燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード34

(また、こいつか。)

 

ロージンバックに手をかけ、大野は打席に向かう轟を見た。

 

ここまでの成績は、2打数の2三振。

言って仕舞えば、完璧に抑え込んでいる。

 

この轟以外も、ほとんどの打者の対して三振。

打者18人に対して、13個の三振を奪っている。

 

正直、今日の大野は圧巻であった。

どんな打者に対しても真っ向から攻めていき、その上でねじ伏せていた。

 

 

ストレートは走りに走り、球速コントロール共に完璧。

変化球も低めにカチリと嵌るような精度と、むしろどうやって打つんだと問いたいくらいの完成度である。

 

 

が、しかし。

そんな圧倒的な投球内容とはいえ大野の顔は険しいものであった。

 

 

 

はっきり言って、怖い。

ここまでは連続で三振を奪っているが、二打席目にはいくつかバットに当てられた。

 

結局は決め球のツーシームで三振を奪ったものの、1打席目では全く手も足も出なかったストレートにアジャストしてきている。

 

(カウント球、甘く入ったら持っていかれるぞ。)

 

御幸のサインに、大野が無言で頷く。

 

大野は球数で疲れが出始め、轟は対応をし始めている

この試合で最も危険で、最も大事な場面を迎えていた。

 

 

(ここだ。)

 

御幸が最初に選択したのは、インロー。

危険なコースだが、中途半端に外角を攻めるよりは、球のキレで押していくのがいい。

 

まずは初球、膝下いっぱいに決まるストレートに轟も空振り。

狙い通り、球威で押していく。

 

 

「ナイスボール!」

 

言いながら、御幸は打席を外す轟を横目に見た。

 

1人ごとを言いながら、スイングを2閃。

轟音と形容すべきか、とんでもない音を立てながらバットを振っている。

 

(もう一球。)

 

(随分攻めるな。)

 

(ビビったか?)

 

(まさか。)

 

再び、投球モーションに入る。

彼特有の、腰を大きく捻るトルネード投法から、再びインコースの低めに投げ込む。

 

「うお!」

 

驚愕の声を上げながらも、低めの直球を轟はバットに当てる。

しかし打球は前に飛ばずにファール。

 

 

追い込んだ。

しかし、ここは冷静に一球外して1ボール2ストライク。

 

 

サイン交換。

できれば、ここで決めておきたい。

 

バッテリーは、ここで決め球を使うことにした。

 

高速で利き腕側、斜め下に大きく変化するツーシーム。

前のに打席では、外角からボールゾーンに逃げるボールで三振を奪っている。

 

この打席でも、同じコースを攻める。

 

見切られたらそこまで。

まだ遊び球も使える。

 

(これで三振だ。とびっきりのを頼むぜ。)

 

(言われなくても。)

 

普段のストレートから、ボールを転がして縫い目をずらす。

そして、2本の縫い目に指を沿わせた。

 

 

大野夏輝の決め球であり、今大会被打率0.00の必殺のツーシームファストボール。

最速130km/hで高速変化する魔球。

 

そのボールが、アウトコースの甘めのコースに向かって進んでいった。

 

この甘いコースから、外角いっぱいに決まる。

要求通りとは言えないが、ほぼ完璧なコース。

 

三振を確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

そのボールが左手に収まる直前のこと。

 

御幸と大野の視界から、白球が消えた。

 

 

 

刹那、快音と共に。

増子の横に、閃光が走った。

 

「ファール!」

 

 

 

 

当てられた。

ここまで完璧に捉えられたのは、正直数えられる程度しか撃たれていない。

 

その決め球が、当てられた。

と言うよりは、完全にアジャストされた。

 

(おいおい、こんな完璧に当てられたのいつぶりだよ。)

 

思わず、御幸も目を見開く。

が、マウンド上の大野の姿を見て直ぐに切り替えた。

 

投げ返された白球をグローブに収め、すぐさま待機姿勢に入る。

 

(念のため、もう一球。今度は外せよ。)

 

そうして出されたサインに、大野は首を振った。

 

縦にではなく、横に。

 

 

(ここは、いく。)

 

先ほどまでとは、明らかに目の色が違う。

チームを、勝利を象徴するエースではない。

 

今までとは違う、単純に打者との勝負に徹した、闘志溢れるその瞳。

 

普段は、全く首を振らないこの男。

御幸がどんな要求を出そうと、基本的には従ってきた。

 

そんな彼が、珍しくサインに首を振った。

 

(ったく、打たれたら承知しねえぞ?)

