遅なりました。
「なっさんが怪我!?」
次の日。
肘のサポーターを付けながらブルペンへ向かった俺。
んで待っていたのは、案の定喧しい反応をする男であった。
「まーね。肘やられちゃってさ、全治は3ヶ月だと。」
「それじゃあ、秋大は…」
「すまないが、無理だな。お前らには迷惑かける。」
ここで濁しても、仕方がない。
なら割り切って、頼るしかない。
今戦力になる投手は、4人。
投手能力では最強、剛腕の降谷。
最速150km/h越えのストレートとキレ落差ともに十分なフォークボールを武器に三振を奪う。
コントロール、スタミナに課題あり。
所謂、ノーコン速球派。
また、ムラッ気がとにかくすごい。
6者連続三振する日もあれば、三者連続四死球やるときもある。
能力は最強。
しかしはっきり言って大一番を任せるのは、怖い。
もう1人は、降谷と同じ1年生の沢村。
このチーム唯一のサウスポーであり、変則フォームから手元で加速するフォーシームと、打者の手元で動くムービングファストを操る。
球速は130km/h前後だが、左右の制球力がまとまっている為大崩れしないのが最大の魅力。
その為夏の大会ではクローザーを任されていた。
現状最も信頼が置けると、俺は思う。
あとはもう1つ切り札があれば、かな。
俺と同じ2年生には、ノリ。
高い制球力でストレートとスライダーを低めに集める、右のサイドスロー。
ゆったりしたフォームからタメを作って投げ込む為、意外とタイミングの取りにくい変則フォームである。
沢村とは違い、高低のコントロールが非常に優れており、ゴロを打たせてとる安定感ある投球が持ち味。
夏の大会では、ロングリリーフを任されていた。
低めに集める安定感が持ち味なのだが、ガラスのハートという中々にアンバランス。
しかし、降谷よりは崩れにくい。
夏の大会で投げたこの3人は、確実に選考。
あとは、補強でもう1人欲しいところ。
そこで白羽の矢が立ったのは、1年の東条。
シニア仕込みの投球術に、多彩な変化球でゴロを奪う技巧派投手で、完成度で言えば沢村や降谷よりも高い。
120km/h代のストレートに、スライダーとカーブとカットボール。
あとは大野直伝のツーシームと、手札がかなり多い。
また、コントロールがいい為安定感がある。
メンタル面も沢村の次にブレにくい為、難しい場面やロングリリーフでも重宝されるだろう。
あとは、決め球がないのが課題だと本人も自覚している為、今後練習をしていくしかない。
この4人か。
東条はバッティングも上手く、どちらかと言うと俺と同じようなアベレージヒッターなので、まあ使い勝手もいいだろう。
運動神経もいいから、守備範囲も広いし、守備もある程度安定しているため俺のサブとしてもありだろうな。
俺が抜けたとはいえ、投手が充実していることには変わりない。
あとは俺がどれだけ回復が見込めるか、だな。
せめて準決勝とかまでに投げることができれば…
いや、無理だな。
そんな簡単に治る怪我なら、今もこうして休んでいない。
要らん希望を持つくらいなら。
今できることを、精一杯やろう。
まだ練習はできないから、とりあえず投手陣のお手伝い。
各選手のフォームを見たり球筋を見て、アドバイスできるところはする。
特に東条なんかは俺とタイプが似ている。
投球スタイルは違えど、球速や変化球の数なんかは、かなり近いものがある。
というか他の3人が癖がありすぎて、俺が1番近いというか。
まあ何にせよ、幾らか助言はできる。
「なっさん!俺の新球種カットボールはどうでしょうか!」
やたらデカい声が耳に刺さり、その方向に視線を向ける。
沢村か。
俺が落合コーチから受けた指導を軽く沢村にアドバイスしたら、彼も気づけば投げられるようになっていた。
足を高く上げ、体重移動しながら右手で壁を作る。
身体の開きを抑え、最後まで力を溜め込むために。
