スミレの花はつつましやかに咲く 作:SumireDaisuki
気がかりな生徒がいる。
乙花スミレ。
ミレニアムサイエンススクールの二年生でトレーニング部に所属している。
筋肉がすべてを解決してくれると信じている、少し変わった女の子だ。
キヴォトスの女の子たちは銃で撃たれたくらいでは死なないし、怪我もしない。ミニガンを素手で持って撃てるくらいに頑強だ。
だから身体を鍛えるという考えを持つ子は多くない。
もちろん運動が好きな子は少なくないし、戦うための訓練はどこの学校でも普通に行われている。体重を気にして痩せようと頑張る女の子だってたくさんいる。
でもごく純粋に筋肉をつけるためにトレーニングする子は本当に珍しいのだ。
それも倒れるくらいに自分を追い込む子なんて、スミレくらいじゃないだろうか。
トレーニングルームで倒れていたのを見つけて以来、折に触れて様子を見るようにしている。身体を絞り込むのに集中するあまり、まともに食事や休息を取っていないこともままあるようで、心配で仕方がない。
今日シャーレの当番に呼んだのも、少しでも身体を休めて欲しいなぁと思ったからなのだけれど……
――もう20時か。
時計を見てそわそわする。いくらなんでも遅過ぎる。これは迎えに行った方が良いかもしれない。
そんなことを考えていると、
「先生、この検収書はどこにしまっておきます?」
後ろから声をかけられてびくっとなった。
振り返るとそこには早瀬ユウカが書類の束を持って立っていた。
ミレニアムサイエンススクール二年生。セミナー……いわゆる生徒会のような組織の会計係である。
当番でもないのに、忙しいなか頻繁にシャーレに通ってきてくれて、こうして事務仕事を手伝ってくれている。財布の管理までしたがるのは正直言って勘弁して欲しいけれども、事務処理の速さと正確さはミレニアムどころかキヴォトス内でも随一で、とても頼りになる。
「その、ヴァルキューレの棚に入れておいてもらって良いかな」
「わかりました」
指示通りにてきぱきと書類を片付けると、再び、ユウカは言った。
「さっきから時間を気にされているようですけど、この後、なにかご予定でもあるんですか?」
私は苦笑した。ユウカには筒抜けのようだ。
「当番を頼んでいた子がいたんだけどね……まだ来ていないようだから」
「そうなんですか? すっぽかすなんて無責任な子ですね」
「そんなことないよ。真面目で責任感がある子だよ」
ユウカの目がすうっと細くなる。
「責任感のある子なら、連絡も無く休むなんてありえませんよ」
もっともな指摘だ。
「ちなみに、誰ですか? もしミレニアムの子ならすぐに来させますよ」
実際、ユウカならそれができるだけの権限がある。あのC&Cのネルでさえ、ユウカに呼び出されたらぶつぶつ文句を言いながらもやって来るんだから。
――いや、それはネルだからか。
ゲーム開発部のモモイだったら無視しそうだ。もっともそれは、ユウカと仲が良い裏返しでもあるけれど。
「知ってるかな? 乙花スミレって子なんだけど」
ユウカは目を丸くした。
意外な反応に、おや? と思った。
「知ってますよ。トレーニング部の部長ですよね。予算会議とか運営会議とか、いつも十分前には到着して、特に発言もなくじっと座っている子ですね」
会議室の端っこで、黙って大人しくしているスミレの様子がありありと想像できる。
「あまり話したことはありませんが……確かに、連絡も無く遅刻するような子には見えませんでしたね」
「うん、そうだよ」
私はちょっと嬉しくなって力強くうなずいてみせた。
するとなぜかユウカは一瞬、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。すぐにいつものクールな表情に戻ったけれど。
「私が探しに行ってきますよ。ミレニアムなら私の方が詳しいですし」
「ああ、……ごめんね。お願いしても良いかい?」
「もちろんです。先生の頼みですからね」
そう言ってユウカはドアを開けて、事務所を出た。
直後、
「わ!」
声を上げた。
「ユウカ、どうかした?」
冷静沈着なユウカが叫ぶなんて珍しい。事務所の廊下になにかあったのだろうか。
爆弾……はさすがにないだろうけれど、盗聴器とか隠しカメラとかならあってもおかしくない。というか、設置していると公言して憚らない生徒がいるわけで。
その生徒のひとりはミレニアムの子だから、ユウカの怒りを買わないようにフォローしとかないと。
そう思って私も事務所の外に出た。
「あ、トレーナー……」
そこにいたのは汗だくになっている女の子。
おへそを出したタンクトップにスパッツという、ちょっと目のやり場に困る格好をしている。
「スミレ。来てたんなら部屋に入ってくれて良かったのに」
「あ、これは……その……」
スミレは顔を真っ赤にした。
そして、ユウカと私を交互に見返して、視線をあさっての方に向けた。
「お邪魔かと思いまして……」
ユウカと私は顔を見合わせた。
「邪魔なわけないじゃないか」
「それがどうして、廊下でスクワットをすることになったんですか?」
「お約束通り来たものの、セミナーのユウカさんがいらっしゃっていたので、入らない方が良いかなと……」
スミレはうつむいて、言葉をつなげる。
「かといって黙って帰ってしまうのも良くない気がして、お二人のお仕事が終わるまでスクワットをして待っていました」
以前もこんなことがあったなぁと思い出す。
あのときは私が遅刻して、スミレが時間潰しにスクワットをしていたんだっけ。ショッピングモールのど真ん中で。
「それがどうして廊下でスクワットをする理由になるのかはわかりませんけど」
ユウカは深くため息をつきながら言った。
「当番で来たのなら、さっさと事務所に顔を出すのが礼儀ですよ」
「そうですよね……すみません」
「まあまあユウカ……」
ユウカは別に怒っているわけではないだろうけれど、言い方がはっきりし過ぎるので、人によっては責められているように感じることだろう。
実際、スミレは肩を小さくすぼめている。
「二人ともちょっと休憩室に行って、ココアでも飲もうか」
「あ、あの、トレーナー」
「わかってるよ」
私はスミレに微笑みかけた。
「ちゃんとスミレ用に、プロテイン入りのを用意してある」
そう言うとスミレはパッと明るい顔を見せる。
その横ではユウカがなぜか不機嫌そうに口を尖らせていた。