坂田丘高校との練習試合から、2日が過ぎた頃。
俺たちは次の試合に備えて、ブルペンに入っていた。
体力トレーニングを終え、時刻は14:00過ぎ。
気温は、今日も30℃を超えている。
「あっちー。」
「だな。」
右手でユニフォームの胸元を扇ぎながら、そう零した。
「っし。座ってくれ。」
「あいよ。」
一也が、防具をつけて座り込む。
そして、ミットを前に出した。
構えられたコースは、右バッターの外角低め。
そこに視線を送り、クイックモーションで投げ込んだ。
力としては、6割ほど。
快速球が、構えられたコースにピシャリと決まった。
「OK、ナイスボール。キレは十分だが。」
「…あの時には、及ばねえな。」
こればかりは、仕方ない。
自分で言うのもあれだが、あの時の集中力は異常だった。
感覚も、集中力も。
今までにないほど、研ぎ澄まされていたような感じがしていた。
しかし、それこそ無い物ねだりだ。
必要であれそれを引き出す方法がないのに、悔いても仕方ない。
今あるもので、今の俺で何処まで力を伸ばせるか。
さてと。
ということで今日やりたいのは、変化球。
夏の大会中から少し気になっていたのだが、少し投げてみたい変化球があったりする。
「少し、試したい。」
俺がそういうと、一也はわかっていると言わんばかりに肩を竦めた。
「カットボールか?」
「まあな。」
カットボール。
打者の手元で利き腕と反対側に曲がる、言わばスライダー方向の変化球。
スライダーよりも速く、打者の近くで高速変化する。
俺の決め球は、ツーシーム。
利き腕と同じ方向に、曲がりながら沈む高速変化球。
つまりは、同じような球速で曲がる、対の変化球なのだ。
きっかけは、夏の大会の準々決勝。
薬師高校の投手であった真田が投じた、打者の胸元を抉るカットボールに思いっきり詰まったから。
大会期間中は感覚が狂うからやめておいたのだが、昨日思い出して一也に話した。
意外とツーシームと身体の使い方と似ている上に、人差し指できること自体は同じだ。
まあ、机上論だけど。
実際投げてみないとわからないし、そもそも俺の身体で投げてどうなるかはわからない。
結局人の筋肉の就き方や身体のバランス、腕の長さから柔軟性、さらには細かい指先の感覚まで色々な要素で個性が出る。
「別に今のままでも抑えられるけどな。」
「もっと上手くなりたいのよ。悪いか?」
一也の言葉に、思わず意地悪な返答する。
すると、彼は先ほどよりも大袈裟に肩を竦ませ、笑った。
「まさか。相棒の成長が嬉しくないキャッチャーはいねえよ。」
思わず、俺も笑ってしまう。
「御宅並べてねえで投げんぞ。時間は有限だからな。」
これは、照れ隠し。
向こうもわかっているから、軽く返答して座る。
2球、3球と若干抜ける。
しかしまあ、感覚は大体わかってきた。
もっと強く切ったほうがいいのか。
お、少し曲がったな。
しかし、カットボールにしては遅いな。
なんとなく握りを見返し、投げる。
何球か、試しながら投げ込んでいく。
しかしまあ、上手くいかない。
ちなみにツーシームの時は、割とあっさり投げれるようになった。
もう一球、投げてみる。
速さは少し上がったが、今度は曲がり始めがかなり早くなってしまった。
これじゃどちらかというと、スライダーと変わらん。
「お前、どうやって握ってんの。」
一也から言われ、俺は右手を差し出して見せた。
縫い目を2本かけ、若干ストレートよりも深く。スライダーよりも浅く握っている。
簡単にいうと、フォーシームから少し縫い目をずらして深く握っている感じ。
「もっとストレートと同じように投げてみろ。握りはほぼ真っ直ぐと同じで構わない。全身を使って、小手先で曲げようとするな。お前はツーシームでも同じことしてんだから、なんとなく感覚はわかるだろ。」
「なるほど…え。」
思わず感嘆してしまうが、その声の主は一也ではない。
マジで、知らん人の声である。
「あなたは?」
割と常識あるほう(抜けている幼馴染とか他の投手たちに比べて)な俺でも、流石に聞いてしまう。
だって、知らん人だもん。
だって、学校の敷地内だもん。
「いいから、やってみろ。」
はあ。
顔を見てみると、この間目があったカエルのおっさんである。
まあ、やる価値はあるか。
少し苦戦していたしな。
えーっと。
手元じゃなく、全身で曲げる感じね。
ノーワインドから、思い切って腰を捻る。
試合とできるだけ近い状態で投げれば、感覚もなんとなくわかるかもしれない。
そんなことを思い立ち、俺は投げ込んだ。
球速で言えば、ストレートとほとんど同じ。
軌道も大して変わらず、一也のミットの手前で少しだけ沈んだ。
お、おお。
今のは、かなりカットボールしてたぞ。
もう一球、投げてみる。
感覚としては確かに、ツーシームに近いかもしれない。
小手先で曲げずに、全身の微細な感覚で曲げる。
「おお、ありがとうございます。えーっと。」
結局誰だ、この人。
「まあ、なんだ。時期にわかる。」
「は、はあ。」
知らんけど、ここに入って咎められていないということは、ここのOBなのだろう。
知らんけど。
まあ、危害加えられてるわけじゃないし、俺は構わない。
なんとなく、感覚は掴めてきたな。
今度は、少し強く切ってみるか。
人差し指で、少し強めに。
ギリギリで離したら、もっと変わるかも。
「お、今の結構横に曲がったな。」
「だな。これなら試合でも使えるかも。ありがとうございます、おじ…」
俺がそう言いかけた時、ブルペンにやってきた高島先生に遮られる。
「ここにいらっしゃいましたか。落合コーチ。」
「ええ、まあ。この子が少し難儀していたようですからね。」
ん、コーチ?
「紹介するわ。この夏から投手コーチとしてきていただいた」
「落合だ、よろしく。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
呆気に取られたが、コーチならそりゃブルペンにいてもおかしくないな。
うんでも、紹介くらいしてくれないと、心配になるよ高島先生。
何はともあれ、これが俺と落合コーチの。
俺の今後の野球人生を大きく変える出会いになる。
が、それはまた別のお話だ。