『アウトロー空振り三振!最後は145km/hのストレートを、文字通り外角低めいっぱいに決めて3アウト!この瞬間、平成の怪物以来となる甲子園決勝でのノーヒットノーラン達成ー!』
両手を空へと突き上げ、声を張り上げる大野。
それに真っ先に駆け寄り、この記録を支えた相棒である御幸が彼に抱きつく。
そして、御幸の後に内野手が。
少し遅れて外野手とベンチメンバーが集まり、マウンドで円陣を作った。
許したヒットは、0。
初回先頭打者に許したフォアボールを除けば、以降はランナー一人出さない完全投球でこの巨摩大藤巻との決勝戦を締め括った。
奪った三振は、19個。
アウト27個の内、三分の二以上を奪三振でアウトを獲っている。
コントロールは言うまでもなく、序盤からストレートが兎に角キレていた。
変化球が多彩な選手でありながら投球割合の殆どをストレートが占めるピッチャーなだけに、このストレートに着いていくことの出来なかった巨摩大藤巻は、終盤戦も中々対応に苦しんでいた。
真に評価すべきは、これを巨摩大藤巻相手にやってのけたということ。
今大会でも優勝候補として名を連ね、準決勝までの各試合は順調に勝ち進んでいる姿が見られた。
世代を代表するスラッガーがいる訳ではないが、全員がしぶとく対応力の高いバッター揃い。
今大会も一発攻勢ではなく、繋ぎ繋ぎで一点を重ねていくチームである。
故に、ポンと軽打を打たれてのヒットや失点を防ぐのは、決して容易ではない。
ここに大野夏輝というエースがどれだけこの試合を掌握していたかが窺える。
しかし、この試合は大野の独壇場という訳では無い。
守備の面では、初回に御幸が捕殺。
更に中盤戦には、センター方向抜けるかという当たりをセカンド小湊が追いついてアウト。
最終回には、レフト麻生のダイビングキャッチでヒット性の当たりをキチッと取りきった。
攻撃面では、2回にいきなり御幸のソロホームランが飛び出すと、7回には大野がヒットで出塁後に御幸のタイムリーツーベースで追加点。
更にダメ押しとなる主将の2ランホームランで、大野のノーヒットノーランに華を添えた。
正にチームの勝利。
後に巨摩大藤巻の監督である新田も
「高校野球に携わって長いと自負しているが、これほどまでに強いチームを見たことがない。完全に力負けです。」
そう語るほどに、その力の差は明確に出ていた。
フォーカスはマウンドへと戻る。
審判団の号令と共に選手たちがグラウンドで向き合った。
青道 4-0 巨摩大藤巻
互いに握手を交わし、その健闘を称え合う。
しかしそんな中。
この試合、4失点ながらも大野との熱投を演じた本郷は険しい表情のまま、大野の目の前に躍り出た。
春の選抜では、互いに譲らず終盤まで無失点。
許したヒット数も2本と同様だったが、御幸と白州の連打による得点を奪った青道側に、軍配が上がった。
本郷は、大野を。
大野は、本郷を。
互いに前評判の時点から意識こそしていたものの、この直接対決を経て明確にライバルだと認識していた。
向かい合う、両エース。
口を開いたのは、本郷であった。
「今日は負けた。だが次は負けん。先に待ってろ。」
多くは語らない。
しかしこの”先”というのを察せないほど、大野は鈍くない。
だからこそ、大野は笑顔で返した。
「あぁ。また会おう。」
そう言って差し出された右手。
以前は取らなかったその右手を、今日は両手でがっちりと握りしめた。
余談だが、この試合で密かに評価を爆上げしているのは、鵜久森高校の梅宮聖一。
終盤に3本塁打を浴びて敗戦投手となっているものの、6回まで完璧な投球で青道打線を抑え込んでいた。
