第二部、スタートです。
例の如く投稿は不定期です、申し訳ない。
(堪えろ。あと少しだろうが。)
バックスクリーンに映るランプが、それぞれ灯る。
黄色が2つに、緑も2つ。
赤いランプは、1つだけ灯っていた。
相棒役であり女房役の、御幸一也。
彼が構えたコースは、外角の低め。
相手は、お世辞にもミート力がある打者とは言い難い。
低めに強いボールを投げ切ることができれば、抑えきれる。
ここまで126球投げ込んできた右腕は、重い。
指先には上手く力が入らず、球威も落ちてきていることは自覚していた。
最後。
外角低めに向けて投げられた、渾身のストレート。
それは指にかかることなく、一也の構えたコースを大きく外れて後逸した。
蓄積されてきた疲労か、それ以外か。
それとも、緊張の糸が切れたのか。
色褪せた世界の中で、俺は崩れ落ちるようにして、倒れた。
「…っ」
視界は一転、鮮やかに戻る。
視界の先には、染みのひとつも無い真っ白な天井。
夏場なのに涼し気な風が吹き抜けているのは、ここがクーラーの効いた室内だからなのだろう。
「見知らぬ天井。」
ボソリと、呟いてしまう。
まあ大体は、把握出来る。
「負けたんだな、俺たちは。」
わかっている。
俺のワイルドピッチで負けた。
最後の最後に、俺は粘ることができなかった。
目に溜まった大粒の水滴を拭い、ゆっくりと起き上がる。
恐らくここは、近所の病院か。
辺りを見回す。
そこには、俺の母親と、真っ白の白衣を身にまとったハゲ…基、髪の薄い中年の男性が話していた。
「目が覚めたか?」
恐らく医者であろう男性が話を切り上げ、俺に声をかける。
「どこか痛むところはあるか?」
「肘が少し張ってる感覚が。あとは筋肉痛で全身が痛いです。」
現状を至って正直に話すと、医者は少し笑った。
「そうか。あともう少し安静にして、明後日以降だな、戻るのは。」
「わかりました。」
先生が言うには、俺は2日間まるまる寝込んでいたらしい。
熱中症と脱水症状のダブルパンチ。
水はこまめに飲んでいたつもりだが、それ以上に汗が出てたみたいだ。
特に脱水症状が深刻で、俺が降板したときは汗すら出ていなかったらしい。
ぼーっとしていると、少ししてドアが開く音が聞こえた。
「失礼します。」
声色からして、男性が入ってきたのだろう。
低い声とともに、近くに大きな影が写った。
褐色肌に筋肉質な腕。
スーツを身に纏い、室内なのに何故かサングラスをかけた強面の男。
紛うことなき、我らが監督。
片岡鉄心である。
「あっ、お疲れ様です監督。」
「体調はどうだ?」
少しばかり口角をあげ、朗らかな表情。
普段というか、練習とか寮生活のときじゃあまず見られないその姿に、俺は若干新鮮味を感じていた。
「まだ少し疲労が残ってますね。先生曰く、明日休んだらもう練習にも出れるそうなので。」
「そうか。今日と明日はゆっくり休め。」
その後、静寂。
というより、話すことが中々ない。
俺は敗戦投手で、監督は敗軍の将。
傷はまだ、互いに癒えていない。
均衡を破ったのは、監督から出た謝罪の言葉であった。
「すまなかった。お前が限界だと気づいていながら、最後まで甘えてしまった。」
椅子に座りながら、深く頭を下げる監督。
それを見て、俺は慌てて頭を上げるように頼んだ。
幾らなんでも、監督に頭を下げられてまともでいられる奴はいないだろう。
それに。
「…それも背負うのが、エースなんでしょう?」
俺がそう呟くと、監督は目を見開きながら顔を上げた。
良いタイミングだ、俺もここで吐き出させてもらう。
「最後の暴投は、俺の力の無さ故です。行けると俺が言いました。それで打たれたのは、紛れもないエースとして任せられていた俺の責任です。」
一つ息を吐いて、続けた。
「リードを守りきれず、すみませんでした。また、精進していきますので、これからもご指導お願い致します。」
そうして、俺も深深と頭を下げた。
俺にはまだ、足りないものが多すぎる。
球威はどうにもならないし、球速も多分爆発的に伸びることは無い。
最後までしっかり投げきれるスタミナと、筋持久力。
あとは強い球を投げる筋力。
コントロールは十分。
変化球の手札はそこそこあるが、もう1つ決め球が欲しい。
延長11回まで投げてわかったのは、俺の欠点。
汗や筋疲労でツーシームが抜けること、後半になると制球が上手くいかなくなること。
無い物ねだりは、しない。
しかし、得られるものならば。
己が力に変える。
勝てなかったのは、悔しい。
甲子園を目指して戦ってきて、その道が途絶えてしまったから。
だがしかし。
引退していった先輩達のためにも立ち止まるわけにはいかない。
ここから先は、俺たちの世代だ。
もう負けない為にも。
「強くならなきゃ、ですね。俺も、皆も。」
二度と負けないように。
あと一歩のところまで掴みかけた、夢の舞台へ。
「ああ。また、やり直しだ。」
そうして監督が立ち上がる。
頷き、俺も身体を起こす。
「お前は明後日まで休んでろ。」
「ですよねー。」
とりあえず休養か。
今はゆっくり休んで、次の練習に備えよう。
夏は終わった。
しかしそれは、全ての終わりではない。
新たなる世代の、始まり。
ひとつの夏が終わり。
もうひとつの夏が、始まる。