沢村入学まではサクサクいきますよー
新チームが結成されて約2ヶ月。
初陣である秋季東京都大会をベスト4で終えた俺たちは、少し早いオフシーズンへと突入していた。
秋風が、少し冷たい。
そう感じながら、肩を回した。
次の大会は、春。
4月まで丸々大会がない為、体作りを優先する高校も少なくない。
かくいう俺も、体幹やら下半身やらの身体の軸をトレーニングで鍛えていこうと思っている。
「夏輝、今日は投げるのか?」
ニコニコしながら歩み寄る御幸少年。
普段ならすぐにOKを出すのだが。
「悪いな、今日はノースローだ。」
実は、昨日試合で投げているからな。
球数は少なかったけど9回投げきったし、今日くらいは肩を休めてあげたい。
肩肘も消耗品だからな。
同室のクリス先輩が肩を怪我してるのを見ただけに、少し慎重にもなる。
「わかっているなら良し。昨日も練習試合で投げたし、今日はフィジカルトレーニングだけにしておけよ。お前スタミナないし、走り込んどけよ。」
なんなんだこいつは。
ただ絡んできただけなのか。
というか、スタミナ無いは余計だ。
言うても丹波さんよりもあるぞ。
「そういやお前聞いたか?」
「何も聞いていない。」
随分アバウトな質問だな。
まあ、そこについては突っ込まないでおこう。
「今日も推薦の奴が来るらしいぞ。」
ほう、推薦か。
少し懐かしい気分になる。
なにを隠そう、去年の俺も同じ時期に練習に参加していたからな。
江戸川シニア時代、当時スカウトだった高島先生が俺たちの試合を見に来た。
その時はクリス先輩のプレーを見に来ていたみたいだけど、偶然見つけた一也にも唾をつけていた。
因みに、俺はそのついでにスカウトされたみたい。
クリス先輩のついでの一也のついでの、俺だ。
まあ、自分で言うのもあれだが、先輩たちに比べたらコントロールは安定しているからな。
炎上の危険性は、薄い自信がある。
「まともな奴ならいいけどな。」
「ちょっとおもしれえ位が丁度いいだろ?」
こういう奴なのである。
俺は至極普通でも構わないし、戦力になってくれるなら誰だって嬉しい。
逆に戦力にならなくても、チームの為に動ける奴でも大歓迎だ。
どちらかと言えば、普通であって欲しいけど。
「もう一回言ってみろやガキィ!」
ど う し て こ う な っ た
声の主は、引退した3年生の筆頭、東さん。
ドラフト指名されていることもあり、今日も練習に参加していた。
普段は普通に優しい兄ちゃん肌であり、優しい。
それでいて青道高校を代表する主砲であり、身体もでかい。
そんな東さんが、怒号を上げている。
「えーっと。何故?」
頭を掻きながら、横で一緒にトレーニングをしていた相方の方を見た。
「あの中学生が東さんに喧嘩売ったんだよ。」
そんなことはわかっている。
何故、というかどんな心境で?
