試合は中盤。
5回の裏と、折り返し地点まで進む。
5回の攻撃を無失点で抑えた沢村に対して、向井。
ここまでの投球内容は、御幸が放ったヒット1本のみ。
好投を見せている沢村よりも、正直圧倒的な内容であった。
(やるな、向井太陽。)
低めの制球力は、やはり抜群。
ストライクからボール、ボールからストライクを徹底してるから、長打が生まれにくい。
甘く入るボールは、未だに0。
雨の影響もあまり受けていないように見える。
この回の攻撃も8番の金丸をセカンドゴロに打ち取ると、沢村を三振、倉持をライトフライで打ち取り、この回を終えた。
乾とのコンビネーションか。
互いに一球一球目的を理解し合って投げているから、とにかく投げミスがない。
正に、阿吽である。
6回の表。
雨は強まる中、沢村はマウンドへと向かう。
冷え込み、少しばかり雨が煩わしい。
そんなことを思いながら、沢村は利き腕である左手に息を吹きかけた。
体温は高いはずなのに、雨と時折吹く風で若干冷える。
なんとなく、嫌な感触であった。
「沢村!」
ホームベース後方から届いた声に反応し、振り向く。
そして投げ返された白球を、右手で受け止めた。
息を吐き、頷く。
そして、迎える打者が打席に入るのを待った。
この打席は、1番から始まる高打順。
しかし、雨の影響を感じさせない沢村は、先頭打者に対してカットボールでセカンドゴロ。
ここにきてもなお、テンポが崩れない沢村に帝東打線も打ちあぐねていたが、このリズムを絶ったのは、他でもない、味方のエラーであった。
グラウンドコンディションの悪化により、イレギュラーバウンドをした打球は二塁手小湊の前で不規則に変化。
と言うより、小湊の前で急激に減速し、止まる。
ぬかるんで足の遅くなった打球に小湊も猛チャージをかけるも間に合わず、内野安打となった。
この回出したくない先頭打者を出してしまった沢村。
続く2番が堅実にバントで送ると、1アウト二塁のチャンス。
この場面で迎えるはクリーンナップ。
ここまで当たりがないだけに、怖い。
声を上げ、バットを掲げる3番。
しかし沢村もまた、このピンチで集中力を最大限まで高めていた。
煩わしい雨。
そして、味方のエラー。
集中力も切れそうなこの場面。
中学時代、弱小高校のエースであった沢村には、こんな逆境には慣れっこだった。
ふうっと一息。
それは、エースである大野夏輝と同じ仕草。
そしてその瞳は、黄金色に輝き始めていた。
(この雨じゃ打球が読めねえのは仕方がないことだ。後続たって、切り抜けるぞ。)
御幸のサインに、沢村が頷く。
そして、セットポジションに入った。
初球、アウトコースのストレート。
少し高めに浮いたものの、これに手が出ず、1ストライク。
続く2球目はインコースわずかに外れボール。
3球目も同じくインコース。
これにはバッターも手が出てしまい、三塁線切れてファール。
追い込んだ。
このストライク先行のカウントこそが、沢村の真骨頂。
最後はアウトコース低め、131キロのストレートで見逃しの三振。
目一杯サイドのゾーンを使った投球で、まずは2アウトまで漕ぎ着けた。
「ナイスボー沢村!いい球来てるぞ!」
左手に収まった最高のボール。
これを握り、沢村に投げ返す。
特に表情を崩さず、マウンドの土を鳴らす沢村。
その姿は、やけにエースの姿に重なった。
(すげー集中力。できればこのまま行きたいけど。)
心の中でそう思いながら、御幸は曇天の空に視線を向けた。
明らかに雨が強い。
そして審判団も少し、ざわついている。
できれば、この回までは続けてほしい。
沢村の状態がいいと言うのもあるし、一旦区切ったことによって気が散る可能性も考えられる。
特にまだムラっ気の多い一年生の沢村にとっては、中断という初めてのことにはかなり影響があるはずだと。
しかし御幸の祈りは届かず、審判から届いたのは、試合中断の合図であった。
「嫌なタイミングだな。」
ベンチで防具を外す御幸に、そのエースである大野が声をかけた。
「まあな。ピンチになってからの状態がよかっただけに、できれば続けたかったよな。」
しかし、いっても仕方がない。
互いにわかっているし、このあとどう対応するかが重要なのだから。
「どうなの、沢村は。」
「どうかな。気は抜いていないんだけど。」
「入れ込みすぎってことか。」
「抜けてなさすぎるっていうかな。」
いつまで続くかわからないこの中断。
そんな中でずっと気合を入れていては、肝心の再会後にベストに持っていけない。
というか、疲れてしまう。
ただでさえ長いイニングを投げているわけで、肉体的な疲労はかなりあるはず。
そんな懸念点もありながら、試合は再開した。
中断間、気を抜かなかった沢村。
集中力は保ったままだが、御幸の懸念は、当たった。
人間の集中力は、長くても20分しか持たない。
そんな中集中しきっていた沢村。
長い中断でも集中はしていたが、逆に集中のピークを過ぎたためか、逆に少し注意力が散漫している。
2アウトランナー二塁。
打席には、4番の乾。
(この状況で本当に迎えたくないバッターが来たな。)
甘く入ればスタンドへ。
気が抜ければ間違いなく長打。
さっきも初見のカットボールを上手く弾き返された。
御幸が要求したコースは、インコース。
中断明け、あえて厳しいコースを要求した。
(一に攻めのインコース。時点で様子見の外角か。)
しかし乾も、このコースを狙っていた。
先ほどは外角のボールを流して長打。
バッテリーとしても外には、投げづらい。
さらに言えば、強気なバッテリー。
きっとインコースでいきなり勝負しにくる。
身構えた乾。
沢村が放ったコースは乾の読み通り、インコースの低めに投げ込まれた。
乾の目つきが変わる。
その変化に御幸が気がついた頃には、もう遅かった。
金属の快音。
完璧にアジャストした打球はライナーで右中間を抜けていった。
俊足の二塁走者は一気にホームへ。
この乾の一振りで、試合は動き始めた。
先制は、帝東高校。
4番の乾の一振りで、投手戦と予想されていたこの試合は再び動き始めた。
再開後、嫌な予感が的中してしまった御幸。
先制点を打たれた沢村に声をかけようとタイムをかける。
しかしそれを阻止したのは、紛れもなく沢村本人であった。
2アウトに追い込みながらも失点した沢村。
こちらも負けていない。
失点を取り返すべく、彼は息を吐いて、また息を吸った。
「皆様、再開後バタバタしてしましたが、もう大丈夫です!雨にも負けず、風にも負けず!力足らずで失点してしまいましたが、なんとか最小失点に抑えたいと思います!ではバックの皆さん、残りアウト一つ、お力添えお願いします!」
この切り替えに、場内が一瞬固まる。
そして、湧きあがった。
このあと5番を高速チェンジアップでセンターフライに抑えると、このまま沢村はお役御免。
6回1失点というナイスピッチングで、マウンドを後続に任せた。
失点を喫した青道。
しかし、打順は2番の大野から。
青道高校の逆襲が、始まる。