「以上が、薬師高校との試合になります。」
そうして、稲城実業の研究班はノートを開く。
去年の夏大会では、プロ注目の大型スラッガーで東を擁する青道高校を接戦の末に打ち勝った当校は、2年連続の甲子園出場に向けて最後のミーティングを行っていた。
対戦相手は、奇しくも昨年と同じ青道高校。
昨年同様、4番を中心とした強打が売りのチームとして完成しており、今大会も最後の壁として稲実の前に立ち塞がる。
「まず注意しなくてはいけないのは、攻撃面ですね。」
1番から9番までそれぞれが特徴的な打者が並べられており、下位打線まで抜け目のない打線。
マシンガン打線と形容されるほど、一度始まったら止まらない。
1番は足の速い倉持。
ミート力とパワーは他のバッターに劣るものの、それを補う足。
塁に出れば盗塁に揺さぶりと、厄介な打者である。
2番は、小湊亮介。
高いバットコントロールを生かした、粘り強い打撃が特徴。
その出塁率は、バントなどをこなしても尚今大会中3番目に高いという、化け物じみた数値を誇る。
倉持が出塁し、チャンスメイク。
そして小湊でチャンスを広げ、得点圏にランナーを置いてクリーンナップに回す。
これが、青道の得点率の最も高いパターン。
そのクリーンナップも、全員が高い打撃技術を誇っている。
まずは、3番の伊佐敷。
フルスイングを貫きながらも逆方向にも放てる器用なバッター。
犠牲フライや流し打ちなど、得点圏にランナーがいる際は意外にも堅実なバッティングを見せる。
最低限の仕事は、確実に行うというピンチでは迎えたくないバッターの1人だ。
そして、4番はキャプテンの結城哲也。
今大会打率5割越えの怪物クラッチヒッターであり、今大会の打点トップの打点を叩き出している青道高校の4番。
高いミート力と本塁打を量産、さらに状況に応じて打撃スタイルを変えることのできる器用なバッターでもある。
繋ぎから長打、さらにホームランも放てる、密かに今年のドラフトの目玉となっている。
そんな結城だが、もちろんこの稲実バッテリーも最大級の警戒をしている。
まずは、得点圏にランナーを置いた状態で彼に回さないこと。
そして、とにかくギアを上げて全力で抑えにいくこと。
単純だが、この4番に対しての攻め方が試合を決めると言っても過言ではない。
稲実から見た結城もそうであり、青道から見た原田も同じだ。
さて、話を戻そう。
結城の次に控えている打者は、増子。
引っ張り方向に強い打球を放つ典型的なパワーヒッター。
本塁打数で言えば、今大会は結城よりも多く放っているほか、見た目の割に足が早いため、横に広い見た目の割にセーフティーバントの成功率が高い。
クリーンナップを終えても、打線は終わらない。
6番の御幸は、チャンスに非常に強い。
基本的には打撃能力はあまり高くないものの、ランナーが溜まれば溜まるほど、ホームに近づけば近づくほど集中力が上がる。
そのため、迂闊にクリーンナップを歩かせることもできない。
ランナーを置いて御幸を回すのは、もはや自殺行為でしかないから。
7番は、投手の大野。
高いミート力を誇り、長打こそあまり多くないものの繋ぎには非常に長けている。
特に御幸で一掃した後に、下位打線からのチャンスメイカーとして動いている。
8番は、1年生の降谷。
三振こそ多いものの、当たればよく飛ぶ。
投げては150キロ近いストレートをなげ、打ってはホームランと言う天才型の選手である。
9番は白洲。
走攻守の揃った器用なプレイヤーであり、大野か降谷が出塁した際は塁を進めるような打撃を、ランナーがいないときは上位打線へのチャンスメイクとなんとも幅広いプレーをする。
これに加えて、代打の切り札である小湊。
1年生ながら終盤での起用で打率10割を誇っている青道の切り札である。
と、やはり攻撃力はかなり高い。
それこそ、地区どころか関東圏内で見てみても上位に食い込んでくるほど、だ。
「聞いているのか、鳴。」
「わかってるし。気をつけるのは哲さんだけ。あとは抑え方ももう分かってる。」
成宮が、ため息を交えながらそう言う。
もう何回目だというか、昨日の試合後からしつこく言われ続けているのだ。
いくらナーバスになっているとはいえ、限度がある。
そんなことを思いながら、成宮は頬杖をついた。
あとは、守備面。
鉄壁のセンターラインに加え、守備範囲の広い内野陣。
ポジショニングから走力も踏まえた守備範囲の広い外野(レフトの降谷を除く)
と、かなり高いレベルを誇っている。
そして。
「明日の先発予定のエース、大野夏輝。やはりこの人は外せないでしょう。」
青道高校のエース。
高い制球力とキレのあるストレート、多彩な変化球を投げ分ける軟投派投手。
タメの大きいトルネード投法から放たれる、手元で加速するようなノビのあるストレートと、同じスピードから大きく変化するツーシームの組み合わせが最大の武器。
さらには緩急を生かしたカーブやスライダー、SFFなど多彩な変化球も放る。
外角低めから内角高めなど、四隅に的確に投げ込む制球力。
ピンチになるとギアが上がるなど、精神面も非常に強い。
今大会は登板数こそ少ないが、投げた試合では毎回存在感を放っていた。
「甘いボールも少なく奪三振数は多いですが、彼にも弱点がないわけではありません。」
そんな大野だが、分かり易いほどの弱点がある。
まずは、異常に球が軽いこと。
どのボールも球質が軽く、当たるとよく飛ぶ。
特にミートポイントの広い金属バットでは、振り切られるとかなりの確率でヒットゾーンに落ちる。
あとは、トルネード投法によるクイックの遅さ。
まあこれは、誰でもわかるだろう。
他の選手よりも腰を捻るため、それだけタメも大きくなる。
タメ、つまり投げるまでの時間が他の投手よりも長ければ、ランナーが走ることの猶予は多くなるのだ。
「とにかく、多少のボール球だとしても積極的に振ること。あとは塁に出たら前の塁をどんどん狙うことですね。いくら御幸の肩が強くても、彼のフォームの特性上盗塁の成功率はかなり高くなるかと。」
これが、稲実の戦略。
あえてシンプルに、積極的に攻めていく。
できれば、先制点をとっておきたい。
何故なら、エースに楽に投げてもらいたいから。
いくらエースとはいえ、成宮はまだ2年生。
元々精神的に少し幼い彼は、些細なことでリズムを崩されることがあるかもしれないから。
それに、何より。
(いくら鳴でも、3失点は覚悟しねえとな。)
それだけ、青道の打線は怖い。
だからこそ、エースの投球に少しでも影響が出ないようにリードしている展開を作りたいのだ。
まあ、王様気質の成宮の性格上、リードしている状態でねじ伏せにいく状態が最も強いというのもあるのだが。
研究班の発表を終えると、監督である国友は一つ頷き、一歩前に出て話し始めた。
「去年、我々を苦しめたチームがまた最大の壁となって立ちはだかる。かつての一年生投手は今や立派なエースとなり、打線はさらに強力なものに立っただろう。」
一息、そしてまた話を再開した。
「だが、変わったのは我々も同じことだ。何より、彼らが知らない景色を我々は知っているだろう。向かってくるは、最高の挑戦者だ。ならばこちらは、最強の王者として迎え撃つ。いいな?」
監督の国友がそう言い切る。
そして間も無く、選手たちが大きな声で返事をした。
「勝負だよ、夏輝。次も絶対負けねえから。」
成宮がボソリと、そう呟いた。
間に合わなかったぜ…。