バッティング練習もそこそこにし、小休憩を挟んでいるところ。
近くにいたチームメイトに話しかける。
「小野。」
俺が呼ぶと、鼻の少し大きい坊主の男が振り返る。
ランニング中、見当たらない降谷の事を尋ねようと、同部屋の小野に聞く。
まあ彼は元々キャッチャーというのもあり、割と話すからな。
「降谷は?」
俺が聞くと、小野は少し俯いて首を横に振った。
「まだ練習には出られる状況じゃなさそうだ。」
「そうか。」
無理もない。
リリーフ登板して、その自分が打たれ負けたのだから。
一年生の彼の精神には、傷が大きすぎる。
無論、誰も彼のせいだとは思っていない。
そもそも打たれた俺が悪いし、打てなかった打線も悪い。
というか、投げたコース自体は悪くなかった。
寧ろ降谷には珍しく、低めに決まった完璧なボールだった。
あれは、打った原田さんを褒めるしかない。
「あいつ、言ってたよ。大野さんに申し訳ないって。」
「そう、か。」
あいつ。
謝るのは、寧ろ俺の方だろ。
俺があんな状況でバトンを渡したから。
あの炎天下、準備しているだけでも疲れが溜まっていく。
その状況で緊急登板して、一回を抑えてくれたのは本当に評価に値する。
あの厳しい場面でよく投げ切った。
俺からしたら、本当に降谷のいいところが出てたピッチングであった。
「後で俺も行ってやるか。ありがとう、小野。」
「ああ。」
少し、話したほうがいいかもな。
去年同じ思いをした身として。
少しくらい、アドバイスできるかもしれない。
さてと、降谷のことは一旦置いておいて。
俺も練習に集中しないとな。
今バッティング練習をしてるのは。
金丸だな。
あいつも中々、思い切りの良いバッティングをする。
そのため、前の世代で控えであった樋笠との競争が期待。
2軍との壮行試合で実証済みの勝負強いバッティングは、すでに監督からも評価されている。
「ありがとうございやした!」
ヘルメットをとり、バッティングピッチャーのノリに礼を言う金丸。
彼がゲージから出るのを確認して、俺も入れ替わるようにそこへ入った。
「いいね、良いスイングだ。」
「あざっす、夏輝さん!」
さてと、俺もやりますか。
今日は投げられないから、その分他の練習をする。
打撃、守備、他の投手へのコーチング。
俺ができることはいくらでもある。
勝つためには、俺だけ成長すれば良いわけじゃない。
チームが、強くならなくては。
そのためには、降谷。
お前の力も、必ず必要なんだよ。
その日の練習を終え、俺はシャワーを浴びて夕食へと向かった。
クリス先輩の荷物は、もうない。
こうしてみると、やはり実感してしまう。
軽く唇を噛んだ俺の姿に気がついたのか、金丸も気まずそうに俯いた。
負けたんだな。
そして、あの人たちは夏が終わったんだ。
残酷だが、それが高校野球だから。
「飯行くぞ、金丸。食うのも練習だ。強くなるために、食うぞ。」
「は、ハイ!」
高校野球の過酷な練習では、やはりかなりのエネルギーを消耗してしまう。
夏場は特に、エネルギーの消費が激しい。
だからこそ、消費してしまった分回復しなければいけない。
それ+で大きくなりたい、強くしたいと言うのであれば消費した以上に食べなくてはいけない。
特に、高校野球は体の強さがものをいう。
強い球を投げたい、打球の飛距離を伸ばしたい。
そうなれば、必然的に体を強くしなくてはならない。
故に、トレーニング。
食事もまた、上手くなるための練習である。
今日もまた、ペロリとどんぶり四杯を食べ終え、片付ける。
金丸は苦戦してるし、用事を済ませるか。
さて、と。
降谷のところに行くか。
小野には、先に言ってある。
だから部屋には今、あいつ1人だけだ。
部屋の前。
俺は一つ息を吐き、部屋に入った。
