初回以降、全く得点が動かない両チーム。
試合は、2−0のまま早くも後半戦へともつれ込んでいた。
持ち前の制球と投球術で打者を手球にとり、ここまで無失点の楊。
対する丹波さんも初回の失点以降、追加点を許さないピッチングを見せている。
「丹波さん、立て直したな。」
打席を終えてベンチに戻る一也に、声をかける。
打撃の結果は、言うまでもない。
一つヒントを与えるのであれば、彼の打席時にランナーはいなかった。
「元々簡単に打たれるような人じゃないからな。初回は楊にやられたけど、普通に投げてりゃまず点は取られないよ。」
「だな。」
そんなことは、わかっている。
後は、打線が点を取るしかない。
もちろん、俺も含めてね。
「7番、レフト、大野くん。」
ウグイス嬢のコールと共に、打席に入る。
ツーアウトだけど、何とかつないでチャンスを広げたい。
マウンドには、変わらず楊。
スタミナ切れも見込めないし、打ち崩さない限り俺たちに勝機はない。
何とかして、点を取りたい。
そのためには、まず俺から。
下位打線だけど、何とかチャンスを作っていきたい。
「打てよ大野!」
「まずは出塁してけよー!」
スタンドからの声援。
まあ、なんとかしてみよう。
ここまでの成績は、2-1。
ショートゴロと、レフト前ヒットだ。
コントロールがいいピッチャーは、割と嫌いじゃない。
寧ろミートポイントが広い金属バットなら、多少芯を外しても飛ぶからボール球でも振っていける。
初球、インコース高め。
まずはこのボールを見逃し、1ストライク。
(これもビタビタ。)
2球目、アウトロー一杯のストレート。
これも見送り、2ストライクとなる。
インハイと、アウトロー。
対極のコースに、的確に投げ分けてきている。
(わかってても、目が慣れない。)
一息つき、再びバットを構え直す。
あとは、よっぽどのボール球以外は振りに行かなきゃ。
3球目、ここでタイミングを外すカーブ。
外のボールゾーンから外角のストライクゾーンに入ってくる、所謂バックドアと呼ばれるコース。
これに食らいつき、ファール。
(っぶな。)
0ボール、2ストライク。
依然、ピッチングカウントには変わりない。
4球目、外角のストレート。
低め、少し外れているボール。
1ボール、2ストライクから投じられた5球目。
また、フワりと浮かぶ軌道。
カーブ、またも外角に投げ込まれる。
我慢。
ここで…振る!
ジャストミート。
しかしその打球が内野の間を抜けることは、無かった。
『パァン!』
破裂音にも似た、革から鳴り響く快音。
楊の左手から、そんな音が鳴り響いた。
「チッ。」
ピッチャーライナーか。
引きつけていたつもりが、少しタイミングがずれちまってたか。
頭ではわかっていても、やはり身体が反応してしまう。
これが、緩急の嫌なところだ。
マウンド上の楊と、目が合う。
こいつ…。
また、同じパターンだ。
俺も、俺以外の打者も。
楊の投球に、完璧に抑え込まれている。
悔しさで歯を食いしばりながら、ベンチに戻る。
流石にそろそろ流れを変えないと、まずい
(丹波さんも、そろそろキツそうだしな。)
まだ5回。
普段ならまだ体力にも余裕があるはずのイニングだが、今日は少し様子が違う。
初回から三振こそ多く奪っているものの、その分球数を投げさせられている。
追い込まれるまで手を出さないから、実質的に粘られているような状態になるのだ。
それに、この気温。
今日は例年よりも気温が高く、30℃を悠に越していた。
何より、この球場。
人口密度が高く熱の逃げ場もないから、マウンド上は特に暑い。
5回の裏。
マウンド上には、変わらず丹波さん。
しかし疲れが出てきたからか、この回は抜け球がかなり多くなっていた。
先頭打者の7番こそ三振に打ち取ったものの、続く8番にフォアボールを与えてしまう。
1アウトランナー一塁。
ここで明川最後のバッターは手堅くバントを決める。
そして、2アウトランナー二塁の場面。
打席に立つのは、明川のリードオフマン。
このチームの中でもバッティングセンスがある好打者だ。
初球、カーブ。
これが低め一杯に決まって1ストライク。
2球目、同じボールを投げ込むも、これが低めに外れて1−1
やはり、カーブは見極められている
特に低めのボール球に関しては、全くと言っていいほど手を出してこない。
3球目、ストレート。
このボールが低めいっぱいに決まって1−2。
バッテリーが追い込む形となる。
(押せば行けるぞ。)
一也もわかっているだろう。
相手はカーブを捨てて、ストレートを狙っている。
普段ならカーブをゾーンに集めて終わりなのだが、今日はそのカーブがことごとくゾーンに入らない。
ならば、開き直って勝負するしかない。
それこそ、カーブで三振を取れないのなら、ストレートで勝負をしていくべきだ。
きっと、一也としてもそうしたいのだろう。
元々強気で攻めていくリードが得意なだけに、彼としてもガンガン攻めていきたいと思っているはずだ。
バッテリーのサイン交換。
クイックモーションから投じられた一投。
投げられたボールは、ストレート。
しかし。
(高い…!)
快音と共に弾き返されるストレート。
打球は、センター後方に飛んでいく。
後方に向けて走る純さん。
そのカバーに、俺も急いで走る。
間に合うか?
「純さん、カバーは入ります!」
「おう、後ろは頼んだぜえ!」
叫びながら、飛び込む。
際どいが…どうだ。
ダイビングキャッチの末、結果は。
「アウト!」
ガッチリと掴み取られた打球。
何とか、ピンチを脱したか。
「ナイスです純さん!」
倒れ込んだ純さんに、1番近くにいた俺が右手を差し出す。
本当に、窮地を救うワンプレーだな。
しかし、さっきのボールも完全に浮いていた。
ボール球も増えてきてるし、流石に疲れてきているな。
純さんのファインプレーで何とか無失点に抑えたものの、失点してもおかしくない場面だった。
替えるには、いいタイミングかもしれない。
汗を拭いながらベンチに戻る丹波さん。
やはり、疲れが目に見えている。
すると、監督が丹波さんに声をかけた。
「ここまで粘り強く、良く投げてくれた。ここからは後ろの投手に任せてくれ。」
やはり交代か。
正直、次の回も投げるのは厳しいだろう。
彼から流れ出る汗の量で、簡単に理解することができた。
丹波さんも自分自身でわかっていたのだろう。
これ以上は、体力的に厳しいと言うことを。
彼は悔しそうに目を瞑りながらも、ゆっくりと頷いた。
「わか、りました。」
回にして、5回2失点。
決して悪くない成績だけに、不完全燃焼を否めない。
しかし、問題は後ろを投げる投手だ。
ノリのロングリリーフでもいいと思うがな。
沢村が抑えだけに、残りの3回を彼1人で投げ切ると言うのも酷な話だ。
となると。
「大野、次の回から行けるな?」
「行けと言われていくのがエースです。」
求められるのは、いい投球じゃない。
全てを捻じ伏せる、圧倒的な投球と。
「少し投げたい。いいか、一也?」
「おう、ブルペン行くぞ。」
勝利を呼び込む、エースとしての投球だけだ。