燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード265

 

 

 

 

吹き抜ける風。

 

昼間の騒ぎが嘘のように静かな夜空に、ひとり。

明日に決勝戦を控えたエースは、その地で立ち尽くしていた。

 

 

季節は盆。

夏も終わりに近づき、蝉の鳴き声は響くものの日が落ちればそこまで暑くは無い。

 

心地よい浜風と共に、煌々と輝く星空。

 

 

ひぐらしの奏でる音。

そして、抜ける風。

 

夏の終わりを告げるような、そんな空気が身に染みる。

 

 

(明日で最後、か。)

 

 

見上げた空には、満点の星空。

東京では中々お目にかかれない、夏夜空の顔。

 

 

長いような短いような。

少なくとも、自分が歩んできたこの道のりはあまりに濃厚で、太かった。

 

 

御幸と共に入学して、まだ中学生の身体にも関わらずその制球力を評価されていきなり大会で起用。

 

春の大会ではデビュー戦で、6回一失点で初の勝利投手。

 

 

そして夏。

ここから、大野をある意味縛り付けた因縁が、幕を開ける。

 

兼ねてよりライバルであった成宮との、高校での初対戦は甲子園出場をかけた決勝戦。

 

 

そこで失投を打ち返され、敗れた。

 

 

悔しかった。

だからこそ、二度と失投を投げまいと、悔いの残る球を投げまいと練習した秋には、初めての下半身の怪我。

 

強くなりたい。

しかし、すんなりといかない自身の身体に嫌気が差したこともあった。

 

 

沢村や降谷、金丸が入学した二年。

昨年のリベンジに燃え、最強だと思っていた哲さんたちとの夏。

 

そこでもぶつかり、道を阻んだのは稲城実業。

そして、成宮鳴であった。

 

 

延長にも及ぶ死闘。

そして互いに力尽き、死闘の末にまたも夢の道を阻まれた。

 

 

二度と負けない。

その覚悟を胸に。

 

そして、成宮との対戦で開きかけたフタに手をかけた時。

 

 

大野の身体は、再び限界を迎えた。

 

強すぎる責任感と、エースとしての自覚。

そして、尋常ならざる出力に耐えきれなかった彼の肘は全治三ヶ月という大きな怪我を負い、戦列を離れざるを得なかった。

 

 

チームは、エース不在。

そして、絶対的四番も引退した。

 

 

ここで青道高校の今年のテーマとなった、全員で勝つというスローガンが生まれたのだ。

 

 

野手として専念し、迎えた秋。

 

強豪校との連戦に加え、投げられないことによる無力感と仲間に任せるという信頼を、改めて感じさせられた。

 

周りが次々と強くなり、成長していく。

 

そして遂に、念願となる甲子園への切符を手に入れた。

 

 

 

負けたくない。

そして、もっと強くなりたい。

 

二度の敗戦と、怪我による戦線離脱。

 

仲間たちの言葉と支えのお陰で、エースであった大野は初めて自分の為だけに時間を使った。

 

 

フォームの改善、トレーニング。

そして、技術の向上。

 

投手としての底力を伸ばし、このチームのエースとして相応しくなる為に。

 

 

迎えた春の選抜。

大野夏輝という投手が全国区に轟いたのは、正にこの大会であった。

 

許した失点はただ一つ。

後にプロでも活躍をする選手から打たれた、それも終盤に殆ど試合が決まった状態で打たれた一発のみ。

 

それ以外の失点は、ない。

 

 

高校生…否、これまでの投手の中でも無類のコントロールの良さと高いボールの質で勝負する高い完成度の選手として、各メディアが慌てて特集を組んでいた。

 

生憎本人の当時の自己肯定感の低さから、自覚はしていないのだが。

 

 

世代最強右腕の看板を下げ、さらにゴールデンウィークの連戦。

 

全国トップクラスの相手との連戦と、交流戦と銘打たれたウインドユースアカデミーとの試合で、骨格そのものが違う相手との対戦も経験した。

 

 

確かな実力と、格式。

そして確立した、覚悟。

 

日本一の投手になる。

 

過去に立てた目標は誓いとなり、約束となった。

 

 

 

(あっという間だったな、思えば。)

 

 

夏は早く、過ぎ去る。

 

真田は、凄かった。

修羅のような闘志と、魂。

 

天久も、真にエースに覚醒した。

 

 

そして、成宮。

中学からライバルで、一度として勝ったことはなかった相手。

 

 

選抜を制覇し日本一になった春。

しかしそれでも、自分の方が上だとは思わなかった。

 

やり残したことがある。

 

 

それが、成宮との決着。

 