甲子園を準々決勝まで一人で投げきりながらの、その粘り強いピッチングは多くのファンやスカウトの目を引いた。
閉会式も終わった。
騒がしかった会場は僅かにその也を潜め、各地でのざわめきほどに収まっている。
グラウンドもその例に漏れず、既に整備が始まっているところ。
それはこの甲子園が…そして俺たちの夏が終わったことを意味している。
さて。
そんな悠長になぜ解説していられるかと言うと、俺はまだこの甲子園のグラウンドにいるから。
なぜか。
「ノーヒットノーランという記録ですが、何処から意識していましたか?」
「春夏連覇の気持ちは?」
「ノーヒットノーラン…」
「ノーヒットノーラン…」
そう、記者の方々からの質問に片っ端から応じているからである。
内容はそうだな、大部分がノーノーに関すること。
どこから意識していたか、手強かったバッターは、実際に達成してどうか。
同じような質問に同じような返答を重ねながら、只管にそれを捌いているところである。
まあ、この人たちもそれが仕事だ。
読者に見てもらうには、それ相応の記事を書かねばならない。
何より、態々時間を使って話を聞いてくれているのだ。
そうそう、邪険にする訳にもいかない。
「初回から意識していました。折角の決勝戦、みんなに恩返ししたいと思って。目に見える記録、印象に残る記録を残したいと思っていました。」
「(達成してみて)ホッとしました。もう、それだけです。」
そんな定型文を返しながら、俺は一風変わった質問を受けた。
「大野くんと言えば、エース級と対戦することが殆どだったと思います。印象に残っている投手がいれば、教えて頂けますか。」
「あー、そうですね…。」
はっきり言って、みんな印象に残っている。
みんな特長があって、違う強みがあって。
それでいて共通するのは、全員がチームの為に腕を振っていたこと。
「薬師の真田、それに今日の本郷。この2人に関しては、きっと今後も忘れない存在だと思います。」
「成宮くんは?」
「言うまでもないかと思ってました。勿論、一番印象には残ってます。ただ、因縁というか…それはもう、ここで一旦終わりましたので。」
ある程度道筋の決まっていたこの学生時代とは異なり、これから先は俺たちが交わることは約束されていない。
数え切れない対戦。
この高校野球でも、三度。
それも夏の大会決勝という舞台で、闘った。
もう、互いに異なる道へといく。
「真田くんを挙げたのは、意外でした。」
質問は戻り、印象に残った投手の一人として挙げた真田。
まあ、この夏の大会じゃあ三回戦敗退のエース。
確かにセンバツではベスト4と素晴らしい結果を残していたが、どちらかと言うと打線が注目されがちなチームカラー。
それも相まって、意外と影が薄い。
「そうですか?あれだけ勝負できるボールがあって、球威もある。それにあの闘志は並のものじゃありません。何せ実際に投げあったことがありますから。」
「評価が高いですね。」
うーん。
確かに、そう言われたらそうなのかもしれない。
世間的には、地区三回戦敗退。
天久のような、取り上げやすく分かりやすい決め球やストレートの速度ではない。
精々140km/h前半。
そして決め球もシュートやカットボールと、動くボールが多い分あまり目立たないのはあるかもしれない。
真田を最も評価しているのは、自分自身というのは否定出来ないな。
「上から目線かもしれないですが。でも、俺や鳴…成宮くんと同位置で評価されるべきじゃないかなとは思います。何しろ、ウチの打線を一点に抑えていますから。先に点を取られまいと必死でしたよ。」
そう言うと、記者の方たちがフフっと小さく笑う。
何処がウケた?