「んなこと知らねーよ。」
ですよねー。
あの中学生、タッパは俺と変わらねえな。
体格もガッチリしてるとは言えない。
寧ろ、細いよな。
けど、高島先生が連れてくるくらいだからな。
すごいポテンシャルでも持っているのではないか。
ちょっと、一也が言ってたことがわかった気がする。
面白いやつ、か。
「一也。」
「何だよ。」
「手、貸してやれよ。」
不意に、そう出てしまう。
全く、俺も物好きみたいだな。
というより、何かに期待しているってことか。
俺がそう言うと、一也はここ最近で一番の笑みを浮かべて走っていった。
東さんに喧嘩売るくらいだし、相当な手慣れか。
それとも、ただの馬鹿か。
意外と、前者かもしれない。
豪速球投手か、はたまた変化球のキレが超一流か。
それとも…
「面白そうっすね、その勝負。」
大きな声でそう言う一也の姿を横目に、俺はトレーニングを再開した。
「面白そうっすね、その勝負。」
謎の中学生…基、沢村はその声の主に目を向ける。
端正な顔立ちに、目元を隠すバイザーサングラス。
沢村が野球雑誌で何度も見た、ひとつ上のキャッチャー。
「御幸くん、よかったら受けて見ない?この子、面白いボール投げるから。」
高島がそういうと、御幸は少し前のことを思い出して笑った。
ちょうど一年前、全く同じセリフを同じ立場の人間に話している姿を見たことがあるから。
(あの時は見ている側だったからなあ。)
同じく見学に来ていた大野とバッテリーを組んだクリス。
その2人が、当時の青道クリーンナップと対決した時のことを。
その時と同じような状況に、御幸だけでなく高島も少し高揚していた。
「で、お前。持ち球は?」
「男のストレート一本。」
途端、御幸の顔が青ざめる。
まさかとは思っていたが、本当にポテンシャルだけで推薦されたパターンである。
しかし、そうなるとある疑念がおこる。
それは、高島の言った面白いボールという所だ。
「面白ぇ、こりゃリードしがいがあるってもんだ。」
「バカにしてるだろあんた!」
それはそうだ。
今どき中学生でも変化球を投げる時代だ、今更ストレート一本で強豪校に乗り込んでくるやつもそういない。
内心でそう突っ込みながら、御幸は白球を手渡した。
投げ込まれるボールは、それほど勢いもない。
全力で投げてきても、120km/hくらいか。
益々、溜め息が出そうになる。
(さて、どうしたもんかな。)
持ち球は、遅いストレート。
キレもあるとは言い難いし、特段勢いがあるとも言えない。
受けている感じでは、大野のようなコントロールもない。
そんな投手で、関東No.1スラッガーである東を抑えることは至難の業であった。
(ま、これを上手くリードするのが俺の仕事か。)
腹を括るように、御幸は自分に言い聞かせた。
投手の力量を最大限に発揮し、目の前の打者を抑える。
それこそが、自分の役割だとわかっているから。
「なんやあのガキ、大層なこと言うた割には並以下やんけ。」
明らかに不機嫌そうな東が、御幸を横目で見ながらそう言った。
(普段なら宥めるんだけど…)
熱くさせた方が絶対抑えやすいと、御幸は踏んだ。
勝負をするなら、少しでも有利に進めたい。
相手が自分たちより圧倒的であれば、尚更だ。
「まあ、今のだらしなーい身体の東さんには丁度良いかもしれませんけどね。」
「なんか言うたか御幸ィ?」
額に青筋を浮かべながら振り向く東の表情を見て、御幸はほくそ笑む。
まんまと乗ってくれるなぁとか思いながら。
(初球は外角、低めなら完璧だけど。)
明らかに、沢村の表情が硬い。
流石に東の威圧感を感じ取ってしまったのか。
このままでは、良いボールがくるはずがない。
そう察した御幸は、敢えてインコースの胸元へと構えた。
(今の苛立った東さんになら、多少のボール球でも手を出すはず。)
得意なコースなら、尚更な。
そう言わんばかりに、御幸は東の胸元へ構えた。
理想はサードゴロ、ダメだとしてもこのコースならファールにしかならない。
遅い球だし、上手く引っ掛けてくれれば完璧だな。
(何を見せてくれる、中学生?)