「入るぞ、降谷。」
「…大野先輩?」
俺の声を聞いたからか、降谷が身体を起こす。
その目もとは、意外にも少し赤みがかっており、少々腫れていた。
さて、来てみたは良いものの。
どうしたもんか。
降谷も俺が思っていた以上に繊細なのかもしれない。
静寂が続き、少し気まずい。
それを破ったのは、降谷の方であった。
「すいませんでした。先輩がせっかくあそこまで投げてくれたのに。」
「気にするな。そもそもあんな厳しい場面でよく投げてくれた。」
なおも俯く降谷。
やはり、彼としてもかなりダメージを受けたのだろう。
「やっぱり、悔しいか。」
俺がそう問うと、降谷は少し間をあけて、小さく首を横に振った。
「先輩たちの夏を終わらせてしまった。」
彼はか細い声で、そう言った。
いつもよりも小さく、消えてしまいそうな声で。
「中学の時仲間がいなかった僕にとって、初めて頼りたいと思えた先輩たちでした。もちろんそれは、大野先輩や御幸先輩も同じです。」
「そうだな。あの人たちは本当にいい先輩たちだった。」
「その先輩方の夏を終わらせてしまったのが、辛いんです。」
降谷がそう言い切ると、また俯いた。
こいつ、やっぱりかなり繊細なんだな。
そんでもって、意外と仲間意識が強いというか、本当にチームのためを考えているんだな。
ほんと、こいつもエースの気質あるよな。
また訪れた静寂。
あえて俺は、思ったことをそのまま話した。
優しく寄り添うでもなく。
本当に思ったことを語った。
「言いたいことは、それだけか?」
俺がそういうと、降谷はゆっくりと顔を上げた。
「お前は要求通りの球を投げて、期待以上のボールも投げた。文句のつけようだってない。何せお前の得意技のフォアボールだって出してないしな。」
「でも負けました。僕が打たれて。」
「違う。俺が踏ん張りきれなくて負けたんだ。」
俺は、あえて厳しい視線を送った。
「お前が打たれたせいで負けた?自惚れるなよ。そもそもお前が打たれる以前に俺が試合を締められなかったのがわるい。そうだろ。」
黙る降谷。
しかしその表情は、先ほどとは少し違う。
「負けたのが辛いか?俺も辛いさ。でもな、負けはお前の責任じゃない。」
俺も多分、少し涙目になっていた。
それくらい、こいつに感情移入していたんだと思う。
何せ、ほとんど同じ感覚を去年味わっているから。
なら、こいつはもっと強くなる。
きっとこの辛さもバネにして。
「責任は、打たれた俺だ。エースである俺が打たれたことが敗因だ。」
言い切った。
すると降谷は悔しそうに少しだが表情を変えた。
「悔しいか、降谷。」
無言で頷く。
そして俺は、言葉を続けた。
「悔しかったら、てめえの手でエースになってみろ。誰にも負けないと、叫び続けろ。そうしてチームを勝たせてみろ。そうすれば、二度と同じ思いはしなくてすむ。」
「はい。次は僕が、エースになります。もう誰にも負けません。」
「なら、強くなるしかねえだろ。」
「はい。」
「俺は二度と負けたくない。」
「僕もです。」
降谷の表情が、変わった。
これはもう、心配はいらないだろう。
「よく言った。明日から練習来いよ。」
「今から走ってきます。」
「今日はやめておけ。」
もう暗いしな。
今日は気分が変わっただけで十分だ。
ツーンとする降谷。
仕方ねーな。
「ま、明日の朝からまた走り始めるからよ。」
「行きます。」
「ははっ、完投できなきゃエースとは認めないからな。走り込んでスタミナつけろよ。」
そうして、俺は部屋を後にした。
ちなみに次の日、降谷は練習をバックれていたペナルティでずっと走らされていた。
俺もまだ肘に張りがあったため、付き合って一緒に走ってやったよ。
俺って優しいね。
こんな大野もええやん?
こんな降谷もええやん?