「監督がやめる?」
部屋に戻って早々、何故か俺の部屋にいた一也に、俺は監督室でのことを話した。
「…かも、だ。」
断定はできなかったが、恐らくは監督の進退についてだ。
前回の榊監督時代は甲子園の常連校。
しかし引き継いだ片岡監督時代は、6年間で未だに甲子園の舞台に届いていない。
若い片岡監督の采配に疑問を持つOBや後援会の人間も、少なからずいるだろう。
私立高校は、OBや後援会と呼ばれる人達の力が強い。
この青道高校のようにプロを排出している高校となれば、尚更だ。
彼らからの圧力というのは、時に校長たちよりも強まることが、あったりする。
「監督が退任するかもって、どうするんですか。」
自分の学習机に向かいながら質問してきたのは、金丸。
うーん。
「どうって、俺達にできることなんてたかが知れてる。」
生徒の力には、限界がある。
教師に給与を払っているのは学校側であり、後援会等の資金から部活動が成り立っている節はある。
そうなると、俺たちのできる範疇を超えていると言えば、超えているのだ。
「まー、何も出来ないわけじゃないが。」
俺がそう言うと、一也も頷く。
すると金丸が、不思議そうにこちらに返答した。
「どうするんですか。」
俺たちは、笑顔で答えた。
「簡単な話だ。勝てばいいのだよ、金丸くん。」
「甲子園行きを決めた俺たちをほっぽって行く程、監督は無責任じゃねーよ。」
要は、成績を残せていないから悪いのだ。
ならば、勝てばいい。
今まで甲子園に行けなかったのであれば、今回行けばいいのだ。
まだこの秋大までは猶予がある。
この大会で勝ち上がって結果を残せば、という訳だ。
「ってことで勝つ確率をあげるために、バットでも振ってくるわ。」
「あっ、俺も行きます!」
俺がそう言って着替えると、金丸も同じく立ち上がる。
一也もそれに合わせて、立ち上がった。
「んじゃ、俺も自分の部屋に戻るかな。」
とか言いつつ、こいつも多分バットを振りに行く。
いつも誰も見ていないところで練習をしている。
ある種、恥ずかしがり屋なんだろうな。
これだけ一緒に居ると、わかる。
そんな能天気な奴じゃない。
暗くなったグラウンド。
そこにはもう、誰もいない。
しかし明るくなっている室内練習場からは、声が聞こえる。
「おう、帰っとったんか大野。」
「うん。とりあえず順調だってさ。」
いつもバットを振っている男、前園。
通称ゾノである。
その横でトスを上げてるのは、小湊だな。
「お疲れ様です。」
「大丈夫?ゾノにいじめられてない?」
「んな訳あるかい!」
平常運転、速攻でツッコミが入る。
流石、関西のノリである。
とは言え、このゾノ。
打撃練習の数で言えば随一なのに、結果が伴わない男No.1である。
元々インコース捌きは上手かったのだが、チームバッティングを意識し過ぎて空回りしてるように見える。
具体的に言うと、逆方向を意識し過ぎているというか。
それで引き付けすぎて、詰まっている。
ストレートに差し込まれてポップフライかボテボテのゴロが多い。
(自分のスタイルをブラしちゃ、元も子もない。)
そんなことを思いながらも、俺は近くにネットとボールを寄せた。
「金丸、先打つ?」
「いいんすか?」
「いーよ。」
この室内練習場には、俺たちとゾノと小湊だけ。
だから気にせず、少し場所を取るトスバッティングを行う。
素振りも大事だけど、やっぱり実際にボールを打つ方が手応えとか力の入れ具合なんかも具体的にわかるから俺は好き。
というか打数が少ないから、感覚を染みつけなければいけない。
まあしかし、金丸を先に打たせる。
ゾノと小湊がいる間に、情報共有も兼ねてね。
俺は割と感覚派とか言われてるし。
配球は読む方だけど、肘や手首の使い方、身体の捻りなんかはもう何も考えずにやっちゃってるから、自分でも説明できない。
だからこの辺は、ちゃんと理解してる人達と情報共有して欲しい。
「金丸は結構スタンス広めだよね。」
「あぁ。俺はこっちの方が力が入りやすくてな。ストレートに力負けしないようにクリス先輩がな。」
小湊と金丸が2人で話している中、ゾノがこちら側へと来た。
「大野、少しええか?」
「いいもなにも。」
「大野は結構逆方向得意やろ?どういうこと意識してるんか教えてくれへんか?」
あー、なるほどね。
あんまり説明なんかは得意じゃないし、そもそも俺の身体とゾノの体は違うわけで。
正直、さっきも言った通り身体の使い方に関しては、感覚はなところがある。
「ゾノはなんで逆方向に打ちたいの?」
おれがそう聞くと、ゾノは首を傾げながら答えた。
「なんでって、そら得点圏でランナーが帰りやすいのは右方向や。チームバッティングせなあかん立場やからな。」
そうか。
基本的にはクリーンナップや6番などチャンスで回ってきやすい打順に置かれることが多い。
あとは、副キャプテンという立場だから、か。
「じゃあ、俺の目的ってか打ち方とは違うから。」
「どういうことや?」
「俺は基本的には下半身で我慢しながら泳ぎつつ打ってる感じだから、ゾノとは完全に打ち方は違う。基本、流し方向には強い打球打てないからな、俺は。」
俺はチームバッティングというよりは俺が打ちやすいからそう打ってるだけ。
あとは多少詰まってても手首が柔らかいから上手い具合で返せるだけなのだ。
「せやか。まあ、打ち方はそれぞれやからな。」
「そういうことだよ、ゾノ。」
気が付いたか。
そう思ったが、またも不思議そうな表情を浮かべるゾノ。
こいつ、自分で言ってるのに。
「俺には俺の打ち方があって、ゾノにはゾノの打ち方がある。」
俺は粘って流し方向に打つのは得意。
だけど、引張方向に強い打球はあまり打てない。
ゾノは方向を指定してうまく打つのは苦手。
だけど、強い打球は打てる。
それぞれ得意なことがあって、感覚だって違う。
そう考えたら、ゾノは多分、逆方向を意識しすぎるとバットをうまく振り切れないんだと思う。
「あんまり難しく考えないほうがいいと思うぞ。シンプルに、少し意識して引き付けたり前で打ったりっていうのを意識すればいいと思うよ。」
無理に引っ張ったり流したりという意識が、ゾノを空回りさせている気がする。
だからあまり難しく考えないほうがもっと、楽に打てると思う。
それに。
「野球は楽しいのが一番だ。チームのためもそうだが、おまえ自身のためにやるのもまた大切だと思うぞ。」
「俺自身のため、か。」
俺は、成宮と投げ合っていたあの日。
この野球人生で一番いい投球ができたと同時に、楽しかった。
全力プレーで楽しい時が、一番いいプレーがでてくれる。
だからゾノはもっと、気楽にやったほうがいいと思うな。
「俺からいえるのはここまでだな。技術的なことは白州とかに聞いたほうがいいと思う。」
すると、ゾノは黙って俯く。
困らせたか、この返答は。
少し静寂が続き、なんとなく気まずくなる。
その静寂を破ったのは、顔を上げたゾノの声だった。
「参考になったわ、ありがとう。」
「うん。じゃ、俺も打とうかな。」
それぞれが、得意なことは違う。
それぞれを補っていくからこそ、チームなのだ。
だから、そうだな。
今できることを、精一杯やろうというわけだ。