燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード257

 

 

 

 

7回裏。

 

ここまで膠着状態だった試合は6回の裏から一気に動きを見せ、迎えた終盤戦。

 

 

スコアボードには、4-2。

 

青道高校リードで迎えた鵜久森の攻撃を前に、二年生の沢村がマウンドへと向かっていた。

 

 

(球数はまだ82球。十分完投は狙えるけど、あとは俺の内容次第。)

 

 

マウンドを前にして、一度息を吐き見上げる。

 

既に両投手の投球で荒れ、甲子園特有の黒い土が乱れている。

 

 

「沢村。」

 

 

立ち止まったところで、本来聞こえるはずのない選手の声。

 

このチームのエースであり、柱。

そして、沢村自身が目指すべき道と考えた、最強のエース。

 

今時点ではセンターの守備位置につくべきはずの男が、そこで声をかけてきた。

 

 

「夏輝さん。」

 

「最後まで投げるんだろ。下位打線に手を抜けとは言わんが、多少は変化球でお茶を濁せ。あと一巡、それに上位には確実に回る。いい状態で迎えられるように、出来るところは抜いていけ。」

 

「はい。」

 

大野の言葉に、沢村は頷く。

 

 

大野夏輝は、完投数が多い。

 

今でこそ温存も兼ねてイニング数はそこまで多くないが、それこそ沢村や降谷が戦力となるまでは殆ど一人で大会のイニングを稼ぐことが多かった。

 

そしてそれに対する防御率が、圧倒的に高い。

 

 

当時はツーシームを取れる捕手が居なかったため御幸専用ではあったものの、大荒れした試合を除けば殆どがハイクオリティスタートと呼ばれる成績であった。

 

 

元々制球が良かった分ストライク先行で球数が少なかったのだが、それ以上に今の彼が長いイニングを投げるにあたって重要視していたのはギアチェンジ。

 

要所でいきなり出力を上げ、力をセーブしながらもしっかりと打者を抑える。

それが、今の大野の投球を支えるものであった。

 

 

「出し惜しみはするな。頭を使え。やると言ったからには、最善を尽くせ。その為に力を貸してくれる奴はいる。」

 

 

大野の言葉を最後まで聞き、沢村がゆっくりと頷く。

 

ここまでの球数は多くない。

今のペースで行けば、110球前後で最後まで行けるだろう。

 

 

打ち込まれる、ないしは疲れが明らかに見て取れたら川上か降谷とスイッチする。

 

本来予定されていなかったからこそ、厳しめに評価はされるだろう。

だがそれでも、言ったからにはやり遂げたい。

 

 

その意図も分かるし、目指すべき道のりでその過程が確実に必要だと分かっている。

 

だから大野は、その覚悟を汲み取って自身の左手に付けられた外野手用のグローブを差し出した。

 

 

「準備はしておく。だが、その必要はないだろう。頼むぞ。」

 

「はい!」

 

 

沢村は右手を。

大野は左手を。

 

互いにグローブを合わせて、大野は定位置へと戻って行った。

 

 

「ええかっこしいだよなぁ、あいつ。」

 

 

少し遅れて、というより意図して遅れてきた御幸が沢村に声をかける。

 

 

「はい、カッコイイです。だから、目指したいと思えるんです。」

 

「そっか。下位打線から始まるからな。低めはスプリームをゾーン内で打ち損じを狙う。追い込んだら遊び球使わないで仕留めに行くからな。」

 

 

続けて御幸ともグローブを合わせる。

 

 

「すげえよな、あいつは。」

 

「はい。いつだって、どんなに走ったって、追いつける気がしません。でも…」

 

「追い抜きたいんだろ?」

 

 

無言で頷く沢村に、御幸はニッと笑って彼の背中をポンと叩いた。

 

 

「試合を作るって最低条件は果たした。あとはあいつとの差を埋めるだけ。最後まで投げ切るってのはその手段の一つだ。ランナー出しても点さえ取られなきゃいい。残り3回、お前なら出来るぜ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「えらく素直だな。」

 

「御幸先輩が夏輝さんを一番近くで見てるはずですから。御幸先輩がそう言ってくれるなら、俺も全力でそれに応えてみせます。」

 

 

