

 

スライディングでホームはタッチセーフ。

その勢いのまま、月村が突き上げるようにして飛び跳ねる。

 

 

打った梅宮もその間に三塁へ到達。

 

そしてそのベース上で、右手を突き上げる。

 

 

 

終盤が近づいたこの6回裏。

遂に試合を動かしたのは、やはりこの男であった。

 

 

鵜久森というチームの柱であり、間違いなくこのチームを甲子園ベスト8まで連れて行った立役者。

 

決めるべくして、この男が決めた。

 

 

「ダァ!っシャア!」

 

 

 

声を張り上げたのは梅宮。

そしてそれに応えるように、ベンチも観客も大きく盛り上がる。

 

 

この会場の熱が。

声が。

 

その大半が、鵜久森に向いていく。

 

 

何故なら、観客は下克上が見たいから。

ドラマのような、刺激的な勝ち方が見たいから。

 

それを実現してくれる可能性があることを、この鵜久森が。

梅宮が、確かに夢を見せた。

 

 

 

 

会場のボルテージが上がる最中。

ホームベース付近では、御幸がマスクを外したまま思考を巡らせていた。

 

 

(初球からチェンジアップを。確実に狙いに来ていたスイングだった。)

 

 

しかし、何故。

 

ここまでストレート狙いなのは確実に分かっていたし、梅宮が変化球を待つ姿など見たことがなかった。

 

 

反射神経が良く、ストレートに強い。

それ故に、梅宮に狙い球を絞らせるとは思わなかった。

 

 

 

珍しく動揺を隠せない御幸に、松原も僅かに笑みを浮かべた。

 

 

「当然思い切った策も取るさ。ここが俺たちの関ヶ原、だからね。」

 

 

沢村はコントロールが良い。

 

特にフォーシームは自由自在に操ることができ、甘いところにくることは殆どない。

 

 

スプリームやチェンジアップ、カットボール改といった変化球を使うことも比率的には多いのだが、その軸となるのはやはりストレートである。

 

だから序盤から中盤まで、徹底的に甘めのストレートを狙っていた。

 

 

対して相手バッテリーは、ストレート以外のボールを使って躱してくる。

 

 

向こうはこちらのストレート狙いを悟ってくれると、松原は信じていたのだ。

 

 

月村は、外のストレート。

沢村はコントロールが良いからこそ、サイドを広く使ってくるのは分かっている。

 

しかし幾ら強気な御幸とはいえ、こちらが内に強いという傾向は理解した上で配球してくる。

 

だからインサイドは決め球。

もしかすれば全く使わない可能性もありうる。

 

 

だが確実に使ってくるのは、アウトロー。

打者があまり振りに行かない厳しいコースだからこそ、カウントを整えるのには絶好のコースとなる。

 

だからこそ、ここに狙いを定めさせた。

 

 

 

勝負をかけていたのは、終盤で梅宮の前にランナーが溜まるシチュエーション。

 

試合展開によって数多の道筋を考えていたが、梅宮の狙い打ちだけは初めから決めていた。

 

 

梅宮はストレートに強い。

速いボールであれば、多少の変化をしたとしても対応できてしまう。

 

であれば、確実にどこかでチェンジアップ系のタイミングを外すボールを使ってくる。

 

 

ここで思い切って、その緩いボールに完全に狙いを定めていたのだ。

 

 

(まさか初球から来るとは思わなかったけどね。)

 

 

初球のカウント球でチェンジアップを使ってくるとは。

 

それだけ沢村のコントロールを信用しているのと、こちらの裏をかこうとする御幸の頭脳には、松原も脱帽であった。

 

 

続く犬伏は、外のストレートを叩きつけて一塁方向へ。

アウトにこそなったものの、三塁ランナーの梅宮がホームへ還って2点目。

 

 

 

 

6回終了時点。

膠着していた試合の中で、遂に鵜久森が先制点を上げる。

 

そしてそれは、今大会を通して青道が初めて許した先制点となる。

 

 

「鵜久森ー!」

 

「やっぱやってくれると思ったぜ梅宮ー!」

 

 

当然、盛り上がる出すのは鵜久森サイド。

そして同時に、中間的な高校野球ファンもまた下克上を期待してその歓声を張り上げる。

 

 

優勝候補筆頭、それも圧倒的なまでの高評価を受けていた青道。

対して鵜久森は、激戦の東東京を制したとはいえ無名校である。

 

そんな鵜久森が、青道に対して奪った先制点。

 

 

終盤戦を迎え、遂に動いた試合。

 

2-0と鵜久森が上げた先制点に、会場は今大会最大級の盛り上がりを見せていた。

 

 

「すいません、御幸先輩。点、取られちゃいました。」

 

 

ベンチに引き上げながら帽子を取った沢村が、駆け寄ってきた御幸にそう言う。

 

