「以上が、稲実と桜沢の準決勝になります。」
そう言って、渡辺がノートを開く。
クリス先輩から直伝の、研究ノートだ。
彼もクリス先輩と同等の観察力を持ち、その真面目な性格と鋭い観察眼で対戦相手の癖を見つけていた。
明日、俺たちは稲実と闘う。
去年と同じ、最後の最後で壁となり立ち塞がる。
「まずは打線から。」
そうして、渡辺が口を開く。
先頭打者は、2年のカルロス。
走攻守三拍子揃った瞬足の中堅手だ。
とにかく足が速く、塁に出たら厄介なのは言うまでもない。
同じタイプの倉持よりも、パワーや打撃能力で言えばカルロスの方が上だったりする。
俊足のカルロスの次は、巧打者の白河。
バントからバスターなど、小技に長けた2番打者。
ちなみに、亮さんの下位互換である。
3番は、3年の吉沢さん。
厳つい、強打のサードでありながらチャンスメイクもできる。
クリーンナップなだけあり、やはり打撃能力で言えばかなり高いものがある。
そして、4番。
この稲城実業の中で最も注意しなくてはならない打者であり、強肩強打のキャッチャー原田。
高いミート力と抜群のパワーを誇り、チャンスにも強いという打の中心人物だ。
何より、チャンスで強い。
と言うよりは、ここぞと言う場面で打つ…と言うべきか。
試合終盤、一点が欲しい時や投手に疲れが見えた時など。
ここで打ってくれと言う時に、とにかく強い。
去年もヒット自体は打たれていないが、この打者にかなり神経を使った。
5番は、ピッチャーの成宮鳴。
投手能力は後述するため割愛するが、打者としての能力もかなり高い。
三振こそ多いものの、投手特有の柔らかいリストを生かしたシャープな打撃が最大の長所。
強い打球をどんどん飛ばすから、気をつけなくてはならない。
俺にとっては、因縁の相手。
去年の夏大では、こいつに一発を浴びて、負けた。
6番は、山岡。
一塁手の二年生で、所謂一発屋である。
ブンブン丸、扇風機、愛称はいろいろあるが、それに比例して当たった時の怖さは半端じゃない。
あとは割愛。
ここから下は、基本的に守備の人がメインになるから。
打線の怖さで言えば、市大三校や薬師の方が上だろう。
だがそれ以上に、神経を使わなくてはならない。
それぞれが特長を持っており、得意とするボールもスタイルも変わっていく。
何より全員が、自分がどのように動くのが最適かを理解してる。
「大野なら心配はいらないと思うけど、先頭打者のフォアボールは厳禁。特にカルロスみたいな足のあるバッターには特にね。」
「おう」
間違いなく、走られる。
そもそも球速ないし、トルネード投法という変則フォームの都合上、クイックはかなり遅くなる。
だからまず大切なのは、不要なランナーは出さないこと。
そんなのは当たり前だが、今回はかなり注意しなくてはならない。
あとは、ランナーをあまり気にしすぎないことか。
ある程度走られることは割り切って、バッターに集中すること。
先頭打者のカルロスと2番の白河は、ミート自体は特段高い訳ではない。
ストライク先行でガンガン攻めていくことが鍵になる。
クリーンナップに対しては、厳しく攻めていく他ない。
特に原田さんと成宮に関しては。
「続いて、攻撃です。」
まず抑えておかなくてはいけないのは、エース。
背番号はもちろん「1」、成宮鳴。
最速150キロに迫る直球と、切れ味のあるスライダーと落ちる変化球。
ともにカウント球として使えるほど精度が高く、勝負球に使えるほどの完成度を誇る。
ストレートもキレがあり、途中で加速するようなノビのある4シーム。
バランスよく高い精度を誇る縦横の変化球。
何より、決め球であるチェンジアップ。
昨冬に習得したであろうこの変化球は、ストレートと同じ腕の振りで利き腕側に緩く沈む。
軌道もストレートに近いため、ストレートのタイミングで合わせにいくと、確実に空振る。
「狙うなら、高めに浮いた変化球でしょう。成宮はそれほど制球も良くないため、試合終盤になれば必ず甘いボールも増えてくるはずです。」
確かにな。
制球自体は悪くないし、スタミナだって常人離れしている。
しかし、試合は炎天下。
汗もでるし、体力が無くなれば集中力だって削れていく。
どんなにスタミナがあっても、夏の大会で終盤まで体力が有り余っていることは、まずない。
勝負は、後半戦か。
わかってはいたが、そうなると先制点も取られることは許されない。
野手が焦らないためにも。
彼らがバッターとして最大の力を発揮できるように。
「明日の先発は大野。他の投手もいつでも行けるように準備しておけ。」
改めて、明日…決勝戦の先発として指名される。
こうやって言われると、一気に実感が湧く。
「エースとしての投球、期待している。」
「必ず。」
求められているのは、勝てるピッチング。
どんな投球だろうと、どんな内容だろうと。
任されたからには、期待に応えなくてはならない。
「一也。」
「ああ。」
俺は、少し息を吐いた。
「明日はよろしく頼む。」
彼は少しキョトンとして、笑った。
「ああ、よろしくな。」
そう言って、お互いに笑った。
明日になれば、全てが決まる。
終わりか、始まりか。
夢の舞台に立てるのか、夢で終わるか。
全ては。
明日、決まるのだ。