瞳に灯る光。

これもまた、大野と同じ症状。

 

極度の集中状態に陥ったときに、その瞳には輝きが灯る。

 

 

「行こうぜ相棒。そんなに簡単に登れない壁だから、お前は目指すんだろ?なら、二人でぶっ壊してやろうぜ!」

 

「はい!」

 

 

打順は7番から。

 

波乱が生まれ始めたこの終盤戦。

またも鵜久森の逆転を期待する声援が、会場内で響き渡る。

 

 

(まだ、聞こえる。あの時ほど入り込めてない。)

 

 

耳に入るブラスバンドの音と、歓声。

 

しかし彼の中で最も集中力を維持できていた市大三高との試合では、その声援すらも遠くなっていた。

 

 

(もっと深く。もっと中へ。ここからが勝負だから。)

 

 

深呼吸。

集中するというマインドから、自身の深層へと潜り込むという感覚。

 

周囲の空気と切り離し、己の感覚にだけ鋭利に研ぎ澄ましていく。

 

 

その時沢村は、意識するより先に”入り込んだ”のだ。

 

 

 

7回裏。

鵜久森の攻撃は、7番の丸山から。

 

このチームの中でも打力は上位に劣るが、それでも打ち出せば止まらない。

 

 

会場内は、逆転に期待する声援。

 

その空気を、声援をかき消したのは。

 

 

沢村栄純の、正に圧巻といえるピッチングであった。

 

 

 

『空振り三振ー!何とか反撃の糸口を掴みたい鵜久森打線を、この二年生が制圧します!援護を受けたこの回、完璧な投球で三者凡退で7回裏の守りを終えます、已然4-2!』

 

 

 

7番の丸山は、打ち気の所をスプリームを打たせて2球目でショートゴロ。

 

8番の三雲は、狙っていたであろう高めの釣り球に手が出て浅いセンターフライ。

 

9番の田島は、速いボールにタイミングを合わせたところで最後にチェンジアップで空振り三振。

 

 

用いた球数は、たったの7球。

下位打線に対して球数を抑えながらもテンポのいいピッチングで良い流れのまま8回へと進む。

 

 

 

終盤、残り2イニングとなった8回表。

 

前回一気に4失点と打ち込まれた梅宮だったが、ここは切り替えて粘りのピッチングでまたも無失点で切り抜ける。

 

 

逆転に向けて。

そして、最後に勝つためにこれ以上の失点は避けたいところで見せた闘志。

 

 

 

しかしそこで待ち受けていたのは。

覚醒を見せた、沢村の完璧なピッチングであった。

 

何とか糸口を掴もうと、声を張り上げるのは1番の近藤。

 

 

その近藤には、いきなりインコースのストレート。

振り遅れた初球に対して、続けて投げたのは外のチェンジアップ。

 

インサイドの速球から、アウトサイドの変化球。

 

完全にタイミングを外し、目線を外し。

そして、認識を外す。

 

最後はカットボール改。

フロントドアで内側のストライクゾーンまで抉り込む高速変化球に、反応すらさせずに見逃し三振。

 

 

続く勢いのまま、2番の大西もスプリームとストレートを内と外に縦横無尽に投げ分け、サード正面のライナー。

 

 

3番の月村は、先程ヒットを打たれたものの、この8回は完全に掌握。

インハイのストレートを2球続けてファールを取ると、アウトローのスプリームを打たせてショートゴロ。

 

 

この8回すらも、完璧なピッチングで鵜久森に反撃の糸口すらも見出させない。

 

 

正に圧倒。

そして、試合を掌握する様に、観客は来年の甲子園のスターを予感していた。

 

 

 

 

9回の表。

 

青道最後の攻撃。

 

 

先頭バッターの御幸がヒットを放って出塁すると、続く白州がバントで二塁へ。

金丸がヒットで更に繋ぐと、7番の前園が犠牲フライを放って追加点を入れる。

 

 

 

5-2で迎えた最終回。

9回の裏、逆転に燃える鵜久森の最後の攻撃を迎える試合最終盤。

 

注目のカードとなったこの試合も、気が付けば前評判通りの青道が勝ち越した展開となった。

 

 

守備位置について行く各選手たちに送られる拍手と声援。

 