 

「いや、投げミス自体は無かったしお前が気にすることじゃねえよ。良く投げてくれたぜ。」

 

 

初球のアウトローに加え、梅宮に捉えられたチェンジアップもゾーン内とは言えコースは悪くなかった。

 

あれは打った月村と梅宮を褒める他ない。

 

 

いや、寧ろ沢村のコントロールの良さが裏目に出たと言うべきか。

 

こちらの配球を予測されたか、若しくは狙い球を完全に絞って打ち返された。

どちらにせよ、松原の試合組み立てが御幸のリードを上回ったというのは、紛れもない事実であった。

 

 

 

ベンチに座る御幸。

 

その表情は、重い。

センターの守備位置から戻ってきた大野がそれを見て、彼の横へ座った。

 

 

「やられたな。」

 

「あぁ、上手いこと読まれたわ。」

 

 

沢村は自分の要求通りに投げてくれていた。

 

本来の力以上、それこそ期待以上の投球を見せてくれていた。

 

 

やられたのは、自分の責任。

自分が思考した上でそれを上回られた、それだけの話だ。

 

責任は、その選択を取った自分にあると、御幸は唇を噛んだ。

 

 

 

内心でそう思っていたのを悟られたのか、大野は御幸に背を向けてヘルメットに手をかけた。

 

 

「結果論だ、今更悔いても仕方はないだろ。それにアレだ、俺の目から見ても向こうのベンチはこの展開を最初から組み立てるためにやってたはず。となれば、これ以降のことは梅宮頼みってことだ。」

 

 

実際に、松原は何とか先制点を取ること。

そして最小失点と少ない得点で、投手戦の末に勝つことに希望を見出していた。

 

それは間違いではないし、投手王国である青道相手に大量得点は見込めない為、このチームから勝ちを何とか拾うのにはそれしか方法がないのだ。

 

 

「勝てば、何の文句もないだろ。7回2失点ともなりゃあ上々だ、せめて勝ち投手になれば奴もまた評価される。」

 

 

7回2失点。

 

負けてしまえばそこまでだ。

 

だが勝利すれば、ハイクオリティスタートと呼ばれるほど、先発投手として優れた立ち上がりを見せたと言える。

 

試合を作り、主導権を握らせなかった。

 

 

観客の見方も、そういう見方に変わってくる。

 

 

 

ヘルメットを被り、誰よりも勝ちに拘ってきたエースが、笑顔で御幸に向かってそう言った。

 

 

「返しゃいい話だ。俺がそうしてもらったようにな。」

 

 

打順は一番に還り、倉持と大野、小湊と続く。

 

 

 

 

「よく言ったぜ、大野。散々球数稼いだんだ、そろそろ仕留めに行こうや。」

 

「稼いだのは俺だろ、初球打ちマン。」

 

「るせ!塁上でプレッシャーかけてたろ!」

 

 

屈伸しながら言った倉持に、大野がツッコミを入れる。

 

実際、倉持は今大会は追い込まれる前にヒットを放つことが多い。

故に出塁率と打率自体は高いのだが、今日の鵜久森戦での待球作戦にはそぐわないスタイルではある。

 

無論、後ろの大野が粘り強く待球作戦に長けている分、まずは出塁して塁上からの重圧をかける方に重点を置いていた。

 

 

因みに、一度出塁に成功してはいる。

 

 

 

一二番コンビでコントを繰り広げる中、監督である片岡が自身の手をパンパンと叩いて視線を集中させた。

 

 

「ここまで梅宮の球数は117球。バックに助けられているとはいえ、梅宮も相当消耗しているはずだ。」

 

 

気温は既に、36℃を回っている。

 

この炎天下でのピッチング。

何より、ある程度投手の負担を分配してきた青道とは違い、今大会三試合を梅宮がほとんど全て一人で投げきっている。

 

 

「あれだけフォークを投げていれば、消耗しているのは間違いないだろう。徐々に増えてきた失投を、迷わずに振り抜く。ここから先は当てに行く必要も粘る必要もない。強いスイングで、鋭く低い弾道を放つ。梅宮だけでなく、守備にもプレッシャーをかけて落ち着く暇を与えるな。」

 

 

ここまでの試合では、ストレートとスローカーブが投球比率の7割を占めていた。

 

というのも、この二つで上手くカウントを稼ぎつつ、決め球としてパワーカーブやフォークといった速い変化球は追い込んでから使うことが多かった。

 

それに、フォークを解禁したのは試合中盤。

カーブ系に目が慣れてきた頃に、軌道の異なるフォークを織り交ぜて最後まで的を絞らせない、というのがここまでの試合運びであった。

 

 

しかし、敗退していった他の高校には悪いが、青道はレベルが違う。

 

