燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード269

 

 

 

スイング一閃。

振り終わりの姿勢のままバットをライトスタンドへ突き立てた四番が、快音と歓声を待ってからゆっくりと一塁へ向けて走り出す。

 

 

バックスクリーンに掲示された本郷の球速表示は、152km/h。

 

カウントは2-0。

SFFを二球見送ったあとの、三球目であった。

 

 

マウンドで珍しく天を仰ぎ、腰に手を当てる本郷。

その表情は、ポーカーフェイスの彼にしては珍しく悔しそうに崩れたものである。

 

 

「流石だ。よく捉えられたな。」

 

「警戒してくれてんのは分かってたからな。様子見がてら最初二球見送ったけど、いきなりSFF続けてくれたから狙いやすかった。」

 

 

打席に向かう白州とハイタッチをした御幸は、笑顔でそう答える。

 

にしても恐るべき長打力。

狙っていたとはいえ、初見で150km/hオーバーのストレート、それもインサイドの速いボールを捉えるコンタクト力は、彼の好調を表していた。

 

 

ベンチ前で準備をする大野の元。

待ち構える笑顔のエースは、右手を既に上げた状態でハイタッチ待ちの姿勢である。

 

 

「とりあえず一点。これでどうかな?」

 

「十二分。と言っても、日本一のバッターなら、当然の仕事だろうがな。」

 

「手厳しいぜ、エース様は。もっと素直に褒めてもいいんだぜ。」

 

 

パチンと、ハイタッチ。

そしてこの援護が、大野のギアを更に上げさせる。

 

 

本郷も何とか立て直し、白州にこそフォアボールを与えたものの、続く金丸をダブルプレー、前園をSFFで空振り三振と後続を切って3アウト。

 

先制点こそ一点奪われてしまったものの、とりあえず最小失点で切り抜ける。

 

 

「くそ、やられた。」

 

 

ベンチ内で歯を食いしばりながら座り込む本郷に、円城は返す。

 

 

「落ち着け。まだ一点だ。それもソロホームランの一発。点は返す。それまで我慢すれば良い。」

 

「取れるのか?今の大野さんから、その一点を。」

 

 

本郷の言葉に、円城が押し黙る。

 

たかが一点。

しかしこれがあるだけで、今の大野からすれば十分すぎる一点である。

 

終わりが見えない投手戦…それこそ、成宮との決勝は精神的な疲労が多く占めていた。

 

 

が、今の好調で失点さえ許さなければ9回でゴールが来る。

大野にとってはそれだけでもギアを引き上げることのできる十分な要素となっていた。

 

 

「あの人に勝つには0で抑えなきゃ勝てやしねえ。それが最低条件だった。」

 

 

珍しく焦りの表情の本郷。

それを見て、円城は何も言い返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

本郷の想定通り、援護を受けた大野は更にギアチェンジ。

 

四番の青柳から始まるクリーンナップを含めた三人を、三者連続三振で抑え込むと、続く5回にはツーシームも解禁。

 

7番の山崎をカットボールで空振り三振。

8番の江藤をツーシームで空振り三振。

 

 

そして迎えた、9番の本郷。

 

普段は6番を打つことの多い彼だが、今回は成宮と大野の決戦と同様、投手戦を見越して本人の負担を軽減させる為に9番に置かれている。

 

 

初球からインコースのストレート。

140km/hのボールを空振り、二球目にも外角高めの釣り球を要求してファール。

 

追い込んだ三球目。

 

外角のカーブに食らいつき、ファール。

 

 

カウントは依然変わらないまま迎えた四球目。

御幸はアウトサイドの高めを要求。

 

再びスピードボール。

 

打者からすれば多少バットが遅れたとしてもヒットゾーンに落ちやすいコースに本郷も手を出す。

 

 

しかし、バットを出し始めてからボールは急加速。

本郷から逃げるようにして真横に吹き上がるようにして曲がり始める。

 

 

「まずっ…」

 

 

気づいた時にはもう遅い。

鈍い当たりと共に響いた金属音は、バットの先に当たったことを表す。

 

 

高く上がった打球はピッチャーの真上。

 

内野手が集まるのを静止するように手を広げた大野が、その流れのまま掻っ攫うようにしてグローブで掴み取った。

 

 

「アウト!」

 

 

球審のコールを待ってからボールを丁寧にマウンド横へ置き、ゆっくりとベンチへ引き上げる。

 

 

全てが自身の手中にある。

そう言わんばかりの、対応。

 

