さあやって参りました、一年生と二軍メンバーの壮行試合。
「実況は私、大野夏輝。解説には滝川・クリス・優さんと御幸一也さんに来て頂きました、本日はよろしくお願いします。」
「何をしている。」
「よろしくどうぞ。」
何をしているかと言いますと、まあ見ての通りです。
3人で実況解説ごっこをしながら、俺たちはプレハブ小屋で試合を観戦している。
理由としては、昨夜の室内練習場で二軍対策をしていたのがバレたから。
ついでに太田部長と高島先生に一年生の情報共有をして欲しいとの事でこの部屋に監禁されている。
別に俺は元々自主練すらも禁止されてたし、やることないからいいんだけど。
一也も朝イチでウエイト終わらせてたし。
クリス先輩は肩のリハビリも午前中で終わって、午後はフリーみたいだから来てもらった。
「どう、大野くん。彼らの勝算は?」
高島先生が面白そうと言わんばかりにこちらに話を振る。
うーん、勝算ねぇ…
「ゼロですね。」
「え?」
ほんの少しも間を開けず、俺はそう言った。
対策って言っても、できたのは相手選手の特徴を伝えたことくらい。
あとはどうやって戦っていくかどうかの心得。
たった一夜じゃどう頑張ったって一夜漬け。
いきなりムキムキにだってならないし、上手くもならない。
「というかこれで勝たれちゃ、2年間頑張って来た人たちの面子が立ちませんよ。」
「それもそうね。」
「まあけど、せめて試合にはなるよう努力しました。」
監督に直談判し、オーダーもこちらで構成。
俺の指示を金丸キャプテンが引き継いで指示を出していく。
因みに、一年生のオーダーはこうだ。
1番 遊 高津
2番 投 東条
3番 二 小湊春市
4番 三 金丸
5番 左 降谷
6番 中 金田
7番 一 柳岡
8番 捕 狩場
9番 右 岡
先頭打者には、足も速くてパンチ力もある高津。
2番にはバッティングセンス抜群の東条を置き、クリーンナップに打撃三強を置いておく。
ちなみに春市くんは、亮さんの弟らしい。
ということで、兄譲りのバッティングセンスの高い春市くんを3番に。
4番は我らが金丸。
やはり、一年生の中でバッティングの融通が一番効く。
元々パンチ力のある選手だから一発も見込めるし、繋ぎの打撃もできる。
そして、中々チャンスにも強い。
正に、4番向きだ。
5番には、ブンブン丸の降谷。
当たればよく飛ぶし、結構当たる。
彼もピッチャーであり、センスもある。
今日は東条の2番手として出してもらおうと思う。
とまあ、こんな感じでちゃんと考えている。
まあ、オーダーとか考えたのは捕手2人なんだけど。
俺が伝えたのは、投手の攻略のみ。
投げる可能性がある、3人。
先発の丹波さんと、二年生のノリ、同じく川島。
先発はやはりというか、丹波さん。
この人は戦力になる云々ではなく、その上の試験。
エースとしての投球ができるかどうか。
どれだけ打者を圧倒できるかどうか。
つまり一年生からすれば、一軍投手と真っ向から対戦しなきゃいけないと言うこと。
それも短いイニングだから、まごう事なき全力投球だ。
(さあて、どうする金丸。)
俺は目の前にある机に肘を置いて、グラウンドに目を向けた。
(嫌な見逃し方するな、こいつら。)
この回最後の打者が見逃し三振で打席を後にする姿を、宮内は横目で追った。
回は既に3回。
ここまで丹波が奪ってきた三振は七つ。
出塁した打者は、0人。
まるで圧倒的と言わんばかりの投球。
しかし宮内の目から見た一年生の見逃し方は、少しばかり不自然に見えた。
「どうしたんだ、宮内。」
「ああ、いや。」
点差もあるし、あまり気にしなくてもいいか。
そう思い、宮内は心の中に疑念を仕舞い込んだ。
その裏で一年生ベンチ。
ここまで三振の山を築き上げられている彼らは、密かに反撃の時を待っていた。
「よし、これで様子見は終わりだな。大丈夫か、東条。」
臨時とはいえキャプテンになった金丸は、ここまでなんとか6失点に抑え込んでいる東条に声をかけた。
あまりいい成績とはいえないが、相手が先輩となれば上出来…いや、完璧な働きだろう。
「うん。守備にも助けてもらってるからね。」
先発の東条、ここまで一つの三振も奪えてないが、高い制球力を活かした打たせてとるピッチングでなんとか抑えることができている。
しかし、汗の量が多い。
たった3回しか投げていないと言うのに、完投した時よりも汗が出ている。
体力の問題ではない。
高校球児の鋭い打球に、気迫、それに力強いスイング。
精神的に、東条は野球人生1の疲労感を感じていた。
「降谷、準備はできてる?」
汗を拭いながら、東条がそう問う。
それに対し降谷は、無言で頷いた。
アピールするように肩を大きく振り回しながら。
その姿を見て、東条は安心するとともに、一つの覚悟を決めた。
(せめて、最後くらい無失点で抑えよう。)
ここまで予定通り、寧ろそれ以上の投球をしている。
