やあ、大野だ。
今日も今日とて、絶好の野球日和だ。
決勝戦を明日に備え、練習。
今はブルペンで一也とキャッチボールをしている。
一也から放られた白球を左手のグローブで掴み取り、手の平で転がす。
まあ、癖のようなもの。
何となく、手に馴染ませるように。
コロコロと、右手の上で遊ばせる。
そうして縫い目を指に咬ませ、投げる。
キャッチボールの時から、回転は意識しておきたいから。
「ちょっと力入れてくぞ。」
「OK。」
全力の、約三割。
ここからどんどん力を入れていく。
ウォーミングアップから、投球練習へ。
調子の確認がてら、投げ込んでいく。
身体の力は抜きつつ、回転だけは意識。
強く弾き、ノビのある直球はいつでも意識している。
少しずつ、力を入れていく。
そして、肩が温まったとき。
一也が、座った。
ここから、力を入れる。
明日に向けての確認作業も兼ねて、投げていく。
白球を握った右手を左手のグローブで覆い、一也に対して身体の正面を向ける。
ふぅっと、息をひとつ。
右足をプレートにかけつつ左足をゆっくりと引く。
そして、打者に背中を向ける勢いで身体を捻転。
捻転で収縮された筋肉を、解放。
極端なほど全身を縦回転させ、全神経を指先からボールに叩きつける。
(ここ。)
強く、回転をかける。
引っ掛ける1歩手前、指先から一番力が伝達される状態で放る。
美しく力強い縦回転。
そこから生み出されるのは、風を切る快速球。
快音が、ミットを鳴らした。
コースは右打者の
打者から見て最も遠いコースであり、俺が一番得意とするボールの1つ。
「ナイスボール!コースキレともに完璧。」
声とともに投げられた一也の返球を、左手のグローブで受け取る。
確かに、我ながらいいボールが行った。
「球速は相変わらずだけどな。」
「んなことわかってら。」
感覚的には、120キロ代後半。
多分、130は行ってない。
それでもいい。
球速なんて、あくまで判断材料の1つでしかない。
どんなに遅かろうが、ノビがなかろうが、シュートしてようがスライドしてようが。
抑えることができれば、何でもいい。
ただ俺は、チームが勝つことだけを。
「次、ツーシーム。」
「おう。ここな。」
そうして、一也が左打者のアウトコースに構える。
コースとしては、甘い。
ふぅっと、息を吐き、投げ込む。
ストレートと同じ腕の振りだが、少しだけ指で押し込むように。
本当に繊細な感覚の違いだが。
これだけで、俺のストレートは魔球に早変わりする。
球速は、ストレートとほぼ同じ。
しかし、所謂フォーシームのようなノビはなく、打者に限りなく近いところから失速するように高速で沈む。
俺の利き腕側、少し曲がりながら大きく沈む。
俺の、決め球だ。
この球も、寸分違わず一也のミットに収まった。
「次、カーブ。」
今度は、前の2つとは全く別の球。
一度ふわりと浮かぶ軌道から、縦に割れるカーブ。
カーブが決め球の丹波さんから教わって、以前よりキレが増した。
ストレートとツーシームに次いで、俺の自信のあるボール。
打たれないってよりは、上手く制球できる。
カウントから決め球まで、緩急もあるから結構使い勝手がいいボール。
一也も、よく使う。
「次、スライダー。」
カーブより小さく、利き腕と反対側に斜め下滑るように落ちていく変化球。
これといって、キレがいい訳でも変化が大きい訳でもない。
決め球には、あんまり使わない。
カウント球としてか、打ち気を逸らす時に使う。
「次、スプリット。」
SFF。
フォークボールより小さく、高速で真下に沈む。
これも、スライダーと同じ用途。
これが、今の俺。
俺の、現在地。
決め球として使える球は、3つ。
カウント球を含めると、5つの球種。
これを一也と選別し、稲実を抑えていく。
球速は最速136km/h。
お世辞にも、本格派とは言えない。
しかし、それでも勝ち方はある。
去年の成宮との投げ合いは、俺の我慢負け。
スタミナが切れて失投したところを完全に狙われた。
今年はスタミナの不安も、ない。
最後まで投げきって勝つのが、一応の理想。
エースとしての、投球。
それができて、最低限である。
ちらりと、横に目を向ける。
俺と同じように投げ込む、3人。
リリーフ登板の可能性も加味して、降谷と沢村、そしてノリ。
彼らも、最後の調整で投げている。
ノリは、右のサイドハンド。
角度のあるストレートと真横に曲がるスライダー、そして低めに集める制球力が武器。
日によってムラのない、安定感のあるその投球でチームのリリーフとして活躍してきた。
降谷は、剛腕セットアッパー。
俺と同じオーバースローから繰り出される、最速150km/hのストレートでガンガン押していく、右の本格派。
調子によってかなり左右されるが、良い日は手が付けられないほどの逸材である。
沢村は、変則サウスポー。
出処の見えにくいフォームからキレのあるフォーシームと手元で沈む高速チェンジアップを内外に投げ分ける。
中でも安定感は随一で、得点圏にランナーを置いても落ち着いて投球する姿は、守護神そのものである。
3年生である丹波さんは、昨日投げたから休み。
俺を含めた4人で、決勝戦を戦い抜く。
理想は俺が完投することだが、次点では継投。
早め早めに先手を打って、勝利の方程式に繋ぐ。
まあ、でも。
(欲を言えば、鳴に投げ勝ちたい…かな。)
去年の夏、彼との我慢比べに負けた。
だからこそ今度は勝ちたい。
それこそ、一緒に過ごしてきた3年生と、甲子園に行きたいから。
その思いは、去年とは比べ物にならないほど大きくなっている。
(勝つんだ、今度こそは。)
そう胸に刻み、俺はまた速球を投げた。