ほんの少しの期待を込めながら、御幸は沢村のフォームを見つめた。
足を高く上げるフォーム。
バランスは無茶苦茶だが、やけに身体に染み付いている。
きっと誰にも教わってきていないのだろう。
それが一目でわかるほどに、無茶苦茶だった。
「っ!」
リリースの瞬間、沢村の背筋に走る冷たい何か。
その何かはわからなくても、彼自身の投手としての本能がそれを感じ取った。
勢いよく叩きつけられたボールはホームベース手前でバウンド。
上手く御幸が前に転がし、ワンボールとなった。
(ほう。)
想定外だったが、少し驚いた。
投手としての本能が、相手打者の危険なコースを感じ取って無理やり引っ掛けたように見えたからだ。
「どうした。」
「あそこに投げたら、打たれる気がした。」
予想通り。
「お前正解。あそこ実は、東さん1番の得意コースだから。」
「な、なにィ!」
「一発でかいの浴びりゃあ緊張も解れると思ってよ。これからはちゃんとリードしてやっからよ。」
「信じられっか!」
ご尤もである。
御幸の本望ではないとはいえ、そんなことを言われて信用出来る馬鹿はいない。
この後御幸が上手く丸め込んだのは、言うまでもない。
寧ろやる気を上げたと言っても過言ではないだろう。
2球目、内側真ん中寄りのボール。
危険なボールだったが、東はこれを見逃す。
カウントは、1-1。
次の一球が入れば、かなりバッテリー有利のカウントになる。
そう思い、御幸は再びインコースの胸元へと構えた。
少し沢村の表情が歪み、すぐに直る。
沢村もそこまで阿呆ではない、捕手の御幸がきちんと考えていることを察して頷いたのだ。
その証拠に、御幸が先程より少し内側にミットを構えていた。
投げ込まれたコースは、インコース。
そのボールは御幸の要求通りとは行かず、ストライクゾーンに入ってしまっているボールであった。
(まずい、コントロールミスか。)
御幸は内心舌打ちするような気持ちを抑えつつ、ミットを動かした。
その瞬間、白球は手元で急激に沈む。
少しスライダー気味に、打者の胸元を抉るように。
快音とともに、打球は打ち上がった。
打球はグングンと伸びていき、あわや柵越というところで、引っ張り方向へと切れていった。
(ほらな。どんだけ飛んでも、ファールはファールだ。)
3球目、再びインコース。
今度はボールゾーンからシュート方向に曲がり、ストライクに入ってくるボール。
慌てて東が反応し、何とかバットに当てた。
「なんやこいつ、シュートしてるやないかい。」
「さっきはカット気味でしたしね。礼ちゃんが面白いって言うのも頷けますよ。」
流石東、もう沢村の球質に気がついた。
これ以上隠すとなると、難しくなるだろう。
だから敢えて御幸は、同調した。
東の理解を超える、想像を超えるボールを確信して。
投げれば投げるほど、少しずつ変化が大きくなっていく。
そして投げれば投げるほど、コースが甘くなっていく。
(ったく、少し危ないコースじゃねーと変化しねえ。)
御幸は、笑った。
目の前の投手が、とんでもない馬鹿だから。
そして、とんでもないポテンシャルを秘めた原石だから。
(投手と心中するのも、捕手の務めかな。)
そして大きく開かれたミットは、ど真ん中に構えられた。
応えるように、沢村は笑う。
その目の色は、先程とはまるで違うものであった。
振り上げられた脚は、天高く。
支えの左脚はピクリとも動かず、静止している。
並外れた体幹と、柔軟性。
沢村栄純にしかない、ポテンシャル。
動くボールを生み出す、仕組みのようなもの。
勢いが、違う。
発展途上でしかない未成熟な身体から放たれたそれは、大きく大きくシュート方向に曲がっていき。
東清国のバットを掻い潜っていった。
鳴り響く、乾いたミットの音。
同時に沢村の耳に入ったのは、御幸の一言だった。
「ナイスボール。」
バットを杖代わりに、跪く東。
その横を、1人の青年が通り過ぎていった。
マウンド上には、雄叫びをあげる少年。
実質エースと正捕手は、それを見つめていた。
「あいつ、面白えな。」
そう、夏輝は呟いた。
それは性格や立ち振る舞いではなく、ポテンシャル。
磨けばとんでもない投手になることを、確信してのこと。
「だろ。」
そう、御幸は呟いた。
ポテンシャルではなく、シチュエーションに。
去年の今頃、奇しくも全く同じ球種で同じように三振を奪ったことを思い出してのこと。
2人は目を合わせ、笑った。
そして、マウンド上で昂っている少年に声をかける。
「沢村って言ったな、お前。」
「え、えぇ。あんたは?」
「…大野夏輝。1年後、お前とエース争いをするピッチャーだ。宜しくな。」
昨年同じような状況で、青道高校クリーンナップを三者連続三振で捩じ伏せたエースは、未来のエースの左手をがっちり握りしめた。
御幸「東さん、2年連続で三振はないですって。」
東「うっさいわ!」