10回の表。
本来野球というスポーツは、9回で終わる。
しかしこのように、9回を終えても勝敗が決しない場合。
2人のエースが躍動。
誰もを置き去りにした最高峰の投手戦は、遂に延長戦へ。
お互い、公式戦で9回以上投げるのは初めて。
まだスタミナにも余裕がある。
しかしながら、この炎天下。
未知の領域に、成宮は立った。
が。
今の成宮は、それすらも超越していた。
その暑さは、成宮の熱をさらに高め。
疲労感は、成宮の負けん気で力に変えた。
この回も御幸から始まる下位打線。
白州にスライダーを捉えられて出塁を許すも、失点まではさせない。
続く門田と大野を抑え込み、再びマウンドで吠えた。
汗を拭い、ベンチに戻る成宮。
それを遠目に見ながら、大野は息を吐いた。
「すまん、大野。」
「いえ。打てなかったのは、俺も同じですから。」
門田がそう謝ると、大野は一言だけ返してマウンドへ向かった。
好投し、ベンチに戻る成宮と入れ替わるように。
大野はまた、マウンドへと帰っていった。
(また、か。)
門田からの謝罪に、思い出してしまう。
去年のことを。
そして、急に大野に重圧がのしかかった。
ここから先は、一点も取られては行けない。
勝つには、あの絶好調の成宮から味方打線が打たなければいけない。
いつになったら、点を取れる?
いつまで投げれば、勝てる?
終わりの見えないこの投手戦にドッと疲労感が溢れ。
ため息が出そうになり、すぐに飲み込んだ。
心配をかけてはいけない。
エースなのだから。
淡々と、味方の援護を待つのだ。
灼熱の太陽は身を焦がし。
確実に、大野の体力を。
精神を、蝕んでいた。
「大丈夫か、夏輝。」
無言で頷き、白球を受け取る。
そして、息を吐いた。
(今は、目の前のバッターだけを抑えるんだ。それだけだろ。)
雑念を振り払うように首を横に大きく振る。
目を瞑り、大きく息を吸い込み、また吐き出した。
また、その瞳は煌めき出す。
もう1人の「エース」と、呼応するように。
打順はクリーンナップから。
先頭は打率も高い、3番の吉沢。
次にくる打者が打者なだけに、ここはランナーを出したくない。
初球、インコース高めのストレート。
これをゾーンに決め、まずは1ストライク。
続く2球目はカーブを放るも、低めに少し外れてボール。
3球目、ここもカーブ。
吉沢も2球連続は頭に無かったのか、このボールを空振り。
1ボール2ストライクと、追い込んだ。
(どうする。)
(ストレートは4、5巡目とだいぶ見せてきた。決めに行くぞ。)
大野が頷き、グローブを胸の前に置く。
そして、打者の外角低めに構えられた御幸のミットに視線を送った。
外角ボールゾーンからストライクゾーンに切れ込んでくる、ツーシーム。
それを確認して、投げ込んだ。
「っ!」
ど真ん中から、低めに決まる高速変化球。
これに思わず手が出てしまい、空振り三振を喫した。
まずは、1アウト。
テンポよく打者を抑えた反面、御幸は大野にしては珍しい姿に若干の不安を覚えていた。
要求されたコースは、ボールゾーンからストライクゾーンに切れ込む変化球。
言ってしまえば、見逃し三振を取りに行ったボールだった。
しかし、投げられたコースは外の中段。
それも、少し真ん中寄りのボールであった。
(コントロールミス…とまでは言わないけど。)
この炎天下で、しかも初めての10イニング目。
不安要素は、はっきり言って多すぎる。
御幸の不安を察したのか、大野が視線を送る。
ロージンバックを右手の上で遊ばせつつ、真っ直ぐ御幸を見た。
(心配するな。先制するまでは、堪える。)
右手に纏わり付いた白い粉塵に、ふっと息を吹きかける。
(わーったよ。次4番だからな、球数使うぞ。)
(OK。)
迎えるは、4番。
尚且つ主将で、エースを支える女房役。
接戦の場面。
特に終盤になればなるほど、打点に絡む。
(単打はまだ構わない。長打は勿論、四球もナシだ。疲労が出てきたのは悟られたくねえからな。)
できるだけ、隙は見せたくない。
相手に余裕ができれば、それだけいいプレーをさせる要因になってしまうから。
(やっぱり、デカい。)
身長182cm、体重90kg。
体格面での圧迫感もそうだが、精神面が大きい。
終盤での風格は、プロ顔負け。
特に投手が好投している、ロースコアの投手戦の時は。
