燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード267

 

 

 

 

炎天下、吹き抜ける風。

 

響き渡るブラスバンドの演奏の音圧を感じながらも、マウンド周りには異様なほど静かな空気が流れていた。

 

 

(ようやくだ。こうして直接、やり合うことが出来る。)

 

 

ガサッとスパイクで土を踏む音を聴きながら、本郷はマウンドの手前で立ち止まった。

 

 

約5か月前。

秋から続いた連勝を挫いたのは、古豪と呼ばれた東京のチーム。

 

甲子園優勝経験はその時点では未だない。

そしてココ最近で言えば、甲子園からも遠ざかっていた。

 

 

都内の強豪私立。

対してこちらは、北海道の豪雪地域。

劣悪な環境の中で、その強靭な精神と技術、体力を磨いてきた。

 

 

恵まれた環境でしか野球をやって来なかった奴に、止められるとは思ってもいなかった。

 

確かに、自分が負けたと感じていた成宮と互角というのは勿論理解している。

しかし、単純な能力で言えばこちらに分があると思っていた。

 

そんな中での直接対決。

蓋を開けてみれば、あまりに強大すぎる敵。

 

数字では測れないストレートの強さに、自由自在に動く高速の変化球。

緻密なコマンド力に、スタミナ。

 

そして、マウンドで放つ圧倒的な存在感。

 

 

全てに於いて、初めて負けたと感じた。

 

 

悔しさ、そして情けなさ。

何より、負けることは死ぬより嫌いだ。

 

敗戦は、エースにとってそれほどに重い。

 

 

そして何より。

その投手の力に自分も引っ張られていたことに気づいていたこともまた、本郷を苛立たせる要因であった。

 

 

(負けねえ。誰よりも強く。俺の力で、あんたを超える。)

 

 

ひとつの深呼吸。

本郷にとって初めての行為。

 

そしてその地に、足を踏み入れた。

 

 

 

 

『一回の表、青道高校の攻撃。1番、ショート、倉持くん。』

 

 

歓声と共に打席に入るは、青道のリードオフマン。

 

卓越した走塁技術と足の速さを活かした安打。

今大会は、打率4割越えとかなり当たっている。

 

 

この男が出るかどうかで、前半の流れがわかる。

 

それほど重要なバッターである。

 

 

(様子見は後ろでやってくれる奴がいるからなぁ。俺は俺がやるべきことをやるだけだ。)

 

 

左打席に入り、バットを掲げる。

 

 

(立ち上がりは良いほうじゃねえだろ。初球からぶっ叩く。)

 

 

深く被られた帽子から覗かれる、鋭い視線。

ゆっくりと動作に入ると共に、合わせた両腕が天を貫くように持ち上げられる。

 

身体を反転。

ゆとりを持つように足を振り上げたところで、倉持も身構えた。

 

 

(初球から…)

 

 

ドォンと轟く轟音と共に、コンパクトに振られたバットは空を切った。

 

 

コースは決して厳しくない。

ここ最近の倉持の状態であれば、ヒットゾーンに飛ばせても不思議では無いだろう。

 

しかし、速い。

そして、強い。

 

 

二球目も同様にして空振る。

 

 

追い込まれた三球目。

本郷はいきなり、伝家の宝刀を抜き出した。

 

 

『三球三振!まずは先頭の倉持を決め球のスプリットで空振りを奪います!』

 

 

投げてから勢いそのまま半回転。

 

流れのままにロージンバックに手を当てて、続いての打者に備える。

 

 

抑えるのが当たり前。

捩じ伏せて当たり前。

 

そんな仕草を横目に見ながら、倉持はネクストから打席に向かう大野に耳打ちした。

 

 

「わり、出れなかった。」

 

「元より率は期待できるタイプじゃないだろ。」

 

 

サラッと毒を吐く大野を軽く流す。

 

 

「前回もやべえと思ったけど、それ以上だぜ。」

 

