まだ薄暗い、東京の空。
都内とは言え、少し首都からは外れているこの場所の空は、澄んでいた。
(さむ。)
季節は秋。
日中こそ気温が上がってくるが、早朝は少し冷え込む。
夏場は、明るかったからなぁ。
冬に近づいてくると、どんどん日が登るまでの時間が遅れていく。
一年中ずっと同じ時間だからこそ感じられる、季節の流れ。
なんとなく実感しながら、俺はランニングを始めた。
何だかんだで、もう準決勝か。
野手として出場するのも正直不安でしか無かったのだが、あと残り2試合。
気がつけば、他のピッチャーたちも凄く成長していた。
いや、今もまだ成長途中か。
あのストレートしか投げられなかった沢村はチェンジアップを覚えて、早くも完投勝利。
降谷も怪物投手として覚醒の兆しが見え始めている。
ノリも練習でシンカーを解禁して、前2人を支えるリリーフエースとして存在してくれている。
今大会から投げ始めた東条も、登板機会は少ないが要所要所で仕事をしていた。
みんな、凄く成長した。
偉そうに言える立場じゃないけど、やっぱり実感する。
嬉しい半面、少し。
俺が投げていなくても成り立っている投手たちに、なんとなく寂しさを感じたのもあった。
お門違いなのはわかるけどね。
そもそも怪我した俺が悪いわけだし。
俺は首を横に振って、走るペースを少しあげた。
次の対戦相手は、準々決勝を制した市大三高。
その自慢の強打で春日一高を捩じ伏せ、7-1で勝利を収めた強豪校が次の対戦相手に決まった。
やはり、自慢の強打は健在。
クリーンナップとして君臨していた星田と宮川を中心に抜け目のない打線は、今年もかなりの得点力を誇っている。
そして、守備も。
昨年までエースとして活躍していた真中から1を引き継いだ男が、いた。
その名は、天久光聖。
威力のある直球とキレのある変化球でガンガン空振りを奪う本格派右腕だ。
制球力こそ抜きん出ている訳ではないが、カーブとフォーク、そして伝家の宝刀である縦のスライダー。
そしてそれを生かす強いストレートでガンガン押していく強気なピッチャーだ。
正直言って、完成度で言えば真中さん以上だ。
ストレートも140km/hオーバーで、尚且つ変化球のキレが異常なほど。
ここまでの投球を見ていても、何故昨夏の登板が無かったのか不思議なくらいだ。
怪我か、或いは何か他に原因があるのか。
なんにせよ、今大会に影響することでは無いだろう。
その証拠に、今のところは大会を通して崩れている場面はない。
スライダーこそ引っ掛けている…というよりは、曲がりすぎて制御出来ていないと見るべきか。
俺のツーシームもたまに暴走することもある(だいぶ前に御幸が取り損ねた)し、感覚のズレで制御できないことは、よくある事だ。
しかし、それでもカーブとフォークも並以上ではある。
ストレートの威力も相まって、大会前半はこのボールだけで殆ど押さえ込んでいた。
ピンチでも物怖じせず、むしろストレートで強気に押していく姿。
「どことなく、お前に似てるとこあるよな。」
「どこが。俺はあんなに球は速くないし、あんなにコントロールも悪くない。」
シートバッティング待ちの御幸にそう言われた。
確かに攻め方は似てるけど、俺はリード通りに投げている訳で。
ストレートを軸に、変化の大きい高速変化球を織り交ぜて三振を奪う。
そしてその変化球を意識させて、更にストレートを生かす。
あれ、もしかして結構似てるのかも?
特徴は違えど、言われてみれば確かに。
何はともあれ、良いピッチャーであることに変わりない。
そして、打たなければ始まらない。
「っしゃ、今日も練習しよう。」
らしくないが、両手を上げてわざとらしくそう言う。
それを見て、御幸は若干引き気味にこちらを見た。
「やけにやる気だな。」
「たまにはな。それに俺は、いつもやる気はある。」
そうして一つ伸びをすると、俺は左手で握っていたバットを肩にかけて、打席に入った。
「お願いします。」
「打たせません、大野先輩。」
マウンド上の降谷から、オーラのような何かが出ているように見える。
コラコラ、打撃練習なんだから。
しかし、実戦に近い感覚は、最も練習になるというもの。
彼がその気であれば、こちらも全力で向かう。
とはいえ、コースは外限定。
できるだけしっかりと振り抜く。
クイックモーションから投げられる、豪速球。
振りに行くも、流石に空振り。
うお、すげえ威力。
やっぱり打席で見ると、怪物っぷりが実感できるわ。
しかし、そう易易と何度も空振りまくっていられない。
次の直球にバットを当てるも、レフト線に切れてファール。
その次に投げられたカーブを捉えて、レフト前に落とした。
やはり外限定というのもあり、ある程度は捉えられる。
それでも長打が出ない当たり、球威の高さを感じるな。
右半身に付けられた肘当てとレガースを外す。
そして、降谷の方をチラリと見て、すぐにバットに視線を戻した。
「あのカーブ、何とかしてえよな。」
「おわ。」
ベンチ前を通る時、またも急に掛けられた声に肩を揺らした。
「腕の振り的には出来なく無さそうなんだけどな。イマイチ感覚が掴めねえんだろうな。」
「少し抜けすぎてる気がします。」
俺がそう言うと、落合コーチは顎髭に手を当てて言った。
「お前も結構カーブ得意だろ?」
「感覚は人それぞれですからね。俺の投げ方を伝えてもイマイチピンときてない見たいですし、参考にならなそうです。」
「そうか。あいつのスタイル上、カーブがあると御幸もだいぶリードしやすくなるんだけどな。」
最速150km/hオーバーのストレートと、ストレートと同じ軌道から沈むフォーク。
これに緩く落差のあるカーブが加われば、速度差でも惑わすことが出来る。
のだが、中々俺の感覚とは合わないから伝えようがない。
元々上背もかなり違う上に、フォームもかなり違う。
変化球を投げなれている俺に比べて、これまで投げたことがあるのはフォークだけの降谷。
自分で言うのもあれだが、俺は変化球を投げる感覚はそこそこ鋭い。
だから、そうだな。
降谷の上背に近くて、オーバースローで。
尚且つ、カーブが得意なピッチャー。
誰か身近にいればいいんだけど…
「そう簡単にいねえもんな。」
「そうなん…あ。」
言いかけて、止める。
そうだ、俺はかなり凄いことを忘れていた。
いるじゃないか、背が高くてカーブが得意なオーバースロー。
次回、あの人が再登場するかも!?