二度同じマウンドで争い、敗れた。

しかし最後の夏こそは。

 

 

死闘とも言われた延長24回。

抑え、抑えられ。

そして、打たれ。

 

終わりの見えない闘いは、チーム全員を信じた大野夏輝が初めての勝利を収め、甲子園出場を決めた。

 

 

センバツで得た、自信と技。

日々の鍛錬で磨いた、力。

 

そして成宮を超えたことによって、大野の覚醒は完全に開いたのだ。

 

 

 

(春じゃまだ、見えなかった。きっと、今なら見えるかもしれない。)

 

 

春に敗戦を経験し、さらに力を付けた本郷。

今年の、そして来年を代表する投手になることは、間違いない。

 

彼を押し退け、勝ちきったその先に。

 

 

初めて大野は、日本一の投手と言えると。

 

 

 

広げた右手を、空へ。

 

瞬く数多の星々。

この空も、今日で最後になる。

 

 

(日本一は、どんな景色だ。頂点は、どんな景色だ。そこに立ったとき、俺は何を思う。)

 

 

今は、考えても分からない。

そして答えは、直ぐに出る。

 

開いた右手を、握り締める。

 

 

何も掴めない。

今は、いいさ。

 

 

身体は万全だ。

そして、心も。

 

これまでに無いほど、充実している。

 

 

 

力強く握りしめた拳を下ろし、視線を向ける。

 

そうしたところで、大野にとって最も聞き慣れた声が、耳に入った。

 

 

「よう、また耽ってんのか。」

 

 

拳に向けていた視線を声の主に移し、笑う。

 

 

「悪いか?」

 

「悪かねえよ。ただ、変わんねえなって思ってさ。」

 

 

部屋着…と言っても、薄手のパーカーに半ズボンとパジャマいうよりかはジャージ…を身にまとい、試合とは異なる普段使いの眼鏡をかけた御幸がポケットに手を入れて現れる。

 

 

何を言うでもなく近くにあったベンチに二人並んで腰掛け、空を見あげていた。

 

 

「暑くねえのか、長袖。」

 

「防具よりマシ。てかお前も人の事言えねーだろ。」

 

「マウンドよりマシ。」

 

 

ちなみに大野も、同様の格好である。

流石の阿吽、服装まで似たり寄ったりである。

 

 

吹き抜ける風は、どこか涼しげ。

 

今年の夏は、7月頃に暑さのピークを迎えたお陰か盆のこの時期の…特に夜は、あまり暑さを感じない。

 

 

「明日で、最後か。」

 

 

切り出したのは、御幸。

 

それに対し、大野はベンチに深くもたれ掛かり、返した。

 

 

「あぁ。お前とバッテリーを組むのも、最後かもしれんな。」

 

「寂しいか?」

 

「それは…まあ、そうだな。」

 

 

冗談混じりに返した御幸の言葉に、大野は珍しく本音で答えた。

 

 

「お前ほど俺を理解してくれていたキャッチャーはいなかったし、今後もいないと思う。だからこそ俺はここまで来れたし、今こうして、この甲子園の最終日前日までいられるのは、お前のお陰だからな。」

 

 

そう言って笑う大野を、御幸は横目で見る。

 

サラリと透き通るようで、しかし強く煌めく銀髪。

そして、星の輝きを反射させるように光る碧い瞳。

 

その整った容姿からか、一部では人形のようだと形容されることもある。

 

 

到底、野球をしている人間とは思えない端麗な容姿に穏やかな性格だが、マウンドに上がれば鬼と化す。

 

精密機械と言われていたこともあったが、共に闘う御幸からすればそれもまた違和感のある例えだと思っていた。

 

 

無機質ではなく、寧ろ闘志を全面に押し出す。

 

そして仲間を、ベンチを、そして見ている観客すらも燃え上がらせる。

 

 

 

「すげえのはお前だよ、夏輝。」

 

 

ボソリと呟かれた、御幸の一言。

それに大野も、空に向けられていた視線を落として御幸に移した。

 

 

御幸にとって、大野夏輝という投手はリードする上でこの上ないほど優れた選手である。

 

だが、同時にそれは御幸を縛るものでもあった。

 

 

大野は要求したコースに寸分違わず投げ込む正確性に加え、投げる全てのボールの質が高い。

 

しかし単体で見れば、決して捉えられないボールではない。

 

今でこそ研ぎ澄まされたストレートが軸になっている分そうでもないのだが、やはり配球をする捕手の技術によって好投手か化け物になるかが大きく変わってくる。

 

 

選択肢が多く、コントロールも正確。

故に、それを引き出すことにも相当の技術と頭脳が必要となってくるのだ。

 

 