屈辱的なまでに圧倒された本郷は、再び歯を食いしばってベンチへと引き下がっていった。

 

 

「まーたやったな。」

 

「ヒャハ!その癖どうにかしねーと、また怒られちまうぜ。」

 

「ええかっこしいやからなぁ。」

 

「るせ。」

 

 

御幸からチョップをかまされ、倉持に茶化され、前園から同情される。

 

圧倒しているからこその、パフォーマンスのようなもの。

味方ベンチからは明確な優劣を見せつけ、相手には絶望を与える。

 

 

そして案外、それは効果を発揮していたりする。

 

 

 

 

 

 

ここまで打者一巡。

 

本郷はヒット一本、御幸から許したソロホームランによるものと白州に与えたフォアボールひとつの好投。

 

奪三振は、5つ。

アウトの内の半分以上を、三振で取っている。

 

 

対して大野は、最初に阿久に許したフォアボール以来出塁すら許さずノーヒットを継続している。

 

 

 

勝負が始まる第二巡。

その幕をこじ開けたのは、屈辱的なピッチャーフライを受けた本郷が圧巻の投球であった。

 

 

先頭の大野をSFFで空振り三振。

続く小湊はストレートを打たせてピッチャーゴロ。

先程ホームランの御幸には、自己最速となる146km/hのSFFを振らせて空振り三振。

 

打者3人の内二つの奪三振を奪い、味方の援護を待つ。

 

 

 

しかし待ち構えるは、絶対的エース。

 

世代最強右腕は更なる高みへと上り、世代最強の投手として立ちはだかって見せた。

 

 

『ストレート3つで見逃し三振!最後は143km/hをインコース低めいっぱいに投げ切ります!』

 

『落としてきました!最後は落ち球のツーシームで空振り三振!』

 

『三者連続三振!ここでチェンジアップを使っていきます!3番の円城は完全に崩されて空振り三振!』

 

 

拳を握り締め、マウンドで吼える大野。

 

打者二巡目に入っても尚、完全に試合を掌握し切ったまま。

そのマウンドでの咆哮に、会場は更に盛り上がる。

 

 

本郷が三振を取れば、大野も取り返す。

それも、本郷よりも多い数を狙って取りに来る。

 

その事実に本郷は震え、そして。

 

反骨心を燃やした。

 

 

 

『三者連続三振!前園にはスライダーで勝負!折り返し地点となったこの5回の表は、巨摩大藤巻エースの本郷が魅せます!依然リードは青道高校ですが、まだまだ勝負は分かりません!この回既に11奪三振目を奪います!』

 

 

大野が吼えれば、応えるように本郷も吼える。

 

試合は中盤戦に差し掛かっていながらも、未だ投手戦は継続の構え。

1-0と膠着した試合は、丁度試合の半分を告げる5回の裏へと差しかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、身体の具合は。」

 

 

5回表。

4回裏の守りを終えた大野はベンチへ戻り、グローブをベンチへ置こうとした最中。

 

音もなく近くへ来た落合の言葉に、チラリと視線を向けた。

 

 

「だいぶオーバーペースに見えたが。」

 

「疲れは特にないですね。肩肘も痛みは無いですし。」

 

「そうか。」

 

 

タオルで顔周りの汗を拭い、そのまま頭の上にポンとタオルを乗せる。

 

その姿を見ながら、落合もチラリと大野の状態を伺う。

 

 

汗はそこまで出ていない。

成宮と投げ合いとなった稲城実業との決勝戦、そして白龍との試合での同回と比べてみても大して変わりはない。

 

というのも、今日は前述の二試合と比べても気温が低い。

 

地区決勝では最高気温36℃、白龍との甲子園3回戦は32℃。

そして今日は昼間の最も気温が高い時間帯でありながら、30℃前後と真夏にしてはそこまで高くない気温となっている。

 

 

成宮との試合では、前半戦かなり温存していたこともあり、ここではそこまで疲れは出ていない。

 

そして白龍戦も、過酷なトーナメントを想定して、美馬以外にはある程度抑えて投げていた。

 

 

かなりオーバーペースに見えるが、実の所は疲れの部分で言うと上記二試合と比べても相違はほとんど無い形である。

 

 

「しかしなぁ。」

 

 

心配になるほどのペースではある。

普段の序盤での平均球速は、ざっと130キロ代中盤。

 

今日は、142km/h前後である。

最高球速も145km/hと、自己最速近くまで出ている。

 

 

調子が良いで済めば良いのだが、この男の好調は出力が出過ぎていることに直結する。

 

