最終話です。
多くの拍手。
甲子園のそれよりも遥かに少なくとも、心に響く音。
流れた涙を拭うより先に御幸に何故か抱かれ、落ち着いたのも束の間、恥から俺は突っ撥ねるようにして突き放す。
「恥ずかしいからやめろ。」
「そうして欲しいのかと思って。」
何を言っているんだこいつは。
そんなことを思いながら、俺はマウンド横に落ちていた自分の帽子を拾う。
漸く目元を拭った俺は、ベンチへ戻る。
これで、終わりか。
早かったのはそうだが、まだ出場していない選手もいる。
これ以上、出しゃばらない方がいいか。
そんなことを思いながらグローブを置いた俺に、麻生が声を掛けてきた。
「ったく、まだお疲れ様には早いぜ大野。」
ん?
「守んだろ、センター。折角だから最後まで出ろよ。」
「良いのか?」
「こっからメンバー替えるけどよ、お前はこのチームのエースだろ?そんなヤツがベンチ引っ込んでちゃダメだろ。」
「な、こいつこういうところ男前なんだよ、な!」
麻生と関の掛け合い。
その言葉に、また俺は涙腺が緩みかける。
ダメだな、ほんと。
最近は本当に、涙脆い。
「去年の定位置だろーが。まさか忘れちゃいねーよな?」
「心配するな。麻生程じゃないが、形にはなる。白州に介護を任せれば、どうにでもなる。」
最近はセンターの守備練習は殆どしていないが、感覚は勿論覚えている。
みんなの言葉と思いを有難く受け取り、俺はセンターへ。
序でに皆も盛り上がってしまい、ポジションを入れ替える。
山口はサードへ。
中田がショート、レフトに三村。
そして麻生に代わって俺がセンター。
何故ファーストメインの山口がサードに回ったかと言うと。
「久しぶりに見たな、ファースト御幸。」
キャッチャーに小野が入り、それに合わせて御幸がファーストへ。
東京選抜以来となる内野守備に、御幸が入る。
「いいのか?プロでやる可能性あるから、俺は助かるけど。」
「似合ってないぞ、帽子。」
「うるせ。」
マウンドには、俺に代わって川島。
国体での苦い経験はあったものの、それもまた思い出だ。
「川島、頼むから爆発しないでね。」
「思い出して集中できないだろ!」
ちなみに9月末に行われた国体では、準優勝。
決勝では俺が先発して、7回を被安打2の無失点。
前の試合でどういうわけか9回2失点で完投してしまい、高校野球人生での先発ベストピッチをしてしまったノリは、流石に休養。
ということで、川島にスイッチしたもののこれが大爆発。
8回に2失点、9回に3失点。
最後は友沢に逆転サヨナラ2ランホームランを献上し、4-5で帝王実業高校に敗北した。
まあ、フォアボールがね。
コントロールがそこまで良くない川島、よく出す。
しかし替わった6回は挨拶代わりの四球含め四者凡退。
そこそこのピッチングで切り抜ける。
大丈夫かなと思ったのも束の間。
7回にしっかりと5失点をカマしてあっさり逆転を許す。
「爆発しないでって言ったじゃん!」
「したくてしてねーよ!」
さらに向こうは沢村に替わって降谷。
そもそも野球から身を引いた選手たちに150km/hオーバーが打てるはずもなく、空振り空振り。
そんな中でも白州と御幸が元気に連続ツーベースで再度追いつくも、抑えで上がったノリも、国体のピッチングが嘘のように微妙なピッチング。
1アウトランナー二三塁から金丸にツーベースを浴び、再び勝ち越しを許してしまう。
「おいおいノリ、ちょっとマズイぞ。」
「そうだね、ゴメン。」
「そんなんじゃ折角続けるのに勿体無いぜ。また一緒に練習するか。」
ちなみにノリも、高校までと言っていたものの、関西の強豪大学から声をかけられ現役続行を決断。
まあ、勿体無いしね。
沢村と降谷に隠れてたけど、140弱出るサイドスローでコントロールも良いって、もっと評価されてもいいと思う。
「大野と一緒のメニューはもう御免だけど、練習しないとマズイねこれ。」
「おう。一緒に練習しよう。」
最終的には東条が抑えで登板。
代打で出てきた渡辺が最後は空振り三振で抑えられ、試合は7-5で現役チームの勝利で終わり。
最後はみんなで記念撮影、序でに監督を胴上げ。
さらにキャプテンの白州も胴上げされる。
すると…
「夏輝、お前も行っとけ。」
「は、なんで俺?」
「エースだろ。甲子園優勝投手、大人しく宙に舞っとけ!」
御幸の悪ふざけから半ば強引に俺も胴上げされることになる。
試合が終わって解散となる中。
