燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

95 / 282
エピソード93

 

 

 

 

 

「変化球を覚えたい、ね。」

 

グローブを嵌めた沢村が放った言葉に、俺は顎に手を当てて考える仕草を見せる。

 

 

「言うのは簡単だが、短期間で出来るもんじゃないぞ。」

 

 

変化球というのは、握り方や腕の振りを変えてストレートとは違う回転を掛けるボール。

 

 

外から見たらあまりフォームの変化はなくとも、感覚や身体の内面で確実に別の投げ方になる。

つまりは、ストレートとは全く別の感覚になる事が多い。

 

 

「カットボールの時はすんなり行ったじゃないですか。」

 

「あれは握りを少し変えただけで、感覚的にはストレートと殆ど変わらなかっただろ。」

 

 

元々無意識に動くボールを投げていた沢村だからこそ、カットボール自体はすぐに習得できた。

 

しかし彼が言う変化球は、恐らくムービングボールの類いではない。

 

 

「オフシーズンでも十分間に合うと思うんだけどな。それこそ、今の投球でも十分抑えられてるし。」

 

 

俺がそう言うと、沢村は押し黙る。

彼自身、やはり難しいことは承知なのだろう。

 

すると沢村は、それでもと言わんばかりに口を開いた。

 

 

「帝東との試合、乾さんに打たれた時に思ったんスよ。動く球だけじゃ、抑えきれない相手が出てくるって。」

 

「あれは例外と言えば例外だが…確かにそうだな。」

 

 

2回戦目の、帝東との試合。

あの時、初見で打たれた外角のカットボール。

 

軸にしている、ノビのあるストレートと、球速としてはさほど変わりない。

だからこそ、パワーのあるバッターだと、飛んでしまう。

 

尚且つ、高校野球は一般的に金属バットを使う。

木製などミートポイントの狭いバットなら芯を外して討ち取ることは容易だが、ミートポイントの広い金属バットだと、多少芯を外されても飛ぶケースがある。

 

特に乾のように、振り抜くバッターだと。

 

 

そうなってくると、対処法は2つ。

 

スライダーやフォークのように、大きい変化球。

バットが届かないような変化量のボールであれば、そもそもバットに当たらなければ意味が無い。

 

 

若しくは、タイミングを外すような緩いボール。

カーブやチェンジアップのように、ストレートと球速差のあるボールで、振らせる。

 

 

どちらか、なのだが。

そう簡単に覚えられるもんじゃないんだよな。

 

元々変化球を投げるのが苦手な沢村なだけに、やるとしてもかなり時間がかかると思う。

 

だからこそ、時間のあるオフに回したかった。

 

 

「やっぱり沢村、多分…」

 

「いや、なんとかできなくはないぞ。」

 

 

「「おわ!」」

 

 

どこからともなく、低い声が届く。

突然掛けられたその声に、俺だけでなく沢村も肩を跳ね上げて驚いた。

 

 

声の主は、落合コーチだ。

 

 

「んな驚かなくていいだろ。」

 

「驚きますよ普通。」

 

 

腰に手を当て、俺は溜息を着く。

すると落合コーチも、蓄えられた顎髭に手を当てて眉をひそめた。

 

 

いやいやいや、そんなことより。

俺が口を開く前に、沢村が落合コーチの言葉に疑問を投げた。

 

「変化球、なんとかなるんですか?」

 

「お前次第だがな。」

 

 

2人がそんな事を話している最中、俺は少し懸念点があった。

 

今までストレート系のボールしか投げてこなかった沢村に、抜く変化球は緩いボールをこの短期間で習得できるのか。

 

もしできたとしても、今軸にしているストレートや高速のチェンジアップに影響が出ないのか。

 

 

 

消極的かもしれないが、俺はそう思った。

 

今の沢村でも十分戦えるだけに、変化球を覚えようとして調子が崩れたら元も子もない。

 

 

「少しコツを教えてやるだけだ。本人が欲しているのなら、やってみる価値はある。それに、変に希望を持つよりも、出来ないなら出来ないで割り切った方が良いだろ。」

 

 

落合コーチの言葉に、俺も額に手を当てる。

そしてまた、溜め息を吐いた。

 

 

「わかりました。じゃあ、一也を呼んできます。」

 

「悪いな、大野。」

 

「コーチの言うことも、わかりますからね。」

 

 

そうして、一度室内練習場から離れる。

こうなった以上、しっかりとしたキャッチャーを。

 

そして、やるからにはとことんやる。

 

 

次の試合、王谷との試合に使えるように仕上げたい。

 

 

 

 

 

 

 

「…という訳だ。いくぞ、一也。」

 

「…俺もお前に同意見だけど、落合コーチが言うならな。」

 

学習机で、普段使い用のメガネ。

パジャマいうよりは部屋着のパーカーを身に纏った御幸が、椅子の上で大きく伸びをした後に立ち上がった。

 

 

机の上に置かれたミットに手を取ると、そのまま室内練習場へと向かった。

 

 

 

「落合コーチが言うことは分かるんですけど、どうするんですか?」

 

そう言って、俺は沢村を親指で指さす。

 

「高校生にもなってストレート一本だぞ、今どきその方が珍しい。が、こいつが筋金入りの不器用なのもわかる。」

 

 