そんな中、最後にベンチから出てきた選手が駆け出した瞬間、それが一際大きくなった。

 

 

『さあ、やはり最後の回も出てきました!二年生ながらこの甲子園の準々決勝を完璧に作って見せました、サウスポーの沢村栄純が9回裏のマウンドへと上がりました!』

 

 

ここまでの被安打は、6つ。

フォアボールは一つも出さず、許した失点も6回に梅宮から打たれたスリーベースヒットと犬伏による犠牲フライと、致し方ない失点のみ。

 

ほぼ完璧な内容で、ここまで投げ続けていた。

 

 

(終わらせねえ。ここまで来たんだ、善戦できましたなんて思い出作りじゃあダメなんだ。)

 

 

打席には、四番の梅宮。

この試合で唯一沢村から完璧な当たりを放っている、このチームの柱。

 

なんとか反撃の狼煙を上げたい。

 

そこで、敢えて笑顔を見せ、声を張り上げた。

 

 

「っしゃあ、やってやるぜオラァ!」

 

 

バットを突き出し、掲げる。

 

右打席でふぅっと息を吐ききった梅宮を横目で見て、御幸は沢村にサインを出した。

 

 

(さあ、来たぜ。一発喰らってもまだ負けやしねえ。だけど、この死に物狂いで喰らいつく修羅を跳ね除けなきゃ、届かねえからな。)

 

(分かってます。)

 

 

この甲子園。

確かに活躍する二年生や一年生もクローズアップされることも多いが、やはり実際なにかを起こすことが多いのは最後の夏となる三年生。

 

その気迫も、違う。

 

 

だからこそ、ここを抑える。

チームの柱であり、最後の夏を迎えた梅宮を押し退けてこそ、道は拓けてくる。

 

 

初球。

御幸が構えたのは、外。

 

打者から見て遠く、厳しいコースに投げ込んだボールに空振り。

 

 

先程打たれたチェンジアップをいきなり初球から使った御幸の配球に、場内はどよめいた。

 

 

 

先程長打を打たれたコースとボール。

そこを要求した御幸に、迷わず投げ込んだ沢村。

 

そして、真っ向から振り抜きに行った梅宮。

 

 

湧き上がる歓声と、応援。

しかしそのいずれも、沢村の耳には届かなかった。

 

 

2球目。

今度はインコース。

 

内角高め、ストライクゾーンより外れている厳しいコース。

 

内外の投げわけながら梅宮も捉え、快音が響く。

 

 

上がった打球。

しかし沢村は振り返ることすらしない。

 

上がった打球はレフト線から切れてファールとなった。

 

 

位置にして、ストライクゾーンからボール僅か一つ分だけ外してある。

しかし元々高めが得意な梅宮なだけに上がった打球だったが、コースが良かった分打ち損じに繋がった。

 

 

(ボールゾーンをあそこまで。やっぱり、凄い。)

 

(良いぜ。そこに手を出してくれるってなりゃあ、攻め方は幾らでも考えられる。)

 

 

外から内へ、緩い球から速い球へ。

対応力があると言えば勿論そうなのだが、ボール球で外してるところまで手を出してくれるとなれば、投球幅も広がってくる。

 

だがその分、事故の可能性も出てくる。

 

仕留める前の見せ球を打たれることも、仕留めに行ったボール球をヒットゾーンに飛ばされたりすることもある。

 

失投を投げれば勿論、痛打になるだけの実力者。

そしてそこからの勢いを掴むだけの、チーム力ではある。

 

 

(追い込んだ。余力はまだあるよな?)

 

(勿論です。)

 

(ボールは3つ使える。だが、勝負を長引かせる必要はねえ。お前の使える力全部使って仕留めに行くぞ。)

 

 

 

続けざま、構えたコースはインサイド。

 

ストライクゾーンからボールまで切り込む、インハイのカットボール改。

 

 

(これって…)

 

(向井が打たれたコースだ。でも、ここに投げきらなきゃ抑えられねえ。ビビるな、お前のボールなら大丈夫だ。)

 

 

向井が地区決勝でサヨナラ弾を献上したのは、ライジングカット。

 

