やあ、大野だよ。
薬師高校との試合を5-0で勝利した俺たち青道ナイン。
次の試合は、明日に迫った準決勝に向けて調整をしている。
それにしても、序盤に先制してくれて本当によかった。
アレのおかげでだいぶリラックスして投げられた。
俺だけじゃなく、リリーフ2人は特にそう思っただろうな。
だからこそ、俺の後を継いでもパーフェクトピッチを継続できたのだろう。
にしても…
「よく走るね、君。」
「これが取り柄ですから。」
俺の横をなぜかずっと走り続ける、沢村。
結構な時間走ってると思うんだけど、しかもこいつタイヤ引いてるし。
「今日はブルペン入るんだろ?」
「ええ。明日も投げるつもりですから!」
うん、一也もそう言ってた。
球数自体も少なかったし、何より丹波さんの時は継投が前提になるからな。
丹波さんは大体6回までが目処、それ以降になると極端に制球が落ちる。
スタミナが無いわけじゃないのだが、7回になるといつも乱れ始める。
フォークを決め球にしてるから、肘にも疲労が溜まるからなのだろうか。
とにかく、安心して見ていられるのは基本6回まで。
それ以降は、継投できれば一番安心出来る。
特に、今のリリーフ陣を見ればわかるだろう。
先発もした降谷を含めて、ここまで防御率0.00の鉄壁のリリーフ陣。
6回まで丹波さんが投げて、以降は3人のリリーフで1回ずつ抑えていくというのが、理想。
というか、こいつらなら多分できる。
明日の試合、つまり準決勝の対戦相手は、仙泉高校。
長身の2年生エース、真木洋介を擁する強豪校だ。
固い守備力と堅実な攻めで、少ない点差を守り勝つ野球を得意とするベスト8の強豪校でもある。
エースである真木は、最速145km/hの本格派右腕。
195cmにも登る高い上背を生かした角度のある真っ直ぐと、高いリリースポイントから放るカーブが決め球。
特にそのカーブは、「日本一高いカーブ」と言われており、空振りを奪うにはもってこいのボールである。
コントロールは、まずまず。
悪くもないが、特段良くもない。
少なくとも、降谷と丹波さんよりはいい。
けど、俺やノリほどじゃない。
ピンポイントを攻める能力はないが、大崩れしない。
スタミナも、ちゃんと9回を投げきるだけはある。
恐らく俺たちとの試合でも完投するだろう。
気をつけなければいけないのは、高い打点から放られるということ。
つまりはどの球種(といってもストレートとカーブだけだが)も角度の着いたボールになる。
カーブはリリースから着地地点までの落差が大きくなり、ストレートは角度がつく分軌道が読みにくい。
見慣れない分、やはり苦労するだろうな。
と、いうことで。
そんな俺たちの気持ちを汲み取ってか、3年生の先輩方が対真木用にマウンドを調整してくれた。
と言っても、マウンドの土を増やして盛り上げただけだけど。
それでも、何もしないよりは数段マシ…というか、目が慣れる分だいぶ効果的だろう。
が、しかし問題がある。
「で、誰が投げるんでしょう。」
「さあな。」
少し盛り上がったマウンドを見つめながら、そう言う。
一番近いのは、丹波さん。
だけど明日登板だし、疲れを残すのも嫌だから投げないだろう。
あとは、降谷か。
ただカーブ投げれないし、投手としてのタイプもまた違う。
沢村とノリは論外。
そもそもの軌道が全く違うし。
となると…
「俺か。」
「ねえな。」
一也から、間髪入れずに鋭いツッコミ。
あ、さいですか。
まあそもそも身長が違うし、球速も遅いし。
「お前が投げちゃ、練習にならない。」
一也にそう言われ、俺は小さくなる。
まあ確かに、軌道をイメージする練習だもんな。
んじゃ、俺も今日はバッティングだな。
昨日投げたから今日はノースローだし。
折角野手として出るのだから、やはり出来ることはしなくては。
「やっぱ、丹波さんが投げんのかな。」
「一番タイプは近いよな。」
そんなことを話しながら、マウンドへ上がる1人の男に目を向ける。
褐色肌に、煌めくサングラス。
そして、屈強な身体付きと大きな上背。
えーっと…
「どうした。早く打席に立て。」
何故か、監督がマウンドに上がっている。
おいおいもしかしてだけど、監督が投げるのか?
確かに監督は甲子園準優勝投手だし、持ち球はカーブとスライダー。
高い打点から放る本格派投手という、まあ真木に近い投球スタイルではある。
こんなにいい練習相手はいない。
「本気で打ちにいっていいんですね?」
そう言って、哲さんが打席に向かう。
バッチバチじゃねえか。
「打てるもんならな。」
監督もやる気満々だ。
こうなったら、全力で練習させてもらおう。
折角監督が、甲子園準優勝投手の片岡鉄心が投げてくれるのだから、この上ない経験にもなる。
そう思い、俺もバットを掲げて素振りを始めた。