燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード268

 

 

 

先頭阿久がフォアボールで出塁し、ノーアウトからランナー一塁といきなり出塁を許す青道高校。

 

 

打席に立つのは、2番で主将の西。

 

高いバットコントロールとパンチ力、守っては優れたポジショニングと高い判断力を活かしたプレーが持ち味である。

 

 

(吉では…ないな。)

 

 

打席に入る西を見ながら、御幸は大野の状態に僅かに顔を顰めた。

 

 

やはり、ストライクが中々入らない。

 

感覚がかなり研ぎ澄まされた繊細なピッチャーだけに、少し感覚が狂うと一から組み直さなければいけない。

 

 

何より、硬い。

調子自体は良いのだが、緊張でか身体の動きが少し重い上に、僅かに静止時のタメが長い。

 

が、これを伝えたとて変わらないだろう。

 

 

(信じるんだ、夏輝を。どんな時だって、あいつは何とかしてきただろ。)

 

 

そう自分の胸を叩き、御幸はまたミットを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ、ボヤけてる。)

 

 

白球を右手の上で転がしながら、大野は己の感覚の違いに困惑していた。

 

いつもの感覚で切っても、若干球が浮く。

神経自体は研ぎ澄まされているし、集中は勿論出来ているのだが、幾分タイミングが未だ掴めていない。

 

 

どうするべきか。

最悪コントロールは気にせずに投げるしかない。

 

しかしそれでは、巨摩大藤巻のような強豪校には対処し切れないだろう。

 

 

何よりそれは、俺のピッチングスタイルではない。

 

こちらの持ち球をゾーンに縦横無尽に決め、相手を捩じ伏せて試合を制圧する。

 

 

散々他の仲間にらしく闘えと言っておきながら、この集大成とも言える舞台でそれを出来ない自分自身が歯痒くて仕方なかった。

 

 

しかし、どうするべきか。

そもそもストライクに入らなければ、話にならない。

 

迷いと焦り。

 

そんな時に大野を平静に戻してくれたのは、やはりこの男だった。

 

 

トンと、視線の延長線上で胸を叩く音。

それを見て、大野は僅かに目を見開いた。

 

真剣な眼差しで、自分の胸を叩いた相棒の姿。

 

 

(信じろと、そういうことか。)

 

 

自分自身を。

御幸の選択を。

 

そして、後ろにいる仲間を。

 

 

負けることなどない。

何故なら自分たちこそが、日本一なのだから。

 

 

(何も心配はいらんということだよな。一也。)

 

 

その瞬間、大野の背中から熱が沸き立つ。

 

ジワジワと。

そしてその熱が身体の末端、指先まで順繰りと回っていく。

 

 

瞳は碧く輝き、その瞳孔が開かれた。

 

 

(俺は俺自身を信じる。みんながそうしてくれるように。)

 

 

青道のエースだから。

何より、大野夏輝だから。

 

 

「絶対大丈夫。託されたから、ここにいる。」

 

 

緊張は彼のエンジンの加速装置となり、信頼は爆発力の助燃剤となる。

 

高鳴る心臓は熱を帯び、全身の末端まで熱が広がっていく。

 

 

以前から、好投手との投げ合いや自分をアツくさせてくれる投手との投げ合いの際には極限まで集中力が高まり、自分の力を最大限まで引き出せていた。

 

特に、成宮や真田、それに今日投げている本郷などのライバルと認識している相手との対戦時には無類の強さを発揮する。

 

 

それに加え、成宮という因縁の相手に勝利したという自信。

 

そして、自分の後ろを守ってくれる、全幅の信頼を置くことのできるバックの仲間たちの存在。

 

昨年までは経験していなかった多くの経験が、大野を更なる高みへと誘う。

 

 

 

研ぎ澄まされた神経。

絶対的な自信と圧倒的な実力が、今。

 

開かれた覚醒の扉。

 

その先に用意されたもう一つの扉を開き。

 

 

世代最強投手は、前人未踏の境地にまで辿り着いた。

 

 

 

「ストライク!バッターアウトォ!」

 

 

バットを出すことすらできず、目を見開く西。

 

擁した球数は、たったの三球。

外角低め一杯から、内角高め。

 

打者にとって最も遠く手の出しにくいコースから、今度は打者にとって限りなく近く捉え難いコースへ。

 

視線を惑わし、タイミングを惑わし。

そして、打者にとって最も打ち返すのに技術が必要なコースを的確に抉り倒す。

 

 

最後も外角低め。

 

普段から絶好調の時には、真ん中高めや多少甘いコースでも三振が奪える上質なストレート。

 

 

それが今日は、更に色々な要素が重なってバフが掛かっている。

 

 

つまり、反応すらさせない圧倒的なボールとなるのだ。

 

 

 

思わずおおっと声が洩れる西が何度か頷き、ベンチへ戻る。

 

すれ違いざま、打席に向かう円城が西に言った。

 

 

「珍しいですね。」

 

「やられたわ。手が出る球が一つもなかった。春より凄みが増してるんだわ」

 

