高々と上がった打球を掴み取り、審判からアウトのコールが飛ぶ。
6回の攻撃を最小失点に抑え、赤いランプが3つ全て灯ったことを確認して俺はベンチへと引き上げた。
お決まりの掛け声を出そうと口を開き、抑える沢村。
「ナイスピッチ沢村。やらないのか。」
「点取られちゃったんで。乾さんへの初球は痛手でした。」
走りながら少し俯く沢村。
うーん、正直乾が上手く打った感じしたけどな。
コースも少し甘かったが、狙われる球でもなかった。
「試合自体は作ってくれた。ここまで失点しなかったのはかなり大きいと思うぞ。」
「ありがとうございます。でもやっぱ、悔しいっスね。先発任されて、先制点取られるって。」
「そうだろ。だから次は、点を取られないように投げる。」
しかし、それでもいい投球だったと思う。
帝東高校といえば堅い守備のイメージだが、打線も4番の乾を中心に繋ぎの打線はかなりの得点力を誇る。
そんなチームを6回1失点で抑えたことは、正しく沢村が好投手であることの証である。
「安心しろ、沢村。」
後ろからそう言われ、俺も思わず振り返る。
そこには我らが4番、御幸が立っていた。
「ちゃんと勝ち投手にしてやるからよ。」
「おっ、それかっこいいね。」
「るせ。」
この回得点を取り返すことができれば、勝利投手の権利を得ることができる。
プロ野球ほどの大きな意味は持たないが、それでも気持ちの問題である。
投手心理というか、点を取った次の守りで失点することは非常に多い。
試合の流れというか、気持ちというか。
だからこの回は、ある種大きなチャンスでもある。
「大野。」
聞き慣れた、低い声に俺も足を止める。
バッターボックスに向かう俺を、監督が引き止めた。
「ここまでの打席、意識してきたことを言ってみろ。」
「低めは捨てて、できるだけゾーンを高く。甘いコースに狙いを絞って、できるだけ球数を稼ぐ、ですかね。」
その成果もあってか、今の向井の球数は91球。
6回にしては、かなり多い。
そろそろ浮き球も増えてくるはず。
そして何より、失投が出てくるはず。
俺がそう言うと、監督は小さく頷いた。
「追い込まれるまではできるだけ粘ってみろ。アウトになってもいいから、できるだけ向井の球数を稼いでくれ。」
「亮さんのように上手くいくかはわかりませんが、やってみます。」
粘ってみろ、か。
マウンドには、変わらず向井。
疲れている仕草も見せなければ、表情も変わらない。
初球、ストレート。
これが外角低め少し外れて1ボールとなる。
2球目、今度はこれを入れてきた。
ほぼ同じようなボールだったが、ボール半個かそれ以下の変化でゾーンに入れてきた。
すごい集中力だな。
終盤にきて、少しギアを上げている感じだな。
球威もそうだが、本当に完璧に掌握している。
このストライクゾーンと言う「空間」を。
いいね、むしろコントロールがいい方が狙いやすい。
3球目、今度は同じコースから少し沈むスクリュー。
このボールになんとかバットが止まる。
ぶね、追い込まれてたら手ェ出てた。
向井も少し不服そうに表情を歪めたが、すぐに戻った。
おやおや、顔に出てますよ。
この後半戦、なおかつ雨。
向井としても、不安要素は多いのだろう。
できるだけ早く切り抜けたいのはわかるが、こちらも勝たなきゃいけない理由があるからな。
粘るなんて綺麗なもんじゃない。
できるだけ、食らいついて見せる。
4球目、外のスライダー。
ストライクゾーンからボールに逃げていく変化球を見逃して3ボール。
フォアボールでもいいと思うけど、向井がそう簡単にランナーを出すとは思えない。
5球目、インハイのストレート。
外から内、このボールに反応できず、フルカウントとなる。
ここから。
6球目、高めのストレート。
少しボール球だったが手が出てしまい、ファール。
7球目、今度は打って変わってアウトコース。
少しくさいコースだったが、ここはバットを出す。
ここで見逃し三振したら、流石に流れが悪くなるからな。
次はどのボールだ。
逃げるスライダーか、それともスクリューか。
ストレートもなくはない。
裏をかいて高めというのもありえる。
狙いは、ストレート。
変化球がきたら、食らいつく。
さあ、来い。
8球目、向井から投じられたコースは、やはり低め。
バットを出し始めるが、ボールはこちら側に沈みながら変化していく。
(スクリュー…!)
もうバットは止まらない。
反応しろ、粘れ。
下半身全部使って我慢しろ。
最後に。
拾い上げろ!
「っら!」
体制はかなり崩された。
しかし、なんとか右手一本で当てた。
あまり強い打球ではないが、超える。
打球は二塁後方。
ライトの前に落ちるヒットで、繋いだ。
一塁上、右手を上げる。
向井が一瞬こちらを見たが、すぐに視線を戻す。
続く小湊は、エンドランを試みるもファーストゴロ。
1アウトランナー二塁のチャンスで。
クラッチヒッター、恐怖の4番打者。
御幸一也が、打席にはいる。
ここまでは唯一まともにヒットを放っているのは、この御幸くらい。
どうやら配球を読むこいつは、制球が良い投手はとことん強いらしい。
相性としては、かなりいい。
向こうもそれをわかっているのだろう。
なんとここで、バッテリーは御幸を敬遠。
空いている一塁を御幸で埋め、次のバッターで勝負することを決断した。
5番は、今日久しぶりにクリーンナップに起用されたゾノ。
そのせいか少し空回りしている気がする。
いつもよりスイングが硬い。
少し前の、チームバッティングを意識しすぎているスイング。
すこし、鈍い。
表情も固いし、これじゃいいプレーはできない。
「ゾノー!」
塁上、大きな声でゾノを呼ぶ。
振り向いた彼に、俺は上腕で力こぶを作り、左手で触れる。
あまり声は掛けられないし。
思い出してくれれば、良い。
(自分のスイングだぞ。お前のプレーで、お前のスイングで、その結果チームに貢献できればいいんだぞ。)
できないことを無理にやろうとしても、空回りするだけだ。
監督だって、ゾノの思い切りのいい強い打撃を買って起用しているはず。
深呼吸をするゾノ。
それを遠目に、俺は祈るようにしてホームを見つめた。
細かく描写するとどうしても文字数が嵩んでしまう。
話数増えちゃうんだよなぁ