明川学園との試合をなんとか勝利に収め、ベスト8に駒を進めた俺たち青道高校。
しかしながら、喜んでもいられない。
準々決勝で当たると予想していた市大三校がまさかの敗退。
強打のチームである市大三校を乱打戦の末に打ち勝った、薬師高校が次の対戦相手となる。
にしても…
「轟…雷市ぃぃぃ!!」
「…」
何故か轟の名前を叫びながらダッシュする沢村。
そして、無言ながらオーラでアピールし走る降谷。
凄まじい気合いである。
いつもうるさい沢村は勿論だが、降谷まで気合いが入りまくっている。
それはもう、異常なほどに。
「すっげえ気合入ってんな。いいのか、大会期間中にあんな走らせて。」
「沢村も昨日は1イニングだけだし、降谷も投げてないからな。あれくらいなら放っておいていいだろ。」
あっ、そうですか。
ストレッチをしながら、一也と話す。
呑気に見ている俺たちに対して、純さんと哲さんが心配そうに見つめる。
「にしても入りすぎだろ。」
「ああ。元気がいいのは構わんが、少し異常だな。」
チームを統括する主将と副主将だからこそ、こういうことに神経質にもなるのだろう。
確かに、いつもより気合いが入りすぎている。
すると、弟くん…基、小湊春市が重い口をゆっくりと開いた。
「実は、帰りの直前に轟くんの自主練現場に居合わせたんです。」
ふーん。
試合終わりにすぐ練習とは、精が出るな。
そんな姿を、それも同じ1年生が見せてきたわけだ。
確かに、感化されるのもわかるわな。
「いえ、そういうことではなくて…」
そうして、弟くんはまた話し始める。
曰く、真中さんは面白い投手だったと。
変化球も、勢いも、全てが期待以上だったと。
そこまではいい。
問題は、その後であった。
「ここいらでお前の相手になるのは、あいつだけだろ?」
そこで挙げられた名前は、成宮鳴。
稲実の2年生エースであり、最速148km/hを誇る本格派左腕だ。
キレのある速球とスライダーフォーク、そして緩急をつけるチェンジアップ。
制球も纏まっており、1試合を投げきるスタミナもあるという高水準の投手だ。
彼、轟雷市の相手になる投手は、成宮鳴だけらしい。
その発言の意味は、考えなくてもわかるだろう。
「つまりは、眼中にねえってことかよ。」
純さんが、そのまま零す。
まあ、その捉え方で間違っていないだろう。
「勿論ぶん殴ってきたよね?そんな舐めた発言した奴。」
亮さんが、黒い何かを纏いながらそう言う。
表面上は笑顔だけど、笑っているように見えない。
自軍の投手たちをバカにされて、怒りを露わにする先輩方。
そんな中、当の本人である俺は。
「へぇ…」
くそイライラしていた。
顔にも態度にも出すつもりはないが、あそこまでコケにされれば嫌でも腹が立つ。
眼中にないだと?
ならてめえの脳裏に刻み込んでやる。
俺を。
大野夏輝という、投手の名を。
「一也、ブルペンいくぞ。」
「おま、今日は投げないんじゃねーのかよ。」
「気が変わった。あそこまで言われて黙ってちゃ、ここまで負かしてきた相手に申し訳が立たない。」
何より。
「鳴が相手になって、俺が相手にならないってのが1番ムカつく。」
「それが本音だな。」
シニアの時から、少なからずライバル意識は持っている。
投げ合えば投手戦になるし、その度にどちらが勝つかわからないくらい拮抗していた。
そんな2人が、片や評価されて片や評価されないというのは如何なものか。
「首洗って待ってろよ、轟雷市。」
そう呟き、俺は一也と共にブルペンへ向かった。
ー薬師高校
「なんだお前ら、まだここにいたのか。」
少し立て付けの悪い扉を開け、真田がテレビの置かれた小さな一室へと足を踏み入れる。
そこには、3人。
前の市大三高との試合にて、クリーンナップを張っていた3人の1年生がテレビの液晶をじっと見つめていた。
「ああ、真田先輩。監督がよく見とけって言ってたもんですから。」
「青道の投手か。野手はすげえイメージあるけど、投手も結構いるよな。」
青道高校といえば、やはり特徴はその攻撃力。
破壊力の高いクリーンナップと、高い出塁率を誇る上位打線。
そして、不動の4番。