上位打線は特に、梅宮でも温存した状態では恐らく序盤で試合を決めかねないほどの得点力を誇っている。

 

 

1番から5番まで、打率は4割越え。

特にクリーンナップは本塁打3本、打率5割越えの怪物スラッガー御幸を筆頭に、3人共に打率長打率共に高い。

 

だからこそ、初回から全開で投球を行っていたのだ。

 

 

 

序盤からフォークを多投し、ストレートもギアを上げた状態でこの7回裏まで投げ続けてきた。

 

その成果もあり、梅宮はランナーこそ許しているがここまで無失点。

 

 

球数は嵩んでいる。

そして何より、フォークの比率が多い分肘と握力の疲労がかなり高まっている。

 

 

 

ここまでの投手戦。

そして梅宮の好投により、優勝候補筆頭である青道からリードを奪えている。

 

試合はさらに緊張感が高まってきた。

 

 

 

 

 

打席に入る倉持。

 

ふうっと息を吐き、グラウンド全体をぐるっと見渡した。

 

 

(緊迫した試合で、漸く動いた得点。こういう時、打った本人は案外浮き足立っちまうもんだよなぁ?)

 

 

そして、倉持が小さく笑う。

 

狙いが、決まったからだ。

 

 

初球のストレート。

これを、サードの前に叩きつけるようにして打ち返した。

 

 

高いバウンドはサードの月村の前。

落ち着いて捌けば決してアウトの取れない打球ではない。

 

 

しかし、相手は俊足の倉持。

遂に取れた得点と、何とかこれを守り切りたいという焦り。

 

場数が少なく、前のめりになった月村は、タイミングを見誤った。

 

 

 

歩数と歩幅を僅かに誤り、処理にもたつく。

その間に倉持はトップスピードへ。

 

処理後すぐに一塁へ送球するも、一塁塁審は両手を左右に広げる。

 

そしてそれは、俊足の倉持の内野安打を意味する。

 

 

「セーフ!」

 

 

 

塁上からベンチに向けて拳を突き上げる倉持。

 

それをネクストバッターズサークルで見つめながら、大野は笑っていつも通り素振りを一閃する。

 

 

鋭く、軽打と繋ぎに徹したスイング。

彼の自己犠牲精神と高いバットコントロールを象徴するその一振りを見て、今度は片岡が彼の名前を呼び寄せた。

 

 

「大野。」

 

 

低くも通るその声に、大野がベンチサイドへと駆け足で戻った。

 

 

「ここまでよく粘った。相手投手の持ち球を引き出しつつ出塁できるその技術はお前と亮介だけのものだ。」

 

「そう評価して貰えるのは有難い限りです。決める実力は無いですから。」

 

 

大野夏輝はヒット性能は非常に高いが、四死球と長打はほとんど無い。

ホームラン数は、高校通算で0である。

 

繋ぐ技術は一級品。

しかし、決めるだけの長打力はない。

 

そんな大野に掛けた片岡の言葉は、彼にとっても予想していない言葉であり、大野が初めて掛けられた言葉であった。

 

 

「以降は小湊と御幸、白州に続く。未だノーアウト、自分を犠牲にしてでもヒットで繋ぐ意識は、今は捨てても構わん。初球から、チャンスと思ったボールは狙っていけ。」

 

 

片岡の眼差しに、熱が篭った。

 

 

「自分の力を信じろ。」

 

 

ただ、一言。

そう言って背中を押された大野は、笑って答えた。

 

 

「後ろには全幅の信頼を置ける選手たちがいますからね。出来るだけのことはやってみます。」

 

「あぁ、行ってこい。」

 

 

 

再び、スイング一閃。

 

いつもと変わらない。

鋭く、速い。

 

 

「狙うなら高めのストレートだな。飛ばすなら真ん中付近、出来れば内側なら尚良い。」

 

「ヒットの延長がホームランだ。あくまでいつも通りだが、行けると思った時に確実にコンタクトして弾道を上げれば良い。」

 

「いいスピン掛けてんだから、そのまま高くすりゃあ勝手にホームランになるぞ。」

 

 

ベンチ内からの声掛け。

全て異なる意見なのだが、一貫してホームランを狙わせている。

 

上から御幸、白州、落合である。

 

 

ちなみに当の本人はホームランを打つつもりは毛頭ないし、伝えた片岡も長打を狙ってプレッシャーを掛けるつもりで行って欲しいという願いを込めての助言である。

 

 

 

「なんか皆色々言って迷っちゃうんで、とりあえず全力でスイングしてきます。」

 

「あぁ、それで良い。」

 

 

最終的には笑みから苦笑に変わった大野が肩を竦める。

 

 

 

ノーアウトランナー一塁。

 

2点ビハインドで迎えた、7回の表。

 

 

エースが、打席へと向かった。

 

 

 

 

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