それでも、せめて。
一年生の中で一番経験のある投手として、推薦で入学した1人として。
反撃を開始する直前に、狼煙を上げるような投球をしたい。
息を吐いてベンチから立ち上がった東条の肩に、軽い衝撃が走る。
「力入ってるぞ、東条。」
「後ろには僕らがいるから、安心して投げていいよ。」
東条の肩を軽く叩き、小湊と金丸が自分の守備位置へ向かう。
「いつでも投げられるから。」
「後ろには俺もいるからなー!」
沢村と降谷、2人の投手が声をかける。
言葉を受け、東条はまた深呼吸をした。
ここまで支えてくれた、みんなのために。
この後を投げてくれる、仲間たちのために。
東条は、最後のマウンドへと向かった。
まずは、2番の楠木から。
最初の打席はセンターオーバーのタイムリー、二打席目はショート高津のエラーでの出塁。
二つとも出塁を許しているが、彼の中で楠木を打ち取る算段は立っていた。
(やっぱり、インコースの見極めは良くないね。)
(確かに、さっきも反応悪かったしな。スライダーを引っ掛けさせよう。)
2人でサインを交換して、3球。
最後は注文通りのボールを打たせてショート前へ。
同じミスはしまいと、高津も丁寧にゴロを処理してワンナウト。
続いては、3番の佐竹。
ここニ打席は、単打2本。
パワーヒッターというよりは、率を残すタイプ。
積極的に振ってきた楠木と違って、消極的な打者。
(この人は、追い込まれるまでは手を出さない。)
(予定通り行こう。最後のボールはバックドアのスライダーで。)
この打者に対しては、予め決めていた作戦で勝負に出る。
2球、アウトコースストレートで追い込む。
サイン交換はなし、その分投球感覚は短くなる。
3球目、スライダー。
打者が準備などする暇もなく、打者のアウトは宣告された。
積極的な打者に対しては、ボール球で。
消極的な打者に対しては、3球勝負で。
このクレバーな投球とそれを体現することができる制球こそが、東条のピッチャーとしての特徴だった。
(あとは…)
目を向けた先には、一軍の主力である増子。
三週間前の試合、注意力散漫なプレーで二軍に落ちた彼。
実力は、レギュラーそのもの。
そんな増子に対して、東条は徹底していた。
たった四球。
外に外れるボールを投げて、歩かせた。
(悪いけど、勝負するにはまだ力が足りなさすぎる。)
大きく息を吐く東条に、狩場が駆け寄る。
「気にすんなよ。フォアボール出すのだって勇気いるだろ。その勇気で、最後の打者も頼むぜ。」
東条は何も言っていない。
しかしそれを察してマウンドへ駆け寄った。
「ああ、ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
そうして、東条はにっこりと笑う。
5番は、キャッチャーの宮内。
御幸の控え捕手である。
初球はまず、スライダー。
真ん中低め、コースに決まってストライク。
2球目は再び同じような、しかし少し低いボール球。
2球続けての見逃し、手が出なかったと言ってもいい。
3球目、カーブ。
少し緩い軌道を描き、外のボールゾーンからストライクゾーンへ入り込んでくる変化球。
これを振るも、空振り。
1ボール2ストライクと、ピッチャー有利のカウント。
同じ一軍の増子は歩かされ、自分で勝負されている。
安牌だと判断されたことに、宮内は少しばかり頭に血が昇っていた。
一年生バッテリーに思われたことが、簡単に宮内の余裕を奪う。
そして余裕が奪われた打者は、少しばかり視野が狭くなる。
その「少し」が、宮内のスイングを鈍らせた。
投げ込まれたボールは、ストレート。
少し甘く入ったコースに、宮内も迷わずスイング。
が、そのボールは急激に失速。
手元で、シュート方向に少しだけ沈む。
大野が授けた、一つの手札。
ストレートとほぼ同じ球速で沈む「ツーシーム」
大野のそれとは似ても似つかないほど小さなものだが、ハッタリとしては十分であった。
気がついた時には、もうバットは止まらない。
芯から外れた打球は、低いまま金丸のグローブにおさまった。
好投した東条を助ける、金丸の好捕で4回の表を無失点で抑えてみせた。
(代償は少し大きかったけど、無駄ではなかったよな。)
3回は、失点しながら情報収集。
最後の回はその全てを活かして、歳上相手に無安打に抑えた。
疲れを顕にしながら、それでも安堵したようにベンチに座る東条を見て、金丸がチームに声をかける。
「さあ、こっから反撃と行こうぜ。」
「さっきから気になってたんだが。」
先頭打者の高津が、金丸を見る。
そして。
「なんでお前が仕切ってんだよ。」
「別になんでもいいだろ!」
点差は、6。
四回にしては大きい点差。
一年生の反撃が、始まる
ここからちょっとずつ原作を改変していきます。
あとここまで読んでもらえればわかると思いますが、金丸を優遇していきます。