「見ればわかる。出来る限りは俺も尽くしてみる。」

 

 

打席に入るのは、大野。

打者としては、今年の青道高校でほとんどの試合に2番で固定され、繋ぎ役のヒットメーカーとカット打ちによる粘りで貢献してきた。

 

バットコントロールはチーム内でも高い。

その為、進塁の為のバントは殆ど指示されないほど信用されているバッター。

 

フォアボールは少ないが、それを補うヒット性能の高さで、この青道の上位打線を任されている。

 

 

しかし、その大野を。

今大会ホームランも放ち、当たりまくっている大野を。

 

 

『二者連続の空振り三振!今度は151km/hのストレートで完全に力押し!恐るべき北の怪童、本郷正宗!』

 

 

鬼気迫る表情。

 

空振り三振で顔を歪めた大野が、マウンドに再び視線を向けた。

 

 

投球に入った時、一回り身体が大きくなった気がする。

 

物理的にではなく、威圧感。

彼がマウンドで立ち振る舞うその姿が、実際の体躯以上に本郷を大きく見せる。

 

 

(この短期間でまた強くなったか、本郷…!)

 

 

絶望的な強さ。

たったの一回でしかない対戦だが、敵ながら天晴れ。

 

その強さに、思わず大野は口角が上がっていた。

 

 

(そうだ。お前はそういう男だよな。その力が、威圧感が。俺のことを滾らせる。)

 

 

盛り上がる巨摩大藤巻ベンチサイド。

 

世代最強の右腕として君臨する大野夏輝に唯一対抗出来る、本郷の圧倒的な投球を鼓舞する為に。

 

 

歓声は甲子園を揺らし、熱気を高める。

 

開始前から投手戦を予想されたこの試合。

その主人公に成りうる一人が、圧倒的な投球を見せた。

 

 

あとは、大野がどうか。

兼ねてより安定感のある大野だが、この炎天下での甲子園。

 

万が一も有り得る。

 

この試合の展開は本郷と大野の出来次第で、どちらに転がるかが決まる。

 

 

盛り上がる阪神甲子園球場。

そのマウンドに、もう一人のエースがゆっくりと向かって行った。

 

 

 

『さあ一回の裏、本郷が完璧な立ち上がりを見せた裏の回となります。もはや見慣れたかもしれませんが、彼はマウンドへとゆっくりと歩いて向かいます。この姿もまた、堂々としたエースの貫禄を感じさせます。』

 

 

右手に携えていた朱色のグローブを左手に嵌め、空いた右手で帽子の鍔にスっと手を当てる。

 

揺れる甲子園を踏みしめるように。

高校生としては例を見ない、ゆっくりとマウンドへと向かっていく様は彼の代名詞となっていた。

 

 

『今大会の得点圏被打率は0.00。勿論、許した失点は1つとありません。緻密なコントロールで正確に相手の弱点を撃ち抜くその姿は、誰が呼んだが無双の狩人。』

 

 

大きな拍手と、ブラスバンドの音。

 

青道のものではなく、巨摩大藤巻の攻撃を鼓舞するもの。

 

 

しかしそれがどうしたと言わんばかりに、胸を張ってゆっくりと歩き続けた大野は、遂にマウンドの一歩手前まで辿り着いた。

 

 

『春から二度目、そして夏の甲子園では初めての決勝のマウンドへ。青道高校エースの大野夏輝が今、舞い戻りました。』

 

 

マウンド手前で一度静止し、深呼吸をする。

 

大野としては、地区大会決勝ぶりの仕草。

頷いて、その山を登る。

 

 

僅かに踏み荒らされたマウンドを軽く足で慣らし、置かれた白球に手をかけた。

 

 

幾度かの投球練習。

確かめるようにして投げ込み、規定数に達すると一度ボールをグローブの中に収める。

 

 

屈伸後、己の身体の調子を確かめるように軽く飛び跳ねる。

 

 

