夏休みも、終わった。
甲子園予選を戦い抜き、稲実と死闘の末に敗北。
先輩たちが高校野球生活を終え、俺たちの世代になり。
そして灼熱のグラウンドで厳しい練習を重ねる。
俺は夏休みに肘の怪我が見つかり、現状は野手登録。
物事は沢山あったものの、あっという間に過ぎ去ったこの1ヶ月半の長期休暇が終わりを告げた。
我々高校生、学生の本務である授業も再開し、またいつも通りの生活に戻る。
さて、時期は9月頭。
秋の大会のブロック予選の対戦相手も決まり、チームも仕上げの段階に。
レギュラーも決まってきており、打順なんかも大体決まった。
俺は現状、未だに安静の状態。
もう1週間は野球も出来ないため、今回のブロック予選に関しても出場は見合わせる予定だ。
回復自体はしてきているんだけどね。
もうバットも振れるし大丈夫なんだけど、やはり早く回復させるのがいいと思う。
だから今は、我慢だ。
俺たちが入ったブロック。
他チームは全て都立高校の、尚且つ夏の大会でも初戦敗退か2回戦敗退のチームのみ。
その為、一次予選に関しては問題なく勝ち進めるだろう。
「よし。」
靴紐を結び終え、軽く屈伸。
走る分には問題ないと先生からも言われているので、徐々に体力を戻していく。
とりあえずは、投手のランメニューから。
ノリと沢村、あとは降谷と東条と走り始める。
「そういえば、今日だったな。」
ランニングの間、ノリがそう話を切り出す。
今日?今日なんかあったっけ?
俺がそんな反応をすると、半ば呆れたようにノリは答えた。
「ベンチ入りメンバーと、あと背番号だよ。」
「あっ、そっか。」
今大会、秋の予選のベンチメンバーの発表。
それに伴って、選手たち1~18の背番号が割り振られる。
すっかり忘れていた。
いつもはエースナンバーが貰えるか否か気になっていたんだけど、今回はもう貰えないことは分かってるからな。
センターだから、背番号8とか?
投手控えの番号だったりして。
まあ貰えるのであれば、なんでも構わない。
「エースナンバーは誰だろうな。」
「大野じゃないの?」
「投げられない奴を、エースになんてしないだろ。」
俺がそう言うと、ノリは苦笑してまた走り始めた。
なんと言うか、気まずくしてすまない。
とは言え、これは本音だ。
「エースになるのは、この俺だあああああ!」
ポールの折り返し地点で現れるは、やかましい人。
基、沢村である。
その後ろから走ってくる降谷もまた、静かに闘志を燃やしていた。
エースになるために、か。
そうだな。
今はきっと、もらえない。
だからこそ、次の大会では。
必ず自分の手で、取り戻してみせる。
この後俺たちはみっちりと練習をして、その夜。
室内練習場に集められた俺たちは、監督を待った。
「エースナンバー、誰だろうな。」
俺が、隣にいる一也にそうやって聞く。
すると彼は、軽く首を傾げてから、少し笑った。
「さあ、な。」
「なんだそれ。」
年功でいけばノリだが、うちはそんなことないからな。
それこそ俺も一年時から背番号1はもらってたわけだし。
そう考えると降谷?
ムラっ気はあるけど、今1番いい投手ではあるからな。
沢村もなくはないしな。
安定感に関しては今チーム一だと思うし。
何より、チームを鼓舞すると言う点では、かなり適任だとは思う。
東条はまだ流石にないかな。
そんなことを考えていると、監督が練習場に入ってきた。
案外、俺の背番号も気になる。
まあ監督の発表を待とう。
「それでは、背番号を渡していく。」
引退後ながら屈強な身体をゆらりと揺すり、横にある段ボールへと手をかける。
そして真っ白な布切れ一枚を、拾い上げた。
ノリか、降谷か。
それとも、沢村か。
誰にせよ、今大会の主軸になる投手だ。
大事な試合を任せられる、チームの柱だ。
「まず初めに、背番号1番。」
監督から前に来るように促されたのは、俺が想像していなかった男であった。
「2年、大野夏輝。」
「…え。」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。
今、なんと??
「どうした。早く取りに来ないか、大野夏輝。」
「え、あ、はい。」
なんで俺なんだ?
俺は投げるどころか、一次予選では出場すらできない。
こんな俺がエースナンバーを背負ってもいいのだろうか。
本心は、嬉しい。
だけど。
だけど、とてもじゃないがこんな俺が…今の俺が受け取っていいとは思えない。
「本当に俺が、この番号を受け取ってもいいんですか。」
「不服か?」
この番号の意味は、監督もよくわかっているでしょう。
そう目で訴えかけるように、言葉を続けた。
「俺は投げられません。」
「わかっている。」
「それでも、ですか。」
そうすると、監督は大きく頷いた。
「これは俺だけでなく、他の投手からの推薦でもある。」
他の投手?
なんであいつらが、わざわざエースを。
「俺たちはまだ、なっさんに勝った訳じゃないですから。な、降谷!」
沢村はそういうと、降谷の背中をドンと叩いた。
そう言うと降谷も、こくりと小さく頷いた。
ノリもまた、頷いて肯定する。
それを見て監督はまた、話を始めた。
「確かにお前は今大会投げられないだろう。しかしそれでも、俺はお前はエースであってほしいと思う。」
そう言われ、俺は思わず泣きそうになってしまう
なんだろう、すごく嬉しい。
「日々の生活から、練習への態度。もちろん実力もそうだが、前の二つが1番、メンバーを決める上で大切だと思っている。それは、お前たちもわかっているはずだ。」
もちろん、頷く。
それは常々言われていることだし、少なからずみんなそれを意識している。
「常に自分ができる最善を尽くしてチームに勝利をもたらす。チームのためにそれができることこそがエースだと俺は思っている。違うか?」
「いえ。」
「ならお前は、このチームのためにいつも最善を尽くしてきたじゃないか。投げられないながらも、それでもチームが勝てるように行動していた。だからこそ、他のチームメイトもお前をエースに推薦したんだと思うぞ。」
チームのために、自分ができることをする。
勝つために、己の最善を尽くす。
「もう一度言う。背番号1番、大野夏輝。」
俺は、投げられない。
今の段階では、試合で、プレーでチームに貢献することはできない。
それでも。
俺ができることだけ、精一杯やろう。
その誓いを胸に、俺は大きな声で返事をした。
監督から手渡される背番号。
俺はそれを、両手でしっかりと握り締めた。
「受け取れるな?」
「謹んで、受け取らせていただきます。」
そうして俺は、監督の手から離れた背番号を受け取った。
ただの布切れ一枚に過ぎない。
しかし、重い。
俺はその番号を、大切に抱えた。