(日和るなよ。ここまで全く当たってないからな。)
(わかってる。)
とはいえ、やはり意識してしまう。
こういうバッターほど、終盤まで打てていない時。
試合を決める一発を放ったりする。
一度視線を原田に向け、すぐに戻した。
まず出されたサインは、ツーシーム。
打者のインコースからボールゾーンに外れるボール。
昨年の決勝戦もかなり有効であったコース。
やはりまだ苦手意識があるのか、このボールに空振り。
次は、ストレート。
インコース高めに外れるボール。
これにも手が出てしまい、空振り。
明らかに力んでいる。
御幸の目からも大野の目からもそれは明白であった。
(決めに行くか。)
(いたずらに球数増やしても意味ないからな。決めるぞ。)
出されたサインは、バックドアのツーシーム。
ここまで原田に対しては、特にインコースを攻めている。
そのため、体が確実に反応しないとわかっていた。
頭でわかっていたとしても。
ゆったりとしたフォームから、全身を縦回転。
ストレートと全く同じ軌道から途中で失速する斜め横の変化球。
低めに決まるこのツーシームで空振りを奪う。
そう確信し、御幸はミットの快音を待った。
しかし。
「ファール!」
鳴り響いたのは、甲高い金属音。
白球と金属バットが擦れた音であった。
反応した。
ここまで一球も見せてこなかった完璧なボール。
まさかこのボールに対応できるとは。
(これが延長の原田さんか。)
(どうする。)
(行くしかないだろ。)
今更、逃げられない。
そもそも、追い込んでいるのはこちらなのだ。
もう一球、ツーシームを続ける。
今度は、真ん中高めからインコース一杯に決まるボール。
しかしこれも。
原田は、反応した。
右打席から聞こえる、深呼吸の音。
明らかに、集中力が上がっている。
ここで一度、打ち気を逸らすボール
そのため、低めに外れるスライダーを放る。
が、やはりこのボールも見逃した。
(生半可なボールは見られるか。)
6球目に選んだボールは、ストレート。
低めボール一個分外れる直球が要求通りに届き、外れて平行カウントになる。
(決めるぞ。)
(おう。)
決め球は、やはりツーシームか。
インコースのストライクゾーンからボールゾーンに逃げる高速変化球。
この打席の初球もそうだが、原田はこのコースに全くあっていない。
打てないコースであれば、しつこく攻める。
弱点を攻めるのは、勝負事の鉄則だ。
(来るか。)
原田も、身構える。
恐らく、決め球はあのツーシーム。
インコースのあのボールか。
だとすれば、ここまで全く対応できていない。
しかし、ここまで何度も見てきたボール。
変化も、大体想定がつく。
必ずバットに当てる。
甘く入れば、確実に決める。
そうして、原田は息を吐いた。
一度、首を振る大野。
そんな姿に原田は若干の違和感を覚えながら、身構えた。
ゆったりとした、出処の見えにくいフォーム。
そこから放たれるのは、130km/h前後のボール。
反応で対応し切れる。
刹那。
全身の縦回転と共に。
鎌鼬が、原田の胸元を抉り込んだ。
「空振り三振!最後はインコース高めいっぱい、延長戦になっても4番に攻め込んでいきます、マウンド上の大野夏輝。その名の通り、真夏のマウンドで輝きを増します!」
はらりと舞い上がる白銀髪。
それを覆っていた帽子が落ちると同時に、大野は声を上げた。
原田から奪った三振から勢いに乗った大野は、最後のバッターである山岡を三振に打ち取る。
そして、ゆっくりとベンチへと戻っていった。
(さすがにきつ。)
息を吐き、帽子の鍔を抑える。
当たっていないとはいえ、やはりクリーンナップ相手は神経を使う。
ただでさえすり減っているというのに、終わりの見えない投手戦というのが、大野にとってさらに負担になっていた。
汗を拭いながらベンチに深く座り込む大野。
表情にもやはり、疲れが現れていた。
しかし。
「流石に疲れてきたかな?」
「ええ、まあ。」
その姿は逆に。
「ヒャッハー!ここで絶対点とってやるからゆっくり休んでろよ!」
「ったりめえだオラア!」
味方打線を奮起させる材料としては十分すぎたのだ。
「必ず決めてくる。それまで、待っていてくれ。」
結城がそう言うと、大野は笑って返した。
「お願いします。」
青道打線の猛攻が、始まる。