目を瞑り、深呼吸。

大野が幾度となく繰り返してきたルーティンであり、登板前に必ず行う儀式のようなもの。

 

己の精神の深層まで潜り込み、限界まで集中力を研ぎ澄ます。

 

 

その感覚は足先から指先と全身の末端、更には自身の握る白球にすら感覚が走る。

 

 

忙しなく鳴り響く会場の音すら遠のき。

目を開いた時には、視界の殆どがボンヤリと淀む。

 

ただ一箇所。

マウンドからホームベースまでの一直線だけは、鮮明に色が着いていた。

 

 

「準備は?」

 

 

聞き馴染みの声。

その声の主もまた、大野の瞳を見て大丈夫だとは確信していたものの、形式上問いかけたもの。

 

それも理解しているからこそ、大野本人も何も言うことなく頷いた。

 

 

「球威はいつも以上。ただコントロールがな。」

 

 

相棒である御幸の言葉に頷く。

 

 

「いいさ、困るほどじゃねえよ。多少はぼんやりでいいぜ。」

 

 

 

一瞬の静寂。

御幸も大野がいつもと違うことを分かってはいる。

 

気負っているのか。

それとも、エンジンが暴発しているのか。

 

 

特に大野は感覚が繊細だからこそ、その感覚が普段と異なるというのは致命傷になりかねない。

 

 

だが、本人が一番分かっているはずだ。

だからこそ、御幸は深くは追求しないし、細かく要求はしない。

 

 

こいつなら、やってくれる。

善し悪しどちらに転ぶか分からないが、信じる他ない。

 

 

御幸がその場を後にしようと歩き出した時。

大野は、閉ざしていた口を開いた。

 

 

 

「長かったな、お前とのバッテリーも。」

 

「ま、小学生の頃からだからな。かれこれ8年くらいか。」

 

「この8年、何度も諦めそうになった。怪我も何度もしたし、もうダメかと思った時もあった。」

 

 

細かい怪我に加え、高校一年秋には下半身の怪我。

そして記憶にも新しい、二年夏に追った肘の血行障害。

 

どちらも、全治数ヶ月にもなる大きな怪我であった。

 

 

大会ではエースとしてチームに貢献することができず、それに替わるようにして二人の後輩が躍進してくれた。

 

頼もしかった反面、自分自身の無力感と情けなさで一杯になっていた。

 

 

長いトンネル。

ゴールが見えないマラソンのようなもの。

 

しかしそんな中でも、チームのみんなは自分の為に時間を使ってくれと言ってくれた。

 

 

「本当に感謝している。このチームにいられたこと。この仲間と共に闘えたこと。そして、お前というキャッチャーに出会えたことを。」

 

 

普段は軽口を言ったり、辛口を言ったり。

はたまた扱いが雑だったり。

 

しかし、試合になればこれほど優秀で信頼の置ける相棒はいない。

 

その打撃で、その守備で。

そして、そのリードで自分を最大限に活かしてくれるから。

 

 

「今までありがとう。お前と一緒に闘ってきたこの八年間、本当に楽しかった。」

 

 

今日初めて見せた、大野の笑顔。

 

試合中、高揚した時に零れる笑みではなく、朗らかな普段通りの大野の表情。

 

 

甲子園開幕前から鬼気迫る表情が続いていた大野だったが、それは緊張によるものもあるだろうが、きっとこのチームで闘える最後の日々を噛み締めていたからなのだろう。

 

 

本当に、純粋な男だと御幸は思った。

 

強がっていても怯えていたり、冷静に見せていてもその瞳には高揚し切っていたり。

何処かドライなところがあるところも、勝ちに正直で貪欲だからこそなのだ。

 

 

だから、御幸は大野からの言葉に確かに目の奥が熱くなるのを感じていた。

 

 

「だからやめろって、始まる前にそういうこと言うの。」

 

「悪いか。」

 

「人が悪い。」

 

 

汗を拭うフリをして目元もしっかりと前腕で拭う。

 