柔らかい肩肘が更に負荷が掛かり、疲労も貯まりやすい。

 

 

出来れば7~8割くらいで抑えて欲しいのだが、どういう訳か本人でもその制御が出来ないのだろう。

 

渋い顔をした落合に、大野は笑って続けた。

 

 

「俺、今投げるのめっちゃ楽しいんです。信じてくれる監督がいて、気にかけてくれるコーチがいて。仲間にも恵まれて、こんなにいい舞台で好きなように投げることが出来る。これ以上に幸せなことは、今の俺には無いんです。」

 

 

晴れやかな笑顔。

 

その表情を見て、落合は思い出す。

 

 

出会った頃は、強すぎる責任感から自己犠牲の精神が強すぎていた。

エースでありながらエゴがなく、自分の勝利よりもチームの勝利を最優先させていた。

 

それはエースとしては美徳なのだが、投手としてはもっと自分を大切に思って欲しいというのが本音だった。

 

 

そして冬から春にかけて自身の投球を磨き上げ、自分の為だけに使った時間。

 

試合で自分が成長し、強くなることに喜びを覚えた。

 

 

投手は時に、自分勝手にならなければならない。

そして何が自分の為になり、自分に喜びを与えるか。

 

 

それこそが、青道高校のエースとして自分自身がチームに勝利をもたらすこと。

自分のやりたいことを突き詰めた結果が、原点に回帰する結論へと至った。

 

 

(お前らしいな。結局、人間根元のところは変わらねえってことか。)

 

 

思わず、笑ってしまう。

 

しかし大野は、立ち上がって言葉を続けた。

 

 

「それに、日本一のチームのエースが凄ぇことやってのければ、みんなも喜んでくれるでしょう?みんなが誇らしく思える、日本一の投手になることが、俺の望みでもあるんですから。」

 

 

その言葉に、落合の脳裏に過ぎる記録。

 

敢えて口には出さない。

多少やはり運も絡む記録だからこそ、口に出せば消えてしまいそうな気がしたから。

 

 

だから落合は、ただ笑って彼の背中を押した。

 

 

 

「あぁ。お前が凄えことやりゃあ、俺たちだって誇らしい。だが少なくとも、俺の要求は高ぇぞ?」

 

「覚悟してますよ。」

 

「んじゃ、頼むぜ。行ってこい。」

 

 

笑顔の大野に、落合はポンと背中を押す。

 

帽子の鍔に手を当て、グローブを持ちながらゆっくりとマウンドへ向かう背中が小さくなっていく。

 

 

その姿を見送りながら、落合はベンチ前で佇む片岡に声をかけた。

 

 

「やはり私も人の子だ。本人に重圧がかかると分かっていながら、あんなことを言ってしまうとは。」

 

 

自嘲気味にそう言った落合が、小さく笑う。

 

しかし片岡もまた、普段あまり崩さない仏頂面から変わって小さく笑った。

 

 

「あいつにはそういう力があるのでしょう。どこか頼ってしまうような、エースの器が。」

 

「そしてそれを力に変えることが出来る。こちらとしてはこれほど頼りたくなるエースも中々いないでしょう。現役の監督を擁していた青道も、そうだったのではないですか。」

 

「いえ、俺はあいつのように全てを背負った上で勝ちたいとまでは考えられませんでしたから。あれはあいつだけの、大野夏輝だけの力でしょう。」

 

 

みんなの期待と責任を全て背負い、抱え込む。

 

普通ならば、潰されるほどの重圧。

しかし大野は、その全てを力に変えることができる稀有な才能を持つ。

 

 

大野が引退したら、暫くはこの幻影を追うことになる。

と思っていたのだが、しっかりと次なるエースの種を植えている。

 

 

本当に抜かりない。

そう思いながら、しかしそれでもエース大野という唯一無二の存在はこの試合を以て最後となる。

 

 

「見守りましょう。あいつらの集大成を。」

 

 

 

 

二人の視線の先。

三球の投球練習を終え、大野はマウンドの上で軽く跳ねて深呼吸をした。

 

 

 

(身体の調子は良い。今の感覚にも、十分慣れた。これなら、大丈夫。)

 

 

打順は四番から。

このチームの打線は、クリーンナップに限らず全員のスイングがシャープだ。

 

低く強い打球で、ヒット性を放ってくる。

 

何もさせないのであれば、大振りしてくれる方が幾分かマシである。

 

 

(関係ない。どんな相手だろうと。)