そんなことを思っていると、代表してどこかの新聞記者さんが教えてくれた。
「畏まらなくていいよ。敬称で構わない。その方が僕らも使いやすいからね。」
あ、そこ。
念の為訂正したのだが、それもそうか。
鳴ほどの選手であれば、下の名前でも十分伝わる。
癖でポロッと出てしまったが、使いやすいというのならそれに倣おう。
その後も質問に応対しながら、時が過ぎるのを待つ。
結局、時間にして30分を回った辺りで漸く解放された。
「疲れた…。」
「ま、エース冥利なんじゃねーの?」
俺が帰りのバスでそう洩らすと、後頭部を両手で支えるようにしながら背もたれに身体を預ける御幸が笑う。
因みにこの御幸も相当囲まれていた。
この試合、2回表に放ったソロホームランで甲子園最多タイ記録となる5号を記録。
更には終盤に打点を上げるなど、今日の試合もマルチ安打。
今大会を通して、堂々のナンバーワン野手としての評価を確率させた。
それはもう、囲まれて当然である。
なのにも関わらず、俺を茶化す元気はあるという。
「投げたあとだぞ。ダウンする間もなくこんなに捲し立てられるのは、全く以て遺憾だ。」
「その割にはニコニコ対応してたじゃん。」
「記者には愛想良くしろって言ったのは誰だよ。」
「味方に付いてくれんのはいい事だろ?」
「悪いことではないがな。」
しかしまあ、疲れた。
投げている時には気が付かなかったが、相当疲労は溜まっている。
それもそのはず。
序盤から出力はかなり出ていた…というより、俺の意思に関わらず出ていた。
ストレートも普段より平均4km/hくらい速かった(らしい)し、変化球もキレていた。
特に最終回。
山崎に投げたあのツーシームは、いつもと感覚が違った。
球速は145km/h。
勿論、これまで投げていたツーシームの中で一番速い。
そして、普段よりも僅かに変化は小さかったものの、それでも落差は出ている。
まだ、成長出来る。
まだ、俺が知らない俺がいる。
そして。
きっと、俺が知らない世界がある。
確かにこの甲子園が、ひとつのゴール。
だが、俺の野球はまだまだ終わらない。
俺だけじゃない。
一也も、白州も、みんなも。
鳴も真田も天久も本郷も。
きっと、まだまだ成長して、また戦うことになる。
満足なんか出来ないさ。
更なる強さを求めて。
もっと多くの強敵と出会って。
その頂点に、立ちたい。
探求は、終わらない。
何時だって強くなりたい奴が、努力した奴が強くなっていく。
その志に満足すれば、成長は止まる。
「なあ、一也。」
「何だよ。」
「きっと、俺よりもっと良い投手はいるよな。」
今より上の、世界。
この野球という競技で金を稼ぎ、その身体で、その技術で夢を与える。
プロ野球という舞台には、今よりもっと凄い投手も打者も沢山いる。
「まあ、そうだな。」
青道高校のエースとして、日本一の投手にはなった。
だがそれは、高校野球話だ。
上の舞台行けば、俺はチンケな存在かもしれない。
「上等。もっと強くなって、誰にも負けない投手になる。」
球速も、投球術も、変化球も、スタミナも。
まだまだ足りないものは、ある。
それでも、ありがたいことに声をかけてくれている球団やチームは、ある。
実際、青道には割とスカウトの方も来て下さっている。
というのも、一昨年は東先輩が横浜入り。
遡れば片岡監督も、声は掛かっていたはずだ。
今年に関して言えば、目玉は御幸。
キャッチャーとして高校通算40本を超えており、守備力も高い。
そしてこの甲子園で、打撃の部分での評価を更に上げた。
現在のプロ野球において、打てるキャッチャーは両リーグに存在する。
が、その殆どが全盛期、ないしはそれを過ぎた選手。
今後を考えると、その育成は急務となっている。
そこで、高校ナンバーワンキャッチャーとして名を馳せた御幸に関しては、かなりの強豪が予想される、と思う。
まあ俺は…肩書き込みでも、良くて3位くらいか。
球速はそこまで速くないし、身体もデカくない。
これ以上の球速アップも見込めないと踏む人も、居ると思う。
それに、怪我の部分。
昨年痛めた肘に、一昨年の下半身の怪我。
怪我しがちのスペランカーは、地雷扱いされやすい。
とまあ、わからんが。
評価をしてくれるのは俺ではなく、各球団のスカウトや上層部だ。
詳しく考えたところで何にもならない。
せっかくの優勝だ。
甲子園二冠だ。
監督を胴上げすることも出来たし、俺の…チームの夢も、叶った。
今はこれを、噛み締めよう。