ぐぬぬと、沢村が分かりやすく歯を食いしばる。

その姿を一度横目で見て、また落合コーチに視線を戻した。

 

 

「チェンジアップ、ですか。」

 

俺がそう言うと、落合コーチも同意するように頷いた。

 

 

「本当はカーブスライダーがいいが、こいつに捻りや抜く感覚なんかは無理だろうな。できたら、もう御幸がやっているだろうしな。」

 

「そうですね。」

 

 

俺たちのやり取りを聞いて、沢村が大きく手を上げる。

 

 

「なっさん!御幸先輩!因みにチェンジアップとはなんの事でございましょうか!」

 

 

こいつ、期待を裏切らない。

やれやれと言わんばかりに首を振る落合コーチと御幸を見て、俺も溜め息をついて答えた。

 

 

「稲実の成宮が投げてた緩い球があっただろ。」

 

「あぁ、あの腑抜けたボール!」

 

「それに三振しまくるんだよなぁ。」

 

 

ストレートと同じ腕の振りで、緩くミットに到達する変化球。

打者のタイミングを外す、所謂チェンジオブペースに使うボールだ。

 

傍から見たらただの緩い球だが、打席からだとその球速差で大体タイミングをずらされる。

 

 

まあ、成宮のボールはまた特殊だけどな。

あれほどまでしっかり球速が落ちて、尚且つ少し沈むとなると、反応できても打てない。

 

だからこそ、アレを打った哲さんの打撃センスは凄い。

 

 

 

 

さて、話を戻そう。

 

「握りはこう。親指で輪っかを作ってボールを握る。あとの指は、包むように。」

 

落合コーチが実際にボールを持って、握りを見せる。

そしてそのボールを、沢村に軽く投げた。

 

「あとは勝手に抜けてくれる。できるだけストレートと同じように、むしろストレートよりも強く振ってもいい。」

 

 

腕の振りの速さと球の遅さのギャップが大きければ大きいほど、打者は騙される。

 

 

それを説明されても尚、沢村はボールを投げる仕草をして首を傾げる。

 

これは完全に、頭の上に「?」が浮かんでいる顔だ。

 

 

「大野、ちょっとやってみせてくれるか?」

 

「ああ、構いませんが。前に俺が投げた時はあまり落ちなくて。あとはよく抜けます。」

 

 

まあ、投げられなくはないけど。

俺的にはカーブの方が使い勝手が良かったから、投げてはいない。

 

「中指と薬指でリリースしてみろ。特に落差は気にするな。」

 

「わかりました。」

 

 

 

えーっと、親指と人差し指で輪っかを作って。

中指と薬指で、リリースする感じか。

 

できるだけしっかり体重移動して。

 

 

腕も、強く振る!

 

 

少し引っ掛け気味だが、低めに緩いボールが進む。

球速にしては、大体100km/h前後か。

 

これが、御幸のミットに収まった。

 

 

「お、おぉ。」

 

かなり、いい感触だった。

少し引っ掛けた感じはしたけど、逆にいいコースに決まった。

 

「悪くねーじゃん。軽く投げてこれだし、試合でも使えそうだわ。」

 

「そうだな。もう少し投げる。」

 

 

俺がそう言うと、落合コーチが咳払いをした。

 

おっと、目的はそうじゃないよな。

 

 

「しっかり立って、腕を振る。これぐらいを意識すれば多分、投げれるぞ。」

 

そして俺は、右手で握った白球を、下手投げで沢村に返した。

 

 

「ウッス!」

 

 

今度は、沢村の番。

ゆっくりと足を上げて、俺と同じ握りで腕を振った。

 

するとあら不思議、ものの見事に白球は地面へと叩きつけられた。

 

 

「何故だ!」

 

「力入れすぎだ、馬鹿。」

 

頭を抱える沢村に、俺がチョップを入れる。

そして落合コーチも、頷いた。

 

何となく指にボールがかかっていないから、気持ち悪いんだろうな。

今まで投げたことのないボールなだけに、心配があるんだろう。

 

 

「お前、もっと試合では足あげてんだろ。おんなじようにやってみろ。」

 

「試合と同じように、ですか。」

 

 

なるほどな。

 

試合の時と同じような投げ方であれば、自然と下半身に意識がむく。

そうなってくれれば、上半身には無駄な力が抜けてくれる。

 

四苦八苦しながら色々試していく。

 

そうして投げた、何球目か。

今度はしっかりと球速が落ち、御幸のミットへと到達した。

 

「お。」

 

「お、おお、おおお!」

 

何拍か空けて、沢村は声を上げた。

 

 

今のは、完璧。

コースは甘いが、高さはいい感じだ。

 

それに何より、しっかりと球速も落ちていた。

これなら確実に、タイミングを外せるだろう。

 

 

「ありがとうみんなー!俺はみんなが大好きだー!」

 

「もっと投げてみろ、感覚忘れるぞ。」

 

「は、はい!」

 

 

そうして、何度も投げる。

 

というかこんなに早く投げられるようになるとは。

 

 

落合コーチ、やっぱり教えるの上手いな。

なんだかんだ、俺もチェンジアップ使えるようになったし。

 

 

この人なら、俺の…。

 

 

いや、今考えることじゃないか。

投げられるようになってから、だ。

 

 

今は、俺のことはいい。

 

 

そうして俺は、覚えたての変化球を楽しく投げる沢村を見つめた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。