一年生が整備しているのを横で見つめながらベンチに座っていると、俺を呼ぶ小さな声。
その声の主に視線を向けた。
「大野先輩。」
「降谷か。今日はいいピッチングだったな。」
降谷は6回から登板し、3回を投げて1失点。
それも白州と御幸の連続ツーベースという、ドラフト指名の二人によるものだから、ある種仕方ない失点ともいえる。
フォアボールは、一つ。
前に比べれば、見違えるほど制球力も良くなっていた。
「自分は、大野先輩のお陰で色々なことを学びました。そのお陰で今の僕はいると思いますし、こうして投げることも出来ます。」
入学した当初は線が細く、全てが荒削り。
しかし感情は繊細で、意外と情に厚い。
怪物のようなストレートとは裏腹に、真っ直ぐな男。
一年から苦い思い出も経験したし、今もエースナンバーを沢村に背負われている。
怪物、エリート。
甲子園最速を叩き出したこの男も、順風満帆ではない。
「今までありがとうございました。」
不器用な男の、真っ直ぐで正直な言葉。
それを聞いて、俺も頷く。
「あっ!夏輝さん!」
今度は、やかましい声。
それを聞いて俺も席を立ちそうになるも、あからさまに嫌そうな顔を向けるだけで済ませる。
「なんですかその顔は!?」
「だって、今日は疲れたって。俺はそのテンションに着いていけないぞ、被本塁打2本。」
「ぐぬぬぬ。」
痛い所を付かれて頭を抱える沢村。
その姿に、俺も笑う。
「今までありがとうございました。俺の、俺たちの目標であってくれて。俺、夏輝さんがエースで良かったッス!」
でも。
俺が初めて全幅の信頼を置けた投手は、この2人。
2人が投げてくれるのなら、任せることができた。
俺にとっても本当に助かった存在だったし、彼らが居なければ、それこそ今の俺はいない。
最早家族よりも見慣れた、二人の笑顔。
それを見て、俺も笑う。
そうだ。
「降谷。」
「はい。」
俺の呼び掛けに、いつも通り小さな声で答える降谷。
その彼に、俺は自分のバックから袋を取り出し、手渡した。
「これ…良いんですか?」
「こんなんじゃ変わらんとは思うが、まじないだ。使わなくともお守り代わりに持っときゃあ、ちょっとはコントロール良くなるかもしれん。」
降谷に渡したのは、俺のグローブ。
それを見て、ずるいと両手をばたつかせる沢村。
ムキーっと正に分かりやすく嫉妬する沢村の頭に、俺は自分の被っていた帽子を被せた。
「え?」
「俺が甲子園で被っていた帽子だ。鍔になんて書いてある?」
「えっと…日本一のエースと、全員で勝つ…ですね。」
「エースになる為にここまで来たんだろ。そして今、その夢は叶った。だが、こんな所で止まられちゃあ、俺も張り合いがないからな。」
降谷には、俺の投球の軸となったグローブを。
沢村には、俺の精神の支えとなった言葉を。
二人に、引き継ぐ。
「お前たちはきっと、俺よりもっと強くなる。何故なら俺と違って、日本一のエースになりうるライバルが目の前にいるんだからな。」
降谷と沢村が背筋を伸ばす。
それを見て、俺は立ち上がって二人の肩に手を乗せた。
「強くなれ。強くなって、また片岡監督を日本一にして来い。そして、お前たち自身も、日本一になって来い。俺は先に、待ってるから。」
そう言って俺は、ベンチを後にする。
「夏輝さん!」
「大野先輩!」
「「今までありがとうございました!」」
これから先は、本当に世界が変わる。
青道高校のエースとしての生涯を終え、プロ野球選手としての人生が始まる。
それでも、俺が彼らの先輩であり、目標であったことは事実。
だからこそ、見られて恥ずかしくない姿でなければならない。
まだ、見た事のない世界へ。
今よりもっと、高い舞台へ。
その先で頂点になった時に、何が見える。
化け物揃いの世界で、それを超える怪物にならなければ、勝ち抜けない。
もっと強く。
更なる高みへ。
誰も見たことの無い頂へ。
二人の言葉を、俺は右手を上げて応えた。
ー5年後
横浜市中区、横浜スタジアム
満員の会場が盛り上がり、既にボルテージは最高潮。
昨年リーグ2位という結果を残し、再建期から優勝を狙うチームへと成長したベイスターズ。
その開幕戦は、今年のペナントレースの幸運を祈るように、ホームでの開幕となる。
強い横浜へ。
目指すは、リーグ優勝と日本一だけ。
後に「蒼き旋風」と呼ばれたこの時代は、正に投打共に噛み合った素晴らしいチームとなっていた。
『横浜DeNAベイスターズ、開幕戦のスターティングメンバーは…』