大野を輝かせる為には、どうすればいいか。

打たれた時には、どうすればよかったのか。

 

いつも思考の繰り返し。

 

幼き頃に誓った約束があったからこそ、御幸は大野を日本一の投手にする為に思考した。

 

 

そして今。

実際に世代を代表する投手となった大野に相応しい捕手であり、打者である為に御幸は苦悩していた。

 

 

そして対する大野もまた。

 

御幸という捕手の期待に答えるために。

 

 

自分よりも数段先の試合展開を考え、且つ自分を日本一の投手にすると言った男の期待に反しない為に、必死に自分を磨いていた。

 

 

要は、互いに互いの期待を裏切らないように。

成長に置いていかれないように。

 

天才が、食らいついていた。

 

 

故に今の御幸の姿があり、大野の姿もあるのだ。

 

 

 

「捕手の要求にこれだけ応えてくれて、エースとしていつもチームの期待に答えてくれた。どんな時でも、どんな相手でも、マウンドに上がるだけで何とかしてくれると思わせてくれるのは、いつもお前だった。」

 

 

「投手を信じて、その魅力を最大限に引き出すのが捕手の役目。それはどんな投手だろうと、俺は徹底してきた。だけど俺が絶対の信頼を置くことができたのは、夏輝だけだ。」

 

 

 

そして今度は、御幸が笑った。

 

 

 

「お前は日本一になるまで自分を認めないだろうが、みんなとっくに認めてる。青道のエース大野夏輝が、日本一の投手だってな。」

 

 

御幸がそう言い切る。

 

暫しの静寂。

その口火を切ったのは、大野だった。

 

 

 

「やめろよ、試合前にそういうこと言うの。フラグみたいだろ。」

 

 

 

そう言いながらも、珍しく照れ臭そうに頭を搔く。

 

というのも、御幸は基本的に平気で嘘をつくし、思ってもないことをさも思ってるように言うので、大野もプライベートに関しては話半分で聞き流すことが多い。

 

が、こと野球の話は別。

真面目な話となれば、真に受ける。

 

 

そしてそれが建前か本音かわかる程度には、幼なじみをしている。

 

 

 

「俺はまだ、自分が日本一の投手だとは思えない。その誇りはあるが、結果が思わなければ口だけだ。だから、誰もが…否、俺自身が日本一の投手だと納得するには、まだ足りない。だがせめての区切りをつけるとするのなら…」

 

「鳴と本郷、だな。」

 

 

御幸の返答に、大野が頷く。

 

 

「鳴には勝った。が、それは俺一人の力じゃない。みんながいたから、お前が俺の前にいたからだ。そしてそれは、次の試合も例外じゃない。日本一強いチームで、日本一のエースになる。まずはその為に、最後の障壁を完膚なきまでに叩かなきゃならない。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

「エースは毅然と、凛と、堂々と。そして、圧倒的じゃなきゃならない。任された時、絶対に負けない投手こそが、日本一の投手でなければならない。」

 

 

腰掛けていたベンチから、大野が立ち上がる。

 

そして、座っている御幸に向き直り、大野はその右手を差し出した。

 

 

「お前は日本一のバッターになった。あとは俺が、お前との約束を守る。」

 

 

その言葉に、御幸も笑って立ち上がった。

 

 

 

「俺が日本一のピッチャーになって、お前は日本一のバッターになる。その仕上げだ。」

 

 

 

笑顔のバッテリー。

そしてその右手を、互いにガッチリと握り合った。

 

 

 

「絶対に勝とう。勝って日本一だ。」

 

 

 

投手は、世代最強右腕。

最速146km/hのストレートに、対を成す二本の剣。

 

それを、意図したコースに性格無比に操ることが出来る稀有の投手。

 

実力、立ち振る舞い、そして立場。

総てにおいて、日本一と称される絶対的エース。

 

 

打者は、不動の四番。

甲子園では5割越えの打率に加え、ホームランも大会トップの5本を放つ世代最強打者。

 

キャッチャーという負担の大きいポジションでありながら、高いコンタクト力とチャンスでの高い集中力を誇る稀有な野手。

 

扇の要であり、打線の要。

エースの相棒である男もまた、日本一と称される。

 

 

 

嘗て誓った、約束。

その時はただの決意だったが、年を追うごとにそれは目標となり、約束となり。

 

そして今、果たされようとしていた。

 

 

 






ここから少々時間を頂きます(いつも遅い定期)
巨摩大藤巻書き切るところまで一気にいきますので。

もう暫くお待ちください。


中々連続投稿と行かずに申し訳ございません。
ここまでお読みいただいている方には頭もあがりません。
いつもありがとうございます。
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