 

そんなことを思いながら、なんだかんだで御幸は嬉しかった。

普段リードには従うこの男だからこそ、こうやって自分で決断して投げてくれるのもたまにはいい。

 

 

 

変化球で切り捨てられないのなら、あとは力で押し勝つしかない。

大野には恐怖も、迷いもなかった。

 

(さあ、来い。)

 

御幸が、インコース高めに構える。

そのミットは、こころなしか少し大きく見えた。

 

 

一つ、息を吐く。

そして、ゆっくりとモーションに入った。

 

ワンステップを入れて、腰を大きく捻る。

いつもよりタメが長く、静止姿勢が長い。

 

(強く。)

 

ステップイン、強く踏み込む。

それと同時に、全身を極端なほど縦回転。

 

そのまま、指にかかった縫い目を思いっきり引っ掻いた。

 

 

(もっと、強く。)

 

純粋な縦回転。

高い回転数と純度の高い縦回転が、他者を寄せ付けないほど圧倒的なノビを生み出す

 

(もっと、強く!)

 

下半身から伝達されてきたエネルギーを、上半身へ。

そこから、最後に右腕へと伝えていく。

 

集約されたエネルギーを、余すことなく指先へ。

 

 

思い切り、腕を振り抜いた。

 

 

「っらあ!」

 

コースなんて、気にしていない。

インコース高め、轟が最も得意としているコースの一つ。

 

 

 

 

だったが。

 

 

その快速球に、轟は平伏した。

 

 

 

「最後はインコース高めに決まって見逃し三振!ここは大野、自己最速の135キロで怪物スラッガーを圧倒しました!」

 

バットを掲げたまま、唖然とする轟。

 

何が起きたか分からなかった。

そう言わざるを得ないほど、今までとは違うボール。

 

だからこそ、この怪物スラッガーも手が出なかったのだ。

 

 

 

(今の…)

 

明らかに、違う感覚だった。

指先に走った感覚も、余韻も。

 

淡く、逃げてしまいそうなほど繊細な感覚でしかない。

その感覚が逃げないように、大野は右手を握りしめた。

 

 

「ナイスボール!」

 

御幸からの返球。

それを、左手で抑える。

 

 

 

 

続く秋葉を、ショートゴロ。

そして三島に対しても、カーブで空振り三振で打者3人でピシャリと抑える。

 

(うーん、ちょっと違う。)

 

残りの2人の時は、あまり良い感触とは言えなかった。

が、上々…というか、完璧な投球であった。

 

 

右手を見つめながら、ゆっくりとベンチに戻る大野。

それを、ベンチにいる片岡は見つめていた。

 

「ナイスピッチだ。」

 

「ありがとうございます。」

 

笑顔でそう答えると、大野はグローブを外してベンチに座り込んだ。

 

なんとなく、疲れた。

球数自体は多くないが、特に上位打線3人には力を入れていたから。

 

そんな感じで、大野はふっと一息ついた。

 

 

 

ここから先は、はっきり言って怖いバッターはいない。

そうして、川上へとバトンを渡した。

 

「あとは頼んだ。」

 

「うん。俺も負けないから。」

 

仲間だからこそ。同い年だからこそ。

 

負けたくない。

川上はその一心で、マウンドへ上がった。

 

 

ちなみに、投げていた大野はレフトへ。

万が一があるかもしれないから。

 

しかし、ここまで完璧に抑え込まれた薬師打線。

上位3人が手も足も出なかったと言う現実に、他の打者たちにも明らかに動揺が走る。

 

 

その動揺は焦りを生み、その焦りは早打ちをもたらす。

 

先頭打者である4番は2球目のスライダーを引っ掛けてサードゴロ。

続く5番も、低めのボール球に手を出してしまいライトフライ。

6番に対しても、低めのボールゾーンに逃げるスライダーを振らせて空振り三振。

 