 

 

信頼できるバックの仲間がいる。

自分を最大限活かそうとしてくれる相棒もいる。

 

そして、自分自身も。

 

 

 

湧き上がる歓声と、鳴り止まない拍手。

子気味良いブラスバンドの音。

 

相手を応援するこの音ですら、今の大野からすれば自分を鼓舞するものにしか感じなかった。

 

 

 

もっと騒げ。

もっと俺たちを見ろ。

 

盛り上がれ。

そして、燃え上がれ。

 

その声が。

青炎が、もっと輝かせてくれる。

 

 

瞳に灯る青い輝き。

 

 

(良い感じで来てるけど…)

 

(四番だからな。このチームで一番のパワーヒッター…ではなく、一番器用なバッターだ。スイングがシャープで融通が効く好打者。)

 

(あぁ。いいバッターだと思う。)

 

 

バッターボックスを挟み、アイコンタクト。

 

テレパシーの如くやりとりを行い、サインに頷く。

 

 

(様子見はさっきした。狙いが変わっているかは、抑えに行きながら見る。)

 

(任せる。俺はお前の要求したようにやる、それは任せろ。)

 

 

御幸が構えたのは、右バッターのインコース高め、フォーシーム。

 

 

(ここで使おう。少しリスキーかもしれないけど、少なくとも狙いはわかる。)

 

(分かった。どっちでいく?)

 

(速い方。浮かせなくていいから、キレで翻弄しろ。)

 

 

大野のカウント取り、特に高めのストレートは幾分か力の調整で軌道の変化が生まれる。

 

回転数を維持しながら若干スピードを落とすことで揚力と球速のギャップを生み出し、吹き上がるような軌道のストレート。

これはあくまでカウント球。

 

そして、スピードとキレで力押しをする、決めに行くストレートと同じようなストレート。

 

 

今回の選択は、後者。

これの反応を見て、狙いをある程度予測しに行く。

 

 

声を張り上げる四番。

 

それを見下ろすように、大野がゆっくりとモーションに入った。

 

 

 

「ッシ!」

 

 

インハイ、快速球。

これにバッター手を出すも、完全に振り遅れて空振り。

 

 

(変化球狙い?)

 

(いや、タイミングは速球ぽい。遅れてるだけであって、多分ストレート狙ってる。だから次はこれ。)

 

 

二球目。

今度は外角低め。

 

ギリギリのコースに決まるチェンジアップ。

 

 

変化はほとんど無い。

昨今で言うチェンジアップと言うよりかは、ただの遅いストレートのようなもの。

 

所謂、チェンジオブペース。

 

狙い打ちされれば割と運ばれるが、大野のストレートと相まって。

これが、面白いように空振る。

 

 

(どうする。)

 

(ストレート狙いなのは明確。そうだな…)

 

 

そして出したサインは、再びストレート。

先程のチェンジアップ同様、アウトロー。

 

 

(ストレート狙いなのは明確なんだろ。)

 

(チェンジアップのあとだ。嫌でも絶対振り遅れてくれるぜ。それだけ今日のお前の真っ直ぐは走ってる。)

 

 

今日の大野のフォーシームの球速は、平均して142km/h以上。

 

対して、チェンジアップは120km/h前後。

 

球速差は勿論だが、落差がない分よりストレートに近い軌道になっている為、これはこれでストレート目線のバッターからすればギャップを感じやすくなっている。

 

 

チェンジアップに目線が行けば、ストレートには着いていけない。

 

 

(ストレート狙いの四番。そのバッターがストレートで抑えられてみろ。)

 

(相手の心を折る…か。いい性格だ。)

 

(望んでる癖に。)

 

 

マウンド上から、御幸を見下ろす。

 

マスク越し。

しかし、悪い笑みを浮かべているのは想像に容易い。

 

 

それはそうだ。

 

何故なら同じような感覚の持ち主。

その大野もまた、笑っているからだ。

 

 

(ここで支配するぞ。完璧に決めろ。)

 

(誰に言っている。俺は…)

 

 

 

青道のエースだぞ。

 

 

狙い澄ました外角低め。

 

寸分も違わず投げ込まれた豪速球が、破裂音と共に御幸のミットへと吸い込まれた。

 

 

『見逃しの三振ー!ここで自己最速タイの146km/h!これもまた良い所に決まります!無双の狩人はここにあり、圧倒的なピッチングで四番を捩じ伏せます!』

 

 

真夏の甲子園球場に、咆哮が木霊した。

 

 

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