尚且つ、後ろを走る左腕が身体で隠れる為、打者から見てみても左腕が遅れて出てくるように見える。
そこから、右脚を踏み込む。
溜め込まれた力を、捻転で解放。
人差し指で弾くように、リリース。
放たれた白球は、捕手である狩場の手元で左打者から逃げるようにして変化した。
「おっ、今の良い曲がり。」
「ほんとですか!」
分かりやすく喜ぶ沢村。
投げ始めにしては、かなりよく曲がってるからな。
「コースは甘々だけどな。お前の場合できれば、右のインコースに投げるのが効果的だ。」
「右のインコース、ですか。」
「真田が攻めていたコースの一つだ。」
打者がインコースのゾーンだと思って振る。
そこから手元で小さく曲がるから、バットの根っこに当たって凡打に繋がる。
もし変化に対応出来たとしてもスピードが速いため、詰まりやすい。
「それを続けられるように、まずは投げる。それが出来るようになったら、今度はストレートと高速チェンジアップの間に混ぜながら慣らしていく。それで完璧に制球できるようになれば、初めて操れるはずだよ。」
俺がよく、新球種を練習するときに必ず行うもの。
実戦では、続けて同じ球種を投げ続けることは中々ない。
ストレート以外のボールと変化球では、指先の感覚や身体の動かし方も感覚的に変わる為、感覚がズレたり抜けやすくなったりする。
その為、練習の内から身体に染み込ませるまで投げる。
それができるようになれば、試合で必ず決めたい場面で、しっかりと投げきることが出来る。
色々な球種を折り曲げながら投げ込み始めた沢村。
問題なさそうだな。
そう思い、今度は横で投げ込んでいる東条。
彼も先日からブルペン入りしている為、少し様子を見てみる。
「ッシ!」
スリークォーター気味のフォームから繰り出されたのは、ストレート。
アウトコースの中段に決まる。
サイドのコントロールはまあ、OK。
高さは、悪くないくらいだな。
「ナイスコース。」
「あっ、大野さん。ありがとうございます。」
金丸と言い、やはり松方シニアの面々は礼儀正しい。
それに、感じがいいというか、人間性も。
普段はそれでいいんだけど。
捕手の要求に完璧に答えようとする余り、少し置きに行ってるように見えるな。
あれじゃ、打たれる。
二軍との壮行試合のときは、自分から攻めているように感じたんだけどなぁ。
やっぱり一軍だと、少し合わせちゃうか。
「コントロール重視でやってるでしょ。今のうちはもう少し思い切って投げきった方がいい。お前の実力なら、全力で投げてもそんなに乱れないからな。」
「そうですかね。自分の武器はコントロールなので、どうしてもそこに念頭が行っちゃいますね。」
「それは仕方がないことだ。でも練習のときくらいは多少意識を変えてやるのも手だと思うぞ。練習であれこれ試したり、失敗したりして、試合本番ではその時の全力を尽くせばいい。」
俺がそう言うと、東条は少しボールに視線を落としてから、また顔を上げた。
「分かりました。もう少し思い切ってみます。」
「投げてみれば、意外と制球できることがわかる。それに、ワンバウンドなら痛打されることはないからな。思い切って叩きつける気持ちでもいいかもしれないぞ。」
俺がそう言うと、東条は頷いて再び投げ始めた。
少しお節介だったかな。
でもまあ、実践するかどうかはこいつら次第だし、寧ろ思ったことをそのまま言わない方が気持ち悪い。
「やってるか。」
そんなこんなで数分後、落合コーチが入ってくる。
コーチはブルペン内を少し見回すと、俺の近くに置かれた椅子に座り込んだ。
「雰囲気がかわっているな。何か助言したか?」
「少し出しゃばりました。」
「構わない。寧ろドンドンお前の意見も出してやってくれ。」
落合コーチも、そう言って降谷の方へ向かう。
どうやら彼も、少し変化球を覚えようとしているらしい。
そんな様子を見ながら、今日の練習は続いていった。