 

そんな西の言葉を訝しげに聞きつつ、円城はマウンドに立つ男を見つめる。

 

西は多少の凡退こそあれど、初回から見逃し三振をするほど消極的なバッターではない。

それが、たった三球で見逃しの三振とは。

 

 

それほどの球の勢いがあるということか。

後半にギアが上がってくる可能性も視野に入れると、出来るだけ早めに叩いておきたい。

 

 

幸いランナーは、瞬足の阿久。

 

大野もクイックが遅い為、いくら御幸の肩が強くとも二塁のチャンスは作れる。

 

 

ケアをすべきは、ストレート。

ツーシームとカットボールは恐らくこの初回では多投してこないはず。

 

あくまで軸はフォーシーム。

手元で加速するような、純粋すぎる綺麗な真っ直ぐ。

 

 

(コントロールが良いのであれば、ある程度見立ては立てられる。狙わせてもらうぞ。)

 

 

右打席でバットを掲げる円城。

 

マウンドでは、大野がセットポジションに入る。

 

 

バッター集中か。

自身を射抜くような視線に寒気すら感じながら、円城が身構える。

 

 

瞬間、クルッと反転。

矢のような牽制に、阿久も慌てて一塁に戻る。

 

 

(早。)

 

 

牽制の素振りが全くないところでの、意表を突いた牽制。

 

大野はモーションが大きい分クイックが遅い。

にも関わらずそこまで走られていないのは、御幸の肩による抑止力とこの牽制の上手さにある。

 

 

刺されては、元も子もない。

 

そう無意識下で感じ取った阿久のリードが、僅かに小さくなる。

 

 

仕切り直して初球。

まずは、内角高めのストレート。

 

これを円城が見送り、カウントは1ストライク。

 

 

(速い。何故だか確かに前回よりも数段力が増している。)

 

 

大野が絶好調で精神安定しまくって、バフが掛かりまくっているから。

 

しかしそんな正解を、円城が分かっているはずがない。

まあ、分かっていたとしても大した事象ではないが。

 

 

二球目。

先程のリード通りなら、外角低めのストレートだろうか。

 

 

チラリとベンチを一視。

新田からの、走れのサイン。

 

 

ゴロさえ打てば確実に進塁。

できれば、ヒットエンドランでチャンスを拡大したい。

 

 

(当てるだけなら、どうにでもなる。)

 

 

その二球目。

指示通りにスタートした、阿久。

 

それに対してのアプローチを、円城もかけに行く。

 

 

(狙う…!)

 

 

身構えた瞬間だった。

 

 

金属音にも似た風きり音が、鼓膜に響く。

それとほぼ同時に、ミットを鳴らす破裂音が鳴った。

 

 

「ストライク!」

 

 

音と共に御幸がステップを踏み、送球。

 

弾丸のように投げ込まれたボールは二塁ベース版右側。

そこから倉持が阻むようにして、阿久のスパイク付近へとグローブを当てた。

 

 

『走者アウトォ!キャッチャー御幸のバズーカのような送球で瞬足の阿久を刺しました!エースの大野を助ける女房役のアシストで、2アウトランナーなし!』

 

 

さも当然のように人差し指と小指を立てる大野。

それに応えるように、御幸も同様のハンドサインを送る。

 

 

(ナイス。)

 

(あれだけ貼り付けてくれりゃあな。)

 

 

仕切り直して、ランナーはなし。

 

御幸の卓越した肩の強さで、瞬足の阿久を刺した。

3番の円城はカウント0-2と、既に追い込まれている。

 

 

しかし、円城が驚愕していたのはそこではない。

 

 

狙いに行ったストレート。

これに、バットすら出なかった。

 

球速表示は、142km/h。

 

無論、その程度の球速に収まるようなスピードではない。

 

 

本郷のストレートでも、体感したことのない速度。

そして、手元で伸び上がるような独特な軌道を描く。

 

 

(何もかも手を出そうとすれば、何も出来なくなる。向こうのバッテリーとて、これだけストレートが気持ちよく決まっていれば続けてくるはずだ。)

 

 

狙うは、フォーシーム。

手元に加速するように伸び上がるボール。

 

だが、二度見た。

ホームランは無理でも、ヒットゾーンに飛ばすことならできる。

 

 

ランナーがいなくなったことにより、こちらに対して正対で構える大野。

 

そこから一歩左脚を引き、ゆっくりと身体を半回転。

打席から背中が見える位置まで到達すると、一度静止。

 

 

軸足に乗った体重。

更に、身体を捻ることによって生まれた力を一度止めることによって掛け合わせる。

 

 

(…来る。)

 

 

ググッと溜め込まれた力。

回転を解きながら、身体がこちらに向かって戻ってくる。

 

縦回転で、高い位置からのリリース。

 

 

やはりスピードボール。

外角に走る速球を置い、スイング軌道を合わせる。

 

 

球にはキレもスピードもある。

 

しかし、軌道は純粋故に大体予想はつく。

 

 

幸い、コースは高い。

コンタクト出来れば、ヒットゾーンに飛ぶ。

 

 

(貰った…!)

