「っしゃあ!」
一塁ベースを踏みしめたと同時に、右腕を突き上げた金丸。
彼が放った打球は、低い弾道のまま外野の奥へと突き刺さった。
ノーアウトで、ランナー一塁。
チャンスでは無かったが、一発出れば同点という、大事な局面。
この場面で結果を残せたのは、やはり金丸の心の強さなのだろう。
ただのチャンスヒッターではない。
自分が決めなければいけない、試合展開の上で重要な局面で真価を発揮する。
同じクラッチヒッターでも、御幸とは違う。
大舞台、特に逆境の場面で、結果を出す。
何処と無く、前キャプテンで4番の結城と重なる所があった。
まだ、彼のような圧倒的な打撃力はない。
しかしここぞという場面で打ってくれる。
それが、投手にとって…特に同じ学年の1年生3人にとって、かなりの精神的な安定剤となった。
「カネマール!」
「ここで叫ぶな、五月蝿い。」
ブルペンで騒ぐ沢村に、大野がチョップを入れる。
そうして、大野は息を吐いてまたボールを投げ始めた。
淡々と、御幸へボールを投げ込んでいく。
8-8、同点。
これ以上、点はやれない。
残り3回で、残っている投手は2人。
沢村と東条、沢村は昨日登板している為、あまり長いイニングは投げられない。
その為、確実に東条の回跨ぎが必要になる。
しかし。
(きついな、多分。)
準備をする東条を横目で見ながら、御幸は大野にボールを投げ返した。
東条は、登板回数が少ない。
中学の時こそエースとして投げる機会が多かったが、高校の公式戦はこの大会が初めてとなる。
普段ならそこまで心配する必要は無いのだが、状況が状況なのだ。
この緊迫した空気の中で、それも会場が鵜久森サイドで盛り上がっている。
精神的にかかる重圧も、かなりある。
できれば、沢村に8回から投げてもらいたい。
しかし、どうだろうか。
(もし夏輝が投げることができたら…)
そう思ったと同時に、御幸はハッとした。
そしてその感情を払拭するように、首を大きく横に振った。
この後、さらに倉持が出塁。
続く小湊がタイムリーヒットを放ち、すぐさま逆転に成功する。
8-9、青道リードで迎える、7回の表。
鵜久森の攻撃は、5番の犬伏から始まる。
ここでマウンドに上がるのは、1年生の東条。
今大会初登板と不安材料はあるが、致し方ない。
「東条。」
「はい。」
御幸が、東条に声を掛ける。
少し、表情が硬い。
やはり、緊張しているか。
「相手はガンガン振ってくるのは、見ててわかったよな。」
ミットで口元を覆い、御幸が小さく言う。
東条も同じようにして答え、小さく頷いた。
「だからこそ、インコースですね。」
「お前のコントロールなら、できるはずだ。幸い、ボール球でも結構手を出してくるから、動くボールをインコースに集めて打たせていこう。」
少し間を置いて、東条が再び口を開いた。
「信二も、大野先輩も、自分の気持ちを思い切りぶつけてましたよね。」
「そうだな。」
「俺も向かっていかないと、置いていかれちゃいますよね。」
東条の表情を見て、御幸は少し目を見開く。
そして、東条の胸元にミットを当てた。
「俺もあいつには、驚かされっぱなしだよ、いつも。今日だって本当に投げる勢いで準備してたしな。」
「投げさせるわけにはいきませんからね。」
そう言って、互いに笑う。
しかし東条の瞳は、鋭く、闘う瞳をしていた。
「負けんなよ、東条。」
「…はい!」
ここからの東条は、圧巻だった。
球速こそ120キロ台なものの、インコースにツーシームやカットボールなどを集めて、打ち気のバッターからどんどんゴロを奪ってゆく。
特に梅宮に対しては、インコースのツーシームを使ってファール2球で追い込み、最後はストレートで見逃し三振。
他の2人にはなかった攻め方で、梅宮をねじ伏せた。
7回はたった7球で、8回も9球で三者凡退に抑えて見せる。
この東条のピッチングが流れを呼び、8回にはさらに2点を追加して勝負を決めた。
最終回は、沢村。
昨日も登板したこの男が、今日は夏同様クローザーとしてマウンドに上がる。
帝東高校に対しても好投したこの男が、その名の通り試合を締め括る。
最後まで諦めない鵜久森打線を寄せ付けず、三者凡退。
8−11で、後攻めの青道高校が勝利。
試合開始直後から続いた熱戦は、拍子抜けするほどにあっけなく終わりを告げた。
「うひゃー、危なかったなほんと。」
わざとらしく猫背で歩く御幸に対して、俺は逆にポップに背中を叩いた。
案の定、面倒くさそうにこちらに視線を向けてくる。
普段こういうテンションで絡まないというのもあるが、まあ、疲れたのだろう。
シーソーゲームというほどではないが、やはり逆転して逆転されてというゲームは、疲れる。
特に帝東のときとは全く逆の展開だっただけに、な。
降谷は課題だらけだった。
だが、それでもよく投げた。
ノリも、まあ課題だな。
火消しをすることを期待されていただけに、正直物足りない。
東条は完璧。
ココ最近で一番いいピッチングが出来ていた。
沢村は、いつも通り。
むしろ昨日の勢いそのまま出てくれたから、良かった。
(人のこといえねえんだけどな、俺は。)
やはり、自分の力不足というか、無力さを感じた。
投げられないのが、こんなに辛いのか。
チームの為に全力を尽くせないのが、こんなに辛いのか。
俺は己の右肘にちらりと視線を送って、歯を食いしばった。