既に守備位置につき、確認作業を行われているグラウンドへ向けて送られるは、大きな拍手。
会場のビジョンに大きく映し出された若手の顔に、それはさらに大きな歓声となって響き渡った。
『1番、サード、轟雷市ー!背番号34!』
昨年後半、プロ3年目にして漸く一軍デビュー。
7月の一軍昇格から長打を量産。
約3ヶ月という期間ながらも、打率は.304にホームランは12本、7個の盗塁と21歳とは思えない結果を残し、この開幕ゲームの1番を勝ち取った。
横浜ファンに衝撃を与えたのは、8月22日のホームゲームで阪神の秋山から放った一発。
内角の甘めの直球を完璧に捉えての弾丸ライナーは、センター方向のバックスクリーンを直撃して、モニターの一部分を破壊している。
昨年は前半戦苦しんだチーム事情ながら、夏から快進撃を起こした7月に一軍昇格。
そこからチームの調子も上向いたこともあり、横浜ファンとしてもこの轟の印象は非常に良かった。
2番の桑原、3番石川、4番の筒香と続いた5番には、2年前に覚醒を果たした東清国。
身体を絞って迎えた昨年は、オフに西武のおかわりくんに弟子入りしてバッティングに磨きをかけると本塁打を量産。
打率.264ながら、ホームランは36本とキャリアハイを記録して、自身の守るファーストを不動のポジションとした。
各選手の紹介が終わり、残すところ一人の選手の紹介まで漕ぎ着けた。
途端、グラウンドの灯りが暗くなる。
そしてすぐさま、レーザーのようなスポットライト。
チームカラーの青と白のレーザーが一点を差した時、場内は今日一番の拍手と歓声が湧き上がった。
『ベイスターズ、今日の開幕戦の、先発ピッチャーはー!』
会場のアナウンスと共に流れ始めた登場曲は、Galileo Galileiの夏空。
自身の名にも掛かり、何かと夏場に縁起のいいチームカラーもあり、ファンからも人気の音源と共に身を顕にしたのは、この横浜ベイスターズのエース。
プロ4年目となった昨年は、防御率2.04で惜しくもタイトルは逃したものの、16勝4敗で野村と分け合う形で最多勝、196個の奪三振で最多奪三振のタイトルを獲得している。
特筆すべきは、そのイニング数。
リーグ最多の201イニングを投げ、その完投数はなんと11個に完封が7つと、名実ともにこの横浜のエースとして躍動した。
青いキャップから靡く白銀の髪。
そして光る、紺碧の瞳。
多くの拍手と歓声と共に、チームカラーのブルーが施されたグローブに白球を収め、帽子の鍔に右手をつけた。
『9番、ピッチャー、大野夏輝ー!背番号17!』
大歓声の元、試合準備を終えたマウンドのエースに、同校の先輩である東が声をかけに行く。
「新演出、えらい気合い入ってんな。」
「えぇ。派手好きな俺は、結構好きですよ。」
大野が笑顔でそう返すと、東もカッカと豪快に笑い、その背中を叩いた。
「大事な開幕戦や。頼むで、ウチのエース。」
「はい、任せて下さい。」
開幕戦の対戦相手は、強力打線を抱える巨人。
昨年はBクラスに終わってしまったものの、このオフに大型補強を行い、今年の優勝候補の一つと数えられている。
年間143試合の内の、ひとつかもしれない。
しかしこの開幕戦というものは、ただの一勝以上の意味を持つ。
オフシーズンから待ち望んでいた、ファン。
態々、この試合を見る為に遠くから足を運んでくれた人もいる。
(いいね、アツくなってきた。)
鳴り物。
相手チームの打者を応援する合奏が、始まる。
その音が。
その環境が。
その熱が。
日本中のベイスターズファンが、声を上げた。
「燃え上がれ。」
笑顔で呟かれた大野の言葉。
ベイスターズファンの歓声と声援…否、青炎。
多くの野球選手たちが夢見るその舞台で。
今日もまた、蒼き旋風が巻き起こる。
長きに渡り、ご愛読頂きましてありがとうございます。
屈折約五年半でしょうか、お待ち頂くことが多い中でお楽しみ頂いた方には頭も上がりません。
本作は以上をもちまして最終話となりますが、次に最終的な能力紹介をもって終わりと致します。
が、気が向いたタイミングで番外編を出すかもしれません。
というか、執筆始めようかと思っております。
番外編も同様当作に加えて入れますので、今暫くお待ち頂けると幸いです。
結びにはなりますが、本作をご愛読頂いた皆様、並びにダイヤのAという素晴らしい作品を生み出しました寺嶋先生に最大級の敬意と感謝を込めまして、あとがきと致します。
ありがとうございました。