打者3人に対して、完璧に抑え込む活躍を見せる川上。

大野から手渡されたバトンをこれでもかと言わんばかりに完璧に繋ぎ、8回の守りを終える。

 

 

 

そして、先輩2人から紡がれたバトンを、最後は一年生守護神がその左手で受け取る。

 

 

 

「クリス先輩。」

 

「なんだ。」

 

マウンド上、シフトの確認を終えて内野陣が離れたのち、残った2人は小声で話す。

 

ここまで三試合に登板し、そのいずれも完璧に抑え込んでいるバッテリー。

 

冷静に、そして正確に状況判断を行う捕手のクリス。

そして、真っ直ぐ熱く、何より目の前の捕手を信じて投げる沢村。

 

性格もタイプも、そして年齢も全く違う2人。

それでも高い安定感を誇るのは、ひとえに同じ想いを胸に刻み込んでいるからなのだろう。

 

「今日も一緒に抑えましょう!」

 

「ああ。」

 

捕手は、目の前の投手を最大限輝かせるために。

投手は、目の前の捕手の正しさを証明するために。

 

互いが互いを、輝かせるために。

 

 

 

打者は7番から。

下位打線とはいえ、パンチ力のある危険な打者揃いである。

 

しかし、沢村は持ち前のテンポの良さで打者にタイミングを取らせない。

ストレート2球で追い込むと、最後は自慢のムービングファストでセカンドゴロ。

 

続く打者に対しても、強気なインコース攻め。

2球目に投げ込まれたストレートを弾き返すも、詰まったあたりは伸びが足りずにセンターフライとなる。

 

 

 

そして、最後のバッター。

打席に立つのは、ここまで粘りの投球でチームを鼓舞し続けたエース、真田。

 

(このまま、何もやれずに終わってたまるか。)

 

そっと深呼吸をし、バットを高く構える。

 

(狙いは、インコースのストレート)

 

(…だろうな。)

 

そうして、クリスはインコースに構える。

選択した球種は、手元でブレるムービングボール。

 

鷲掴みから投げ込まれる、高速チェンジアップ。

沢村も、この要求に応えてインコース低めに投げ込む。

 

 

まずは、ファールで1ストライク。

 

(手元で動いた?)

 

後ろに飛んでいった打球をチラリと見つめ、すぐに視線を戻す。

 

ここまで、カウント球か決め球か、どちらにせよ必ずインコースのストレートは使ってきていた。

この打席でも、必ず使ってくるはず。

 

 

しかし、投げ込まれたボールは再びムービングボール。

これもバットに当てるも、ファール。

 

3球目も、同じようなボール。

しかしこれは見逃され、1ボール2ストライクとなる。

 

なおも投手有利のカウント。

ここでバッテリーは、決め球を使う。

 

(相手は完全にインコース狙い。目も完全にインコースに向いている。)

 

(っすよね。なら、ここは。)

 

(ああ。あれだけ大野に教わったんだ、投げられるな?)

 

(もちろんっすよ、クリス先輩。)

 

思わず、沢村の表情から笑みが溢れる。

 

 

大野と共に練習してきた、一つのボール。

彼の得意とするボールの一つであり、ここまでの沢村の投球と双璧をなすボール。

 

何より、クリスが最も力を入れて教え込んだボール。

沢村は、腕を振り抜いた。

 

 

 

投げ込まれたのは。

 

真田の視線の、遥か先。

ホームベースの外側、目一杯を通過する直球。

 

 

外角低め一杯(アウトローいっぱい)

またの名を、原点投球。

 

大野直伝のこのボールで、最後の打者を見逃し三振。

 

 

「ストライーク、バッターアウト!ゲームセット!」

 

 

マウンド上に響く、雄叫び。

その瞬間、嵐のような拍手が湧き上がる。

 

 

強打者集団と、市大三校との試合では乱打戦の末に勝利した薬師高校を打者27人…つまりパーフェクト。

継投での完全試合で、青道は準決勝へと駒を進めた。

 




悲報、薬師高校噛ませになる。

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