 

 

快音。

しかしそれは、円城のバットから放たれた金属音とは異なる。

 

パチンと、子気味良い破裂音。

 

それは円城のバットを掻い潜り、御幸のミットに収まったことを意味する。

 

 

『カットボールで空振り三振!先頭こそフォアボールを出しましたが、二者連続の三振でアウト3つ!大野夏輝、こちらも本郷に負けじと素晴らしいピッチングで応戦します!』

 

 

分かっていたとばかりにゆっくりとマウンドを降りていた大野を見つめながら、円城は眉間に皺を寄せながらベンチへ引き上げる。

 

 

 

「珍しいな、そんな三振の仕方。主将といい、らしくないやられ方だ。」

 

 

ベンチ前でキャッチボールをしていた本郷。

 

言葉とは裏腹に、どこか察したような表情に円城も肩を竦めることしか出来なかった。

 

 

やられた。

ビデオでも幾度と見てきたパターン。

 

ストレートで追い込んだ後、甘めのコースが来たと思わせて変化球でバッターを欺く。

 

速球と同様のスピードを維持しながら伸びながら曲がるカットボールと、この試合ではまだ使っていないが、伸びずに沈むツーシーム。

 

 

甘いコースだからと割り切って我慢しようにも、どうしても手を出したくなるコースに投げ込んで来ている。

 

加えて、普段から厳しいコースを徹底しつつ、三球勝負も多い。

ストレート3つで見逃し三振も割とよくあるから、迂闊に見送れない。

 

 

要は、追い込まれたら詰みなのだ。

 

単体でも差し込まれるストレートに加え、同速のカットボールとツーシームという真逆に曲がる変化球と、速球だけでも3つの選択肢がある。

 

その上カーブやチェンジアップといった緩いボールもある為、スピードボールだけに比重を置く訳にもいかない。

 

 

配球を読んで叩こうにも、どうにも向こうのキャッチャーはかなりのやり手。

試合展開に応じて配球パターンを変えつつ、的を絞らせない。

 

ストレート中心の強気なリードを見せながら、相手の弱点や頭にないボールを徹底的に攻めることもある。

 

変化球と見せかけて甘いストレートをいきなり投げて見逃し三振を取ったり、同じ軸から変化球を曲げたり。

 

 

追い込まれる前に叩く。

しかし、狙い球を外してくるから、簡単にカウントを取られる。

 

 

 

「打席に立てばわかる。あんなボールは見たことがない。」

 

「闘っただろ、4か月前に。」

 

「モノが違う。相当気持ちが乗っているんだろ。はっきり言って、目で追うのでやっとだ。」

 

 

実際、前回対戦時は怪我明け初の大会。

 

肘の血行障害を乗り越え、フォームも最適化した分出力自体は上がっていたものの、まだ手探りの状態だった為、多少は付け入る隙があった。

 

が、今は不安要素の無くなった完全に自分のピッチング。

加えて、数々の要素による強化がぶっかかっている。

 

 

ただでさえ超高校級と称される大野の力。

それを最大限に活かし怪物とさせる御幸のリード。

 

後ろを守る野手も、一級ときた。

 

 

「どうにも、とんでもない化け物を相手にしなきゃいけないようだ。」

 

 

しかしその言葉に反して、本郷の顔は確かに笑っていた。

 

 

「…でなければ超えに来た価値がねえってもんだ。あんたを上回って、俺が勝つ。そして俺が日本一の投手だということを、証明する。」

 

 

 

ギラリと光る瞳。

突き刺すような鋭い眼光を、じっと大野に向けたままマウンドへと向かっていく。

 

その姿を見て、円城はため息をついた。

 

 

「全く、本当にお前はあの人のことになるとよく喋るな。」

 

 

普段は寡黙で無愛想。

それこそ、プロ注目投手でありながら記者連中も頭を抱えるほどである。

 

しかし、この大野の話になるとよく喋る。

 

 

「うるせえ。さっさと行くぞ。」

 

「あぁ。」

 

 

遂にベールを脱いだ、世代最強右腕。

 

前回対戦よりも更に凄みを増し、絶望的なほど圧倒的な存在。

 

今大会で許した失点はなし。

それもそのはず、ギアを上げればバットに当てることすら困難なのだから。

 

そしてこの試合は、彼にとっての最後の試合。

何れの場面でも、フルスロットルで向かってくる。

 

 

「負けやしねえ。あんたが日本一だって言うなら、俺はその上を行ってみせる。」

 

 

更なる高みへ。

世代最強の男に挑戦する怪童は、超えるべく全身全霊を掛けて闘う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、その壁はあまりに高く。

もう一つの障壁が、高く高く立ちはだかっていた。

 

 

『引っ張ったー大きいぞー!今度は攻撃でエースを援護します、女房役による最大限のエール!四番御幸一也、甲子園記録に並ぶ一発は、青く染まるライトスタンドに勝利を届ける先制のホームラン!』

 

 

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