再び口元にミットを置いた御幸の姿を確認して、大野は真剣な表情に戻した。

 

 

「俺たちの集大成だ。お前が日本一のバッターになって、俺が日本一のピッチャーになる。果たそう、約束を。」

 

「あぁ。幸いなことに、後ろで守ってくれんのは日本一のチームだ。俺含めてな。だからお前は、自分が昇ることだけを考えてくれ。いいな?」

 

 

吹き抜ける風。

真夏に輝く太陽が、二人を照らす。

 

何か言うでもなく、互いに口元を覆うように置かれたグローブとミットを前に出し、当てた。

 

 

「行こう、相棒。」

 

「おう。リードは任せたぞ。」

 

「応えろよ?」

 

「当たり前だ。」

 

 

笑顔と笑顔の18.44m。

 

主審の合図と共に止まっていた時は動き出し、試合は再開される。

 

 

先頭打者は、リードオフマンの阿久。

足が速く、打率もそこそこに高い。

 

白州以下のミート力と選球眼に、倉持以下の走力。

しかし、バランスが良いリードオフマン。

 

 

初球。

御幸が構えたのは、外角低め。

 

状態が分からない上に対応力も悪くないため、まずは様子見から。

 

 

状態というのは、阿久ではなく大野の状態。

いつものような緻密な制御が、投球練習では出来ていなかった。

 

 

吉が出ろ。

そう思って構えた御幸だったが、投げられた初球は御幸の要求よりもかなり高く、ボールゾーンに決まった。

 

 

(すまん。)

 

(謝るな。一つずつ丁寧に作りあげれば良い。)

 

 

二球目も外。

 

しかしこれも、僅かに高い。

 

 

これはファール。

アウトコース137km/hのストレート。

 

 

 

三球目、四球目。

続けざま、二球ともボールに散ってカウント3ボール。

 

大野には珍しく、ボール先行のカウントとなる。

 

 

(しかし、珍しいな。ここまでストライクが取れないってのも。)

 

 

コースは少し、外に狭い。

 

三球目の内側のボールは少し外れすぎていたが、四球目はストライクと言われてもおかしくは無かった。

 

 

そしてコントロールが悪い割に、ボールのキレがとにかく良い。

 

その証拠に、二球目のボールは高めの甘いコースだったものの、きっちりファールを取れている。

 

 

身体はキレている。

しかし、噛み合わない。

 

それが、緻密な大野の感覚に狂いを生じさせている。

 

 

不味いか。

特に相手は、巨摩大藤巻。

 

甘いコースは、見逃してくれない。

 

 

何より相手は本郷。

一点でも先制点を取られては、ギアを上げて流れを掴まれてしまう。

 

 

(不安になるな。俺が夏輝を信じなくてどうする。)

 

 

一呼吸置いて、構えた御幸。

 

構えたコースは、外角低め。

それに合わせて、大野も少し間を空けてから投球フォームに入った。

 

 

全身を目一杯捻り、静止。

力を溜め、そこから遠心力と捻転による反発を最大限活かして身体を縦回転させる。

 

 

「っん!」

 

 

刹那。

御幸の視界には、確かに閃光が走った。

 

 

ミットの乾いた破裂音。

要求通りのコースに決まった、合図。

 

この試合初めて来た、要求通りのコース。

 

 

 

「ボール、フォア!」

 

 

目一杯止めた御幸だったが、ここは判定フォアボール。

 

 

『あーっと、先頭阿久はフォアボールで出塁!大野、今大会初のフォアボールでいきなりノーアウトのランナーが出塁します!』

 

 

溜め息混じりの観客の声と、盛り上がる巨摩大藤巻ベンチ。

 

出したかった先頭のランナー。

それも、フォアボールによるもの。

 

 

 

会場の期待感が高まる中。

 

 

マウンド上のエースは、僅かに頷いた後にゆっくりと深呼吸をした。

 

 

 

 

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