強打のチームに必要なものを全て兼ね備えた、打の強豪である。
しかし近年…というより今年は、タイプの違う4人の投手を代わる代わる使っていくような、投手層の厚さも垣間見えている。
まずは、3年生の丹波。
高いリリースポイントを生かした角度のあるストレートと落差の大きい縦カーブで三振を奪っていく本格派右腕だ。
そして、2年生の川上。
ゆったりとしたフォームから鋭く曲がるスライダーを低めにあつめる、制球を武器とした変則サイドスローである。
そして。
「この2人…面白い!降谷と、沢村!」
彼、轟雷市が挙げた名前は、1年生2人。
この大会でまだあまり投げていない2人だが、雷市はその2人の投球を見て笑った。
「降谷ってのはわかるぜ。この間の試合で150km/h出したっていう噂のピッチャーだろ?けど沢村ってのはどうなんだ?」
降谷といえば、武器はやはりその豪速球。
最速150km/hを超える威力のある直球でガンガン押してくる剛腕投手だ。
正直、野球初心者でもわかるであろう凄い球を投げている。
対して、沢村のボールは決して速くない。
強いストレートも無ければ、鋭い変化球も無い。
正直、三島と秋葉、そして真田の目から見ても彼が特段凄い投手には見えなかった。
そんなことは露知らず、雷市はまた口を開いた。
「こいつ、画面じゃ分からない凄さがある。対面したバッターがみんな打ちにくそうにしてる。」
「確かに。若干だけど、変則っぽいよな。」
「球の出処が見づらいのかも。結構みんな詰まってるように見える」
1年生3人がそう話す中、真田はなるほどなと感心していた。
1年生ながら、そこまで見ているか、と。
テレビに映された投手が、また変わる。
そこに映されたのは、今まで出てこなかった1人の投手だ。
小柄な体格に、お世辞にも大きいとは言えない上半身。
そして、少しアンバランスに見えるほど筋肉質な下半身。
背中に描かれた数字は、1。
チームで最も小さな数字を背負った、チームのエース。
「オオノナツキ…」
「こいつが、青道のエースか。」
小柄な身体を目いっぱい捻り、全身の反動を生かしたトルネード投法。
そして豪快なフォームからは想像できない、緻密なコントロール。
球速は遅いものの、キレのある速球。
そして直球と同じスピードで大きく沈む、ツーシームファスト。
この投げ分けで、打者を圧倒する投手だ。
「どうだ雷市、こいつは打てそうか?」
液晶内で打者をきりきり舞いに三振に切ってとる投手を指指し、三島が雷市に問う。
すると雷市は、バナナを頬張りながらボソリと呟いた。
「こいつは、あんまり面白くない。」
雷市が放ったその言葉に、思わず目を見開く。
入学してから約3ヶ月。
初めて実際の試合で投手と対面してきた雷市は、基本的にどの投手に対しても「面白い」と言っていた。
特に真中などの好投手に関しては、尚更。
そんな彼が、初めて「面白くない」と言ったのだ。
それも、成宮鳴と肩を並べるほどの好投手に対して。
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。」
「…なんか、面白くない。真田先輩とか真中とは、なんかちょっと違う。」
極めて曖昧な表現だが、真田は頷く。
確かに、自分や真中と比べると少しばかり見劣りする。
投球時の気迫や気概、そして意志が。
「チームを勝たせたいって意志は伝わる。だけど、それだけしか感じない。」
「それが投手としては当たり前の考えだけどな。」
「俺もよくわかんねーけど、でもなんか真田先輩とかとはちょっと違う。」
「ふーん。」
正直よくわからないが、とりあえず自分はそこそこ評価されているのだろうと思いながら、真田はテレビ画面に目を戻す。
そして、単純に気になることだけを、ストレートに聞いた。
「で、打てそうか?」
「沢村も降谷も丹波も、全員ぶっ飛ばす。」
期待していた返答と少し異なる答えだったが、真田は溜め息をつきながらも笑った。
こいつらしいなと思いつつも、何だかんだで頼りになると。
そしてきっと、雷市なら打ってくれると。
そう信じて、彼は小部屋を後にした。