ストレートの回転軸を敢えてズラし回転効率を若干落とした事で生まれたジャイロボールは、スピードを維持しているのもそうだが、加速しながら僅かに曲がるという性質を持つ。

 

 

だが、変化の大きさはほとんど無く、あくまでストレートの延長。

対して沢村のカットボール改は、明確に真横に大きく変化する分、梅宮の反応打ちにもある程度耐性がある。

 

 

3球目、インコースカットボール改。

これも梅宮は仕留めに行くも、やはり大きな横変化に対応しきれずファールとなった。

 

 

 

一球一球に、どよめく会場。

そして、逆転を信じて声をあげる歓声。

 

見ている観客からすれば、下克上を目指す鵜久森の姿に感情を揺さ振られるだろう。

 

だからその分、応援もそちらに偏る。

 

 

(跳ね除けろ。周囲の空気も、梅宮の気迫も。)

 

 

御幸が最後に要求したのは、外。

 

インサイドに視線を向けた上で、遅い球を拾われることも加味して導き出されたリード。

 

 

外角低めから落ちるスプリーム。

ストレートと近い軌道からストンと落ちる早い変化球で、打ち損じを狙う。

 

 

ツーシームの縫い目に対して僅かに指を動かし、僅かに挟みながらも人差し指でシュート成分を出すことで、ツーシームとSFFの間のような軌道を描く。

 

 

握るボール。

指先に通う感覚が、いつもより鋭い。

 

 

(確か夏輝さんは、指先だけじゃなくて全身で微調整するって言ってた。曲げようとしない、速度を維持しながらあとは勝手に落ちる。)

 

 

沢村のスプリームは、その特徴から分かる通り大野のツーシームを参考にして作った変化球だ。

 

ツーシームによるシュート成分はもちろんの事、SFFのように縦に落とすことで打ち損じか空振りを狙う。

 

 

大野ほどの指の繊細さはない。

しかし今の研ぎ澄まされた感覚であれば、いつもとは違う変化を掛けることができるかもしれない。

 

 

目指すところは、より上へ。

だからこそ、現状維持ではなく進化へ。

 

 

 

(まだ先へ。もっと上へ。)

 

 

クロスステップ気味に入りつつ、左肩を若干内へ捻り込む。

手首は返さず、指先もあまり意識し過ぎないものの人差し指にプレッシャーを僅かに掛ける。

 

人差し指に比率が掛かりすぎるとスピードが落ちてしまう為、ある程度は中指へのプレッシャーも必要になる。

 

 

 

リリースされたボールは、ストレートと同軌道。

 

インサイドに攻め込まれた梅宮も、外に対して振り遅れることなくバット軌道を合わせに行く。

 

 

タイミング、軌道、全てが完璧に合う。

しかしそこから、沢村の投げたボールはストンと落ちた。

 

 

『空振り三振ー!138km/hで落ちるスプリットで四番の梅宮を捩じ伏せます!注目の二年生左腕が今日はとことん魅せます!逆転に燃える鵜久森を真っ向から跳ね返します!甲子園での完投までアウトあと二つ!』

 

 

顔を顰め、天を仰ぐ梅宮。

 

その姿に観客からは拍手が降り注ぐ。

 

 

マウンドでは沢村が目を見開きながら、自身の左手に視線を落としていた。

 

 

(今の…)

 

 

普段とは違う感覚だった。

 

いつもスプリームを投じているときよりも速く、それでいて落差も若干大きかった。

スピードを維持しながらの落差。

 

打ち損じを狙ったはずだったが、自分の想定よりも上回った変化球に空振りまで奪うことができた。

 

 

それも相手は、ストレート系に強い梅宮。

 

甲子園の緊張感からくる極度の集中と、研ぎ澄まさた感覚。

相手が強いからこそ出てきた、沢村にとっての新しい扉。

 

 

続く5番の犬伏もストレートを打たせてライトフライ。

 

最後のバッターとなった6番有賀をチェンジアップでショートゴロに仕留め、スリーアウト。

 

 

沢村は青道のピッチャーとして今大会初めてとなる完投勝利で勝利投手へ。

 

勢いと熱気で勝ち抜いてきた鵜久森に対して、最後は力押しで勝ちきった青道高校が、甲子園ベスト4一番乗りでトーナメントの駒を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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